Far road to lord/Slayers(5)
大人たちは村中に敵襲の報を伝えるべく家から出ていっていた。残ったのはアガタとエリーゼ、そしてカミルとユリアンだけだ。
最初、エリーゼは窓から外の様子を伺おうとしたのだが、アガタに流れ弾が来るかもしれないから、と止められた。外では何が起こっているのかわからない。銃声だけがわずかに聞こえている。
ピッチフォークを肩にかけたカミルは椅子に座り、出入り口の方を見ていた。ふと、彼が振り返って目が合う。その青ざめた顔が微笑を作った。無理をしていることがわかるが、それが彼の精一杯なのだろう。エリーゼもぎこちない微笑を返す。
ユリアンといえば、カミルの隣で項垂れていた。それでも腰の剣から手を離さずにいる。敵を前にして震えているだけだった自分が許せないのだろうか。だがそれは仕方がないことではないのか。人にできることなど限られているのだから。そんな慰めの言葉は、多分、彼には何の意味もなさないのだろうけれど。
時間だけが過ぎていく。長い時間が経ったように感じるが、実際には数分だった。
アガタは神妙な顔でただ椅子に座っている。あの傭兵たちを信頼しているのか、怯えた様子はない。あるいは、彼らが死ねば何もできずに殺されるだけだというのがわかっているからだろうか。百人の傭兵団が相手となれば、村人たちではひとたまりもないのは明らかだ。
「アガタ、あの人たちは、どういう人なの。どこから来たのか知ってるの」
恐怖を紛らわせるためにエリーゼは口を開いた。何か喋っていないと気がどうにかなってしまいそうだ。
アガタは首を振った。
「よくは知りません。ただ、凄腕の傭兵とだけ聞いております」
「私を守るために呼んでくれたのよね。どういう伝手があってなの」
「……詳しくは申し上げられませんが、エリーゼ様に領主について欲しい者たちがいます。彼らは立場上表立って行動することができません。その代わりに傭兵を紹介してもらったのです」
きっとその人たちも貴族なのだろう。エリーゼはそう察した。命を狙われたり、逆に利用したりして、貴族というのはもっと美しくて煌びやかなものだと思っていたけれど、それだけで敵や味方があちこちに増えるのだ。貴族の血とは、まるで呪いのようではないかと思った。
では、その呪われた血に寄ってきたマックスたちは何なのだろう。人を殺して平然としていたけれど、あの痩せぎすのエルフのような残忍さは感じなかった。だからと言って善人かというとそれも違う気がする。
少なくとも彼らは、自分を傷つけようとはしなかった。敵からも、守ってくれた。いまも命がけで百人以上の敵と戦っている。彼らは自分の味方なのだ。エリーゼはマックスたちの無事を祈った。
不意にユリアンが顔を上げた。
「銃声が止んだ」
エリーゼが耳を澄ますと、確かに続いていた銃声が聞こえなくなっている。ということは、戦闘が終わったのか。
玄関に駆け寄ろうとするエリーゼを制して、カミルがまず外に出た。扉を半開きにして様子を伺っている。
「大丈夫、みたいだ」
逸る気持ちを抑えながら、エリーゼは外に出た。外に出るのは久しぶりだと気づく。それよりもいまはマックスたちだ。エリーゼの目が傭兵たちの姿を探す。家々からおっかなびっくりと言った様子で村人たちが出てきている。
道の向こうからマックスたちが戻ってきていた。彼の手には、剣呑な銃が握られている。あれで何人の敵を殺したのだろうか。
マックスたちは村人の視線を集めながらエリーゼの前で足を止める。
「あ、あの……」
エリーゼは何を言うべきかわからない。マックスたちは生きて戻ってきた。だがそれは敵を殺戮した結果だ。自分の中にある感情が喜びなのか、驚きなのか、あるいは畏怖なのか、区別をつけられずにいる。形はどうであれ、彼は殺戮者には違いないのだ。
だが敵を排除すること、そしてイレナの暗殺を依頼したのは自分の方ではなかったか。直接依頼したのはアガタだが、その時のエリーゼは提案を拒絶しなかった。それは肯定したことと同じだ。いつの間にか、自分は無数の死を背負っているのだと意識した。敵も、味方も含めて。
「お、お怪我はありませんか」
エリーゼは苦労して、なんとかそれだけを言った。横でユリアンが唾を飲む音が聞こえた。
「いいえ、ありません」マックスは平坦な、感情を押し殺したような声音で言った。「敵は全滅させました。少なくとも、今日のところは安全でしょう」
「つまり、百人以上いた敵を、皆殺しにしたということか」
