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Blow me away(6)

 配置が整うのと、ドニがギュンターの意力を再び目にしたのはほぼ同時だった。


「ギュンターッ、俺はここだ、ここにいるぞ」


 銃声に負けぬ大音声でドニは告げた。斧を手に遮蔽から出る。


「くくっ、一騎討ちでもしてえのかよ」


 応えるように、ギュンターも姿を現す。所々負った火傷をものともせず、自分を囲むように十数個程度の鉄片を漂わせている。


思ったより数が少ない。やはり鉄の嵐は消耗が激しいのか。いや、油断できない。ドニは斧を持つ手に力を込める。


 その視線をどう受け取ったのか、ギュンターは人差し指を振ってみせた。


「ほい、追加」


 ベルトに差されたナイフが意力を帯びていく。それらはすぐに弾けて鉄片群の仲間入りをした。


「どうしたい、もっと嬉しそうな顔しろよな。せっかくの対決なんだからよォ」


 ドニは険しい表情のまま、ギュンターを観察した。数は多い、が、一発あたりの威力はさほどでもない。急所に当たらない限りすぐに死ぬことはないはずだ。あれを突破すればまだ勝ち目はある。


 ドニがギュンターを倒すために選択したのは、倒される前に倒すこと。すなわち、真正面から突っ込んで斧を叩きつけること。それだけだった、というよりも、それしかできない。


 肩に担ぐようにして斧を構える。獲物を狙う肉食獣よろしく、姿勢を低く。被弾面積を抑えるためだ。


「声も出ねえか。正義の味方気取りさん」


 ギュンターの挑発はすべて無視する。敵を見据えるドニの瞳に、恐怖は微塵もなかった。跳弾が足元に突き刺さっても微動だにしない。


「……ムカつくぜ、糞が」


 やがてギュンターは眉間に皺を寄せて言い捨てた。漂っていた鉄片が徐々に加速を始める。細い風鳴りの音が、周囲の喧騒を突き抜けてドニの耳に届いている。次第に、高く、強くなっていく。


 ホールにいる者たちは誰も、二人の意力使いの戦いに気づいていなかった。たった二人を除いては。


 外界から隔絶されたかのような空間の中で、緊張感が高まっていく。


 許せなかった。ドニはギュンターを睨む。こいつは生かしておけない。生きていてはいけない奴なのだ。かつて神父は己の敵を愛せ、と説いたものだったが、そんなことがどうしてできるのか。多数の人を好んで傷つけ、罪悪感の欠片もなく、へらへらと笑っていられるような奴をどうして許せるというのか。


 あるいは、こうした発想そのものが邪悪なのかもしれない。暴力を振るう者をさらなる暴力で押しつぶすという行為が。


 邪悪で結構。ドニはもう迷わない。俺が邪悪で、あいつも邪悪で、どっちが死んでも人殺しが一人減るだけじゃないか。奴を喜ばせる気は欠片もないが。


 紫の風がさざめいた。無数の鉄片が渦を巻き始めている。暴風の規模が広がっていく。


 構えたまま、ドニは機を待った。もっと広がれ。もっと、もっとだ。広がればその分、薄くなる。


 風が数歩手前まで迫った頃、漸くドニは動いた。鋭く、短い気合と共に床を蹴る。マンデインではありえない速度を発揮しギュンターに突っ込んでいく。


 死の嵐に触れる直前に、ドニは叫んだ。


「ファニアッ」


 その叫びにファニアの鋭い声が重なった。


 背後から迫る突風がドニの身体を押した。巨体が弾かれたように加速する。背後に隠れていたファニアが、ドニめがけて声を使ったのだ。


 暴風の中を素晴らしい速度でドニは突っ切っていく。範囲を広げたためか、死の密度はかなり薄まっている。声の余波で逸らされる鉄片群。それでも十発以上の鉄片がドニに向かってくる。意力障壁はすぐに吹き飛ばされた。額が横一文字に裂ける。脛に細い穴が開く。


 苦痛は一瞬の出来事だった。ドニは意識を保ったまま、死の嵐を抜けた。竜巻の目に入り込んだのだ。痛みを塗りつぶすように雄叫びを上げてギュンターに迫る。


 ギュンターの表情が驚愕に歪んだ。銃では間に合わないと悟ったか、腰から片刃の剣を抜き放つ。下から斜め上へと。その顔が束の間、赤く染まった。熱が。灼熱感の間から聞こえる空気を切り裂く飛翔音。


 頭を真っ二つにしようと迫るドニの斧。


 摺り上げるように胴を狙うギュンターの剣。


 瞬間、金属と骨がぶつかり合う音が辺りに響いた。


 血飛沫が散った。ギュンターの横を通り過ぎたドニが床に転がり、壁に当たって止まった。厚い胸板が大きく切り裂かれている。斜めに切り開かれた服の下から血が滲んだ。


 痛みに呻きながら、ドニは首を動かした。目に入った血を拭う。開けた視界に、ポリクラブのアデプト級意力使い、ギュンターの頭に奇妙なものが生えている姿が見えた。額から鼻の下まで通ったそれは、一振りの斧だった。なにが起こったのか確かめるように、ギュンターの両目が中央に寄って斧を見ている。それもやがて裏返り、白目を剥く。


