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Blow me away(3)

 アンドリューはドワーフ自治領の様子を双眼鏡で観察していた。丘の上から見る限り、ドワーフ自警団員にも、ドラゴンボーン傭兵団にも大きな動きはない。計画はまだ漏れていないようだ。


「それで、マルティンの居場所はわかったのか」


 背後にいるポリクラブの意力使い、ギュンターに声をかける。


「ええ、このグラスランナーが教えてくれましたよ。マルティンらしき人物が財務担当官の邸宅に連行されたのを見た、と」


 ギュンターの隣では、出っ歯のグラスランナーが手もみしながら媚びへつらうような笑みを浮かべていた。種族特有の矮躯と相まってげっ歯類を思わせないでもないが、小動物の可愛らしさとは縁遠い相貌だった。


「間違いないのか」


「もちろんですとも、もちろんですとも」グラスランナーは繰り返した。「あっしは見たんですよ、この目で。あのいかついドワーフたちが人間を連れていくのを。写真も撮ってあります」


「写真はこちらでも確認しました」とギュンター。「間違いなく、マルティンです」


「フム、信じていいようだが」アンドリューは鋭い視線を投げかけながら問うた。「貴様、なぜドワーフを裏切るような真似をする。グラスランナーはドワーフと仲がいい、とよく聞くが」


「他のグラスランナーのことはよく知りませんが、あっしが一番好きなのは自分自身で、二番目は金です。ほかの事は、まあ、どうでもいいのですよ」


「欲しいのは報酬――金か。わかった、いま用意する」


「へへぇ、話が早くて、有難いこってす」


「そら、受け取れ」


 銃声が響いた。アンドリューの手に握られた拳銃から硝煙が細く流れていく。グラスランナーは頭を撃ち抜かれていた。即死だった。


「まぁ、当然ですね」


 言いながら、ギュンターはグラスランナーの死体を蹴った。


「他人を裏切るようなクズは死んで当然だ」


 それまで一歩引いた位置からやりとりを見ていた今作戦でのリーダー、アレックスが強張った表情で近づいてくる。


「アンドリュー、本当に、やるのか。中止すべきではないのか」


「もう兵員の配置はほぼ終わっている。なにを躊躇うことがあるのか」


「リスクが高すぎる。各支部から投入可能な人員をかき集めたが、自治領の全戦力を相手にするのは危険だ。われわれは軍隊ではないのだぞ」


「なにもわかっていませんね。この作戦は自治領と正面きって戦うものではありません。奇襲で相手を混乱させた後、目標の人物を救出する。それだけです」


「たかがマルティン一人にそこまでする必要はあるのか」


 アレックスは語気を強めて、言った。


「確かに、彼から反ドワーフ派議員の情報が流れるのは、まずい。だがそれ以上に、無謀な作戦で構成員を死なせることはできん。仮に作戦を成功させても損害は避けられん」


「怖気づいたのか」


 アンドリューの言葉を受け流して、アレックスは続ける。


「わかっているんだぞ。貴様が気にしているのは、反ドワーフ派議員のことでも、ポリクラブのことでも、そしてこの国のことでもないと。わたしは貴様を受け入れることには、最初から反対だったんだ。武器弾薬、軍事訓練の支援のためとはいえ、外国の、ラッ――」


 銃声がアレックスの言葉を遮った。頭を撃ち抜かれて、やはり即死だった。


「おしゃべりな人だ」


「ア、アンドリューさん」ギュンターが唇を震わせる。「殺す必要は、あったのですか。仲間を」


「利敵行為とスパイ容疑だ。重要作戦実行直前に中止を訴えるのを他にどう形容する」


「は、はあ。ですが……」


 納得いかないという表情のギュンターの肩に手を置き、アンドリューは口を開いた。こいつにはまだ利用価値がある。


「問題ない。作戦は予定通り行う。ついては、アレックスに変わってお前を現場指揮官に任命する」


「俺、ですか」


 ポリクラブにおけるアンドリューの立場は外部から派遣された軍事顧問であり、当然ながら任命権などはない。ギュンターもそれを知っているはずだが、同時に、アレックス亡きいま、順当に行けば自分が指揮官になることもわかっていた。


 当惑の中にあるわずかな喜びの色をアンドリューは見逃さない。彼の性質はよく知っている。上昇志向の強いタイプ。目の前に餌をぶら下げれば全力で喰らいつく。その分、御しやすい。


