Stop this train(2)
飛竜が飛び去った後も、ドニは飽きもせずに外を見ていた。列車からの眺めはよかった。故郷の村では、よく丘に上ってぼんやりと景色を見ていたものだったが、こういうのも悪くない。
視界の隅に奇妙なものが映った。遠くに巨大な柱のようなものが林立している。巨大、とはいっても大きさは様々だったが、一番小さいものでも村の教会ほどはあるように見えた。くすみ、ひび割れたり欠けているそれらを見て、柱というよりは大地に突き刺さった杭のようだとも思う。
中には、折れたものもあった。遠くてよくわからないが、断面を見る限り内部にはある程度の空間があるらしい。
列車はその柱の群れの方へ向かっているようだった。
「あれは、なんだろう。建物なのかな」とドニは疑問を口にしてみる。
「ファンクファートの旧世界遺跡よ」隣のファニアが答えた。「ここから見えるのは、旧世界の都市、その残骸ね」
「じゃあ、なにか珍しいものがあるかもしれないってことか」
「昔はそうだったんだけどね。いまはもうあらかた取り尽されて、残ってるのは本当に廃墟だけ。次の停車駅――ファンクファートはそのときの発掘者キャンプが発展してできた街なんだけど、まともなのは駅周辺だけで、そこから一歩出たら廃墟を根城にしてるならず者がたむろしてるから」
「治安はよくないんだな」
「だから、まともな人なら駅周りから出たりしないし、用が済んだらさっさと通り抜けるものよ」
となると、この列車も長くは留まらないのだろう。安全のためにはそうするしかないのだろうが、ドニとしては旧世界がどんな街を作っていたのか、もう少し近くで見てみたい気もした。
あの大きな建造物に、どれだけの人が住んでいたのだろう。神の稲妻が落ちたとき、どれだけの人が、どうやって生き残ったのか。そしてあれだけのものを作る文明を滅ぼした神の稲妻とは、どのようなものだったのか。旧世界に対する興味は尽きることがない。
「呪われた土地みたいになってたら治安も悪くならなかったでしょうにね」とファニアがぼやくように言った。
「その、呪われた土地ってのは」とドニ。
「廃墟ばっかりで、瘴気が充満している場所のことをトレジャーハンターたちはそう呼んでるの。ファンクファートには瘴気がないから、呪われた土地じゃあないけど。全ての呪われた土地は教会の――鋼鉄騎士団の管轄下にあるから、滅多なことでは入れないようになっているわ」
「瘴気って?」
「人の身体を蝕む悪い空気、といったものかしら。呪われた土地は例外なく瘴気で汚染されているから、下手に近づくと命に関わるのよね。ただ、そのおかげで、呪われた土地には旧世界の遺物が手付かずのまま残っているって噂よ。トレジャーハンターなら誰もが憧れる場所ね」
そう語るファニアの表情には、熱がこもっていた。彼女もトレジャーハンターなのだから、旧世界の遺物に対する情熱は人並み以上だろう。ドニにもその気持ちは理解することができた。まだ見ぬものに対する好奇心は、よくわかる。
「遺物があるにしても、そんな場所からどうやって運び出すんだ」とドニは聞いてみる。「ずっと息を止めてる、ってのも無理な話だろう」
ファニアは苦笑して「瘴気による症状を抑制したり浄化する薬や、瘴気を遮断する鎧があるのよ。教会の専売品だけどね。だから、呪われた土地の探索には教会との繋がりが必要なのよね。生身で瘴気に晒されるなんて、ぞっとしないもの」
「なるほど」とドニは得心する。「そういう薬や服を貸す代わりに、教会は遺物を回収するんだな」
「そういうこと。他にも、呪われた土地には未知の怪物が住んでいる、なんて噂もあったりして、それはちょっと怖いけど、でもとんでもないお宝が眠ってるって思うと、わくわくしてこない?」
「うん、わかるよ」とドニは微笑して答えた。
貨車の扉が開いた。前の車両にいた、ドワーフの車掌が顔を見せる。彼も駅長の部下で、マルティン護送の現場指揮者的立場にある。
