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This dog kills racist(7)

 金属の塊が唸りを上げて駆け回る。


 マルティンを救おうと駆けつけた構成員たちが跳ね飛ばされて死んだ。轢かれて死んだ。水晶体から発せられる不可視の攻撃に焼かれて死んだ。肉が焦げ、粘膜に絡みつくような独特の臭いが漂いはじめる。錯乱した味方の誤射で死ぬものもいた。血みどろになったロボット同士が激突して横倒しになり、火を吹いて爆発した。


 阿鼻叫喚と呼ぶにふさわしい光景だった。


 この騒動は、アジト全体で起こっているらしかった。遠いところからも悲鳴が聞こえるし、建物の窓を突き破ってロボットが落ちてきたりもした。その下にいた構成員が潰されて肉塊になった。


「なんだ、これ……」


 命が容易く失われていく情景に、ドニは呆けたようにつぶやいた。


「ロボットが不正な命令を受けて暴走したんだわ」とファニア。

「暴走?」

「そう。多分だけど、ロボットたちはあの板を持っている者の命令に絶対に従うように作られているのに、その命令が理解できなくて、でも命令には従わなくちゃいけない。それで訳がわからなくなって混乱してるのよ。旧世界の遺跡でそういうロボットはたまに見るから」


 なぜそんなものを作ったのか、ドニは旧世界の人間がまたわからなくなった。自分たちの先祖はなにを考えていたのだろう。単に、犬が命令を出すような事態を想定していなかっただけかもしれないが。


「でも、チャンスかもしれない」


 ドニは犬とマルティンを指差した。一人と一匹はまだ滑稽な追いかけっこを演じている。マルティンは相変わらず尻を丸出しにしたままだ。


「ロボットたちはあちこちに散ってるから、マルティンを捕まえるならいまのうちだ。混乱に乗じて逃げるのも容易だろう」

「でも、危なくない?」

「ロボットはあの板の持ち主の言うことを聞くんだろう。だったら、暴走していても犬が札をくわえている限り、あの周囲に攻撃はしないんじゃないかと思う……ほら」


 ロボットが一体、犬とマルティンへと突っ込んでいくが、その手前で急旋回、明後日の方を向いて流れていく。


「そう、みたい、ね」


 マルティンの姿を直視したくないのだろう、ファニアは不自然に目をそらしながらそう言った。


「俺が捕まえに行く。人間の方に攻撃されるかもしれないから援護してくれ。そうすれば、あまり見なくてすむだろ。この程度の距離なら爆弾も大丈夫そうだし」

「心遣い、ありがと」と微妙な微笑をファニアは返す。「気をつけてね」


 ドニは頷いた。


「俺たちは運命共同体だからな」

「そういうつもりじゃあないんだけど、ま、いっか」


 ファニアは深く苦笑した。


 遮蔽から飛び出す。銃弾がすぐそばを飛んでいく音が、ドニの神経を刺激する。意力障壁はどれだけ耐えられるだろうか。いまは自分の意力を信じるしかない。


 と、斜め前方からロボットが突っ込んでくる。ドニはステップを踏むようにしてかわすが、バランスを崩して地面に手をつく。顔を向けたその先に、ライフルをこちらに向ける構成員の姿があった。そこにファニアの銃弾が飛んでいく。構成員はさっと隠れて、その直後に別の方向から突っ込んできたロボットに跳ね飛ばされる。


