Blow me away(2)
ドニたちは自治領を散策していた。マックスはいない。外に出るなり、用事がある、と言い残してどこかへ消えてしまったのだ。ファニアは彼の背中を怪訝な顔で見つめていたが、後をつけることはしなかった。そうしてもすぐにばれるだろうと、ドニにはわかっている。それよりもドワーフの街を楽しみたかった。
自分の知らないものが溢れていて、初めて訪れる街を歩くのは楽しいものだ。もともとそのために旅を始めたようなものなのだから当然ではあるのだが。
ドワーフ自治領はアルマーニュ国内でも有数の鉱山街だった。ドワーフ風建築として知られる無骨な民家が並ぶ向こうに、煙突から煙を吐き出している大きな建物が見える。
バルドゥイーンが言うには、精錬所、というらしい。鉱石を溶かして、金属を取り出す施設。鉱山からの収穫物を満載した馬車や車が門を通ってそこへ吸い込まれていく。
ドワーフ自治領でまずドニが驚いたのは、車の存在だった。鉄でできた箱が勝手に動いているのを見たときは、さすがに目を回しそうになった。
車は旧世界の遺物を再現して作られたものだ、とバルドゥイーンは説明する。馬車よりもずっと早く走れるのだが、数はまだまだ少なく、庶民の輸送や交通手段は馬や馬車のほうが多い。
道行く人々――ドワーフたちは活き活きとした表情でそれぞれの仕事をこなしている。店先からは時々大きな笑い声が響いてくる。酒場ではまだ昼間だというのに飲んでいるドワーフがいた。とても差別対象となっている種族の町とは思えなかった。それが、ドワーフという種族なのだろう。見た目どおり、強靭な生き物なのだ。
「遺物は教会が管理しているんだろう。車は例外なんですか」
横を歩くバルドゥイーンに、ドニは聞いた。
「ええ、教会から例外的に解禁された、旧世界技術です。とはいえ、民間でも広く使われているのはアルマーニュぐらいでしょうね。半分はドワーフのおかげです。もう半分は、エルフ、ということになるのかな」
ヘルヴェティアから来たというバルドゥイーンの物腰は理知的で、言葉遣いも丁寧だ。傭兵をやっているそうだが、その辺の傭兵たちや、そしてマックスとも違う雰囲気を漂わせている。というよりも、傭兵には見えない、というのが率直な意見だった。
ドニは重ねて問うた。
「どういうことですか。エルフと車の普及がどう関係するんです」
「車はですね、エルフとの戦争のために解禁されたんですよ」
戦争、ときたか。ドニは戦争というものを、話でしか聞いたことがない。国同士の戦い。街が焼かれて、大勢の人が死ぬという悲惨な行為。
「私が生まれる前の話になりますが、当時、ウィ・ノナで奴隷種族だったエルフが革命を起こして、支配階級だった人間を蹴落としたのがことの始まりです」
バルドゥイーンは冷静な口調で歴史の講義を始めた。
「戦争の発端になったのは、彼らの……超人意識とでも言うんでしょうか。彼らはエルフこそが最も優れた種族であり、翻って、他の種族を支配する権利と義務があると考えているんです。強烈な選民思想ですね」
「それは……すごい話だな」
感想を簡潔に述べながら、ドニは思った。自分たちだって奴隷だったというのに、なんでそんなことができるのだろうか。辛いことを知っているから優しくなれるという言葉は、必ずしも当てはまらないのだ。少なくとも、エルフに対しては。
「まったくです。それで、革命から数年経って、ウィ・ノナはアルマーニュに侵攻を開始しました。エルフたちは人口における意力使いの割合が多く、それは手ごわい敵だったそうです。従軍したドラゴンボーン傭兵の手記に、そう残されています」
「それで、どうなったんですか」
ドニは歩きながら話を促した。足元でダンケが勢いよく尻尾を振りながらあちこち見回している。食べ物の匂いをかぎつけたのだろうか。
「教会は侵攻を予期し、アルマーニュを含む大陸中の国に、車についての技術を公開していたのです。それが戦争の勝敗を分けました」
「……一神教会はウィ・ノナと敵対しているんですか」
