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Screaming headless torsos

 巨大な塔の群れが見えてきた。街が近い。


 エジェリーはスタスオーグからの道程を頭の中で振り返る。ずっと歩いてきた。歩き続けた。倒すべき相手を追って。新たな人形を作る材料を集めながら。


 左手に握る紐は三つの棺桶につながっていた。歳幼い少女には異様な荷物だったが特に気にしてはいない。宿を取るほど余裕のある身分ではなかったし、誰かに見咎められても無視する。それでも追求してくるのなら黙らせればいい。エジェリーにはその自信があった。


 気がかりなのは、マックスという男のことだった。どこかで取るに足らない相手に殺されてなければいいのだが。あいつは私が倒す。その情念だけが足を動かしてくれていることを、エジェリーは自覚していた。倒すべき相手がすでにいなかったら。そう思うと気が狂いそうになる。


 その街はファンクファートと呼ばれていた。どこにでもある、荒んだ街だ。通りには食い詰め者や山賊まがいの連中がごろごろしている。崩れかけた旧世界の建築物に巣食う害虫ども。


 殺す価値もない。人通りの少ない道を選んで、エジェリーは歩いていく。


 クズどもめ。エジェリーは内心でファンクファートの、いや世界の全てを詰る。


 他人が自分と違えば拒絶し、優れていれば妬み、劣っているのなら見下す。どうしようもないゴミクズどもだ。人間――いやエルフだろうとドワーフだろうと獣人だろうと同じだ。そういうものだ。影の兵として生きてきた経験から、エジェリーはそれを知っている。お前たちには、廃墟でドブネズミのように暮らすのがお似合いだ。


 わたしは、違う。エジェリーは思った。こいつらとは違う。力がある。打ち倒すべき相手がいる。そのために歩き続ける意思も。


 世の中はクズだらけだった。影の兵も、表ではにこやかに笑っている一般人どもも、エジェリーは嫌いだった。目先の利益だけを追い求め、都合が悪くなれば他人を犠牲にする。親兄弟も含めて。クズどもに混じって生きてきたのだ。これまで、ずっと。


 あの男は、世界に蔓延るクズどもとは違って見えた。刃を交えた自分にはわかる。なにかを隠しているような、そんな気配。


 あいつはなにを考えているだろうか。わたしが追ってきていることを知ったら、どんな顔をするのか。


 そして、ああ、そんな相手を戦いの果てに打ち倒したのならば、なにが見えるのだろう。あいつの本質を知りたい。わたしの力で、覆いを剥ぎ取って丸裸にしてやりたい。暗い愉悦がエジェリーの中で踊る。


 街の玄関口である駅には厳重な警戒態勢がしかれていた。物々しい雰囲気にエジェリーは目を止める。衛兵を刺激しない程度の距離をとって観察すると、ホームの向こうに損壊した列車が鎮座していた。


 大方、どこぞの人種差別主義組織に襲われたのだろう。先ほどからエジェリーは通行人が投げかける侮蔑混じりの視線を感じている。髪から突き出る長い耳がその理由だというのはわかっている。


 エジェリーは目を細めた。死の匂いがした。爆発物が使われたと思しき焦げ跡を見つける。きっと何人も死んだに違いない。


 それでエジェリーは、あの男はここにいたのだと直感した。


 唇を釣り上げる。まだあいつは生きている。ここで襲われたが、どうにか生き延びた。そうだろう。そうだろう。


 小さな胸の中に感謝のような感情が生まれていることに、エジェリーは気づいた。まだ短い人生の中でも滅多にないことだった。


 足早に駅から離れつつも、エジェリーの笑みは消えなかった。


 暗い路地に入ったところで、男の声がした。足を止める。


「よう、お嬢ちゃん」


 何日も洗っていないのか、汚れた顔の男が立ちふさがっていた。その後ろにも、自分の背後にも数人の気配。追い剥ぎか。


「こんなところを一人で歩いてちゃ、危ないよぉ。ここには人間以外が大嫌いな奴がいっぱいだからさあ」


 男は粗末な拳銃を持っていた。周りの連中も武装しているだろう。エジェリーはそう判断する。


「引きずってるのはなんだ、棺桶か」別の一人がそんな言葉を投げかける。


 人間以外が大嫌い、か。エジェリーは心で反芻する。ではお前たちは人間が好きなのか。とてもそうは見えない。そうだ、人間はそんなに素晴らしい生き物ではない。いや、どうだっていい、わたしは何もかもが、大嫌いだ。


 意力を、通す。棺桶の蓋が一斉に、勢いよく開いた。中から首なしの人形が現れる。改良を加えたエジェリーの武器。追い剥ぎたちの目が驚愕に見開かれる。


「こいつ、まさか、意力使い―――」


 細い悲鳴を吐き出しながら、追い剥ぎが叫んだ。驚愕が恐怖に変わる。


 意力の糸を繰る。追い剥ぎたちが発砲する前に、首なし人形たちの声にならない絶叫が響き渡った。



 エジェリーは路地に立っている。


 あたりは血の海だった。追い剥ぎたちだったものはその内容物をぶちまけて地面に転がっている。ある者は頭の上半分が消失し下顎から剥き出しの舌が垂れていた。ある者は腹を爆発させて上半身と下半身が泣き別れになっていた。壁には肉片や潰れた眼球がへばりついている。


 濃密な血臭の中でも、エジェリーは平然としていた。眉一つ動かさない。側には三体の首なし人形が従者のごとく控えている。


 強い者が弱い者から奪うのがこの世界のルールだ。散らばった追い剥ぎたちの残骸を眺めながら、エジェリーは思った。こいつらはルールを破った。弱いくせに、強い者から奪おうとした。身の程知らずもいいところだ、と。


 しかし同時に、弱者から奪うものなど、本当にあるのだろうかと疑問に思う。追い剥ぎどもをいくら殺したところで、何も得られないだろう。


 真に価値あるものは、強者からしか奪えないのだ。


 お前たちから奪うものなど何一つとしてない。


 ああ、だがマックス、お前は特別だ。わたしがどれだけ強くなっても、お前からはきっと得られるものがあるだろう。


 会いたい、会いたい。早く会いたい。いやまだだ。この飢餓にも似た想いが爆発しそうになるまでは。この感情をもっともっと、わたしに味あわせてくれ。


 その先には、必ず倒してやるから。


 倒してお前の全てをわたしのものにしてやるから。


 奇妙な吝嗇を胸に抱えながら、エジェリーは不可視の糸を繰った。首なし人形たちが元通りに棺へと収まる。


 地に落ちた追い剥ぎの腕を踏み折り、エジェリーはその場を歩み去った。

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