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Blow me away(5)

 窓から邸宅に侵入したポリクラブたちは厳重に施錠された扉を見つけた。少し相談してから爆薬を仕掛ける。扉が吹き飛んだ。


 素早く入り込んだ彼らが目にしたのは、旧世界の遺物だった。だがそれは生活を豊かにするものでも、強力な兵器でもなかった。ポリクラブにとっては用途不明のがらくたでしかない。飾り棚の中で小さな薄汚れた人形がポリクラブたちを眺めている。壁に貼られた張り紙には、大きく口を開けてなにかを訴えかけるような表情の男が描かれていた。


「けっ、なんだよ外れかよ」


「マルティンがいると思ったんだがな、くそったれ」


 腹いせにポリクラブたちが発砲する。遺物が派手な音を立てて砕けていく。


「お、おお……わしの、わしのコレクションが……」


 ポリクラブたちの後ろでフンベルトが呻いた。肩がわなわなと震え、目には涙を溜めている。


 フンベルトは頭を垂れて床に膝を突いた。気づいたポリクラブたちが視線を向ける。


「なんだよ、これ。お前の大事なものか」


 言いながら発砲する。元は鮮やかな赤色だったのだろう、色あせたラベルが貼られた細長い瓶が割れた。


「俺たちの国を滅茶苦茶にしといて、こんなもんに現を抜かしてたのかよ」


 さらに撃つ。大きな丸い耳の、赤いパンツと白い手袋、黄色いブーツを履いた人形の頭が爆ぜた。


「お前もこのガラクタどもの仲間入りをしやがれっ」


 ポリクラブがフンベルトに銃を向けた。


 撃つ前に、ポリクラブの身体が横にすっ飛んでいった。短い悲鳴を残して。仲間たちが唖然とする。


 フンベルトは巨大な槌を握っていた。戦闘用に作られたらしいそれは新しい血で濡れていた。


「こおおおおの糞どもがっ。皆殺しにしてくれるわっ」


「うわああああああぁぁぁっ」


 憤怒の形相でフンベルトは槌を振った。恐慌に陥ったポリクラブたちが一人、また一人と、叩き潰されていった。



「敵が、もうこんなところに来ているのか」


 ドニは廊下の角に身を隠しながら焦りと共に言葉を吐き出した。窓から入り込んだと思しきポリクラブたちが撃ってくる。


 銃撃が途絶えた隙に飛び出して反撃に転じる。一息で射程内に入り込み引き金を引く。散弾がポリクラブの身体を抉る。驚きの声が銃声に混じる。


「なんだあいつ、デカいくせに速えっ」


「意力使いだ、気をつけろっ」


 弾が飛んでくるより一瞬早く手近な部屋に飛び込む。ポリクラブの銃弾は壁に穴を開けるだけだ。反撃。敵が倒れる。


 ドニは自分が戦えていることに内心驚いていた。村を出るまでは殴りあいすらしたこともなかったのに。もう何度も戦った。人も、殺した。どうしようもなく変わってしまった自分をどう捉えるべきなのだろう。


 いや、いまはただ戦うだけだ。死んでいったドラゴンボーン傭兵や、殺されようとしているドワーフたちのために。


 敵を排除し、一際大きな扉を開けるとその先はホールだった。吹き抜けになった二階から見下ろすと、そこでも戦いが繰り広げられていた。


 フンベルト邸宅守備隊が主力をホールに集めて、突入してくるポリクラブたちを迎え撃っているのだ。机や椅子などを積み重ねた雑多な遮蔽物に身を隠し銃を撃つドラゴンボーンたち。戦う気概を持った使用人たちも混ざっている。


 火線が伸びる。突っ込んでくるポリクラブたちが次々と射殺されていく。赤い絨毯が血を吸って別の赤へと色を変える。


 死体を踏み越えて邪悪な笑みを浮かべた男が優雅な足取りでホールに入ってくる。纏った紫色の意力が銃弾を弾く。意力使いであることはドニにとって一目瞭然だ。


 男は胸や腕や太ももにベルトを巻いていた。十本以上の大小様々なナイフが差さっている。手に握っているのはドラゴンボーンやマックスが使うそれよりやや短い、黒光りするライフルだ。