「良い関係、とは言えませんね。人間が支配していたときはそうではありませんでしたが、エルフの台頭以来、関係はこじれたままです」
「教会とエルフたちの間に、なにがあったんですか」
「もともとエルフたちも奴隷種族だったのですが、彼らに宗教を与えたところ、自分たちの境遇に対するフラストレーションをその中に混ぜ込んでしまったんです。教義を自分たちの都合のいいように捻じ曲げてしまったんですよ。神に愛された種族は人間ではなくエルフであり、現状は乗り越えるべき試練なのだ、と。先ほど述べたエルフの選民思想の根っこはそこなんですよ。皮肉なことですよね、最初に布教した人は、奴隷身分でも信じる神がいれば幸せになれるだろうと思っていたのでしょうに」
「続けて下さい。戦争はどんな風に進んだんですか」
「最初はエルフの意力兵団が優勢でしたが、やがてアルマーニュの機動部隊に押されていきました。敵が馬や徒歩でのんびり移動しているところに、策源地から列車で兵や物資を輸送し、車両で側背を衝き、戦車や火砲を投入するのですから。当然ですよね」
「戦車って、なに」
「車に装甲と大砲をくっつけたものですよ。これもやはり、旧世界のそれを再生したもので、簡単に言えば車のお化けですね。足回りは無限軌道で、砲塔がついていますが」
「無限軌道って、砲塔ってなんですか」
「それは……」
ドニの質問攻めに苦笑しつつも、バルドゥイーンは丁寧に答えていく。
「また始まった」
悪戯っぽい微笑を湛えて言うファニアに、ドニは顔を向ける。
「気になるんだから、しょうがないだろ」
「いいけど、あなたと街を歩いているといつも質問攻めよね」
答えるファニアの口調は非難めいたそれではなく、どこか楽しげにも聞こえた。
「なんていうか、純朴よねえ。旅に出る動機を考えればもっともなのかもしれないけど」
なんだか子供をあやすような感じで、ドニはむっとする。この間は大人だと言いながら今度は子ども扱いか。いや、そう言ってしまえばそれこそ子供っぽいと返されそうなのだが。
「ともかく」バルドゥイーンが言う。「旧世界技術のおかげで、アルマーニュはウィ・ノナの侵攻を退けたわけです。戦争自体は両国とも痛み分けに終わりましたがね。お互い疲弊していましたし、アルビオンが仲介に入って戦争は終わりました。ですが未だに両国の関係はぎこちないままです」
そう言ってから、バルドゥイーンはドニを見た。
「ドニさんは外の世界を見るために村を出たんですよね」
「はい。外の世界には自分の知らないものがたくさんあって、それをこの目で見たいと、ずっと思っていました」
「……あなたは、神を信じていますか」
突然の質問に、ドニは言葉に詰まる。そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
なぜ、そんなことを聞くのか。ドラゴンボーンは人間の宗教観に興味があるのだろうか。そう思いつつも、ドニは口を開いた。
「読み書きを覚えたのは、教会の、神父様のおかげでした。そのせいで、熱心とまではいきませんが、それなりに信じていたと思います。旅に出るまでは」
「では、いまはどう思いますか」
「旅をしてきて……いろんな人の死を目にしてきました。自分自身も、人を殺しました。世界にはきれいなものだけではなく残酷なものも溢れ返っているのだと頭では理解していましたが、実際に目にして、神様なんてものが本当にいるのかと、そう思っています」
続けてドニは言った。
「さっきの話を聞いて、その疑念がより深まりました。元をたどれば、戦争の原因が神様だったなんて。教会は……神はなんのためにいるのだろう」
慎重に言葉を選びながら、ドニは言った。。敬虔な一神教徒ならば不信心だと怒り出しそうなことを言ったと自覚していたからだった。
だが、バルドゥイーンは他者の価値観を受け入れる度量を持っていた。
「ふうむ。ファニアさん、あなたはどうですか」
「わたし、わたしは……」少し言いよどんでから、ファニアは唇を動かした。「生まれがロムルスだったから、嫌が応にも宗教と関わってきたけど……やっぱり、いまはドニと同じ気持ち、かな」