「もうすぐファンクファートに到着します。燃料の補給など、最低限の用事を済ませたらすぐ出発しますが、念のため、用心しておいてください」
「あとどれぐらいかしら」
「三十分程度かと」
「マックスを起こした方がいいかな」
と、ドニが言ったところで反対側の扉が開いた。マックスは寝起きらしかったが、目は冴えているようだった。
車掌はファンクファートでの停車予定時間は十分程度であり、その間は特に注意するよう促すと、自分の仕事へ戻っていった。
それからしばらくして、列車はファンクファート駅に到着した。停車の音がうるさかったのか、ダンケは目をつぶって耳を瞬かせていた。檻には何が入っているのかわからないように布を被せておく。中のマルティンは意外なことに大人しかった。そうしてくれた方が面倒がなくていい。
ドニは窓から少しだけ顔を覗かせて、外を見る。駅員たちがあわただしく駆けていく。新たに載せる荷物の方が多く、逆に、降ろすべきものはほとんどないようだった。それでも積み込み作業はなかなかの労働らしく、あちこちで男たちが声を上げている。
マックスが「伏せろ」と叫ぶのと、ダンケが吠えたのはほとんど同時だった。
次の瞬間、列車が激しく揺れた。すぐそばでファニアの短い悲鳴。ドニは床に伏せ、反射的に意力障壁を展開していた。轟音と振動が腹の底に響く。
何が起こったのか。状況を把握する前に、また車両が揺れる。周囲から上がる悲鳴を銃声が貫いていく。鉛弾が列車の表面を叩く音が耳にうるさい。ダンケが威嚇の唸り声を上げている。
突然の事態に、それまで作業していた者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そのうちの一人は頭を撃たれて派手に倒れ、別の者は胸を赤く染めたままなんとか逃げようともがいている。
駅の警備に当たっていた衛兵たちも何人かは混乱していたようだが、勇気ある少数が応戦を開始していた。だが多勢に無勢らしく防ぎきることは期待できそうにない。
「攻撃です! 何者かが爆発物を――」
ドアを開け、車両に飛び込んできた車掌の頭に流れ弾が突き刺さった。目の軸がぶれた車掌の死体が、壁に寄りかかりずり落ちていく。
ああ、また死んだ、とドニは思うが、初めて人の死を見たときほどの衝撃はなかった。旅に出てからこっち、沢山の死に触れてきた。感覚が鈍ってきているのかもしれない。それはきっと、恐ろしいことなのだろう。
「畜生め」
マックスが窓からライフルを連射する。ドニには敵がどこから撃ってきているのかわからないが、彼には見えているのだろう、射撃には迷いがなかった。
「なんでこう、列車に乗るとドンパチに巻き込まれるんだろうなあ。一月の間に二度目だ」
「なにそれ」と伏せて、頭を抱えたままファニアが叫ぶ。「呪われてるんじゃないの、あんた」
「そんな気がしてきた。泣かせた女のせいかな……ドニ。檻を開けろ。マルティンを連れて脱出するぞ」
「檻の鍵がないと開けられない」
「意力があるだろ。全力で引きちぎれ」
言われて、ドニは檻にかかっていた覆いを取り払い、格子に手をかけた。捕らわれのマルティンと目が合ったが、それも一瞬だ。意力強化された筋力で、格子を広げる。金属が軋みを上げて曲がっていく。人一人が通れるほどの隙間が出来上がった。
「出ろ。変な真似したら足をぶち抜くぞ」
凄みを効かせながら手首を掴み、マルティンを檻から引っ張り出す。車両横側のドアを引き開ける。
「レディファーストだ。ファニア、さっさと出ろ!」
マックスが怒鳴った。ファニアとダンケが飛び出すのを見届けてから、ドニもマルティンを抱えて列車から飛び降りる。意力障壁が敷かれた砂利からドニを守ったが、マルティンはたまらず呻いた。それを無視し顔を上げると、マックスも車両を出るところだった。
「マックス!」