 男が腰だめにライフルを撃った。狙いもろくにつけていない、適当な射撃に見えた。


 素早い反応で頭を下げるドラゴンボーンの頭に、ぽつりと、赤い点が浮き上がった。血だった。反対側でも同じように血の玉が盛り上がる。なにかが頭の中を通り抜けていったように。銃弾ではありえない傷だ。


 守備隊のほとんどが同じようにして絶命した。顔をぐちゃぐちゃにされたドラゴンボーンと、血だまりの中で転がっているドワーフとグラスランナー。悲鳴と呻きがホールを満たす。


 まだ息のあるドラゴンボーンが、歯を食いしばりながら銃に手を伸ばした。


「撃ってみろよ」


 ホールに侵入を果たした男が言った。余裕たっぷりの、邪悪な笑み。


 荒い息をつきつつも、ドラゴンボーンは銃を持ち上げる。指が引き金に触れた。


「よし、死ね」


 ドラゴンボーンの首から上が、血煙になって消えた。強固なはずの鱗もあっさりと砕かれる。


 虫の群れのようなものが流れていくのをドニはその目で見ていた。それが守備隊を殺戮したものの正体だった。発射した弾丸に意力を込めているのかと思ったが、それにしては数が多いし、小さすぎる。意力の群れが向きを変えて男の周囲に漂い始める。


 ただ一つはっきりとわかるのは、小さいとはいえあれだけの数の物を同時に操作するには、意力に関してかなりの習熟が必要だということだけだ。自分に同じことは、まずできないだろう。強者を前にしてドニは恐怖に似た焦りを感じる。こいつを倒すとしたら、どうすればいい。


「噂に聞こえるドラゴンボーンったって、マンデインならこの程度か」


 呟く彼の横をポリクラブたちが走り抜けていく。生き残った者たちが銃を撃ちかける。男の周りに漂っていた意力の欠片が乱舞する。無数の小さな穴を開けられて生存者が血まみれになる。


「やれ、皆殺しだっ。ドワーフもドラゴンボーンもグラスランナーも、片っ端からぶち殺せ。ああ、マルティンは間違っても殺すなよ」


 指示を下す男も、それに従うポリクラブたちも、瞳に暗い喜悦を湛えていた。


 笑いながらドワーフの死体に剣を突き刺していた男が突然、炎に包まれた。絶叫する男の腕が宙を掻く。


 振り向いたポリクラブの数人が、また焼かれた。続けざまに銃声が響く。撃たれたポリクラブが悲鳴を上げる。


「おや、面白そうな奴がいるじゃねえか」


 鋭い眼光を宿したドラゴンボーン、バルドゥイーンが柱の裏から姿を見せていた。


「見た感じ、お前もアデプトか。俺はギュンターだ。退屈させないでくれよ」


 面白がるような表情を見せるギュンターに対して、バルドゥイーンは唇を僅かに動かしただけだ。その様子が、目に宿る光がなにかに似ているとドニは思った。


「一つ聞きたい」


 銃を構えたまま、バルドゥイーンが問う。


「なんだい」


「あなたに、家族はいるか」


「はあ、なんだそりゃ」


 ギュンターが失笑する。


「ま、一応答えてやる。いるよ。いまも普通に生きてるぜ。嫁はまだだが、お前をぶっ殺した後でゆっくり探すさ」


「こんなことをして、家族に恥ずかしいと思わないのか」


 バルドゥイーンの語気には静かな怒りが込められていた。


「思わないね」とギュンターは言った。「なにを勘違いしてるかしらねえが、俺たちは、俺たちの国を守るために戦ってるんだぜ。アルマーニュは、人間が、俺たちの爺やそのまた爺が作ったんだぞ。それをドワーフなんぞに切り売りする政治家連中も、平気で買い叩いていくドワーフどもも、許しておけるかってんだよ」