かつて裏切られたことについてだろう、とドニは思った。あの時も、神様なんて本当にいるのか、と言っていた。
バルドゥイーンは二人を見比べる。
「なるほど。あなた方はやはり、似たもの同士らしい。お仕着せの価値観は要らないのでしょうね。それは茨の道かもしれませんが」
どういう意味なのだろう。褒められているのか、貶されているのか、あるいはまったく別の評価なのか。声音から悪意は感じられなかったが、ドラゴンボーンの表情は人間のそれとは違って、読みにくい。ドラゴンボーンとの付き合いが浅いせいかもしれない、とドニは思う。
「じゃあ、あなたは神を信じているの」
出し抜けにファニアが聞く。
「ええ、信じていますとも。私に限らず、ヘルヴェティアのドラゴンボーンの多くは神を信じています。ただし、一神教会の神とは違いますが」
神といえば一神教会の言う神であり、ドニはそのつもりで話してきた。ファニアもきっとそうだろう。かつて栄えていた文明を一夜もかけずに滅ぼし、信仰を保つ者には微笑みかけてくれる、無慈悲で、優しい、神。他にどんな神がいるというのか。
「私たちが信じているのは竜の神です。竜神アルチョム様ですよ。一神教会の神と同一視する者もいますがね」
「なんですか、それは」
初めて聞く名前だった。そも、神を名前で呼ぶということが意外だった。一神教会の神は名前を口にすることすら畏れ多いこととされ、故に、ただ単に神と呼ばれているのだ。
「ヘルヴェティアに伝わる、竜の神です。そういえば、わたしたちや祖国についてお話しする約束でしたね。丁度いい、あそこで休憩しながらにしましょう。満足頂けるといいのですが」
バルドゥイーンが示す先は街の中央広場だった。円形の開けた空間の真ん中には池が置かれている。食い物の屋台に雑貨屋、鍛冶屋が周囲に並んでいて、軒先を子供たちが楽しそうに駆け回っている。
屋台でドニの度肝を抜いたのは、ある肉料理の店だった。串に通した肉の塊を回しながら焼き、その表面を削ぎ落としているのだ。それを野菜と一緒に薄く柔らかいパン様のものでくるみ、好みのソースをかけて食べるらしい。長い包丁で肉をそぎ落とす様が豪快で目立つのだ。
物珍しさと肉の焼けるにおいに惹かれ、ドニはそれを買った。ファニアとバルドゥイーンも買う。かぶりついてみると、嫌味っぽくない肉と、それに絡むソースの辛味がうまかった。
池の淵に腰を下ろす。ファニアは味見してから、ダンケに肉を分けてやっている。食べていいわよ、と言うとダンケは尻尾を勢いよく振りながら肉を食べ始める。
隣に座ったバルドゥイーンを見やると、腰から垂らした尻尾を池に浸けていた。
「ああ、すいません。尻尾をこうやって水に浸けると、気持ち良いんですよ。子供のころからの癖なんです。この歳になってもこんなことをしていて、お恥ずかしい。ですが、ああ、やめられない」
この歳とはどの歳なのか。ドラゴンボーンの年齢は見た目からはわかりにくい。それもやはり、彼らとの付き合いが短いせいからかもしれない。
「それで、アルチョムというのはどんな神なんですか」
「まずはわれわれドラゴンボーンと、人間たちの神話から語らなくてはなりませんね。何百年も昔、ヘルヴェティア建国以前、ドラゴンボーンと人間は互いにいがみ合い、争いを続けていました。いつ果てるとも知れない戦いに、人々の心は荒みきっていました。そこに現れたのが竜神アルチョム様です。彼はドラゴンボーンと人間の間に立ち、争いを止めることに成功したのです」
バルドゥイーンは尻尾を小刻みに動かしながら、続ける。
「それからというもの、ドラゴンボーンも人間も、いがみ合うことをやめ、共に生きていくことをアルチョム様に誓いました。ヘルヴェティアを誓約者同盟と呼ぶこともありますが、それはここから来ています」
「二つの種族をまとめた神、ですか。一神教会の神よりもずっと優しいんだな。ドラゴンボーンの信仰を集めるのも、わかる気がする」
一神教会は多種族について、もとは人間であり、神の稲妻が落ちてからいまの姿に変化したのだ、と説明する以上のことはしていない。
