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Order of Steel

 夜の帳が降りてくる。少し北に来たせいか寒くなったように感じる。あたりは静かだ。とはいえ、どこに猛獣や野盗が潜んでいるかわからないので、銃から手を離すことはできない。腰にはいまもショットガンを提げている。


 ここから故郷の村までどれだけあるのだろう。ドニは夜空を見上げた。小さな星たちが瞬いている。ひどく遠くにきてしまった気がする。それは多くの経験をして、自分が変わってしまったからだ。


 ドニたちはドワーフ自治領を後にして、徒歩で東へと進んでいた。マックスによれば、次の目的地はアルマーニュの首都、ベアリーンになるそうだ。


 フンベルトからマルティンを護送する列車に便乗してもいい、と言われたが、ドニたちは丁重にそれを断った。共和国の正規軍が乗り合わせるため危険はないと思うのだが、列車にはあまりいい思い出がない。


 マックスは自治領評議会から、ぜひ表彰させて欲しいと打診が来ていた。彼は断った。自分の都合でやったことだから、と。


 今回の件で自治領は大きな被害を受けた。少なくない死者が出た。元通りになるには時間がかかるだろう。だがいつかは、きっと前のように、いや前よりも豊かな場所を作れると、ドニは信じている。


 別れ際に、フンベルトは旧世界の異物を見つけたら持ってきてくれ、お前なら歓迎するぞ、と言ってくれた。どうやら彼に気に入られたようだ。トレジャーハンターをやるのも悪くない。そう思わせるくらいには、ドニも彼のことを気に入っている。重傷だったバルドゥイーンは意力治療で一命を取り留めていた。見送りに来た彼は貧血気味だったが、それでも道中の安全を祈ってくれた。二人とも、いい人だ。人間ではないが、ともかく。またアルマーニュに寄ることがあれば会いたいものだ。


 ラジオから若い女性の声が聞こえている。


「……先日、ドワーフ自治領で大規模な戦闘がありました。情報によると、ポリクラブのドワーフに対する攻撃で多数の死者が出たようです」


 声は続ける。


「ポリクラブもまたこの戦闘で大きな被害を出し、今後の活動規模の縮小が予想されています。多数の構成員が反撃にあい死亡、ないしは逮捕されたとのこと。目撃者の証言では、神が二人の天使を遣わした、そのうちの一人は燃える正義の斧を持っていた、と」


 それってまさか、自分のことか。ドニは苦笑した。天使と呼ばれるほど高尚な人間ではないし、もう一人の天使は当時血塗れだったのだ。外部からの評価というのは、得てしてそういうものなのだろう。


 ドニは天を振り仰いだ。夜空に大きな、丸い月が浮かんでいた。


 昔、両親から月について聞いたことがある。あれはなんなのか、と。父は、神様が地上を見守るために作った覗き窓だ、と答えた。幼かったドニは暗い夜でも神様が見てくれているのなら安心だ、と思ったのだが、逆に月が出ていない夜を恐れるようになった。雲がかかった夜は逃げたくなる衝動に駆られたものだ。


 いまは神を信じてはいない。恐れることはあっても、逃げることはしない。


「知ってるか、ドニ」と焚き火のそばでマックスが言った。「あの月はな、この、俺たちがいま立ってる星と同じ、惑星なんだそうだ」


「星って」


 ドニは視線を下げた。


「大きな球体のことさ。その表面に大陸や海がへばりついている。そこで俺たちは生活してるんだ」


 彼は深緑色のコート、のようなものを着ていた。自治領での戦闘で血だらけになったそれは、ドワーフの洗濯屋の手によって元の色を取り戻していた。意力で血を落としたらしい。便利なものだ。


「球体って……誰が支えているんだい。どこかへころころ転がっていったら大変なことになりそうだが。それに、飛び上がったらその球から落っこちるんじゃあないのか」


「浮いてるんだよ、ドニ。星っていうのは何もない空間に浮かんでるんだ」


 とんでもない話だ、とドニは思った。同時に、自分は世界が実際にどうなっているのか、ということを具体的に考えたことがなかったのだと気づく。壷の中身に興味はあっても、壷そのものはどうでもよかったのだ。


「俺たちが星から転げ落ちないのは、一説には、星そのものがなんらかの力で地表……星の表面に繋ぎ止めているからだ、と言われている」


「力って」


「俺もよくわからん。だが、意力と同じように見えない力だ、というのが一般的な考えだ。星自体が意思を持っていて意力を発動させていると言う者もいれば、俺たちが使う意力の本質がまさにそれなのだ、と言う者もいる」


