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Far road to lord/Slayers(1)

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 エリーゼは考える。自分はただの村娘だったはずなのに、それが、なぜ。


 台所兼居間で椅子に腰かけたエリーゼの前に三人と一匹が跪いている。男性が二人と、女性が一人。それと犬が一匹だ。全員、かなり若い。もちろんまだ十四歳のエリーゼよりも年上だが、傭兵というには若すぎるような気がした。村に立ち寄る傭兵や、領主の衛兵を見たことはあったが、それらとは明らかに異質な雰囲気を放っている。


 しかも、三人とも人間なのだ。少なくともエリーゼにはそのように見えた。エルフ特有の長い耳がない。ウィ・ノナでは奴隷以外の人間といったら命知らずな旅人か商人くらいのものだ。


 男性のうちの一人は、背中にライフルを担いでいた。脱いだ灰色の帽子を床に置き、首を垂れている彼は前面に弾倉入れが一杯に取り付けられた深緑色のコートを着ていた。彼はその姿勢のままじっと動かない。平民が貴族にそうするように。


 もう一人の男性は、かなり大柄だった。エリーゼが知る限り、村では彼より大きな男性はいないだろう。玄関をくぐるときは窮屈そうに身をかがめていた。ライフルを担いだ男と同じく首を垂れているが、その前に見た彼の瞳は澄んでいて穏やかな光を湛えていた。見た目よりも怖い人ではないようだが、腰に下げた銃と手斧が少し物騒だった。


 エリーゼよりも三つか四つは年上のように見える、赤い髪が印象的な少女はライフルの男が跪いて、一拍遅れてからそれに倣った。状況がよく分かっていないらしい。彼女も傭兵なのだろうか。エリーゼは意外に思う。とっても綺麗な人なのに。


 犬はお座りの状態で行儀良くしている。賢く、物怖じしない性格のようで無駄に吠えたり動き回ったりはしていない。舌を出してつぶらな瞳でエリーゼを見つめてくる。その可愛らしさにエリーゼは場の空気を一瞬忘れる。こんなペットがいたら生活がもっと楽しくなるだろうな、と。


 どうも、アガタが呼んだ傭兵団とは彼らのことらしい。マックス・アンド・アソシエイツ。ライフルを担いだ男は自分たちをそう呼んでいた。


「よくぞ来てくれた」


 しわがれた声がエリーゼを現実に引き戻した。思わず体が震えた。後ろに控えていた老婆が前に歩み出る。


「マックスよ、われらの依頼を受けてくれたことに礼を言うぞ」


 老婆の名はアガタといった。物心ついたころから一緒にいる、エリーゼの保護者だ。


「まだ依頼を受けると決めたわけではありません」


 マックスと呼ばれたライフルの男は、顔を上げてそう言った。エルフ語だ。ウィ・ノナの外にいる人間でエルフ語を話せる者がいることが、エリーゼには意外だった。


「依頼の詳細をまだ聞いていませんから。実際に受けるかどうかは、その後にしたいのですが」


 ふん、とアガタは鼻を鳴らした。彼女がそんな態度をとったところを、エリーゼは今まで見たことがない。相手が人間だからだろうか。あるいは、他所の国から来たからか。傭兵だからだろうか。長い間一緒に暮らしてきたエリーゼには、彼女がそういう差別をするとは思えない。彼女は自分にはとても優しい。


「いいだろう。だがその前に、こちらから質問させてもらおうか。話では傭兵は一人だと聞いていたのだが」


「……情報を吟味した結果、単独での遂行は困難と判断したため、助手を用意したまでのことです」


 アガタは少し考えた様子だったが、やがて口を開いた。


「フム、では依頼について詳しく話そうかの。お主たちには、護衛を務めてもらいたい」


 座ったままのエリーゼの横に立ち、アガタはその肩に手を置いた。皺だらけで、細い手を。


「彼女を守ってほしい。悪しき貴族擁護委員、イレナの手から」


 大柄な男がぼそぼそと何事かをマックスと話している。エルフ語ではないらしく、よく聞き取れない。


「貴族擁護委員のことを知らんのか」と会話の内容を察するようにアガタが言った。


「彼らはウィ・ノナについてはよく知らないもので」とマックスが答えた。


「貴族擁護委員というのは、ウィ・ノナにおける反王政勢力の取り締まり組織じゃよ。活動の過激さからこれを嫌う者も多い」


「実際、には、どういうことを」


 大柄な男がエルフ語で聞いた。マックスとは違い片言だ。


「主に奴隷の意力使い狩りじゃ。といっても誰が意力使いかなど実際にはわからぬから、奴隷の中から適当なものを数人選び、意力使いの疑いがあるとしてその場で処刑するのが普通じゃ。そういう連中なんじゃよ」