 ギュンターが持つ銃に意力が集まっていく。


「俺には夢がある。ドワーフどもを徹底的に叩き、その功績で、俺は政治家になる。腐ったクズどもを政界から叩き出して、この国を導く。そして俺は首相になるんだっ」


 両手を広げて喝采を浴びるようにして、ギュンターは朗々と告げた。


 なにを言っているんだ、こいつは。呆れのような、微妙な感情がドニの胸に生まれていた。種族差別主義の人殺しが政治家になれるものなのか。人殺しという点では自分も同じだが。


「そんなことのために――」


「"そんなこと"だあ」ギュンターが唇を歪めた。「金で戦う傭兵に言われる筋合いねえんだよっ」


 ギュンターが腰だめで銃を撃つ。狙いは滅茶苦茶だ。当たらないと踏んだのか、バルドゥイーンは身を隠さずに反撃しようとしている。ライフルを肩付けに構える。


 そこに小さな光が。虫のように。


「危ない、バルドゥイーンッ」


 ドニは叫んだ。バルドゥイーンは射撃を中止、その場から大きく飛び退く。盾にしていた柱が細かく削り取られる。


「目のいい奴がいるようだな」


 階下のギュンターと視線が絡む。凍てつくような笑みがドニを射竦める。自分の目的のためなら積極的に他者を殺害する、いや、それとわかっていながら他者を傷つけ、楽しんでいるのだ。


 こいつは、本物の邪悪だ。


 そう意識した瞬間、ギュンターの姿が霞んだ。激しい炎がドニの目に映る。バルドゥイーンの攻撃を避けたのだ。反撃の銃弾が撃ち込まれるが、バルドゥイーンは遮蔽を得てこれを防ぐ。回り込むようにして襲い掛かる虫のような意力の群れを跳躍してかわす。


 炎と虫の群れのようなものの応酬が続く。バルドゥイーンのライフルが火を吹く。意力障壁がこれを防ぐ。ギュンターの応射。遮蔽を取るも、ほとんどが明後日の方に飛んでいく。銃の腕ではバルドゥイーンに分があるようだ。と、そこにポリクラブが背後から襲い掛かる。剣が振り下ろされる前にポリクラブが顎を叩かれて倒れる。尻尾による強かな一撃が顎を砕き、首の骨をへし折ったのだ。


 ドニはただそれを見ていることしかできない。二人ともアデプト級だ。自分ごときが介入できるものではない。眼前で繰り広げられる高次の戦いにただ身を固くする。


「おっ」


 戦いの転機は、バルドゥイーンが幾度めか攻撃を避けたときに訪れた。再攻撃までの僅かな間にギュンターを取り囲むようにして炎の壁が打ち立てられた。見ているドニにまで届く膨大な熱量。揺れる炎の中でも、ギュンターは笑みを崩さない。


 炎の壁は、すぐに球状に変わった。逃げ道は完全になくなった。意力障壁があってもそう長い時間は耐えられないだろう。いずれ蒸し焼きになるのは免れない。彼が操る虫の群れのようなものも、火に視界を遮られていては役に立たないはずだ。


 銃を向けながら、バルドゥイーンは火球に歩み寄った。よく通る声音で告げる。


「降伏を勧告します。部下に戦闘を中止させ、武器を捨てるのなら殺しはしません。少なくとも、わたしは殺しません。ドワーフの皆さんがあなた方をどう扱うかは知りませんが」


