Far road to lord/Slayers(4)
トゥロスルは周りを平原に囲まれ、東の中都市コルノへと続く街道の途中にある村だった。長らく戦火や山賊の被害からは無縁で、野生動物の対策として作られた柵と、物見櫓以外の防御施設は皆無だ。村人の多くは田畑を耕し、家畜を育てることで生活している。狩猟で生計を立てているものはごく少数に限られる。住居は飾り気のない木造家屋だけだ。エルフの王国、ウィ・ノナではさして珍しくもない、どこにでもある場所だった。
その平和な村が、戦場になろうとしていた。
物見櫓に立ったドニが街道の東側を観察し、報告してくる。
「見えた、歩兵と騎兵が五、六十ずつ。意力使いは総勢の半分ほど。騎兵に多いみたいだ」
理由は不明だが、ドニには意力を視覚化して捉えることができる。それが彼生来の特質なのか、意力作用なのかまではわからない。だがこういう時には頼りになる。
敵の配置はマックスも確認していた。騎兵が前で、その後ろに歩兵が展開している。まだ遠い。ライフルの射程の四倍といったところか。
まだお互い射程外のためか、ゆっくりと前進してくる。兵士たちの装備は騎兵がレバーアクションライフルで、腰には剣やサーベルを提げている。胸当てをつけているが、正規のポドラスキ胸甲騎兵聯隊のそれとは形状が異なる。歩兵の方はこの国で一般的な突撃銃が主だ。ポリクラブが使っていたものの派生型。重火器は持っていないようで、この距離になっても撃ってこないということは迫撃砲の類もないようだ。
連中はおそらく傭兵団だろうとマックスはあたりをつけた。なかなか整った隊形を見るに、練度は並から少し上程度か。しかしろくな防衛策もない村一つに中隊規模を投入してくるとは。こちらの戦力がわからないためだろうか。どうであれ、同朋のエルフが住む村ごと皆殺しにする気だ。『血塗れイレナ』の異名は伊達ではないということか。
周囲にはろくな遮蔽も、起伏もない。攻めるには向いていないが、騎兵には有利に働く。と、マックスは空を見回す。何も飛んでいない。白い雲が悠然と漂っているだけだ。翼竜兵でもいたら護衛対象を連れて離脱する他はなかったろうが、その心配はしなくてよさそうだ。歩兵の火力だけで翼竜兵の爆撃降下を阻止するのは難しい。
さて。マックスの思考は次の段階に進む。敵はどう出てくるだろうか。教科書通りにやるならば、歩兵はそのまま前進させ、騎兵は迂回機動に移るだろう。こちらも戦力を二手に分けるべきか。戦力を集中させ、先にどちらかを殲滅させても……いや万が一にも護衛対象に被害があってはならないし、できることなら村への被害も避けたいところだ。
「どうする、マックス」
頭上からドニが声をかけてくる。
「こいつを使え」
少し考えた末、マックスは自分のライフルをドニへ放り投げる。続いて、背嚢から弾薬が詰まったバンダリアも。
「使い方は分かるな。お前はそこから敵意力使いの動きを見ながら撃て。ショットガンじゃ届かんだろ。ファニアは一歩引いた位置から援護しろ。無理はするなよ」
「えーっと」と遠慮がちに声を発したのはファニアだ。「流れ的に、私も戦うのよね、やっぱり。こういうの苦手なんだけど」
「愛しいドニくんだけに戦わせるつもりか」
わざと意地悪そうな笑みを浮かべて見せて、マックスは言った。
正直なところ、ドニだけでは懸念が残る。初めて会った時とは別人と言えるほど強くなった、が、数が数だ。アデプト級が潜んでいる可能性もある。ファニアの意力作用があれば生残性は大きくなるだろう。
「っさいわねっ。あんたはいっつもそーゆーことばかり言ってっ。童貞のくせにっ」
ファニアは顔色を変えてがなり立てた。マックスはそれに対して小さく舌を出す。
「うっせー、処女」
「あんまりそういう言葉を使っちゃだめだ、ファニア」