 アガタの声音には深い嫌悪感が含まれていた。エリーゼも貴族擁護委員のことは話に聞いたことがある。しかしそれは、自分とは全く関係のないことだと思っていた。貴族擁護委員が処刑の対象にするのはオークや人間の奴隷たちであって、エルフを殺すことはないと誰かが言っていた。


「どうして、そんなことを、するのですか」


 嫌悪感半分、好奇心半分といった様子で大柄の男が聞く。


「ウィ・ノナはかつて奴隷種族だったエルフたちが支配種族だった人間を追い落として作った国じゃ。この国の貴族たちは、自分たちがやったように、奴隷たちが革命を起こすのを恐れているんじゃよ。とりわけ、意力使いによるそれを。エルフ革命において意力使いたちは大きな役割を果たしたからの」


 そこまで言ってからアガタは忌々しげに息を吐いた。


「それで、意力とは神からエルフに与えられたもの、という認識が作られた。そして次にエルフ以外の種族の意力使いは、悪魔と契約した結果だと言われるようになった。一部のエルフたちはそれを大真面目に信じておる。おかげで委員会の屑どもがやりたい放題じゃ。馬鹿馬鹿しい」


「あなたはそうではない、と言うのか」


 マックスが言った。


「……どうでもいいじゃろう、そんなことは。お前たち傭兵が意力使いだろうと関係ない。わしらに必要なのは信用できる戦力じゃ」


 アガタの言葉でエリーゼは気づいた。たった三人で自分を護衛するというのだから、彼らも意力使いに違いないのだと。さすがに犬まで意力使いではないだろうけれど。


 意力使いの話はエリーゼもよく知っている。エルフのおとぎ話に登場するのは全てが超人的な能力を持った意力使いだ。そうした夢物語は別にしても、実際に意力使いは存在する。ウィ・ノナの精鋭兵や騎士の多くは意力使いだし、この村にも何人か意力を使える者はいる。他でもない、エリーゼもその一人なのだから。


「余計なおしゃべりはここまでにしよう。依頼について話してくれないか」


 マックスがそう言ったところで、彼の背後の扉が開いた。村の大人たちが何人も入ってくる。村長の顔もあった。彼らはマックスたちを見て物珍しさと緊張感の入り混じった表情を見せる。


 小太りで頭頂部がはげかかった村長が言った。


「アガタ婆、この……人間たちがあなたが言っていた傭兵か」


「そうじゃ、いま依頼の話をしている。なんなら立ち会っても構わんぞ。お主らにはその権利がある」


 大人たちはそれぞれが壁に背を預けるように移動した。立ち会うことに決めたらしい。


 その時から、マックスと大男の雰囲気が変わった、ような気がした。わずかに殺気めいたものを感じたのだが、一瞬で消えた。勘違いだろうか。エリーゼは内心で胸をなでおろす。人間は愚かで野蛮な種族だと聞いていたからだった。とりあえず、目の前の人たちはそうではないと思いたい。


「……改めて、依頼の説明を。まず、なぜイレナとやらが彼女の命を狙っているのか教えてくれ」


 そう言うマックスの瞳はある種の鋭さを帯びていた。気を抜いたわけではないのだ。大男の方も同じようだ。いったい何があるというのだろうか。


「継承権問題じゃ」とアガタは言った。「ここ、ポドラスキ地方は現在、領主不在となっておる。事の発端は、先代領主が病に倒れたことからじゃ。先代領主には二人の妻がいたのじゃが、第一夫人が領主代理として実権を握ったのが不幸の始まりじゃった……」


 この話を、エリーゼは知っている。つい三日前に聞かされたことだ。あの日から自分の人生は変わってしまった。


 あんな話聞きたくなかった。自分の生い立ちと、命を狙われる理由など。



 台所兼居間で椅子に腰かけたエリーゼの前に村の大人たちが跪いている。先頭がアガタで、村長がそれに続く。雑貨屋の店主の顔もあった。


「アガタ、これはいったい、どういうことなの」


 突然の態度にエリーゼが困惑の声を上げると、アガタは額を地面にこすりつけて言った。


「まずはこれまでの、数々のご無礼をお許しください」


 何の話だろう。エリーゼにはわからない。無礼、とはどういう意味なのか。


 アガタとは物心ついたころから一緒にいる、いわば育ての親だ。優しくて、いろんなことを教えてくれた。十歳のころに、他の子供には父と母がいるのにどうして自分にはいないのか、と聞いたことがある。彼女は困ったような、寂しそうな笑みを浮かべてこう返したものだ。