「クソ犬があああぁぁぁぁぁっ」


 怨嗟のこもった叫びが聞こえた。ドニはマルティンのほうを見やる。


「やっと、やっと捕まえたぞ」


 尻尾をつかんだマルティンの腕に犬が噛み付く。彼は真っ赤な顔で呻きながらも犬を振り払い、手を伸ばした。口から離れた板に向かって。


「これでまたロボットに命令を――」

「させるかっ」

「あっ」


 マルティンの指先が触れる直前に、ドニが滑り込んだ。板を払い飛ばす。


 地面を滑っていく板の上を、ロボットが猛烈な勢いで駆け抜けた。周囲の喧騒の中にあっても、何かが折れる音がはっきりと聞こえた。マルティンの顔が青ざめる。


 金属製の板は、ひしゃげて真っ二つに折れていた。


「ヒャッハァッ! な、な、なんということを――」


 掴みかかろうとするマルティンに、また犬が飛びついた。牙が衣服と皮膚を破って筋肉に深々と食い込む。


 倒れこんだマルティンの顔面にドニは鉄拳を叩き込んだ。鼻が折れて血が流れだす。二発、三発。丸太のような腕から繰り出される打撃に、マルティンはあっさり昏倒した。


 気絶したのを確認してから、ドニはマルティンを縛り上げる。それからわずかに考えた挙句、適当な布を巻きつけて尻を隠し、肩に担ぎ上げた。


 これでよし。ロボットからの安全は失われてしまったが仕方がない。すぐに逃げないと。マックスのことも気になるが、彼ならうまくやってくれるはずだ。


 ドニはファニアへと視線を走らせる。視線の先のファニアが頷いた。


 ポリクラブの構成員たちは、いまやドニをはっきりと敵と認識していた。銃を向けようとするのだが、ファニアが素早く銃弾を撃ちこむと危険を感じて頭を下げてしまう。ロボットたちが暴れているのも助けになった。


 ドニはファニアがいる遮蔽にたどり着き、一息ついた。犬もついてきていた。


「二回も助けてくれたのね、この子。感謝しなくっちゃ」


 ファニアは犬の頭を軽くなでてやる。少し嬉しそうに犬は目を細めるが、すぐに引き締まる。敵はまだいるんだからな、油断するなよ、と言っているようだった。


 ドニたちは悲鳴や破壊音のしないほうへと駆けていく。工場の敷地はフェンスで囲われていたが、意力強化すればマルティンを抱えたままよじ登るぐらい簡単だ。


 マルティンを担ぐドニを中心に進んでいく。後方は銃を構えたファニアが守り、犬が先導する。本当に賢い犬だな、とドニは思う。自分がいま何をすべきなのかわかっているのだろう。下手な人間より賢いのではないか、とすら思えてくる。


 急に犬が立ち止まり、力強く吠えた。何かを警告するような仕草に、ドニは足を止める。


 すぐそばの建物の陰から、構成員が数人、姿を現した。


「敵だ、マルティンさんを取り返せ」


 心臓が口から出そうになりながら、咄嗟に伏せる。銃弾の嵐が頭上を飛び越えていく。が、それも一秒と経たずに止んだ。


「撃つな撃つな、マルティンさんに当たるぞ」「応援を呼べ。奴を逃がすな」と構成員たちが口々に叫んでいる。

「ああっ、もう、あと少しなのに」


 ファニアが撃ち返すが、威嚇以上の効果はない。あまり射撃が得意ではないのだろう。すぐに弾切れをおこす。その隙を見逃さず、構成員たちが突っ込んでくる。


 迎え撃つように、ドニはショットガンの引き金を引く。一人に命中、肩から血を吹きながら倒れるが、まだ五人は残っている。ファニアが声を発する。意力の波が一団を吹き飛ばした。


 そこで、ドニはさらに敵が来ているのに気づく。今度は横から。体勢を立て直しつつあるのか。ドニは歯噛みしながらショットガンに弾を込めなおす。


 撃とうとする前に、ドニはさっき撃った奴は死んだのだろうか、とそんなことを思う。引き金にかけた指が、動かない。


 撃たなくては撃たれるというのに、撃てない。ドニの頭を疑問が駆け巡る。殺されるのが怖いし、殺すことも怖いのだ。恐怖は克服したはずではなかったのか。横に転がっているマルティンを見る。こいつの話を聞いたからか。殺すことが悪ならば、生き物の本質は邪悪なのだ。


「そっちの女のほうを先に始末しろ!」


 構成員の怒鳴り声が聞こえた。音がひどく遠いな、とドニは思った。銃声も、怒号も、全てが遠い場所の出来事のようだ。


 ファニアが必死に短機関銃を乱射する。構成員たちが撃ち返す。ファニアの身体が揺れる。銃弾が当たって意力障壁が吹き飛んだのだと、ドニにはわかった。彼女を守る意力の壁はもう見えない。