乗っていた車両が爆発した。爆圧に押されてマックスが吹き飛ばされ、地面に転がる。いや、無事だ。ドニにはマックスが意力障壁で破片を防いだのが見えていた。
マックスはすぐに姿勢を立て直す。無傷のようで、ドニは安堵した。
「なんだよ、これ。また影の兵か?」
「いや違うな。これまで影の兵は少人数だった。数十人規模で攻撃をかけてる。たぶん、ポリクラブだろ」
「マルティンを取り戻しにきたのか」
首を振って、マックスは答えた。
「それも違うだろう。こんな派手に攻撃してきたらマルティンも巻き添えだ。それでも構わないと思っているのか、あるいは、ここにマルティンがいると知らないのか――」
「そんなこと喋ってないで、早く逃げた方がいいわよ! そこらじゅうにいる!」
短機関銃を片手に、ファニアが悲鳴に近い叫びを上げた。近づいてくる敵に撃ちまくっていたらしく、新しい弾倉を装填している。
「珍しく気が合うな」
マックスもライフルを撃ちながら言う。
「街から離れよう。ドニ、マルティンは任せたぞ」
わかった、と言ってからドニはマルティンがいないことに気づく。
少し離れたところで、芋虫のように這って逃げようとしているマルティンがいた。その足首を掴んで引き寄せると、ドニはショットガンの台尻を頭に叩きつけて気絶させた。
◇
パンの欠片を口に放り込んで、ファニアは味見している。人間には大したことないものでも、犬には身体によくない食べ物があるという。特に塩が大敵だ、と言っていた。多すぎはよくない、と。それからリーキの類も厳禁だそうだ。犬なんてなんでも食べそうなものだと思っていたドニには、少し意外だった。
「うん、これくらいなら大丈夫かな。はい、ご飯よ」
皿にパンと肉を乗せて差し出すと、ダンケは、食べていいの、と聞くようにファニアの顔を見てから食事に手をつけ始めた。尻尾が大きく揺れている。満面の笑みを浮かべて、ファニアはそれを眺めていた。
「結局徒歩になっちゃったな」
ドニはファニアが作ったスープを一口飲んで、言った。料理に自身がある、という彼女の弁は本当らしく、舌の上で踊る熱い液体が胃に落ちると、身体の底から温まるように感じられた。
「そういうこともある」
ポットから茶を注ぎながらマックスが返す。
「世界は不条理と理不尽で一杯だ」
あれからドニたちは弾丸の嵐を潜り抜け、駅から脱出し、ファンクファートから北に外れたところで野営していた。山賊や野生動物に襲われる可能性はあったが、あんな騒動があった後で街に入る気にはなれない。
なんでこんなことになったのだろう、とドニは考えている。もう夜だ。本当ならもう自治領に着いているはずだったのに。マックスは歩きでも明日には着くと言っていたが、それなら最初からずっと歩いていけばよかったのではないか。世の中はままならないものだ、と内心で苦笑する。世界には理不尽が一杯だ、本当に。
マックスの横では、マルティンが地面に横たわっていた。ついさきほど、空腹を訴えてきたので仕方なく食事をとらせたとき以外はずっと猿轡をかまされている。四肢も縛られているし、マックスと腰縄で繋がっているから、脱走は不可能だ。意力強化された縄を一般人が切断できるはずがない。
「列車が爆発したときは何事かと思ったけど、あれってなんだったんだろう。意力攻撃じゃなかったみたいだけど。特に何も見えなかった」
ドニが疑問に思っていたことを切り出した。
「ロケットだな、あれは」とマックス。
「ロケット?」
「爆弾を飛ばす武器だと思えばいい。シュダーガートの連中は持ってなかったが、支部ごとに装備に差があるんだろう」
「破片程度だったら防げそうだけど、直撃はまずいな。対策はあるのか」
「簡単だ。撃たれる前に撃てばいい」
「今回みたいに、あっちこっちから何発も撃たれたらどうする」
「それこそ簡単だ。意力障壁を張って伏せろ。信心深いなら神に祈ってもいい」
「運任せってことじゃないの、それ」とファニア。