 燃え盛る炎の中で男が答えた。


「お・こ・と・わ・り・だ」


 ホール内の空気が歪んだ。同時に、違和感。


 顔を上げる。壁に穿たれた弾痕から光が漏れているのにドニは気づいた。身の毛がよだつ感覚が首筋から足の先へと駆け下りていく。


「バルドゥイーン、避けろっ」


 叫びながらドニは床に伏せた。結果として、それが命拾いになった。


「アハッ」


 嘲笑のような、男の声がした。銃を上げようとしたバルドゥイーンがドニの声に反応して身を翻す。壁や天井に穿たれた弾痕から、小さな意力を纏った何かが飛び出してくる。


 それは、銃弾だった。飛び交うそれらはすぐに細く、小さく分裂していく。針のように。いや、それは極小の槍と呼ぶべき代物だった。


 そしてギュンターは、自分の意力作用を最大限に活かす手段を選択した。


「アハハッハーッ」


 ねじくれた笑い声と共に、ホールに紫の嵐が吹き荒れた。


「うげっ」


「えっ、おごごっ」


 鉄片が空気を切る音に悲鳴が混じる。生き残っていた守備隊たちどころか、ポリクラブまで巻き添えにしているのだ。虫食い状に穴を開けられた人体が血を撒き散らして崩れていく。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええええっ」


 伏せて被弾面積を最小限にしていたドニにも何発か当たる。意力障壁のおかげで傷はない、が、突っ立ったままだったら死んでいただろう。一発あたりの破壊力はさほどでもないが、数が多すぎるのだ。百以上の鉄片が縦横無尽に飛び回っている。


 嵐の中をバルドゥイーンは耐えていた。身をひねってかわしながら、避けきれないものは意力障壁で受け止める。


 だがそれも、長くは続かなかった。


「ぐっ、ううっ」


 バルドゥイーンが呻いた。長い首に血の筋が流れていく。意力障壁が限界に達したのだ。見る間に傷が増えていく。身につけた胸甲と自前の鱗に赤い点が描かれる。


「ふうううぅぅっ」


 ギュンターが大きく息を吐いて、漸く嵐が去った。血と肉片と脳漿と内臓があちこちに散らばっている。火球に閉じ込められたときのものか、彼の髪と服がところどころ焦げ、火傷を負っていた。彼も無傷ではすまなかったのだ。


 白かった鱗を赤黒く汚しながらも、バルドゥイーンは立っていた。満身創痍の身体で、銃は離さずに。銃を構えようとするが、手が震えてうまくいかない。右肩付け根あたりが深く抉れて骨が見えていた。


 そして、彼は、ゆっくりと倒れた。


 ギュンターの周りを旋回していた鉄片は、かなり数が減っているように見えた。それでもまだ数十個はある。


 意力を帯びた鉄片が、ぴたりと狙いを定めるように動きを止める。その先には倒れたバルドゥイーンがいた。


「させるかっ」


 反射的に、ドニは射撃した。意力障壁を貫くことはできなかったが、ギュンターの意識を逸らすことはできた。攻撃をやめ、振り返る彼と再び視線が絡む。


 目が合ったのは一瞬だけだった。手すりを乗り越え、敵めがけて飛び降りるドニに鉄片が数個、襲い掛かる。見えている。狙いは頭と心臓だ。三発目が障壁を貫通して目の前に迫る。首を振ってかわす。いや掠った。頬に痛み。深くはない。続いて心臓を狙う鉄片を斧で受け止める。横に倒した刃が小さく跳ねる。間近にギュンターの邪悪な笑みが。


「だあああぁぁっ」


 振り下ろした斧は、余裕を持って避けられた。危なげなく距離をとったギュンターは、なにかに気づいたように片眉を上げた。


「なんだ、人間か」


 嫌な言い方をする。ドニは体勢を整えながら敵を睨んだ。


「同族殺しは嫌なんだがなあ、一応。このままなにもしないで引いてくれりゃあ、さっきのことはなかったことにしてやるぜ。どうだ、悪い話じゃないだろ」


 軽い口調で言うギュンターの向こう側に、倒れたバルドゥイーンの血まみれの姿があった。穏やかで理知的なドラゴンボーン。彼が見せてくれた妻の写真。なぜ彼が、あんな目に遭わねばならないのか。彼がなにをしたというのか。深い憤りがドニの心中を満たす。


