Blow me away(1)
石でできた椅子の上で、ドニはその時を待っていた。
地下室は椅子どころか、壁も、床も、天井も、ほぼ全てが石だった。窓はないが天井の発光装置のために真昼のように明るい。
床や壁に備え付けられた金属製の箱からは、何本もの綱のようなものが所狭しと這っている。ダンケはその隙間で窮屈そうに寝転がっていた。犬にとってはあまり居心地のいい場所ではないらしい。
箱の一つの面は淡く発光していて、よく見ればアルマーニュ語が映っていた。専門用語らしく、言葉の意味まではわからない。それぞれの箱にドワーフたちがついて、注意深く観察したり、手を置いて指を小刻みに動かしていた。
部屋の片隅には、大小さまざまな、やはり金属製の物品が鎮座していた。
初めて見るものばかりだ。立ち上がりたい衝動に駆られる。
が、ドニの好奇心を押さえつけるように目の前のドワーフが腕輪に手を伸ばし、箱に繋がれた赤や白や黄色の線を貼り付けていく。いったいどういう仕組みになっているのかドニには想像もつかないが、爆弾を無力化しようとしているようだ。
向かい合わせに座ったファニアの表情は固かった。彼女の首輪からも色とりどりの線が伸びている。自分の視線にも気づいていないのだから相当なものだろう。失敗したら爆発するかもしれないのだから当然ではある。
一方のドワーフたちは顔つきは真剣だった。しかし、恐れと呼べるものは感じられず、機械に触れる喜びをかみしめているように見えた。爆発に巻き込まれて死ぬ可能性を承知の上で。なんとも豪気ではないか。
金属の箱を眺めていたドワーフが口を開いた。野太い声だった。
「回路のバイパス、問題なしっ」
ドニの側にいたドワーフが金属製の小さな棒を手の中で回す。
「よぉし、解体開始だっ」
細々とした器具を駆使して、ドワーフは首輪の表面を切り開いていく。話には聞いていたが、図体に似合わない器用さだった。
切り開いたそばから別の器具を突っ込んで、ドワーフは腕輪の内部を弄繰り回していく。腕輪がなにかに触れている、という感覚はなかった。ただかすかな金属音だけが作業を伝えてくれる。
やがて、腕輪が手首から離れた。開始からほんの数分で終わってしまった。
「一丁上がりっ」
手首を顔の前にかざす。何日もつけていたものだから痕になっていたが、それだけだ。ようやくにして爆弾の呪縛から開放されたのだと、ドニは実感した。
長かったような、短かったような変な感じだ。
腕輪をつけてしまってからのことを、ドニは思い返した。あれからまだ一週間も経っていないのだ。厄介な装飾品を外せたことは、むろん嬉しいのだが、意外、というか拍子抜けという気もしないでもなかった。こんなにあっさりと外せてしまうとは。ドワーフにはもちろん、感謝しているが。
「やっと取れたのね。身体が軽いわ」
ファニアが椅子から立ち上がって伸びをした。鳥が羽を伸ばしているようだ、とドニは思った。言い得て妙ではある、彼女は翼人なのだから。
「よかったな、お二人さん」
部屋の隅で成り行きを見守っていたマックスが歩み寄ってくる。
「今度はおそろいの指輪でもつけるかい」
「いい細工職人を知っているぞ。よければ紹介しようか」
マックスの冗談にドワーフが合いの手を入れた。彼だけは他のドワーフとは違い、立派な髭に金属の輪や編みこみといった飾りを入れている。小さな宝石までもが結わえられていた。髭で身分を表すドワーフの文化を知っていれば、それなりの地位にある者だと誰もがわかるだろう。
彼の名はフンベルト・ケルツ。ドワーフ自治領財務担当官にしてトレジャーハンターの後援者であり、さらに都合のいいことに、マルティン捕獲作戦の責任者でもあった。
ドワーフ自治領に到着してから、ドニたちはすぐに衛兵たちにマルティンを引き渡した。末端の兵士たちは事情を知らないようだったが、駅長の手紙を見せるとすぐに別のドワーフたちがやってきてマルティンを連れていったのだ。
それから、案内人とともにフンベルトの邸宅へ向かい、報酬の話は後にしてとりあえず腕輪爆弾の解除を頼んだのだった。
フンベルトは快く引き受けてくれた。マルティン捕獲の功労者であり、また支援しているトレジャーハンターが遺物を持ってきてくれたのだから無碍にはできない、と。
「フムン、お主は一匹狼だと思っていたのだが、ずいぶん所帯が増えたものだな、ファニア」
髭を撫でながらフンベルトが言った。厳しさの中に親しみを潜ませた声音だった。
「成り行き、というか、まぁ、いろいろあって」
「運命の出会い、だろ。そのうち本当の所帯持ちになるんだから」