「突撃部隊を率いて、先に自治領へ潜入した者たちと合流しろ。同志を、マルティンを救い出すんだ。これは重要な任務だぞ」


「しょ、承知しています。ですが……」


 もう一押しだ。アンドリューは畳み掛ける。


「この危険な任務を成功させれば、お前の実力を本部の連中も認めざるを得ないだろう。そうでなくとも、ドワーフどもの根城に一番槍で突っ込むお前を誰もが尊敬する。その功績でどこかの支部長を任せられる可能性もある。ゆくゆくは本部指導者の地位もありうるな」


「本当ですか」


「もちろんだとも。俺のほうからも本部に話しておくさ」


 瞳から迷いが消えた。ギュンターはもはや昇進のことだけしか見えていない。わかりやすいやつだ、とアンドリューは内心でほくそ笑む。


「了解しました。一暴れしてやりますよ」


「よろしい。俺は主力と共に市街及び工廠地帯を攻撃し、陽動に回る。可能なら火力支援も行う。質問はあるか」


「ありませんっ」


 背筋を伸ばして、ギュンターは威勢良く答えた。


「では、かかれ」


 命令を受け、ギュンターは丘を駆け下りていく。その後姿から視線を外し、アンドリューは残されたグラスランナーとアレックスの死体を見やった。


 他のことはどうでもいい、か。


「それは俺も同じだな。お前たちが、この国がどうなろうと、知ったことか。滅茶苦茶になればなるほど、わが祖国には好都合なのだからな」


 ポケットをまさぐり、煙草を取り出して火をつけながらアンドリューは誰に言うでもなく呟いた。祖国から持ってきたのはこれで最後になってしまった。こっちの煙草はあまりうまくない。ああ、早く帰りたいものだ、わが祖国に、麗しのわが祖国に。アンドリューは空箱を握りつぶす。


 獣の笑みを張り付かせ、薄く伸びていく紫煙をアンドリューは眺めていた。



 ひとしきりダンケを遊ばせてから、ドニたちは周囲の店を気ままに見て回ることにした。


 大きな鍛冶屋の店頭には盗難防止のためか、格子つきの陳列窓があった。中に銃や鎧、果ては刀剣やらが並べられているのだが、ドニはそのうちの一つに目を留める。鎧が、淡く光っていた。まるで意力を帯びているかのようだ。


「どうしましたか」とバルドゥイーンが振り向く。


「いえ、あの鎧は……よくできているな、と思って」


 意力が見えることは伏せておく。バルドゥイーンは信頼できるが、いまここでそのことを言う必要性を感じなかった。


「フムン、どうやら意力強化品のようですね。一目でわかるとは、お目が高い」


 陳列窓を覗き込みながら、バルドゥイーンが言った。


「意力強化品、ですか」


「ドワーフは普通の鍛冶技術にも優れているのですが、物品を半永久的に意力強化できる者もいるのです」


 ドニは鎧の値札に目をやった。通常の品と比べると、かなりの額だ。


「武具だけでなく、日用品にもドワーフの意力は生きています。食べ物をずっと長持ちさせておく箱だとか、焦げ付かない鍋だとか。旧世界にもそうした物はあったらしく、それを意力で再現した形になりますね。ゆくゆくは意力を使わずに作るつもりでしょう」


 そんな意力の使い方は知らなかった。意力は戦うための力だと思い込んでいたのだが、それは意力の、一つの側面でしかないのだ。物に意力を込めることはできるが、それを永続させることができるとは。話を聞くと、ある程度の意力使いなら、そうした品物を使うより自分で強化したほうが強いそうなのだが、マンデイン――意力を使えない一般人や未熟な意力使いには有益だそうだ。


 邸宅を出る前にマックスと報酬を山分けしていて、彼は三割、ドニが七割を受け取っていた。こんなに貰っていいのか、と聞くと「金には興味がない」と言われた。


 それで、それなりの金が手元にあるのだが、どうにも用途を見出せずにいた。


 商店にはさまざまな意力強化品や、教会から許可を得た旧世界遺物を再現したものが並んでいた。マックスが持っているラジオや、写真を撮ることができるというカメラもあった。訪れた街や目にした風景を写真に撮るというのは面白そうだったが、現像という手順が必要だそうで、なんだか面倒くさそうだと思い断念する。意力強化武具は有用そうだが、値段を見るとやはり躊躇してしまう。


 いままでこれほどの金を手にしたことはなかったし、そうなることを想像すらしていなかったのだ。自分は金の使い方を知らないのだ、と思い知ってドニは苦笑した。ま、変な物を買って損したりするよりはいいだろう。