 途方もない話だ。星自体が意思を持っているとは。だが、自分には星の意力が見えないからその仮説は外れのようだが。彼がどこでそんな知識を得たのかは気になったが、またベッドの上でどうたらこうたらとはぐらかすのだろう。


 だが星そのものがなんらかの力を発しているという考えは面白い。もしかしたら、意力というのはそれをうまい具合に変換したり、操作したりする力なのかもしれない。素人考えだからどこまで合っているかはわからないが、想像の余地があることのほうが大事だ。頭が刺激される。空想は、楽しい。


 何もない空間に浮かぶ巨大な球体。夜空に浮かぶ星星も同じくらい大きいのだろうか。その表面にへばりつく海や、島や、大陸。そこに自分が住んでいるのを想像する。自分という存在はちっぽけなものなのだ。それを意識する。


 世界とはなんなのだろう。かつてこの星に栄えていたという、旧世界文明とはどんなものだったのだろう。旧世界の人々も、自分と同じように夜空を見上げることがあったのだろうか。人間とは、エルフやドワーフたちとは、いったいどこで、何が理由で枝分かれしたのだろうか。


 改めてそんなことを取り留めなく考えていると、自分の身体が夜空に溶けていくような気がした。


「私が聞いた話だと」


 マックスとは別の声がした。


「旧世界文明の人たちは、神の稲妻が落ちる前に、この星から脱出しようとしていたそうよ。そのための乗り物を作ろうとしていたとか」


 鍋の煮え具合を見ながら言うのは、ファニアだった。


 自治領を出てからこっち、彼女はそれが当然とでも言うように同行してきていたのだった。もちろん、ダンケも一緒だ。


「あー」


 微妙な顔でマックスはぼやくように言った。


「お前さ、なんでついてきてるんだ。もう首輪は取れたんだから俺たちと一緒に来る理由はないだろ」


「いいじゃない。男二人じゃろくなご飯食べられないだろうなっていう私の親切心よ。ありがたく思いなさい」


「そうだな。うまい飯にありつけるのは、ありがたい」


 ドニは率直な意見を口にした。いまも鍋から漂ううまそうな香りが胃袋を刺激してやまない。


 正直なところ、旅の道連れが男と犬だけというのはあまりにも灰色ではないか、とも思うのだが、それは言わないでおく。


「そうでしょ、そうでしょ」


 それが大変誇らしいことのように、ファニアは胸を張った。その側でダンケは皿に盛られた食事をすごい勢いで食べていた。これまたすごい勢いで尻尾が揺れている。


「三対一。多数決で私の勝ちね」


「何の勝負だ、何の」


「私が勝ったんだから、敗者は勝者の言うことを聞くものよ。跪いて、『ファニア様、どうか私めにこれからもおいしい食事をお授けください』って言いなさい。それから三遍回ってワンと鳴いて」


「やだね」


「じゃあマックスにはあーげないっと」


「ぐっ」


 マックスが唸った。同時に腹の虫が鳴く。意地の悪い笑みでそれを見てから、、ファニアはドニに出来上がったばかりのスープを差し出した。今度は素直な、普通の笑顔で。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとう」


 マックスから突き刺すような視線を感じる。恨めしそうな顔。うぅむ、やはり彼よりも好かれている、と判断すべきなのだろうか。いや、そんなことを考えるなんて、俺は馬鹿か。そう思いながらドニは湯気の立つスープをすする。うん、やはり美味い。彼女の出身地は美食の国としても知られるロムルス共和国だ。彼の国では、みんなこれくらい料理が上手いのだろうか。あるいは彼女が特別なのか。いつか行って、確かめてみたいものだ。


 と、そこまで考えてから、君の生まれた国に行ってみたい、というのは、言われた側としては特別な意味を持つのではなかろうか、ということに思い至る。彼女の方から言われたとしたら、それはそれで嬉しいのだが、少し困ってしまう。何もない田舎なのだから。いや、いや、俺は何を考えている。


「それよりさ、マックス」


「なんだ」


 憮然とした表情のマックスにドニは聞いた。


「気になってたんだけどさ、旧世界の遺物をフンベルトに渡して、そのままでいいのかな。フンベルトたちに危険が及ぶかもしれないし、俺たちが持ってないことを相手は知らないままかもしれない」