「全力を尽くしたって死ぬときは死ぬ。できるのは自分の意力を信じることだけだ。ついでに、天使とか、女神とか、そういうやつを信じよう。俺好みの容姿だったらなおさらいい」
「また始まった」
うんざりした様子で、ファニアはため息をついた。
「冗談はさておくとして、意力使いだって無敵じゃないからな。自分の限界はわかっている。だから、どうしようもないときはそういうものに頼りたくなるのさ」
「奇跡を信じてるってこと」とドニは聞いた。
「そうなるな」
それは意外な答えだと、ドニは思った。運を天に任せることなど、惰弱な考えだと否定しそうな雰囲気がマックスにはあったのだが。
「ま、どうにもならなくなったからって諦めるよりもずっと建設的だからな」
マックスは茶をすすり、目を閉じて深く息を吐いた。香りを味わっているらしい。それからまた、口を開く。
「さて、ファニア、一つ聞きたいことがあるんだが、いいか」
「真面目な話なら聞くけど」
「お前、俺たちに何か隠し事をしてないか」
唐突な質問だった。ファニアの表情が固くなる。その反応から、彼女に思うところがあるのは明白だ。
「なに、言ってるのよ。いきなり。意味がわからない」
ファニアの声は震えていた。
「いや、別に言いたくないんならいいんだが――って、えっ、あれっ、おいっ!」
マックスが言い終わる前に、ファニアは駆けていった。夜の帳の向こうへと。
その表情をドニは見てしまった。底の知れない怯えと、そして、ある種の諦念が綯交ぜになった複雑な色を。こぼれる涙に気づく。胸が、痛む。
「マックス、どういうことだ」
ドニは怒りを抑えながら問うた。
「ちょっと待て、俺にも想定外だ。そんな触れたらまずいことだったのかな。言いたくなかったら言わなくてよかったんだが、逃げるとは思ってなかった」
うろたえ顔で、マックスはファニアが去っていった方を見つめている。本当にこんなことになるとは思ってなかったようだ。それにしたって、もう少し言い方があったろうに。軽はずみな言動にドニは不快感を覚える。
「なにを言おうとしたんだ。隠し事って、なんだ。心当たりはあるんだろう」
「あいつの出自についてだ。いままで俺たちはあいつを人間だと思っていたが、どうやら違うらしい」
「なに?」
「ポリクラブアジトでやりあった奴――ファニアを追ってきた影の兵だったんだが、妙なことを言ってたんだ。人間じゃない奴がいるって」
「確かか」
「事実、だと思う。それを少し確認したくなったんだが……隠してるんだから、触れられたくないことだったと気づくべきだった」
マックスにきっと悪気はないのだろう。ドニはそう思った。彼は彼で、ファニアを仲間と認めているからこそ、そのような質問をしたのだろう。少なくとも、マックスは己の軽率さを本気で恥じ、後悔し、反省していた。それを見てドニの赫怒が薄れていった。思考が冷静さを取り戻す。
いまはファニアだ。追わなくては。そう思ったときには、腕輪が音を発していた。二度と聞きたくなかった、甲高い音。止まない。徐々に大きくなっていく。
爆弾が音を出しているのに気づかないほど動転しているのか。ともかく、ファニアがドニから離れていっているのは間違いない。
「マックスはここにいてくれ。ファニアを連れ戻してくる」
たとえ種族を偽っていたとしても、彼女は仲間だ。それは変わらない。
だが、なぜ偽る必要があったのだろう。ドニは疑問に思う。傍目から見れば、彼女はまったくの人間なのだが、では一体どの種族なのか。そしてなぜあれほどまでに心を乱すのか。偽っていたことに対する後ろめたさ故、と考えることもできるが、それにしても行き過ぎだろう。いや他人にとっては些細なことでも、本人にとっては重大なことなのかも。
「……なんていうか、その、すまん。頼んだぞ」
マックスの謝罪の言葉を背中で聞く。できることなら彼女の涙を止めてやりたい、ただそれだけを理由に、ドニは宵闇の中を走り出した。