「お、俺は、この国の、首相に……」


 よた、よたと、二、三歩よろめいてから漸くギュンターの身体がくたりと崩れた。割れた頭から血と脳髄液を零しながら。


 天井すれすれまで弾き飛ばされた戦槌が、回転しながらその横に落ちていく。


 ドニの傷はギュンターの剣がつけたものだった。本来ならば勝者はギュンターのはずだった。それはドニにもわかっている。痛む傷を抑えながら、ドニはなぜ自分が勝てたのか訝った。


 交錯したあの時、ギュンターの剣の方が少しだけ早かった。仮に自分の方が早かったとしても、意力障壁で減速された刃はギュンターを仕留め切れなかったはずだ。実際のところ、ドニは斬られた時に斧から手を離してしまっていたのだから。


 死体の横に転がる戦槌と焦げた床が、疑問の答えになった。


 視線を動かすと、ギュンターに向かって手を伸ばすような格好で倒れているバルドゥイーンがいた。


 ファニアの声を自分に向けて加速し、斧を振り下ろした刹那に感じた熱は、バルドゥイーンによるものだった。彼が振り絞った意力攻撃は、僅かながらにしてもギュンターの意力障壁と集中を殺ぎ、剣速を鈍らせていたのだ。


 そして、戦槌。ドニは吹き抜けになったホールの二階を見上げた。血だらけで傷だらけのフンベルトが立っている。彼が投げた戦槌は、偶然か狙ってのものか、浅く食い込んだドニの斧を深く押し込んだのだった。


 指揮官の死を目の当たりにしたポリクラブたちの動きが一瞬、止まった。ある者は呆けたように口を開け、ある者はその意味を知って武器を取り落とした。


 そしてある者は、自棄になって、仇であるドニに銃を向けていた。


 狙われている。避けなくては、と思うのだが、力が入らない。負傷のせいだ。意力障壁の再展開も間に合わない。


 ポリクラブの引きつった顔がやけにはっきりと見えた。自分を狙う銃口も。


 銃が、火を吹いた。


 蜂の巣になったポリクラブが血まみれになって倒れた。声が、響く。


「ドラゴンボーン傭兵だ。武器を捨てろ。降伏すれば命までは取らないっ」


 ホールにドラゴンボーンたちがなだれ込んできた。残存兵たちと合流し、ホールを速やかに制圧していく。ポリクラブたちはは諦めたように武器を捨てて両手を挙げた。


「医療班を呼べっ。負傷者を――」


 終わったのか。手際よく武装解除していくドラゴンボーンたちを見ながら、ドニは床の上で安堵の息を吐いた。できるのはそれだけだった。疲労感。立てないほどではないが、しんどい。身体のあちこちが痛む。血が出ているのだから当然だ。


「おい、おい、坊主、大丈夫か。しっかりしろ」


 階段を駆け下りてきたフンベルトがドニの顔を覗き込む。


「ひどい顔だな、ええ」


「フンベルトさんも」


 フンベルトの顔も血まみれだった。ひどい顔なのはお互い様じゃないか。ドニは苦笑する。


 即席の担架に乗せられて、バルドゥイーンが運ばれていく。療兵が必死で手をかざし、意力治療を施している。どうやら一命を取り留めたようだ。


 と、泣いているような、怒っているような顔のファニアが近づいてくる。どす、どす、と床を踏み鳴らしながら。


「ファニア……」


「ドニッ」


「あ痛っ」


 平手打ちが炸裂した。顔が横を向く。


「ちょっ、なんで殴るんだよっ」


「ドニの馬鹿っ、アホッ、命知らずっ。えーと、それから……とにかく馬鹿ぁっ」


 抗議を無視して、ファニアは罵倒した。ドニにすがり付いて胸を叩いてくる。傷が痛んだ。彼女の手が血で汚れる。


「こんな、無茶なことして、怪我して……本当に死んじゃうかとおもったんだからっ、謝りなさいよぉっ」


 無茶、というか、無茶苦茶なのはそっちじゃないか。痛みに顔を引きつらせながら、ドニは思った。


「わかった、わかったから叩くのはやめてくれ。それで死んでしまいそうだ」


 フンベルトが大声で笑った。様子を見ていたドラゴンボーンたちも微笑を浮かべている。なんだか恥ずかしくなってドニは顔を伏せた。ファニアも慌ててドニから離れる。


 改めてドニは、ギュンターの死体を見やった。そして、ホールの状況を。人の手足や臓物や血が散らばっている。手遅れになった者に療兵が沈痛な面持ちで最期の慈悲を与えていた。


 世界は残酷だった。


 ホールの外からドワーフたちの声が聞こえてくる。避難民たちだろう。戦闘が終わったことを知って、安心しているようだった。ドラゴンボーンがホールの惨状を見せぬよう、入り口に立っている。


 その足元を、一匹の犬がすり抜けてきた。ダンケだ。一直線に駆けてきてドニの前まで来ると、ワフ、と吠えた。お疲れ様、とでも言うように。


 あぁ、守ることが出来たのだ。こんな邪悪で、自分勝手で、愚かな自分でも、名前も知らない他人を守ることが出来たのだ。自分の信じる世界も。


 達成感がドニの心の水位を押し上げて、目から溢れていった。


 そして、ふと、マックスのことが気になった。彼はいま、どうしているのだろう、と。

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