ファニアはじと目でマックスを睨んだが、フンベルトは彼の冗談が気に入ったらしく、口を大きく広げて笑った。財務担当官という立場の割には豪快な気性の人物らしい。シュダーガートの駅長は穏やかなほうだったがドワーフとはそんなものなのだろう、とドニは思う。
「それで、マルティンはどうなるんですか」
ドニは気になっていたことを聞いた。
「ああ、奴のことか。今日のところはここに置いておくことになった。別室に監視つきで転がしてあるわい。明日には中央から官憲が引き取りに来るだろう」
「これでポリクラブを壊滅させることは、できるんでしょうか。ドワーフが差別されることはなくなるんでしょうか」
「無理だろうな」
フンベルトは即答した。
「なぜ、ですか」
「マルティンは幾つもある支部の、支部長に過ぎない。奴から吐き出させた情報で中央議会にいる反ドワーフ派議員を叩き、ポリクラブへの支援を断つことはできるだろうが根絶とまではいかないだろうな」
「では、俺たちがしたことは無駄だったんですか」
苦笑まじりにフンベルトは言った。
「なあ、ドニよ、わしらはお前さんが生まれる前から大なり小なりの差別と戦ってきたんだ。一朝一夕でどうにかできるものではない。ただ、お前さんらがやったのは小さな変化につながることだけだ」
なんと答えたらいいか、ドニにはわからなかった。あれだけの思いをしたのにポリクラブを完全に消し去ることはできないのか。それでは、自分の行いは徒労ではないのか。
「だが、無意味ではない」とフンベルトは続けた。「一つ一つは小さくても、積み重ねていけばそれはやがて大きな力となるのだからな。火と同じだ。鉄を溶かす炉も、最初は小さな火から始まるんだ」
「そういうものなのでしょうか」
「そうだとも。そもそもだな、お前さんは思い違いをしている。われわれの目的はポリクラブを壊滅させることではない」
「……ならば、なぜ」
「今回の件は、ポリクラブに打撃を与えることではなく、彼らを法の下で裁くことが一番の目的だったんだ。なぜだかわかるか」
ドニが黙っていると、フンベルトは重々しく言葉を継いだ。
「われわれは、法を遵守する意思があると人間たちに認識させるためだ。……過去のわれわれの過ちを正すために」
「過ち、とは」
「ここ、ドワーフ自治領を作ったことだよ」
ドニは耳を疑った。フンベルトの声音は本気そのもので、冗談を言っている風ではなかった。自分たちの土地を、コミュニティを持つことがなぜ過ちなのか。
訝るドニを見ながら、フンベルトは口を開いた。
「最初は、緊急避難のためだった。人間たちの弾圧を避けるために、親ドワーフ派議員の協力を得て、自治領を作った。安息の地を手にすることはできたが、それだけだ。外の状況はなにも変わらなかった。相変わらず人々の間にドワーフへの嫌悪感が渦巻いている」
フンベルトは続ける。
「それでは意味がない。殻の中に閉じこもっていても、なにも変わらない。差別意識そのものを消し去らない限り、ポリクラブを壊滅させてもなんにもならない。そのためには、人間たちとの接点は保っておきたいのだ。そう思う者は決して少なくない。シュダーガートの駅長のようにね」
自治領の外にいるドワーフはそんな思いを抱いていたのか。なぜ彼が危険を冒して自治領の外にいたのか、ドニはその理由を知って胸の中のしこりがとれたような気がした。
だが、まだ聞きたいことが残っている。
「それで、あなたたちの、ドワーフの真の目的は何なのですか。マルティンを法で裁くことが、あなたたちの目的とどう関係があるのですか」
「簡単なことだ。ドワーフは人間と同じ法を遵守し、共に生きていく覚悟があることを示すためだ。そして――」
「ゆくゆくは人間と同じ権利を手にするつもりなのですね」
ドニが言うと、フンベルトはかぶりを振った。
「それは、違う。断じて人間と同じ権利など求めてはいない」
またドニは耳を疑った。それではいったい、ドワーフたちはなにを欲しているというのか。
「わしらが求めるのはドワーフとしての権利であって、人間のそれとは違う。最終的には同じ国家の法を遵守した上で、人間たちがドワーフをドワーフとして認め、お互いに尊重しあって生きていくことができる、そういう社会を作ることだ。われわれはドワーフではあるが、同時にアルマーニュの国民なのだと」
大声ではなかったが力を入れて言っているのが、ドニにはわかった。フンベルトは本気でそれを願っているに違いない。ドワーフは寝ても覚めても鉄や石のことばかり考えていると思っていたのだが、こうした感性も持ち合わせているのだ。財務担当官という立場は伊達ではないということだろう。
さらに駄目押しに、ドニは聞いた。