櫓の上でドニは頬を赤らめつつ微妙な顔をしている。
「ところで、マックスはそんな装備で大丈夫か。拳銃だけで戦うつもりか」
「大丈夫だ、問題ない。つい先ごろ、ああいう連中を相手にするのにちょうどいいのを手に入れたんだ」
マックスは背嚢を指さし、それからヤンへ視線を送った。
「ヤン、といったか。あんたにはドニたちと一緒に、正面から来る敵歩兵を任せたい」
「いいだろう」
ヤンは表情を変えずにそう答えた。右手に槍を、左手に金属の輪を持ちながら。
お前の部下になった覚えはない、とか、俺のやりたいようにやる、といったお決まりの文句が返ってくるかと思っていたが、ヤンは素直に指示に従ってくれた。少し意外ではある。ま、好都合だ。
「それで、お前はどうするつもりだ」
「俺は敵騎兵を叩く。そろそろ迂回機動を開始するはず……そら、来た」
遠くに見える騎兵隊が向きを変えた。向かって右側へ移動する。歩兵による正面攻撃と騎兵による迂回。ありきたりだが有効な手だ。
マックスは敵騎兵の速度が通常のそれよりも若干早いことに気づく。意力操作を加えられた馬に違いない。生物の筋肉や神経などを意力で改変する技術。一部のみを変性させても生物としては歪になってしまい、結局は全体を作り替えることになる場合がほとんどだが。エルフはドワーフや人間たちほど旧世界技術を重視していないかわりに、こうした意力による加工や変性技術が発達している。
ともかく、先の戦争でアルマーニュ砲兵隊が他でもないポドラスキ胸甲騎兵に蹂躙されたのはその技術があったればこそだ。当然ながら、そうした馬は通常のものよりもずっと高価で数も少ない。貴族お抱えの傭兵にしても異常だ。イレナの経済力は予想以上ということではないか。情報部め、ちゃんと仕事しろよな。マックスは内心で悪態をつく。
だが、それで失敗が許されるわけではないというのが、この仕事の辛いところだ。
「じゃあ、ここは頼んだ。死ぬなよ」
足元でダンケが、僕は何をすればいいの、とでも言うように尻尾を振ってこちらを見つめているのに気付いた。
「お前は大人しくしてろ」
そう言うとダンケは残念そうに首を垂れた。尻尾の動きが止まる。
そしてマックスはその場を離れた。敵騎兵を迎え撃つために。
村の端まで来ると、騎兵隊は迂回機動から前進に移っていた。まっすぐに接近してくる。マックスは柵越しにそれを見ている。まだ速歩だ。といっても並の馬よりずっと速い。村の柵はマックスの肩ほどの高さしかなく、意力操作された馬なら簡単に飛び越えるだろう。
背嚢を下ろし、中身を引きずり出す。大小様々な金属や樹脂の部品。ドワーフの技術者がすぐに使用できるように、各部品をモジュール化したのだろう。マックスは工具も使わずにそれを組み立てていく。
騎兵たちが徐々に速度を増している。蹄の音が聞こえてきた。敵は散開したまま前進している。
距離はまだある。マックスの持つそれが意味のある形を成し始めた。黒光りする銃身、折り畳み式の銃床。ピストルグリップ。キャリングハンドルが伸びた機関部上面には、照準器を据え付けるための溝がいくつも刻まれている。
騎兵が駈足に移った。マックスは組み立てを終えると、背嚢に手を突っ込んだ。中から弾帯を引っ張り出す。
射程内に入った。敵騎兵が漸く発砲。激しく揺れる馬上では命中率が極端に下がる。それにも関わらず、数発がマックスに命中した。意力が込められた銃弾。マックスが纏う見えない鎧はその全てを弾いた。意力障壁。意力使いが展開するそれは意力量さえ十分ならあらゆる攻撃を遮断する。
機関部に弾帯を差し込む。上に開いたカバーを叩くように閉める。発射準備完了。