「あなたのご両親は、大変立派な方でした。いまは訳あって遠いところにおります」


 それで子供心に、といってもいまでも子供だが、それはともかくとして、すでに自分の両親はこの世にいないことをエリーゼは悟ったのだった。見え透いた嘘だったけど、自分を傷つけまいとするアガタの優しさは嬉しかった。


 そのアガタが告げたのは、衝撃的な事実だった。


「エリーゼ様、あなたさまは本来、このような村にいるべき御方ではありません。あなたの体には、ウィ・ノナでもっとも高貴な血が流れているのです」


 それはつまり、自分が貴族の出だということだろうか。信じられない。言葉に出されても、エリーゼはそれを真実と受け止めることができなかった。


 だが、これまで気になることはいくつもあった。アガタは自分を畑仕事から遠ざけようとしていた。そんなことしなくてもいいと言いつつも老骨に鞭打って鍬を振るう彼女の姿があまりにも痛々しくて、無理やりに手伝ったのだ。自分と同じくらいの年の子はもう働いているのだから、と。


 それだけではない。村の人たちはやけにエリーゼに対して好意的だった。住人全員が顔見知りなぐらい狭い村だから当然かもしれない、と思ったこともあるが、あまりにも度が過ぎているのだ。村の人たちは、まるでそうするのが当然というようにエリーゼたちに便宜を図ってくれる。凶作の年にも食料を分けてくれたりもしてくれた。おかげで老婆一人、子供一人という環境でも生活に困ったことはなかった。


 同年代の子供がそのことでエリーゼを妬んで悪口を言ったことがあった。今思えば取るに足らないことだったのだろうけれど、当時のエリーゼは深く悲しんで泣きながら家に帰った。その泣き顔の理由を知ったアガタは烈火のごとく怒り、その子供を両親もろとも家に呼びつけたのだった。


 平身低頭する両親と子供に大声で怒鳴りつけるアガタを、エリーゼはなんとか宥めることができたのだが、そのまま放っておけば包丁でも持ち出しかねない勢いだったのを覚えている。


「順を追って話しましょう。先代領主、ミハウ・グラボフスキ様には二人の妻がおりました。すなわち、第一夫人カタジーナと第二夫人マルタ様でございます。エリーゼ様が生まれる前にミハウ様は治癒師にも治せぬ重い病気にかかり、臥せっておりました。そこで第一夫人のカタジーナが領主代理として実権を握り、あろうことか、マルタ様を追放したのです。ミハウ様の寵愛をより深く受け、当時すでに子を身ごもっていたマルタ様を妬んでのことなのは明白でした。そしてマルタ様は、追放された先のここ、トゥロスル村にて出産され、間もなく亡くなったのです。その生まれたお子様が」


「私、なんですね」


 アガタは頷いた。


「その話の、証拠、とかは」


 冗談ではないとは思うのだが、いきなりあなたは貴族の娘です、と言われても実感など湧くはずがない。信用できる物が、エリーゼは見たかった。アガタを疑うつもりではないけれど。


「はい、こちらにございます」


 アガタは懐からブローチを取り出して、エリーゼの前に恭しく差し出した。ポドラスキ地方でよく見られる、コルカスの花を象った印が刻まれている。春先に白い花を咲かせるコルカスは観賞用としてはもちろん、香水の原料にもなっている。


「病に倒れる前にマルタ様のご懐妊を知ったミハウ様は大層お喜びになり、エリーゼ様の印をお作りになられました。これがそうでございます。王国の紋章院にも認可された正式な印です。これがあなた様の身分を保証します。どうぞお持ちください」


 エリーゼは輝くそれを受け取った。とても綺麗だ。こんなに見事な装飾品は初めて見る。名のある細工師が作ったものに違いない。素材は銀だろうか。意力処理を施された特殊な貴金属かもしれない。どちらにせよ、こんな高価そうなものをこの村で都合できるとは思えなかった。