「ええ、ヘルヴェティアの国是は多種族融和であり、これもアルチョム様のご意向によるものです。昔は全ての種族を受け入れていたのですが、最近は国土と予算の関係から、すっかり難しくなってしまいました。もっと頑張らないと」
「頑張らないと、ってどういうこと」とファニアが聞く。
「ヘルヴェティアのドラゴンボーンが、なぜ傭兵稼業をしているのかご存知ですか」
二人は首を振った。
それはドニがちょうど疑問に思っていたことだった。傭兵は金次第で誰とでも契約する。国家の兵士とは違うはずだ。それなのにバルドゥイーンは国家の傭兵だという。
「ヘルヴェティアは国土も狭く、地形は山がちで農業には向きません。ろくな産業もありません。そんな国が多種族を受け入れるには、外貨が必要です。……わたしたちドラゴンボーンは、ヘルヴェティアの主力輸出品目なのです」
「つまり、傭兵として出稼ぎに来ているんですね。だから国家の兵士であり、同時に傭兵である、と」
「はい」バルドゥイーンは首を縦に動かした。「小さな、何もない国が外貨を得るには、他に手段がなかったのです」
神のために傭兵をやるというのは、とんでもない話のように思えた。彼らにとって神とはそれほど大事なものなのだろうか。
「たとえ自分の血が流れても、ですか」
「もちろんです」
ドニの言葉をバルドゥイーンは首肯する。
「結局のところ、われわれがアルチョム様を信じるのは彼が神だからではなく、彼の言葉が正しいと思うからなのです。宗教とは言い換えれば、生き方そのものなのですから」
「でも、故郷を離れて寂しくないの」とファニア。
「寂しくはありませんよ。傭兵仲間がいますから。それに、自分の努力が故郷を、ひいては家族のためになるのならば弱音を吐いてはいられません」
そう言ってバルドゥイーンは胸元からペンダントを取り出すと、ドニたちに開いて見せた。
「わたしの妻です」
中には穏やかに微笑む人間女性が描かれた、紙が入っていた。どんな肖像画よりも精緻に描かれている。そのことをドニが尋ねると、それは写真という、旧世界由来の技術だそうだ。
「ドラゴンボーンが外で働き、人間が故郷を守る。それがわたしたちの伝統です」
そう言うバルドゥイーンは、少し気恥ずかしそうに見えた。
「妻帯者っていうのはまだわかるとして、まさか人間と結婚してたなんて」
驚きを声音に含ませて、ファニアが言った。
「意外ですか」バルドゥイーンは苦笑したようだった。「ヘルヴェティアではさほど珍しいことではありませんよ」
「きれいな、人ですね」
ドニは正直な意見を口にした。
「ありがとうございます。家族と伝統を守るのが、ドラゴンボーンの役目なのです。われわれのことが、おわかり頂けたでしょうか」
「ええ、興味深い話でした。ありがとうございます」
いろんな生き方があるものなのだ。バルドゥイーンの話を聞いて思ったのが、それだった。同時に、その信念に憧れのようなものを抱く。強い、生き方だと。村で土をいじりながらくすぶっていた自分が恥ずかしくなる。だがそれすらも生き方の一つだと彼なら言うだろう。ドニはそう思う。バルドゥイーンは、大人だ。
「これ以上のことを知りたかったら、一度ヘルヴェティアをお訪ねください。アルチョム様の御言葉が聞けますよ」
「ありがとう、機会があったら、そうします」
ドニはアルチョムの言葉とはただの比喩だと思った。だが、バルドゥイーンはそのままの意味で言っているのだと、すぐに知った。
「年に一度、ヘルヴェティアでは竜声祭が開かれます。文字通り、アルチョム様の声を聞くのです。運がよければ"聞こえし者"に選ばれるかもしれません」
それは、どういうことだ。アルチョムは、神は実在するというのか。
ドニが聞くと、バルドゥイーンはすぐに答えた。
「竜声祭では、ドラゴンボーンと人間の代表、そしてその他、無関係の一般人から一人ずつ"聞こえし者"が選出され、アルチョム様にお目通りが叶うのです。通りすがりの旅人が選ばれたこともありますから、あなたにも可能性はありますよ」