敵が襲歩に入った。白刃を曳きながら馬が跳ねるように駆ける。散開していた騎兵たちは密集隊形に移行していた。銃砲の被害を減らすため突撃前は散開し、隙間を狭めながら前進、突撃直前で密集隊形に移るのがウィ・ノナの騎兵のやり方だった。言うまでもなく、優れた馬術と連携が要求される高等戦術だ。
馬の嘶きが混じった騎兵たちの鬨の声が響く。
マックスはこの時を待っていた。敵が密集する瞬間を。
組み上げた軽機関銃が火を噴いた。機関部から背嚢まで繋がった弾帯がうねるように動き、給弾口に吸い込まれていく。排莢口から薬莢と分離した弾帯が一緒に飛ぶ。
先頭を進んでいた者から順に悲鳴が上がる。マックスの意力が込められた弾丸は、騎兵たちの障壁を貫通していた。胸甲も一緒に。マックスは弾に意力を込めるだけでなく、同時に意力強化を施していた。弾頭そのものの硬度を増し、貫徹力を高めるためだった。
胸当てに黒い穴が開き、そこから血が噴き出す。マックスは指切りで連射する。五、六発でワンセット。軽機関銃が火を噴くたびに二、三人の騎兵が落馬する。頭や胸を撃ち抜かれた兵士たちが次々と倒れていく。
損害に構わず騎兵はマックスに迫った。何人かの兵が応射してくるが避ける必要はない。全て意力障壁で防げるし、いまは一秒でも早く敵を殲滅せねばならなかった。騎兵を皆殺しにしても歩兵に侵入されれば同じことだ。
距離が、詰まってきている。マックスは指切りをやめて引き金を引きっぱなしにした。この距離なら全部当てられる。弾薬の消費量が跳ね上がる。
突撃は無理と判断したのか、兵たちが連続して発砲し始めた。だがもう遅い。マックスはその場から動かずに引き金を引き続ける。
いつしか、人馬の鬨の声は悲鳴に変わっていた。
射線から逃れようと横に跳ねた騎兵が血を吐きながら転げまわる。腹を撃たれて、内臓を覗かせた馬が転倒し、後ろに続いていた数騎が巻き添えになった。頭をぶち抜かれて落馬した兵士が後続の馬に踏み潰された。村に火をかけるためか、火炎瓶を用意していた兵士が火に包まれた。撃たれた拍子に引火したのだ。それはすぐに他の騎兵に燃え移った。肉が焼ける匂い。
二百発以上撃ってからマックスは銃を下げた。銃弾から運よく逃れることができた兵は五人もいない。彼らは後ろを向いて逃げようとしている。それ以外の者は、馬と一緒に地面に転がり、火炙りになっていた。呻き声があちこちから聞こえている。
機関銃を構え直し、マックスは逃げる兵の背中に向かって引き金を引いた。遠くの騎兵が馬から転がり落ちる。
「うぐ、くそ……人間、か……」
まだ息のあるエルフが、這いつくばりながらマックスに近づいてきていた。穴が開いた胸甲の下から血が流れて、生えた草を汚している。その顔には死相が浮かんでいた。羽飾りのついた兜を被っているところを見ると、隊長格だろうか。
「嘘だろ、畜生、人間、ごときが……エルフを……」
エルフの顔が苦痛と、怒りと、侮蔑に歪んだ。
マックスは表情一つ変えず、その顔に止めの銃弾を叩きこんだ。弾丸が額から後ろに抜ける。薄桃色の脳が散った。何かを訴えかけるように伸ばしていた手が、力なく地面に落ちた。
それから手榴弾のピンを抜き、死にぞこないの人馬たちの群れに放り投げた。爆発。おまけとばかりにもう一個。生きている者は一人もいなくなった。血と、火薬と、肉の焦げる匂いがあたりに立ち込めていた。慣れたとはいっても、やはり戦場の匂いは好きになれない。
まだ銃身の暖かい機関銃に視線を下げる。ドワーフの手が入っているが、基本設計は旧世界第四紀のものだろう。つまり、最新型だ。一応持ってきておいてよかった、とマックスは思った。ライフルだけだったら乱戦になっていたろう。最終的には殲滅できるだろうが、村を無傷で守りきれたかは怪しいところだ。