 向かってくる構成員の一団に向かって、金属の塊が恐ろしい速度で飛んでいくのが見えた。滅茶苦茶に潰れた、ロボットの残骸だった。構成員たちをなぎ倒して、地面で躍る。


「な、なんだあいつは」


 構成員たちが一気にうろたえだした。


 ドニは鉄塊が飛んできた方へ首を動かす。


 マックスが、いた。片手にロボットの残骸をぶら下げている。さっきの一撃は彼が投げたものに違いなかった。失われつつあった現実感が戻ってくる。


「もう一発来るぞ。うわっ」


 空を切る音。マックスが鉄塊を振り上げ、投擲する。さらに三人ほどが鉄塊の餌食になる。跳ねた残骸に巻き込まれて、もう一人が潰れた果実のように地面に張り付いた。大地が血を吸っている。


「ヘイ、ドニ。そんなおっさんに添い寝してもらって楽しいかい」


 マックスが差し出した手をとって、ドニは立ち上がる。


「突然ロボットどもが暴れだしたときは驚いたが、無事でよかったな」

「それは、犬が」

「犬?」

「あの子が私たちを助けてくれたのよ」とファニアは自分のことのように誇らしげに言った。


 この騒ぎを引き起こした張本人は、遠くにある構成員の死体を見つめていた。何かを考えているかのように、じっと動かない。もしかして、あそこに転がっている死体の一つが、主人を殺した実行犯なのだろうか。そんなことがわかるのだろうか、とドニは思ったが、きっとわかるのだろう。


「ふぅん、信じがたい話だがそういうことにしておこう。さて、追っ手が集まってくる前にさっさと行くか」


 マックスは膝立ちになって銃を構える。


「ファニア、ドニの前に立て。後ろは俺が守る。ドニはマルティンを運べ」

「この子は?」


 ファニアはどうしても犬が気になるようで、足元の犬を示してそう聞いた。


「連れていく気か」

「本人はついてきたがってるみたいなんだけど」


 マックスは首を振った。「勝手にしろよ」


 犬はバフ、と強く吠えた。



「ここまで来れば大丈夫だな」と言いながらマックスはゴーグルを上げて素顔を晒した。


 ポリクラブのアジトからはだいぶ離れたし、マックスが警戒を解いたということは追っ手の心配もないと見ていいだろう。ドニは安堵のため息をついた。肩に担いだマルティンはまだ気を失ったままだ。ドワーフたちに引き渡すまで静かにしてくれればいいのだが。


 犬が前を歩いている。揺れる尻尾を眺めながら、ドニは物思いに耽る。


「……ちょっと、もったいないことしたかなあ」とファニアがつぶやいた。

「なにが」とマックスが聞く。

「あのロボットの部品、ちょっとだけでも持ってくればよかった。特にあの武器。音もしないし、火も出てないのに地面を焦がしてた。きっとすごい技術が使われてるんだろうなあって思うと」

「やめとけ、武器関連の技術は一神教会の検閲対象だ。ドワーフは買い取ってくれないぞ。トレジャーハンターならそれくらい知ってるだろうに」

「言ってみただけよ。ねぇ、ドニ……どうしたの、浮かない顔してるけど、どこか怪我でもした?」

「いや、大丈夫だ」


 覗きこんでくるファニアを見返す気力もなかった。うつむき加減でドニは歩く。考えながら歩き、歩きながら考えている。答えはまだ出ない。


「マルティンが言ったことを考えているのか」


 何でわかるの、と言いかけて、ドニは別の反応をマックスに返す。


「俺は、人殺しは悪いことだと思っていた。いや、いまでもそう思っている」ドニは唇を震わせた。「命はかけがえのない、大切なものだって。だからドワーフを平気で殺すポリクラブの連中のことを悪だと思った。でも、考えてみたら俺も殺している。あいつらと変わらない」

