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Far road to lord/Slayers(3)

 フレコの身体を持ち上げて、痩せぎすのエルフが言った。


「君の友人かな。いやあ、ずいぶん可愛らしい子だったねえ。あまりにも可愛かったから、こうやって切り刻んじゃったよ。素晴らしいねえ」


 後ろを向いていたフレコの顔を、エリーゼに見せつけるように動かしてくる。めくれ上がった唇、頬を削がれてむき出しになった歯列、瞼ごと抉り出されたのか眼窩はぽっかりと落ち窪んだままになっている。すでに息はしていないようだった。快活で無邪気だった彼女の顔は、もう、ない。


 痩せぎすのエルフは陰気な笑みを浮かべて見せた。その横でユリアンは震える手で剣を抜こうとしている。


「やめときな」と痩せぎすのエルフが言った。「長生きしたいだろう」


 空気が張り詰めていた。蛇に睨まれた蛙のように、ユリアンは動けない。村の若者の中では一番の剣の使い手が、額から脂汗を流している。


 そんな中でもマックスと大男は怯むことなく身構えていた。赤髪の少女は気圧されてか後ずさっていたけれども。


「また刺客か」冷たい声音で、マックスは言った。「契約成立早々、せっかちだな」


「悪いね、どうやら僕の主人はいろんな筋に声をかけてたらしくて、先を越されないか焦っていたんだよ。騎士なんだから、手柄をあげたいよねえ」


「その割には寄り道をしていたようだが」


「しょうがないじゃあないか。こんな可愛い子を見つけちゃったんだから。もう可愛くもなんともないけど」


 手足のないフレコの身体を無造作に投げ捨てて、痩せぎすのエルフは髪をかき上げた。彼の顔は、大部分が赤紫色の醜い瘢痕で覆われていた。歪み、捩れた肌に開いた彼の瞳が、どす黒い情動を帯びていく。


「生まれつき、こんな顔でね。周りの奴にはよく馬鹿にされたもんさ。両親にも、ね。みんなみんな、殺してやったけれど、ああ、でも、僕は、許せないんだ。僕みたいに生まれつき醜い奴もいるのに、生まれつき、美しくて、みんなに愛されてるような奴がさっ」


 言い終わった瞬間、空気が、震えた。


 エリーゼの眼前に、鋭い白刃が迫っていた。


 斬られる。逃げなきゃ、いや間に合わない。エリーゼが死を覚悟したときには、剣はすでに止まっていた。鉄が打ち合わされる音が耳朶を打った。


 一瞬で間を詰め、エリーゼに斬りかかったエルフの剣を、マックスのナイフが受け止めていた。エルフの顔が喜悦に歪み、それはすぐに見えなくなった。


 エルフの姿が淡く霞む。


 対するマックスはエリーゼを庇うように正面に立っていた。


「お、おおっ」


 アガタが慄いた。側にいた大人たちは慌ててその場から逃れている。


 何が起こっているのかよくわからない。輪郭が曖昧な何かが目まぐるしく動いている。音だけがはっきりと聞こえていた。立て続けに鳴る、高い金属音。やがて肉が裂ける音がそれに混じり始めた。何もないように見える場所から血飛沫が散る。と、二人の間から何かが飛んでいく。ぐるぐると回りながら天井に突き刺さったのは、剣を握ったままの右腕だった。その腕は肘あたりで切断されていた。


「ぐあっ」


 短く叫んで、エルフが飛びずさった。彼の両腕は肘から先がなかった。頬にも、肩にも、真新しい傷が出来上がり血が滲んでいた。胸当ては半壊し、残った部分には四本の掻き傷のような跡がついている。それが文字通り、マックスの手によるものだとエリーゼには思いもよらなかった。


「こんな、こいつは……」


 マックスは左手に黒い棒のようなものを握っていた。それは、エルフの左腕だった。雑な断面を見るに素手で断ち切ったらしい。そうとしか考えられなかった。彼はエルフがフレコの身体をそうしたように、もぎ取った腕を無造作に投げ捨てた。エリーゼからは彼がいま、どんな顔をしているのかわからないが、背中から尋常ならざる迫力を感じ取っていた。