と、そこでマックスは苦笑する。武器に頼るとはまだまだ未熟な証拠だ、とチーフ・オドンネルが言う姿が目に浮かぶような気がした。敵騎兵を機関銃一丁で、しかも単独で殲滅したのだから合格点をくれてもよさそうなものだが。いや、そこまで甘くはないか。とりあえず騎兵は潰せたからよしとしよう。
離れた場所から銃声が聞こえてきている。男たちの悲鳴も。ドニたちが交戦を開始したのだ。
そう簡単にやられることはないだろうが、いつまでも防げるとも思えない。ヤンの実力も未知数だ。
マックスは背嚢を背負いなおし、柵に沿って村の西側へ移動した。道の脇に生えている草むらに何とか隠れながら敵兵が射撃を繰り返している。騎兵の働きをあてにしているようで、あまり積極的には攻めてきていない。もっとも、彼らの頼みの綱の騎兵はつい先ほど人馬一緒に挽肉にしてやったのだが。
ライフルと短機関銃による銃声が響いた。ドニもファニアも健在のようだ。心配しすぎか。マックスは様子を見ながら考える。形はどうであれ戦いを何度も生き延びてきたのだから、やはり傭兵相手にならそこそこ戦える程度の地力はあるのだ。
と、何かが緩い放物線を描きながら空を飛んでいくのが見えた。家一軒を丸ごと囲えそうなほど大きな輪だ。日の光に煌めいている。金属か。それは人の胸あたりの高さまで落下すると、一瞬で縮み、輪の中にいた数人の敵兵の胴をまとめて輪切りにした。ドニやファニアの意力作用ではない。となると、ヤンの仕業か。
複数の輪が飛ぶ。敵兵の首や胴が飛ぶ。腰に提げていた輪を使っているのか。ヤンは物体を自在に伸ばしたり縮めたりできる意力作用の持ち主らしい。
マックスは草むらの中に見えた敵兵の頭を狙い撃った。頭が弾け飛ぶ。さらに二人、三人と鉛玉の餌食にしてやる。
「ドニ、ファニア。無事みたいだな」
大声で叫ぶと、櫓の上のドニが手を振った。無傷のようだ。ファニアは家屋の横に積まれた木箱に隠れながら射撃している。ダンケの姿は見えない。言いつけ通り、どこかで大人しくしているのだろう。
そろそろ頃合いか。マックスは草むらに屈んで敵の動きを見極める。騎兵が全滅したことに気づいたのだろう、ほとんど逃げ腰になっている。このまま逃げるに任せてもいいのだが、仲間を連れてこられても困る。
だから、背後に回って皆殺しにしよう。
マックスは退路を断つため移動する。気づいた敵兵が撃ってきた。身を低くして弾丸をかいくぐる。地面に弾が突き刺さる。敵が銃剣を構えて突きかかってきた。近づきすぎたか。かわして突き返す――と思ったところで銃剣がついていないことを思い出す。仕方がないので肘打ちの要領で銃床を横殴りに叩きつけてやる。敵の障壁を突き破る感触。頭蓋骨が陥没し、目玉をはみ出させて敵兵が吹き飛んだ。樹脂製の銃床でも意力強化すれば人体を容易に破壊しうる。
銃声の間から指揮官の号令が聞こえた。撤退命令だ。それと同時に、マックスは村の出入り口近くにヤンの姿を認める。彼は柵に金属の輪を引っかけて、身体と一緒に思い切り後ろへ引っ張っている。輪が伸びる。伸びすぎる。
そして鉄の輪が一気に縮んだ。ヤンの姿が霞む。輪が縮む勢いを利用して飛んだのだ。着地地点にいた敵兵が槍で串刺しにされる。瞬間、ヤンと目が合った。彼はそのまま槍を振るい、近くの兵士を一蹴した。臓物と手足が血飛沫と一緒に舞う。
ヤンの槍捌きを見るに、専門の訓練を受けたわけではない、我流のようだ。逃亡生活の中で自然と身についたものなのだろう。我流であれだけできれば大したものだ。意力作用も含めて戦力として期待してよさそうだ。
銃弾がすぐそばを掠め飛んでいく。退路上の障害を排除しようと、敵が撃ってきているのだ。生き残るために必死な形相の敵兵たち。冷めた頭でそれを眺めている自分を意識する。
自分は、殺す側なのだ。
マックスは機関銃を構えた。銃身はもう冷えた。弾も十分残っている。
機関銃が死を撒き散らしはじめた。