「そんなことか。手は打って――ああ、大丈夫じゃねえかな。鋼鉄騎士団の手に渡ったようなもんだしな。あいつらにも、俺たちにも、ちょっかいかけてくることはないと思う」


 それまで一心不乱に食事にかぶりついていたダンケの耳がぴくりと動いた。何かに気づいたように顔を上げる。マックスの顔つきも、真剣なそれへと変わっていった。ドニの頭が冷たく冴えていく。


「え、なに、どうしたの」


 状況を掴みきれていないファニアはきょとんとしていた。


「敵だ。二十近くいるな」


 マックスは焚き火の燃えさしを拾い上げ、気配のする方へ投げた。


 払われた闇の下から現れたのは、異形の怪物だった。


「……ナイトストーカー」


 ファニアが怪物の名前を口にした。


 それは茂みの側で、火に照らされながらもじっとこちらを見つめていた。不気味な瞳を備えた頭部は毒蛇のそれだった。胴体は狼のような毛皮で覆われており、そこから六本の足が伸びている。喉から漏れる不快な威嚇音がラジオの声に混じる。


 ナイトストーカーは文字通り、夜の狩猟者として知られている。彼らは暗闇の中をひっそりと獲物に近づき、群れで襲い掛かる。火も、銃声も恐れずに。射程に入った獲物に突進し牙を突き立てるのが彼らのやり方だ。さらに、迅速な処置がなければ人間をほぼ確実に死に至らしめるほどの毒を持っている。


 ようするに、旅人にとっては最悪の生き物なのだった。


 銃を手に身構える。ダンケはナイトストーカーたちに負けじと唸り声を上げている。いまにも飛び掛りそうだ。


「ドニ、ファニア、自分の身を守ることに専念しろ。あと、ダンケに無茶させるなよ」


 銃の安全装置を外しながらマックスが言った。ドニは頷く。


 ゆっくりと包囲の輪が狭まってくる。やがてナイトストーカーたちが一斉に襲い掛かってきた。ただの旅人ならば死んだも同然だったろう。


 だがドニたちは意力使いなのだ。


「次のニュースです。エレクサゴン共和国の首都、ナオネトで近年存在が危険視されていた新興宗教団体、『金薔薇十字団』の集会を鋼鉄騎士団が摘発しました。一神教会に異端認定されてから同組織は地下に潜っていましたが、鋼鉄騎士団による実力行使は今回が初めてです。『金薔薇十字団』はアルマーニュ国内でも――」


 銃声がラジオの声を掻き消した。



 薄暗い地下室に彼女はいた。目深に被ったフードで顔を隠し、暗赤色のローブに身を包んで。集まった他の人々も同じような格好をしていた。オークだろうか、下顎から牙を生やした者もいる。あるいは人間のオークかぶれかもしれない。オークに奇妙な憧れを持ち、彼らの姿を真似ることを好む人間たち。獣人やドワーフらしき者もいる。多種多様な種族が闇の中で蠢いている。


 フードを被った人々は、口々につぶやいていた。


「癒しを、救いを、安寧を……」


「偽りの神たる一神教会に正義の鉄槌を……」


「旧世界の神に祈りを祈りを祈りを……」


 その声音は、低く、暗く、恨みに満ち満ちていた。重なり合ったしわがれ声が獣の唸り声のように室内に響いている。


 前方の壇上にカンテラを持った男たちが上った。そこに置かれた祭壇の上には、様々なものが並んでいる。一見するとがらくたにしか見えないそれらは、旧世界の遺物だった。


 背の高い、壮年の男が祭壇の横に歩み出た。他の者たちとは違い、彼が着ているローブは目が覚めるような純白だ。胸元には金色の刺繍が施されている。生え際は幾分か後退しているものの、きれいに撫で付けられた頭髪は優雅ささえ感じさせた。