「見た目によらず繊細な奴だな」


 言葉の内容とは裏腹に、マックスの声音は真剣だった。


「お前はそんな自分をどう思う。どう感じている」

「こいつが言った通り」肩に担いだマルティンを意識する。「何かを殺すことは邪悪で、殺してしまった自分も、もしかしたら、邪悪なんじゃないか、あいつらと本質的に同じなんじゃないか、そう思っている」

「その通りだ」


 当たり前のように肯定するマックスに、ドニは少なからず動揺した。そして次に出てきた言葉にまた驚く。


「ドニ、自分では気づいてないのかもしれないが、お前は無意識的に、自分が邪悪な存在であると認めたくないんだよ」

「でも――」

「職業柄、大勢殺してきた俺が言うことだからあてにならないかもしれんが、その理屈はどうかと思う。悪いことをしたのを認めたくないから奇麗事を振りかざすなんて、虫がよすぎると思わないか」


 ぐっとドニは押し黙る。そうなのかもしれない。ポリクラブたちと同じになるのが嫌だから、そうした理屈をひねり出して自己弁護しているのではないのか。だとしたら、自分はなんて愚かなのだろう。


 マックスは続ける。


「思うに、人はどうあがいても命の尊厳を認めることができないようになっているんじゃあないか。悪人になるのが嫌だからという打算的な理由は当然のこと、ただ殺したくないから殺さない、というのも駄目だ。自己満足が生じる。人が何かを考える生き物である以上、自分の行為になんらかの理由をつけてしまう。それでは真の意味で命の尊厳を認めることはできない。少なくとも、俺には無理だな。できないのなら、無理にそうする必要もないだろう。できるのはせめて自分の邪悪さを受け入れることだけだ」


 邪悪さを受け入れることなど、これまでのドニの思考の枠外だった。そんな風に生きていけるとは、思ってもみなかった。


「ま、開き直ってるだけと言ってしまえばそれまでかもしれないけどな」とマックスはそれまでの真剣な表情を崩して、苦笑した。

「マックスは、いつもそんな風に思いながら殺しているのか」とドニはうつむきながら聞いた。

「ああ、だがたまに忘れる。何度も何度もやってる俺がこうなんだから、お前が殺しに罪悪感を覚えなかったことを気に病むこともないさ」

「ねえ」とこれまで聞きに徹していたファニアが言った。「マックスは傭兵なのよね。その、いままで殺してきた人の友達とか、家族とかに復讐されるかもって、考えたことはないの」


 一瞬、マックスはぽかんと呆れたような、驚いたような表情を見せる。


「いや、そんな当たり前のことをいまさら聞かれるとは思ってなかった」

「当たり前って」

「殴ったら殴り返されるのは生きてりゃ腹が減るくらい当然だと思うが。ただ、まぁ殴らなければ殴られないというわけでもないが。とりあえず、ぶち殺すのはできるだけ理不尽に殴ってくるような奴だけにしてはいる」


 ゆっくりとした口調で、ファニアはさらに問う。


「それでも、もし、やりかえされたら?」


 マックスは肩をすくめた。


「仕方がないことだ、と思う。傍から見れば、俺も人殺しには違いないんだからな」

「……傭兵って、ずいぶん厳しい商売なのね」

「ああ、おまけに金回りもよくないし、女にももてない」

「他の生き方をしようとは思わないの」

「そう考えたことがないわけじゃあない。だがもう遅い。ドニには前に言ったっけな。他に生き方を知らないんだ」

「そう……」


 数秒の沈黙の後、ファニアは続けた。


「わたしはその、難しいことはよくわからないけど、ドニはすごく真面目で優しいんだな、って思う」


 ドニは顔を上げた。


「俺が?」

「だってそうでしょ。普通だったら、自分を殺そうとした相手を殺したことに、そんなに悩まないもの。わたしもあの獣人を撃ったけど、撃ったときは罪悪感なんてなかった。危ない目にあったのは初めてじゃないけど、頭の中は真っ白だった。マックスの話を聞いたいまは、仕方がないことだったって思う」