 追い打ちとばかりに大男が発砲した。両腕を失ったエルフは素早く跳ねて開いたままの扉から身を躍らせる。


「イレナ様に報告せねば……」


 呟くように言ったエルフの胸から、槍が生えた。目を見開いた凶相の口から血の塊が零れ落ち、その身体がぐいと持ち上げられた。


「いま、イレナ、と言ったのか」


 オークが、痩せぎすのエルフごと槍を高々と掲げていた。地面から離れた足がびくびくと動いている。


 なぜこんなところにオークが。ウィ・ノナのオークは基本的に奴隷だ。移動の自由などない。ということは、彼は脱走奴隷ということになる。傭兵に、刺客、それに脱走奴隷。次は犬が喋り始めてももう驚かないだろう。


「答えろ。お前はイレナの部下か」と冷徹な声でオークが言う。


 息も絶え絶えに、エルフが答えた。


「ぐぶっ、そ、そうだ、とも……僕はイレナ様に忠誠を誓った騎士……」


「そうか」


 凄い音がした。オークが、槍に刺さったままのエルフを、頭から床に叩きつけていた。床が抜け、頭がめり込んでいる。いや、実際は頭が潰れているようだった。血と肉片が飛び散っている。


 オークが槍を抜くと、エルフの死体は頭を床に突き刺したままだらりと崩れた。


 場が、しばし沈黙に包まれた。


 これはいったいどういう状況なのか。傭兵が来て、刺客が来て、傭兵が、マックスが守ってくれて、フレコが、死んで……そしてオークが、刺客を殺した。このオークは味方なのだろうか。敵を倒してくれたのは間違いないけれど、あの痩せぎすのエルフの言ったことを考えれば功を競っての仲間割れという線もある。だがエルフの貴族であるイレナが、奴隷種族のオークを刺客として雇うだろうか。


 それに、オークがイレナの名を気にしていたのも引っかかった。彼がその名を口にした時、憎悪が含まれているのをエリーゼは感じ取っていた。


 オークは血塗れの槍を手に、こちらへ近づこうとしていた。


「そこから動くな」


 静寂を破ったのは、マックスだった。拳銃をオークに向けている。


「何者だ。お前もイレナの部下か」


「違う」


 オークの声は太く、硬質だった。


「信用できん」


「この国ではオークは奴隷だ。貴族に雇われることなどありえない」


「他所の国から引っ張ってきた可能性もある」


「まともなオークだったら貴族の依頼とはいえ、ウィ・ノナまで出張ってくることはないだろう。違うか」


「どうだかな。影の兵だったらありえそうじゃないか」


 マックスとオークは問答を続ける。それ以外の者たちは固唾を飲んで会話を聞いている。また殺し合いが始まるのかと危惧しているのだろう。マックスの付き人である大男はオークに良い感情を持っていないのか、一層険しい顔をしていた。


「俺がイレナの仲間ではないと、奴を始末したことでわかると思うが」


「報酬を独り占めするために仲間割れを起こしたんじゃあないのか」


「俺はただ、イレナの部下が目の前にいたから殺した。それだけだ」


「この国のオークはみんな奴隷なんだろ。お前はなぜここにいる」


 マックスの言葉に、オークの表情が固まった。


「……俺も、かつては奴隷集落に住んでいた」


「逃げてきたのか」


「いや、俺の集落は、すでにない」


「どういうことだ」


「イレナの奴隷狩りにあって、私を除く全員が皆殺しにされた」


 そう言うオークの姿は、どこか悲しげだった。


 ということは、彼の家族はすでに死んでいるのだろう。エリーゼは彼の心情を思った。それがどれほど前のことなのかは知る由もないが、きっと彼は、これまでずっと一人で生き延びてきたのだろう。何が彼をそうさせたのか、わかる気がする。彼は、イレナを、憎んでいるのだ。殺してやりたいほどに。