 落ち着きと威厳を湛えた表情で、彼は言った。


「諸君、栄光ある金薔薇十字団の諸君」


 ローブ姿の人々が呟きをやめて傾聴の姿勢を見せる。


「日々の活動に精を出しているようですね。大変、結構。先月、このナオネト支部から十人、"理想郷"への移住が認められました。諸君らの働きのおかげです」


「おおおおおおっ、理想郷っ」


 黒いローブが波となってさざめいた。フードから覗く口元には愉悦と、羨望が浮かんでいた。それが大変めでたいことであるかのように、拍手する者までいた。


 白いローブの男が両手を差し上げると、声はぴたりと止んだ。男は手を下ろし、聴衆に問いかける。


「諸君、諸君らはこの世界をどう思いますか」


「地獄だっ」


 誰かが言った。


「醜い、この世界は失敗作だ」


 別の誰かが言う。


「そう、その通り。この世界は、醜い。歪んでいる。小さなものから大きなものまで、あらゆる種類の不幸が蔓延っている。親が子を殺し、寄る辺をなくした幼子が物乞い同然の暮らしをしている。正義の名の下に他者を傷つけた者がまた正義を名乗る者に復讐される。目の色、肌の色、牙の有無、耳が長いか短いかだけの違いで人々はいがみ合っている。国家はそれに見てみぬ振りをして上辺だけの幸福を謳っている。一神教会はどうでしょうか。旧世界の技術を独占し、私腹を肥やしている」


 聴衆たちは口々に賛同の言葉を叫んでいる。


「旧世界の遺物は、かけがえのない宝です。旧世界では多くの人々が幸福に暮らしていたとされています。結局は滅んでしまいましたが、彼らは力の使い方を誤ったのです。我々は、違う。正しき心があれば、我々は旧世界、いやそれ以上の幸福を享受できる、あらゆる差別も、貧困も、苦しみも存在しない、まさに理想郷へと至ることができるのです」


「だから影の兵を使って、遺物を狙った、と」


 張りのある、女の声がした。黒ローブの聴衆たちが動きを止めて声の主を見やる。


 その人物は人々の群れから歩み出て、壇の手前で止まった。白いローブの男が問う。


「なんですかな、貴方は」


「神の忠実なる僕だ」


 黒いローブが宙を舞った。頭の上で一纏めにした長い亜麻色の髪が揺れる。


「一神教会鋼鉄騎士団エレクサゴン管区修道騎士、ミシェル・レティシア・ルエルだ。異端どもめ、貴様らの蛮行は神が見ているぞ」


 細い眉を吊り上げ、挑むような瞳で彼女は名乗りを上げた。


 ローブの下に、彼女は鎧を着ていた。衛兵のそれとは違い、ずっと薄く、軽い。首元から下の全身を覆うつや消しの黒い素材がミシェルの身体の線を浮かび上がらせている。胸や肩を包む装甲板は純白だ。機動力を重視した旧世界の倍力強化装甲服。


 黒ローブたちが呻きを上げる。


「こ、鋼鉄騎士団っ」


「教会の犬かっ」


「異端狩りめっ」


 呻きがざわめきに変わり、やがて怒声に変わった。黒ローブたちが拳銃や剣を取り出している。壇上の男たちが抜いたのは短機関銃だ。淡い明かりに照らされた白いローブの男は不敵な顔でミシェルを見据えている。


「殺せ」


 白ローブは、それだけを命じた。銃声。銃火が闇を切り裂いた。


 ミシェルの姿が、消えていた。流れ弾が黒いローブを貫いて同士討ちになる。フードを被ったままの首が飛ぶ。


「総員、突入っ」


 声は天井からしていた。ミシェルは発砲される前に跳び、天井に張り付いていたのだ。左手は天井にめり込み、右手には片刃の肉厚な剣を握っている。刃から血が滴った血が床に落ちる。


 扉が勢いよく開け放たれた。銀色の鎧を纏った鋼鉄騎士団たちが飛び込んでくる。彼らが着ているのも倍力強化装甲服だ。ただし、ミシェルのそれよりもずっと分厚く、厳しい。兜は頭部全体を覆っており、口元から伸びた管が背中に回っている。