 斧を握りなおし、ドニは怒鳴り返した。


「断るっ。お前は、お前だけは許せないっ」


「おっかないねえ。さっきの反応を見るに、お前も意力使いだろ。それだったら力の差ぐらいわかりそうなものだが」


「ああ、よくわかる。だが、それでも、俺はお前を倒す」


 力の差など関係ない。相手が強いからという理由で引き下がったら、それではただの臆病者ではないか。たとえ死ぬことになっても通さねばならない意地があるのだ。


 鋭い視線を投げるドニとは対照的に、ギュンターはずっと嫌悪感を煽るあの笑みを浮かべていた。


「いるんだよなあ、お前みたいな、ドワーフどもに肩入れして、自分は善良な人間だと思い込んでいる奴が」


「どういうことだ」


 飛び掛りたくなる衝動をこらえてドニは問い返した。


「言った通りさ。人間を裏切ってドワーフにつく奴を俺は何人も見てきた。そいつらは揃いも揃って、正義がどうとか言ってたっけな。しょうがないから皆殺しにしたが」


 乾いた声でギュンターは続ける。


「それで、お前みたいな奴にずっと聞きたかったんだ。なあ、ドワーフのために俺を殺すのと、人間のためにドワーフを殺すことの、どこがどう違うんだい。なにも変わらねえよな」


「ドワーフが直接、人間に手を出したわけじゃないだろう」


「無知ってのは怖いね。ドワーフが善良な種族だとでも思ってるのかい。あいつらだって犯罪は起こす、その餌食になった人間はいくらでもいる。ドワーフに集団で強姦された女だっているんだぜ」


 それに対してどう答えるべきなのか、ドニは一瞬、戸惑う。ドワーフにだって邪悪な者は、確かにいるだろう。だがそれが全てではないはずだ。フンベルトの言うように、人間と共存することを望む者もいるのだから。


 こいつは、殺戮を肯定するために身勝手な理屈を並べ立てているに過ぎない。


 だがそれが自分とどう違うのか。自分や、自分の親しい者のために他者を殺すことは正義なのか。


 正義についての明確な定義はドニの中にはなかったが、悪についてのそれはよく知っている。他者に苦痛を与える者は、全て悪だ。自分自身も含めて。


 では。ドニの思考は最初の問いに立ち戻る。自分とギュンターはどこがどう違うのか。バルドゥイーンとマックスとはどうなのか。彼らも、そして自分も人殺しには違いない。目的のためなら誰かを殺すことを厭わない。自分たちとギュンターは同類なのか。いや違う。


「俺は、俺たちは殺しそのものを楽しんじゃいない。お前よりはずっとましだ」


 熱い怒りを込めて、ドニは言った。これまでのギュンターの発言が、自分だけでなく、バルドゥイーンやマックスを侮辱しているように感じられたからだった。この糞野朗め。お前に彼らのなにがわかる。