 それまで殺気を漂わせていたマックスは、漸く銃を収めた。


「それで、俺たちに何か用か」


 オークはじっと、値踏みするようにマックスを見てから、言った。


「お前が、そうなのか」


「何の話だ」


 怪訝そうな顔でマックスが答える。


「……済まない。忘れてくれ。ところで、あなた方はイレナと敵対しているようだが、差支えなければその理由を教えて頂きたい」


「俺の口からは言えないな。依頼人の了解がない限り、依頼のことを他人に話すことはできない。守秘義務ってやつだ」


「いい、わしが話す」


 そう言ったのはアガタだった。大人たちはちょっと意外そうな顔をしている。普通のエルフにとって、オークなど口を利くのも躊躇われるほど汚らわしい種族とされているのに。


「わしはアガタじゃ。お主の名は」


「ヤンといいます」


 これまた意外なことに、アガタの方から名乗った。ヤンの口調も丁寧だ。


「イレナはポドラスキ地方の領主となるため、こちらにおわす正当後継者、エリーゼ様の命を狙っておる。そっちの人間たちは傭兵じゃ。エリーゼ様の護衛と、イレナの暗殺を頼んである」


「なるほど」とヤンは言った。「ならば、我々は協力し合うことができると思います。私もあなた方に同行させていただけませんか」


「復讐か」


 マックスが聞いた。


「そうです」


 ヤンは胸元から首飾りらしきものを取り出した。首にかけた紐に骨のようなものが通っている。


「私は父と母、そしてグレタの仇を取らねばならないのです」


 エリーゼは骨のようなものの正体を理解した。あれは、本物の、オークの骨なのだ。彼の父と母と、そしてグレタというオークの。


「グレタというのは誰だ。妻か」


 またマックスが聞いた。


「そうなる予定だった」


「フム、どうやらお主も意力使いのようじゃが」とアガタ。


 ヤンは首肯した。


「よいじゃろう。戦力は多い方がいい」


「えっ」


 口から、思わず声が漏れた。まさか人間どころかオークと一緒にビアリストークに行かねばならないのか。エリーゼはヤンを見た。伸び放題の癖毛を首の後ろあたりで適当に纏めている。肌の色は薄く緑がかっている。太い腕と脚。服は長年の逃亡生活のためだろうか、所々薄汚れていて動物の毛皮で補修してあった。腰にいくつもぶら下げている鉄の輪は彼らの部族の習慣だろうか。オークの特徴である下顎から突き出た牙はゆるく曲がりながら上を向いている。


 正直言って、不安だった。長い耳以外はエルフとさほど変わらない人間には忌避感はないものの、オークは別だ。エリーゼだけでなく、アガタ以外の村の大人たちも同じように感じているらしく、動揺の色が見え隠れしている。


 だが彼を無碍に扱ってはいけないような気がした。オークとはいえ、感情があるのだ。怒りも、憎しみも、悲しみも。そして、愛情も。大事なものを失った彼が抱いた感情は、きっと計り知れないものなのだろう。だからせめて彼のやりたいようにやらせよう。エリーゼはヤンの参加について文句は言わないことにした。