 と、突然ファニアは足を止めて、物陰に隠れる。なにがあったのか訝っていると「あんたも隠れて」と言うのでとりあえず従う。バルドゥイーンも身を隠す。


「ねえ、ドニ、あれ見てよ。ほら、あれ」


 面白いものを見てしまったかのような口ぶりだ。指差す先を見ると、マックスがいた。露店で商品を選んでいるようだ。店番のグラスランナー女性が相手をしている。物を作るのはドワーフ、それを売るのがグラスランナーという役割分担は自治領ではよくあることだった。グラスランナーは生来、愛想がよい者が多いとされている。


「あれがどうかしたの」


 ドニは聞いた。


「よく見てよ。あれ、なんの店かわかるでしょ」


 並べられている商品に目をやると、指輪や髪飾りといった宝飾品ばかりだった。ドワーフの宝飾品は種族問わず女性に人気を博しているのは知っているが、傭兵であるマックスが買い求めるのは場違いな気もする。


「ふっふぅん、なるほどねえ」


 薄く笑いながら、ファニアはマックスの買い物を観察している。


「マックスがああいうものを買うってのは確かに意外だけど、そんなに面白いことかな」


 ドニの言葉に軽くため息をつきながら、「わかってないわねえ」とファニアは言った。


「男が宝飾品を買う理由なんて、一つくらいでしょ」


「それって、つまり……」


「そ、プレゼント。それも女の子へのね」


「だとすると奇遇ですね」とバルドゥイーン。「わたしが妻への贈り物を買ったのもあそこです。大変喜ばれましたから。いい仕事をしますよ、あの店は」


 さりげない惚気にドニとファニアは微妙な表情になる。それに気づいてバルドゥイーンは咳払いした。


「と、ともかく、あいつが誰にどんな物を買うのか、気になるじゃない」


 それは確かに気になる。行きずりの相手を引っ掛けるためにしては少々値が張りすぎる。マックスがわざわざプレゼントを買うほどの女性とはどんな人だろうか。ドニとしては、それがファニアでないことを祈るばかりだ。彼と争って、勝てる要素が自分に見当たらない。


 店番が勧める品物を、マックスは手にとって見ている。淡い青色の宝石をあしらった髪飾り。派手さはないが、品がよく落ち着いた印象を受ける。それを買うことにしたようだ。支払いを済ませ、包装された商品を受け取る。振り返ったところで視線がこちらを向きそうになり、ファニアは慌てて身を隠した。


 マックスはドニたちに気づくことなく、そのまま歩み去っていく。


「あ、危なかった」とファニアは胸をなでおろす。


 一方のドニも、安心していた。あれはファニアには合いそうもない。もう少し派手なものの方が似合うだろう。よかった、ファニアへのプレゼントじゃあなくって。そんなことを考えている自分が少し嫌になる。


 バルドゥイーンは他人のプライベートを覗き見していたことがわかっていたのか、少し困ったような苦笑を浮かべていた。


 そこでドニの思考はマックスの想い人に移る。あの髪飾りが似合いそうな女性像を考えてみる。大人しい人、だろうか。年上かもしれない。いや、相手を人間に限定するのは間違っているかもしれない。本人の言を信用すれば、の話だが。いやいや、あれだけ女性好きのような発言をしておきながら軟派に勤しむ姿を見たことがないのだから、嘘だと考えるべきだろう。なぜそんな嘘をつく必要があるのか、それについては皆目見当がつかないが。


 勝手なことを考えるだけ考えてから、ドニたちはまた買い物に戻った。


 食料などの補充品を手に入れて、最後にドニは少し考えた挙句、雑貨屋で日記帳を買った。薄い表紙を開くとなにも書かれていないまっさらな頁が続いている。


 この日記帳にドニは旅での出来事を書き込むつもりだった。フンベルトやバルドゥイーンに触発されて、自分も何かを残したいと思ったのだ。自分が死んでも、自分が見たこと聞いたこと、考えたこと感じたこと、思ったことは文字になって残るのだ。自分にはその能力がある。読み書きを教えてくれた故郷の神父にドニは改めて感謝する思いだった。


 最初に書くことは、もう決まっている。故郷の村でマックスと会ったこと。それから、スタスオーグでファニアと会ったことを書こう。今日のうちに書かなくては。忘れないうちに、生きているうちに。自分は儚く脆い人間で、いつ死んでしまうかわからないのだから。