「どうしてそうまでして人間と、多種族との関係を保とうとするのですか。彼らはあなたの仲間を何人も殺しています。復讐しようとは思わないのですか」
「そういう気持ちは、当然ある」
フンベルトは自分の中のどす黒い感情を否定しなかった。
「血気盛んな――人間からすればドワーフはみんなそんなもんかもしれんが、若い連中には人間との徹底抗戦を叫ぶ者もいる。それは、わかる。だが、わしらがどんなに素晴らしい技術を振るおうと、それを見てくれる相手がいなければ空しいだけなんだよ。見る者のいない芸術品になんの意味があるのか」
ドニはその言葉の本質を理解した。
「つまりあなたは、ドワーフは人間たちとの繋がりの中で生きている、と認識しているのですね」
「そういうことだ」
白い歯を見せるフンベルトに、なぜかドニは褒められているような気がした。
「実際のところはな、人間の快楽探求能力には目を見張るものがあってな」
「快楽、ですか」
「そうだ」フンベルトは頷いた。「ドワーフにもうまい飯や酒を作る者はいるが、人間のそれには及ばない、というのが現状だ。人間の作る麦酒が飲めなくなったら、大勢のドワーフが自殺するか発狂するな。わしもその一人だが」
髭を揺らしながらフンベルトは大声で笑った。それを聞いていた周りのドワーフたちも口々に「その通りだ」と言って笑い出す。ファニアも控えめな笑みを作っていた。その中でマックスだけが表情を変えなかったが、別段悪い感情を抱いたようにも見えなかった。
「さて、では身体が軽くなったところで、別の話をするか。今回ファニアが持ち帰った遺物のことだが」
「そう、それそれ。どうだったの。面白いものはあったかな」
ファニアが旅の途中で集めた旧世界の遺物。それがどれだけの価値を持つのかファニアは気になっていたのだろう。顔を期待に輝かせている。
「ほとんどがよくある、普通の遺物だったな。特に目を引くものはなかった」
「……そう」
がっくりとうなだれるファニアに、フンベルトは悪戯っぽく言った。子供のように。
「例外が二つだけある。一つはきみたちが身に着けていた、腕輪と首輪だ」
反射的にドニは、いまはドワーフの手の中にある首輪に目をやった。罪人拘束用に使われていたという代物にいったいどんな価値があるというのか。
「それぞれの内側を見てみろ。字が彫られているだろう」
続けて、フンベルトは意外な言葉を口にした。
「そこに、愛がある」
愛、だって。
怪訝な顔で首輪を手に取り、ドニはドワーフから腕輪を受け取った。
内側にはフンベルトの言うとおり、なにかの文字らしきものが彫られていた。アルマーニュ語に似ているが、なんと彫ってあるのだろう。
「それぞれこう彫られている。『ギィへ シモーヌより愛を込めて』『シモーヌへ ギィより愛を込めて』」
「ええっと、つまり、これって……」
当惑した顔でファニアが聞く。
「旧世界の恋人たちのお互いへの贈り物なのだろう」
「そんな、馬鹿な」
思わずドニは叫んでいた。
「爆弾なんですよね、これ」
「ああ、爆弾も起爆装置も生きたままだった」
「なんで、そんなものを」
「二つが離れすぎると反応するようになっていたのだから、それが意味することは一つだ。ずっと側にいたい、と」
旧世界人はやはり、狂っていたのだろうか。いくら好き合っていたからとはいえ、こんなものを恋人に贈るなんてどうかしているとしか思えない。
「旧世界でもかなり特殊な愛の形だったろう。しかしそれは、確かに存在したのだ。旧世界の人々の愛が、彼らが生きた証が。わしはそれが見たくて遺物を集めている」
彼は自分自身も生きた証を残したいと言っているのではないかと、ドニは思った。
同時に、人は誰でも死ぬ、生きている限り。そんな単純なことを思い出してドニは焦燥感に突き上げられる。自分は生きた証を残せるのだろうか、と。なにも残せないまま旅の道半ばで死んでしまうのは嫌だ。しかし自分に何ができるのか。
「お前さんはまさにわしが望むものを持ってきてくれたよ、ファニア」
「まぁ、わたしにかかればこれくらい簡単よ」
ファニアが得意げに胸を張るのを、ドニは見ていた。そこにはあの夜、述懐と共に見せた極大の不安や寂しさを感じることはできない。
「報酬を用意させよう。それなりに色をつけたのを」
フンベルトが目配せすると、部下のドワーフが地下室から消えた。
「ありがとう、フンベルトさん。ところで、例外のもう一つって、なんなのかしら」
「うむ、それなんじゃがな、遺物の中に一つだけ、厄介なものが……旧世界のデータストレージがあったんじゃ」
「なんですって」
一際大きな声を上げるファニアの横で、ドニは質問を発した。
「あの、すいません、データストレージってなんですか」