「はい」
エリーゼに続いて出てきたアガタの質問に、マックスは当然のように答えた。
エリーゼは改めて傭兵団、マックス・アンド・アソシエイツの面々を見回した。マックスの強さは痩せぎすのエルフとの戦いで十分わかっているが、見るからに屈強そうな大男は別にして、赤髪の少女も戦闘に参加したらしく、疲労が感じられる。ダンケという茶色の犬は相変わらず舌を出して尻尾を振っていた。
ただ一人、ヤンだけは血塗れだった。自分のものではなく、どうも返り血らしい。どよめきが村人たちの間に広がる。
「フム、聞いていた通り、いや、それ以上じゃな。よくやった」
満足そうにアガタは頷いた。
「礼にはまだ早いですね。いずれ次が来るでしょう。今回は上手くいきましたが、次は村を守れるかはわかりません」
「そうじゃな。だがとりあえず今日のところは休め。こちらもビアリストーク行きの準備があるし、お主らも長旅の後じゃ、疲れておるじゃろう。寝床を用意させる。その前に、ヤン、近くに池があるからそこで血を落とせ。村人が怖がる」
「いいのか。オークの俺がエルフの村で寝泊まりして」
「そこらで野宿された方が鬱陶しがられるわい」
「では、そうさせて頂こう」
ヤンは背を向けて離れていく。
言っておくことがあった。エリーゼはそれを思い出し歩み去ろうとするヤンの前に回り込んで頭を下げた。
「あの、ありがとう、ございました、ヤン、さん。それからマックスさんたちも。ありがとう」
「礼には及ばん。俺はイレナの部下を始末しただけだ」
「先ほど述べたとおりです、依頼はまだ始まったばかりですから」
ヤンとマックスは素っ気ない返答をする。ドニとファニアはちょっと困ったような微笑を浮かべていた。謝意を拒絶しているわけではないらしい。それがわかってエリーゼはほっとした。
「では、失礼する」
今度こそヤンは去っていった。
「アガタ、休む場所はできることならあなたの家の近くがいい。夜も護衛を続けなくてはいけませんから」
「そう言うと思ってな、二件隣の、村長の家を使おうと思っておる。ま、嫌とは言わせんが」
村長の家、本人はすでに殺されているだろうとマックスは言っていた。いまも本物の村長が出てこないのだから、それは正しいのだろう。彼も貴族同士の争いの犠牲になったわけだ。フレコと同じように。エリーゼは残された家族の心情を思った。
「その前に、一つやっておきたいことがあります」とマックスは言った。
「なんじゃ」
「先ほど、エルフの騎士に殺害された方を弔おうかと。どうやら護衛対象と親しい者だったようですし」
フレコの遺体は戦闘が起こったために、まだ家の中にある。せめてむき出しにならないように毛布を掛けて。
意外な提案だった。あなたの精神的被害については責任を持てない。そう言ったのはマックスだ。だが冗談や嫌味ではなく、彼は本気でそうするつもりのようだ。訳がわからない。
「ドニ、手伝ってくれ。ファニアはダンケを連れて村を見回りだ。多分何もないと思うが、何かあったら大声を出せ。ああ、余計なものを吹き飛ばすんじゃないぞ」
言葉の後半はエリーゼには理解できなかった。ファニアは軽くため息をついている。ダンケは散歩気分なのか、尻尾が物凄い勢いで動いている。ワフ、と吠えて彼女の足に額をこすりつける。
「あん、もうダンケったら。じゃ、そうするわ」
見回りに行こうとするファニアと、目が合った。その顔が微笑を作りかけたところで止まり、結局彼女は小さく手を振って立ち去っていった。友人を失った自分に笑顔を見せるのは不適切だと考えたのだろう。エリーゼはそう考え、納得した。
「彼女に挨拶は済ませましたか」
マックスが聞いてきた。フレコのことを聞いているのだ。
「はい、大丈夫です。でも……」
エリーゼはフレコの家族について思った。このまま埋葬してしまっていいものだろうか。
「あの状況では、逆に家族には見せない方がいいでしょう」
「はい……」
やはりこの人は、おかしい。エリーゼは思った。あんなことを言いながら、自分どころかフレコの家族にまで気を使っている。愚かで野蛮な人間の印象は、もうエリーゼの中にはなかった。
「あの、重ね重ね、ありがとうございます」
エリーゼはまた頭を下げて礼を言った。声が掠れている。疲労感。この一日で、凄惨な経験をし過ぎたためだろうか。
「あなたも少し休んだ方がいい」
声に顔を上げると、ドニとマックスは家の中に消えるところだった。その背中を、ただ、エリーゼはじっと見つめていた。