 そこで言葉を切って、ファニアは二人の顔を交互に見る。


「自分勝手な理屈かもしれないけど、それしかないんなら、そうするしかないんじゃないかな。人を傷つけても、それで他の誰かが助かったりするんなら、それでもいいんじゃないかって。えぇっと、ドニに助けられたわたしが言うことじゃないってわかってるんだけど、でも、だから、ああもう、ドニ、元気出しなさいよ。あんたがそんなだとわたしも居心地が悪くなるんだから」


 言葉の最後の方はほとんど拗ねたような言い方で、ドニはそこでようやく、二人は自分を励まそうとしているのだと気づいた。


「ほれ、ドニ。言うことがあるだろ。『ありがとう、愛してる、結婚しよう』だ」

「あんたはねえ、真面目なこと言ったと思ったら」とファニアが唇を尖らせる。

「俺は」とドニは口を開いた。「俺はマックスみたいには、生きていけないと思う。そんな壮絶な生き方は俺には無理だ」


 マックスは微笑した。


「俺みたいに生きろ、なんて言ってないさ。人には人の生き方があるんだからな」

「そうね」とファニアが頷く。「人生は旅のようなもの、旅の荷物を投げ出すことはできないし、他人の旅路をゆくこともできない」

「翼人の格言か。よく知ってるな」

「まあね」ファニアは唇の端を持ち上げた。

「じゃあなんで、そんなことを話すんだ」とドニは言った。

「なんでだろうな。ただ、どこかの誰かさんが自分のあり方に悩んでるみたいだったから、ちょいと気まぐれで自論を展開してみただけかもしれないな」


 ファニアは肩をすくめて、「わたしはさっきも言った通り、あなたがしょぼくれてると居心地が悪くなるから。……本当にそれだけなんだから」


 二人の態度が、ドニにはありがたかった。まだ会って日は浅いのに、彼らは自分のことを考えてくれているのだ、と。


「その……二人とも、ありがとう。陳腐な言葉だけど、本当に、ありがとう」


 マルティンを担いだまま、ドニは感謝の言葉を口にした。いまの気持ちをどう表したらいいか考えてみたものの、結局この程度のことしかできない自分が恥ずかしくなる。しかし、それしかできないのなら、そうするしかないのだ。


「礼を言う相手が一人、いや一匹足りないぞ」とマックス。


 見れば、前を歩いていたはずの犬が足下に寄ってきていた。尻尾を振って、元気付けるかのようにワフ、と吠える。


 ドニは小さく笑った。


「お前も心配してくれてたのか」


 犬の穏やかな瞳を見ながら、ドニは思った。今回の出来事は、自分への罰だったのかもしれない。無意識的に悪事を働いてきたことに対する罰なのではないか、と。


 思えば、一度ファニアを見捨てようとしたし、オークだって殺した。フルールの安否よりも好奇心を優先したこともあった。それだって邪悪な考えだ。


 いまは、どう思うか。夢を優先したいという気持ちはある。けれど、罪のない人を犠牲にするのは嫌だ。ならせめて、誰かの役に立つようにしよう。そうして旅を続けていけばいいのだ。


 視界が開けたような気がした。考えもしなかった様々なことが頭に浮かんでくる。悩んでいたのが馬鹿らしいとすら思えるくらいに。ただ受け入れさえすればそれでよかったのだ。


 そして、頭の中でファニアが言った翼人の格言を反芻する。人生は旅のようなもの、旅の荷物を投げ出すことはできないし、他人の旅路をゆくこともできない。自分の邪悪さを認めた上で、自分は自分なりに歩いていけばいい。ファニアもマックスも、きっとそう言いたいのだろう。


 また、こうも思った。もし旅の途中で、わずかな間でも同じ道を行き、少しだけでも荷物を預けあえる人に会えたとしたら、それはきっと素晴らしいことなのではないか、と。


「うう……フェヒヒ……ここは……」


 肩に担いだ荷物がもぞりと動いた。ドニは拳を叩き込んで静かにさせると、前を向いて地面を踏みしめた。

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