「旧世界の本のようなものじゃ。本より小さくて、何百倍、何千倍もの情報をしまっておける」
「問題は、データストレージそのものより、中になにが入っているか、なのよ」
ファニアが補足するように言った。
「当時のポエムが何万作と詰まってるだけならいいんだけど、兵器の設計図や歴史だったら大変よ。鋼鉄騎士団の検閲対象だもの。それと知らずに覗いただけでも処罰対象になっちゃうのよね」
いつの間にか禁断の書物を拾っていたわけだ。扱いに困るのも無理はない。
しかし一神教会の遺物に対する思い入れは異常だ、と思う。まるで遺物の中に、見せられないものがあるとでも言っているようなものではないか。
「実際のところ、データ形式が厳格らしいからの。わしらだけで解析するのは不可能だ」フンベルトが言う。「無理にいじくり回して、教会に睨まれるのはごめんじゃな」
「でも、ちょっと見てみたいような……」
ドニは本音を口にした。
「無害なデータなら鋼鉄騎士団の検閲の上で、取得者に開示されることもある。また時間ができたらここへ来るといい」
やがて地下室から出て行ったドワーフが、大きな布袋を二つも抱えて戻ってきた。片方はファニアの分で、もう一つはマルティン捕獲の報酬だ。
普通の人が丸一年、あくせく働いてようやく手にできるほどの金額が袋の中に詰まっていた。両方ともドニが受け取る。意力使いとはいえ、女性に持たせるには重そうだった。
「ありがと」
ドニの気遣いにファニアが軽く礼を言う。
「それで、君たちはこれからどうするのかね」とフンベルトが言った。
「とりあえず、今日はこの街に滞在するつもりだ」マックスが答える。「ドニも、それでいいか」
「ああ、願ったりだ。自治領を観光してみたかったんだ」
「では、客室を用意しよう。どうぞ泊まっていってくれ」
「いいのですか」
「もちろんだ」
フンベルトはまた白い歯を見せて笑った。
客室に通されると、ドニたちは荷物を置いた。なかなかいい部屋だった。ベッドまで石造りなのには苦笑せざるを得なかったが。
「街を観光するんじゃったな。護衛を連れて行くといい。聞くところ、影の兵に追われたそうだしのう」
ドアの側でそう言ったフンベルトの背後に、一人のドラゴンボーンが控えていた。白い鱗で全身を覆い、手足は太く、長い。上顎から二本の尖った牙が顔を出している。胸甲を身につけていることから、兵士かそれに近い職に就いているようだ。
「紹介するぞ。バルドゥイーン、見ての通り、ドラゴンボーンじゃ。ヘルヴェティアから来た、本物のドラゴンボーン傭兵じゃ。自治領は政治的理由で警備をドラゴンボーン傭兵に頼るところがあってのう、彼もその一人じゃよ」
バルドゥイーンは一歩前に進み出ると、縦長の瞳をドニたちに向けた。長い首を動かしながら。
「はじめまして、ご紹介に預かりました、バルドゥイーンといいます。傭兵団での階級は少尉です。よろしくお願いします」
「少尉って、士官かよ」
マックスが自己紹介の感想を述べる。
「ええ、客人の護衛ですからね。それに見合った階級の者を、ということです。それに、自分はここに来て長いですから、観光案内もできますよ」
「よろしくお願いします、バルドゥイーンさん。ところで、士官、というのは」
バルドゥイーンは不思議そうに目を瞬かせた。
「ご存知ありませんか」
「なにぶん田舎育ちのもので、すいません」
「いいんですよ」
口角をわずかに持ち上げて、バルドゥイーンは言った。どうやら笑ったらしい。
「士官というのは、軍隊におけるまあリーダー格のようなものですね。前線部隊の少尉であれば、概ね、数十人ほどの部下を率います。普通、傭兵に階級というものはさほど厳格に定められていませんが、われわれは傭兵であると同時に、ヘルヴェティアの軍人ですから」
その言葉に違和感を覚える。軍人とは自分の所属する国のために戦い、傭兵は金のために戦うのではなかったのか。
疑問を口にすると、バルドゥイーンは答えた。
「そのとおりですよ。ですが、ヘルヴェティアのドラゴンボーン傭兵は違います。ヘルヴェティアとドラゴンボーンについて、興味がおありのようですね。どうでしょう、街をご案内する傍ら、われわれについてご説明させていただく、というのは」
ドニはドラゴンボーンについて、誇り高き戦士の種族ということぐらいしか知らない。彼らの出身国であるヘルヴェティアについても詳しいわけではなかった。
彼らはどんな風に生きて、どんな場所に住んでいたのだろう。ドニはバルドゥイーンから語られるであろう言葉に、期待を膨らませる。
そんなことは知らぬげに、ダンケが足元で早くここから出たい、とでも言うようにワフ、と小さく吠えた。