「くそっ、撃て撃てっ」


 信者たちが雑多な小火器を撃ちかける。存外に素早い動きで騎士たちは散開し、遮蔽を得てこれを防ぐ。仮に当たったとしても、大した効果は望めないだろうが。


 信者たちが騎士の反撃を受けて倒れた。騎士たちの持つ銃からは一つの銃声もしなかった。焼けたような穴が身体に開いているが、そこから血は出ていない。


 騎士たちの銃は銃弾ではなく、高出力のレーザーを放っていたのだった。


 信者たちの苦鳴が響く中、ミシェルは天井から降りた。騎士たちは粛々と敵に対応している。誰もミシェルに手を出そうとはしていない。


 壇上の白ローブは不敵な表情のままだった。側にいたはずの信者はすでに倒れている。


「さて、貴様に聞きたいことがある」


 鋭い視線を突きつけつつ、ミシェルは問うた。


「なんだね、かわいい騎士さん」


 その言葉に、端正な顔が一瞬だけ歪んだ。


「……貴様らの本部は、どこにある。"理想郷"とは何だ。最近各地で起きている誘拐事件に貴様らは関与しているのか。喋るのなら神の慈悲を与えてもいい」


 白ローブの口から息が漏れた。それは嘲笑だった。


「断る、と言ったら」


 ミシェルの左手が素早く動いた。後ろ腰に差していたプラズマガンを壇上の男に向ける。


「神の御許に送ってやろう」


 白ローブの男が懐から何かを取り出した。細い針が伸びた、注射器だ。薄緑色の液体が満たされている。自決用の薬物か。ミシェルは反射的に引き金を引いた。プラズマ弾が男の腹を焼く。肉が焦げる、異臭。


 男はそれでも、自分の腕に注射器を突き刺した。中身を一息に送り込む。


「くくっ、くくくっ。馬鹿どもが」


 凄絶な笑みを浮かべ、男は床にくずおれた。


「神に会うのは貴様らの方だっ」


 男の身体が変異を始めていた。手が、足が、異常なまでに膨れ上がる。後を追うように胴体も。白いローブがたまらずはちきれる。破れた腹から零れた腸が別の生き物のようにのたくっている。深い皺が刻まれた顔が不気味に蠢動した。まるで皮膚の下で無数の虫が踊っているかのように。みち、みち、と肉が裂ける音。


「騎士ミシェル、あれはっ」


 雑魚の掃討を終えた騎士が焦燥した声で言った。


「様子が、おかしい。なんだ、これはっ」


 なんなのだ、これは。ミシェルはプラズマガンを構えたままあとずさる。こいつは、悪魔だとでも言うのか。


 男の身体は、既に元の三倍近くにまで膨れ上がっていた。


 壇上の肉の塊がくぐもった声を発した。


「う、うう……た、助け……」


 次の瞬間、男が爆発した。血と肉と内臓が飛び散った。祭壇の横にいた、男だったものは血みどろの肉の堆積になっていた。


 それはぴくりとも動かなくなった。


 鋼鉄騎士団たちは、呆気に取られたようにその場に立ち尽くしていた。


「……なんだったんですかね、これ」


 騎士が言った。


「……わからん……だが用心するに越したことはない」


 ミシェルは装甲服の環境探査機能をオンラインにする。彼女が纏う鎧は瘴気を含むあらゆる有害物質を検出することが可能だ。異常は認められず。


 それを確認してから、ミシェルは辺りを見回した。多数の黒ローブたちが死体になって折り重なっている。動くものは、ない。


「一人くらい生け捕りにできなかったのか」


「試みましたが、連中、口の中に毒薬を仕込んでいたようです」


 無骨な兜を外しながら同僚の修道騎士が答えた。騎士団における階級は同じでもミシェルの方が先任だ。歳は下だが。


 黒ローブを一つ一つ調べていた騎士――正確には会員司祭がお手上げの手振りを見せた。やはり生き残った者はいないらしい。


 ミシェルたちに与えられた任務は、金薔薇十字団拠点の壊滅と、情報収集だった。教会上層部は、最近各地で発生している誘拐事件に彼らが関与しているのではないかと考えているようだった。この一ヶ月、エレクサゴン国内で少なくとも六件、小さな町や集落から人――当然のことながら、亜人を含む、が連れ去られていると言われている。


 異端どもが何故誘拐など働くのか。答えは一つしかない。奴隷だ。まったく、笑わせる話ではないか。"理想郷"などと言いながら奴隷をさらってくるとは。ミシェルは軽く息を吐いた。


「拠点の制圧、完了しました」


 やってきた従士が報告する。


「捜索に移れ。遺物はもちろん、こいつらの内部資料もだ。特に理想郷について書かれたものがあるかもしれない」


「了解」


 ミシェルが指示を下すと、騎士たちは使命を果たすために散っていった。死体溢れる部屋に彼女ともう一人の騎士だけが残った。


 それにしても――。壇に上がり、奇怪な肉の塊に近づいてみる。かつて人間だったもの。人間がこうも奇妙な形に膨れ上がるとは、一体何を打ったのだろう。


 なんだか、ひどく、嫌な予感がする。何か恐ろしいことが起ころうとしているのではないか。ミシェルの心中に漠然とした不安が広がっていった。

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