 もし自分が死んで、誰かが自分の残した日記を読んだらどう思うだろうか。泣いてくれるだろうか。両親は、きっと泣いてくれるだろう。弟も。フィリアンもきっと泣いてくれるはずだ。マックスはどうか。泣かないだろうな。涙を流す代わりに、仇の頭をぶち抜いてくれるだろう。数えてみると、意外と多い。とても喜ばしいことのように思えた。


 ファニアは、どうだろうか。彼女の横顔を盗み見ながらドニは思った。この街で別れるであろう少女。いろんな"初めて"をくれて、誰にも明かさなかった内面を自分だけに打ち明けてくれた人――翼人。


 女の子を泣かせるなんていい趣味ではないとはわかっている。それでも、ドニはファニアに泣いて欲しかった。その泣き顔を見ることはできないが。そう考えたとき、ドニは不思議な感覚に揺さぶられた。それが寂寥感だと気づくのに少しの時間を要した。


 ああ、死ぬということは、寂しいのだな。ドニは自分の心の動きをそう分析する。寂しいのは、嫌だ。だからなにかを残そうとするのだ。そうすればきっと、寂しくないだろうから。たとえ理不尽の前に孤独に、惨めに死に果てたとしても、自分の生きた証が誰かに届く可能性があれば。時間も空間も飛び越えて、自分自身を誰かに伝えられれば、寂しくはないのだ。


 街を行くドワーフたちを見やる。自分と同じように考えている人が、いったいどれだけいるのだろう。誰も彼もが死とは無縁な日常を過ごしている。それでいいのだ、とドニは思った。死を身近に置きながらではまともに生きていくのは難しいのだから。ただ、前を向いて幸せに生きることができれば、それでいいのだ。


 通行人たちの間から、道端に止めてあった荷車を数人のドワーフたちが訝しげに調べているのが目に留まった。邪魔なのだが誰のものなのかわからず、扱いに困っているようだ。やがて一人が、積荷の木箱に手を伸ばした。


 その瞬間、荷車が爆発した。空気が震えて街の喧騒を吹き飛ばす。取り囲んでいたドワーフたちが跡形もなく消し飛んだ。買い物帰りの女性ドワーフの頭に破片が突き刺さって、地面に野菜と血がぶちまけられる。悲鳴が巻き起こった。日常が音を立てて崩れていく。


 爆風に煽られて、ドニは一瞬よろめき、すぐに伏せる。呆気にとられているファニアを無理やり地面に引き倒す。バルドゥイーンも伏せながら拳銃を抜いている。


 轟音が続く。地面を通して振動が腹に伝わってくる。街の至る所で爆発が起こっているようだった。


 路地裏から飛び出してきた人間たちが次々に発砲する。ドワーフの頭が弾け、民家の窓が割れて硝子片が飛ぶ。爆風を受けて蹲っている者にも容赦なく弾丸が撃ちこまれる。逃げ惑うドワーフたちの背中に鉛弾が突き刺さる。手榴弾が投げ込まれた。足を吹き飛ばされたグラスランナーが血を吐きながら地面を這う。


 ファンクファート駅での惨事を思い出す。まさか、これはポリクラブの……。


「なんだ、お前人間かっ」


 伏せているドニたちを見つけて、襲撃者が叫ぶ。銃口はこちらを向いている。指は引き金にかかったままだ。


「なんでもいい、ぶっ殺してぐえっ」


 撃ったのはバルドゥイーンだった。男が仰向けに倒れる。膝立ちになりながら他の敵に向けてさらに撃つ。


「ドニさん、ファニアさん、怪我はありませんか」


「大丈夫だ」


 立ってから、ファニアに手を貸す。怪我はしていない。


「それより、これは――」


 目の前に理不尽が徒党を組んで現れていた。民家が燃える。足をもつれさせたドワーフを人間が剣で串刺しにしている。


 彼らは殺されるだけのことをしたのか。言いようのない怒りがドニの胸に灯る。


 そうではない。忘れていた、世界とはそんなものなのだ。平和に、幸せに、品行方正に生きていても理不尽はそんなこととは無関係にやってくるのだ。オークに殺された村人の血まみれの姿を思い出す。


 ドニはショットガンを撃った。怒りの銃声は悲鳴にかき消されるだけだ。無力感。


「どうして、どうしてこんな……」


「ドニさん」


 諭すようにバルドゥイーンは言った。


「われわれだけではこの数を相手にするのは無理です。ひとまずフンベルト邸に避難しましょう。こっちです」


 バルドゥイーンの先導に従い、ドニたちは燃える街の中をフンベルト邸へ向かう。


 駆けながら、ドニは悔しさに歯噛みした。

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