信じられなかった。神話が正しいとすれば、何百年も前からアルチョムは生きているということになる。そんなに長生きする生き物がいるというのか、あるいは、本当に、神、なのだろうか。
「アルチョム様は実在します。証拠に、エレクサゴン、アルマーニュ、ロムルスという大国に囲まれつつもヘルヴェティアは右顧左眄することなく独立を貫いています。アルチョム様の力を恐れているからでしょう。手前勝手ながら、ドラゴンボーン傭兵の精強さも手伝っているかもしれませんが」
バルドゥイーンの話を聞きながら、ドニは一つの可能性を思いつく。
アルチョムは旧世界崩壊前から生きているのではないのか、と。もちろん、ヘルヴェティアの神話を信じるのならば、だが。
「ところで、一つ質問」
ファニアは軽食をすでに食べ終わっていた。
「その、アルチョムと一神教会の神を同一視しているってさっき言ってたけど、それだって見方によればエルフのように教義を捻じ曲げていると取れるんじゃないかしら。ロムルスにいた頃はそんな話、聞いたことがないわよ」
「それは、きっとわれわれがアルチョム様の教えを広めるのに無関心だからでしょう。まとまった宗教組織もありません。知ってもらいたい、という気持ちはありますが、押し付ける気はないのです。信仰は心の内だけにあればいいのですから」
宗教とは生き方だ、とバルドゥイーンは言った。生き方とは価値観であり、究極的には世界そのものだと換言することもできる。
つまり一神教会の布教は、自らの価値観を外へ押し広めることに他ならない。だが、価値観は、世界は一つではない。バルドゥイーンとの会話の中で、ドニはそのことを思い知らされた。百人いれば百人分の世界がある。エルフと教会、そしてドワーフとポリクラブの対立は、そのまま世界観を賭けた戦いなのだ。誰だって自分の世界を侵略されたくはないのだから、勢い、闘争は苛烈を極めることになる。
そこまで考えたところで、ドニは思った。自分の価値観を表に出さず生きていくことは、誰にもできないのだ、と。仮にそんな生き方をしたところで、それになんの意味があるのか。だからといって、実際的な力で自分を、自分の世界を他者に認めさせるのはなんだか違う気もした。
ふと顔を上げると、二人の子供がすぐ近くまで来ていた。まだ幼いドワーフの男の子と女の子。その視線は自分ではなく、足元に向いているとドニはすぐに気づく。ダンケだ。
「ねえ、その子と遊んでも、いい」
男の子が聞いてくる。ダンケは男の子を見た後、振り向いてドニとファニアを順繰りに見やる。遊んでもいいでしょ、と言うように。腹が膨れて、身体を動かしたがっているようだ。
「いいわよ」ファニアが言った。「遊んでらっしゃい」
ダンケが勢いよく駆け出す。二人の子供が弾けるような笑顔を見せてそれを追っていく。
なぁ、ダンケ。お前はどう思う。人間たちの世界をお前は、どう感じている。馬鹿馬鹿しいと思っているのか、どうでもいいと思っているのか。
ドニは軽く吠えながら子供たちと追ったり追われたりしているダンケを見ながら、そうした世界観の争いは、きっと旧世界でも行われていたに違いない、と思った。全ての種族は、かつては人間だったという一神教会の主張を真とするならば、人間は、同じことを繰り返している。
なら、いつの日かまた、神の稲妻が落ちるのかもしれない。
ドニは神を信じていなかった。しかし、神の稲妻については別だ。実際に旧世界の遺跡が存在する以上、過去になんらかの理由で、文明が崩壊したのはまず間違いない。現実から目を逸らしてはいけないのだ。
再び世界が滅ぶそのとき、自分になにができるだろう、なにを残せるだろう。フンベルトとの会話で感じた焦燥感が甦る。世界が滅びるほどの破壊の前には、なにを残そうとも無意味なのかもしれない。しかしそれでも残そうとせずにはいられない。旧世界の人々もそうだったのだろう。
たとえ無意味とわかっていてもあがくのが人間――生き物なのだ。つまり自分もまた、生きているわけだ。
そんなのは当たり前だ、と自分のことながら呆れつつも、自分は間違いなく生きていると感じたそのことが、ドニには何故かとても新鮮に思えた。