「……わかり、ました。ヤンさんにも同行していただくことにします」


「マックスよ、お主もそれでいいか」


「依頼人の意思を尊重します」


 当初はあれほど警戒していたマックスも、どういう心変わりか、特に反対しなかった。大男と赤髪の少女の顔は幾分か引きつっていた。


「ただし」とマックスは付け加えた。「ヤン、俺たちはあなたの都合には従えない。俺たちは俺たちの都合を最優先する。それでいいか」


「それで構わない。変に気を使われても困る」


 その時、玄関の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「た、大変だっ」


 息を切らせた村人が入ってくる。顔を上げて場の惨状に気づくと、その顔が一気に青ざめた。


「なんじゃ、どうした」とアガタが問うた。


「あ、ええっと、武器を持った連中が、大勢村に向かってきてます。馬に乗った奴や、銃を持った奴もいるそうです。狩に出てた連中が見つけました」


「数は」


 マックスが聞く。


「えっ、あー、ひゃ、百人以上はいる、そうです」


 死体が転がっているうえに、人間とオークまでいる。きっと彼は訳が分からなくなっているだろう。それでも彼は自分の責務を果たした。


「山賊……いやイレナの差し金か」


 緊迫した声音でアガタは呟くように言った。


「状況から考えると、そうでしょう。おそらく、最初に送った刺客たちが戻らない場合、村を襲うように指示していたのでしょうね」


 対照的にマックスは慌てた様子もなく冷静に論評する。


 この村に兵士はいない。時折馬に乗った兵士が見回りにやってくることもあるが、それだけだ。稀に畑や村人を狙う野生動物には彼ら自身が武装して対処していたが、戦える者は数十人程度だろうし、剣や槍といった原始的な武器がほとんどで銃の数も限られている。


 傭兵たちとオークは、どうやって百人以上の軍勢に立ち向かうのか。きっと意力使いもいるだろうに。


「ドニ、ファニア、ダンケ、行くぞ。敵を迎え撃つ。それから、アガタ、村人たちに家から出るなと伝えてくれ。巻き添えになる」


 マックスは澄ました顔で言った。大男、ドニと赤髪の少女、ファニアは頷いた。犬、ダンケも床から身を起こす。


「俺も行こう」


「自分の身は自分で守れよ」


 ヤンにマックスは素っ気ない言葉をかける。


「わかっている」


「あ、あの、俺もっ」


 剣を手に、ユリアンがマックスの前に歩み出た。


「お、俺も戦うっ、なにもしないでいるなんてごめんだっ」


「ユリアンっ」


 カミルの制止も聞かず、ユリアンはマックスの前から動かない。彼の剣の腕は知っているが、先ほど見た戦いでそれが役に立つとは思えなかった。彼自身もよくわかっているはずだ。あるいは、なにもできなかった自分を恥じているのかもしれない、とエリーゼは思った。


「役に立ちたいのなら」マックスはエリーゼの方を見て、言った。「彼女の側にいろ。それがお前にとっても、そして彼女にとっても一番だ」


 そう言い残して、マックスたちは家から出ていき、そこには村人たちと、二人の刺客、そして無残なフレコの死体だけが残された。ユリアンは顔を真っ赤にして剣を握った手を震わせ、立ち尽くしている。


 エリーゼは椅子から立ち上がり、親友の亡骸の側に行く。腰をかがめ、血が張り付いた、削がれていない方の頬に触れる。ぬるりとした感触。暖かく柔らかかった頬は冷たく、硬くなっていた。フレコはやはり、死んでいた。その事実を確認すると、エリーゼの目から涙が滲んだ。


 胸が、痛む。なぜフレコがこんな目に遭ってしまったのか。私が、貴族の娘だからか。私が領主継承権を持っていたから、彼女は死んだのか。こんなくだらない、領主の座を巡る争いの犠牲になって。


「ごめんね、フレコ、ごめんね」


 大粒の涙を零しながら、エリーゼは繰り返した。言葉に嗚咽が混ざる。


「エリーゼ……」


 カミルの手がエリーゼの背中を撫でた。その優しさが有難くもあり、同時に辛かった。彼も自分のせいで死んでしまったら。暗い予感がエリーゼの頭をよぎる。


 どうかその予感が当たらないようにとエリーゼは強く願った。これ以上自分のために、誰かが死なないように、と。


 その思いはマックスたちにも及んだ。エリーゼを置いて、何でもないことのように戦いへ赴いた戦士たち。ちょっと冷たい感じはしたけれど、彼らは一応、フレコの仇を討ってくれたのだ。そして、自分も守ってくれた。ヤンの見た目は少し怖かったが、きっといい人なのだろう。少なくとも、態度はかなり理性的だ。どうか、無事でいてほしかった。


 背後でアガタの大声が聞こえる。


「トゥハケル、ビョッキ、村の皆に家から出るなと伝えろ。それから――」


 声音が憎々しげなものに変わり、何かを蹴りつけるような鈍い音がした。


「誰か刺客どもの死体を片付けろ」


 大人たちが大急ぎで動き始めた。

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