 ギュンターは冷たい声で返した。


「楽しんでいなけりゃ許されるのかよ」


「それはお前をやってから考えるっ」


 ドニはショットガンを水平に差し上げた。二つの銃口から同時に発砲。意力を乗せた無数の散弾がギュンターに殺到する。


「アハッ」


 鉄片がギュンターの正面に集まった。数と大きさから散布域全体を塞ぐことはできなかったが、半数近くが弾かれ、逸れていく。突破した弾も意力障壁を抜けずに終わる。


 ギュンターが口角を大きく吊り上げた。漂っていた鉄片が踊り始める。多方向から同時にドニへと飛来する。極小の槍がドニの皮膚に到達……。


 そのとき、ドニは少女の叫びを聞いた。ものすごい勢いで身体が吹き飛ばされて壁に激突する。鈍い痛みが全身に走る。


「ドニ、逃げなさいよ、早くっ」


 ファニアが短機関銃を乱射しながら叫んでいた。吹き飛ばされたのは、彼女の意力攻撃によるものだったのだ。逃げたのではなかったのか。どうして、どうしてここに。


「ちっくしょうめ」


 撃ちかけられる大量の銃弾に、ギュンターが怯んだ。慌てた様子で鉄片群を引き戻し防御に回す。拳銃弾が軽い音を立てて跳ねた。


 小さく呻き、ドニは立ち上がった。大した外傷は負っていない。ギュンターはたまらず跳躍してファニアの射線から逃れる。


 その隙にドニはバルドゥイーンを担いで身を隠した。ドラゴンボーンの身体を床に横たえる。胸郭が弱弱しくだが、上下している。まだ息がある。


「援護に来たぞぉっ」


「殺せ、殺せっ。ドワーフどもをぶち殺せっ」


 邸宅各所の守備隊残存兵とポリクラブの援軍が到着したのはほぼ同時だった。両者とも、ホールの惨状に言葉を失う。だが硬直は一瞬だけだった。すぐに銃撃戦が始まる。喧騒が再びホールを満たしていく。


 ドニは遮蔽から視線を巡らせる。ギュンターの姿は見えない。自分たちと同じようにどこかに隠れているのだろう。意力障壁の回復を待っているのかもしれない。あるいは、もう一度あの鉄の嵐を使うつもりなのか。


 あれだけの攻撃を短時間にそう何度も行えるとは考えにくい。現に、いま奴が大人しくしているのがその証左だ、とドニは判断する。どうであれ、もう一度あれをやられたら終わりだ。傍らで力なく横たわっているバルドゥイーンに目をやる。怒りがこみ上げてくる。


 奴を倒す。絶対に。


 だが、どうすればいい。奴の意力攻撃をどうやって潜り抜ければいいのか。ドニは銃声と剣戟と怒号と悲鳴を聞きながら必死に頭を働かせる。銃では駄目だ。散弾では一発一発が軽いから鉄片に逸らされてしまう。斧はどうか。それこそ無理だ。斧を叩き込む前に穴だらけにされるのは目に見えている。


「ドニ、生きてる」


 どさくさに紛れて、ファニアがドニの遮蔽に滑り込んでくる。ドラゴンボーンたちもポリクラブも、お互いに夢中でこちらには気づいていない。


「生きてる、けど、どうしてここに来た」


 戦いの中を潜り抜けてきたのだろう、ファニアの顔は煤と埃で汚れていた。幸いなことに怪我はしていなかった。


「さあ」


 ドニの問いに、ファニアはそっけなく答えた。


「強いて言えば、なんとなく、かな」


 そう言う彼女の肩は小刻みに震えていた。恐怖を跳ね除けてここまで来たのだとわかる。事の是非はともかくとして、その姿が嬉しかった。


「それより、ふっ飛ばしちゃってごめんね。痛かったでしょ」


「穴だらけにされるよりはずっとましだ。助かったよ」


 ドニはまた遮蔽から顔を出しながら、言った。やはりギュンターの姿は見えない。奴の意力も。


「それで、どうするの」


 大事無いことを知ってファニアは幾分か安心したようだったが、声にはまだ恐れが混じっていた。ここは戦場なのだ。


 突然、ドニはファニアの肩を掴んだ。目を白黒させる彼女にゆっくりと、しかし力強く告げる。


「力を、貸してくれ」


 ファニアは神妙な表情でドニの言葉を聞いた。震えは止まっている。


「俺は、奴を、倒したい。人を傷つけて笑っているような奴を、許せない。そのためには、お前が、必要なんだ」


 彼女を危険に晒すことになるのは理解している。それでもドニは頼み込むように頭を下げながら言った。もっとも危険なのは自分自身だということは考えていない。


「……わかった」


 ややあって、ファニアは頷いた。


「策があるんでしょ。聞かせてよ。精一杯、やるから」


「ありがとう、ファニア。恩に着る」


「お礼はうまくいってからにしなさいよね」


 ファニアは苦笑した。


 顔を近づけて、ドニは話し始めた。銃声で聞き取りにくいためだ。巻き込むことになって申し訳なく思いながら、彼女の目を見る。


 なぜか、少しだけ嬉しそうな色を滲ませていた。

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