「信じていただけましたかな」


 皺くちゃの顔に優しい笑みを浮かべて、アガタが聞いてきた。


「はい、信じます」おずおずと、エリーゼは答えた。「でも、いまなんで、そんなことを。それになんで村長さんたちまで」


「ここにいるのはマルタ様追放の際にお供した者たちです。我々一同、正当な継承権の持ち主が領主の座に就く日を心待ちにしておりました。いまが、その時なのです」


 そういうことだったのか。エリーゼは合点がいった。彼らが自分のことを気にかけていたのは、つまるところ家臣だからなのだ。


 だがそれ以上に、エリーゼはアガタの言ったことが気になっていた。


「それは、つまり……」


「お察しの通り、カタジーナはつい先ごろ死にました。病だったそうです」


「私の、お父さんっていう、ミハウという人は」


 アガタは首を横に振った。


「残念なことに病から直ることなく、カタジーナが死ぬ一月前に、お亡くなりになりました」


「そう……」


 わかっていたことだったが、改めて聞くと少しだけ落胆した。父と母はもうこの世にはいない。顔も見たことはないけれど、やはり寂しい。


「心中は察します。しかしカタジーナ亡きいま、エリーゼ様は次期領主候補なのです」


「私が、領主、さま」


 考えてみれば順当なことなのかもしれない。父も母も死に、権勢をふるっていたカタジーナもいないのであれば、娘である自分が領主となるのは当然だろう。ウィ・ノナでは女性が当主となることはさほど珍しくない。歴史の中では幾度か女王が君臨している。だが、次期領主候補というのが引っかかった。エリーゼは疑問を口にしてみる。


「領主候補、というのはどういうことなの。他にも継承権を持つ人がいるの」


 アガタが言うことが本当なら、自分に兄弟姉妹はいないことになる。カタジーナにも子供はいないようだし、他に誰が相続権を持つというのか。


「その通りでございます」アガタは続けた。「その者の名はイレナと申します。あの悪名高き貴族擁護委員の一人です」


 貴族擁護委員会。奴隷の中にいる、反貴族、反王政勢力を取り締まる組織だ。


「なんでその人が相続権を持っているの。その人は、どういう人なの」


「イレナはミハウ様の遠い親戚にあたります」とアガタは言った。「血縁があるのなら相続に問題はなかろうと主張し、ポドラスキ地方の領主たる権利を求めています。普通ならばより血縁の濃い方が領土を継承するのが一般的ですが、前領主、および領主代理が遺言を残さず亡くなったことと、それからグラボフスキ家の先祖に問題があり、王や他の貴族もイレナに口出しができないのです」


「先祖に問題がある、というのは」


「グラボフスキ家は、血筋をたどると四代前の国王陛下の弟君にいきあたります。それは血縁であるイレナにも当てはまります。王家と由縁のある者だけに、おいそれと逆らうわけにはいかないのです。また、イレナはこれまで貴族擁護委員として数多くの奴隷を処刑してきた、性残忍な女です。一部の者からは『血塗れイレナ』と呼ばれるほどです。おそらく、正当な継承権を持つエリーゼ様の御命を害しようとするはずです」


 エリーゼは耳を疑った。それは自分にも王族に連なる血が流れているということではないか。いや、気にするのはそこではない。アガタはいま、イレナが、自分を殺そうとしている、と言ったのか。そんな馬鹿な。自分はイレナとは一応、従妹同士になる。それなのに領主になりたいからという理由で殺そうとするのか。貴族とはそういうものなのか。


「ですが、心配ございません。とある筋から、腕利きの傭兵を呼んであります。話によればエルフの騎士を凌ぐ強さを持つという……」


 そこから先の話はエリーゼの耳には届かなかった。自分が実は貴族で、それも王家と関係があって、しかも領主相続権までついてきて、でもそのせいで別の貴族に命を狙われて……。考えれば考えるほど現実離れしている。理解できでも受け入れることができない。頭がくらくらしてきた。さほど喋っていないのに喉が渇いている。


 命を狙われるのは嫌だ。エリーゼはそう思った。でも相手は、イレナは貴族で、それなら騎士が自分を殺しに来るのだろうか。ああ、そういえば自分も貴族なのだった。実感はこれっぽっちもないけれど。アガタはどうするのだろう。傭兵を呼ぶと言っている。傭兵。傭兵が騎士に太刀打ちできるのだろうか。でも、いまはとにかくその傭兵にすがるしかないのだ。


 その日からエリーゼは不安に苛まれながら過ごした。年上の友人、ユリアンが村を見回ってくれると言っていたが、それでも心は晴れなかった。エリーゼは家から一歩も出ずに、いつやってくるかわからない刺客の恐怖に耐えながら傭兵を待った。


 そしていま、その傭兵はエリーゼの前で跪いている。

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