This dog kills racist(6)
笑い声を聞きながら、マックスは目を細めた。こいつは、笑っている。楽しそうに。実際楽しいのだろう。殺すのが、これ以上ないくらいに。
彼の考えに共感はしたものの、トビアスは間違いなく悪人だ。吐瀉物以下の臭気を撒き散らす種族差別主義者。だから彼の死に対してはさしたる感慨を覚えることはなかった。死んで当然の奴だ。
「仲間が殺されたのに怒らないんだな」と歪な柱の中から敵が聞いてくる。「薄情な奴だこと」
ゴーグルをかけながら、マックスは答えた。
「そうか」銃に着剣し、続ける。「お前が死んだら怒ってほしいか、悲しんでほしいか。なんなら花でも手向けてやろうか」
「ははっ、気にするなよ。お前が死んでも俺はなんとも思わないからさ」
攻撃が、来る。床ではなく、壁でもなく、天井が布のように落ちてくる。銃剣を振る。マックスの周囲の部分だけが切り払われた。布がばさりと落ちて埃が舞う。
攻撃の不発を悟った敵が、今度は銃を撃つ。銃身だけを柱から突き出して。マックスは横に飛んでかわす。一発だけかすったが、意力障壁がこれを弾く。
マックスは即座に反撃。銃口が突き出た穴に向かって射撃する。着弾より一瞬早く穴が閉じる。弾が跳ねる。舌打ち。
「んな豆鉄砲が効くかよ!」
それはお互い様だろう、と思いながら角に身を隠し、マックスは次の攻撃を予測する。敵も機関拳銃による攻撃は有効ではない、と気づいているはずだ。自分の意力障壁を破るには相当数の弾を当てなくてはならない。必然、意力攻撃を使わざるを得なくなる。
敵の意力が床を伝ってくるのがわかる。アデプトと言って差し支えない意力量だ。
それを、待っていた。マックスは角から飛び出した。ライフルは背中に回す。銃弾も銃剣も、あの柱を砕くには役不足だ。
「死にに来たか」と敵が嘲るように吠えた。「お望みどおり殺してやるっ!」
意力が発動する。が、天井も壁も床も、微動だにしなかった。
「あ? なんで――」
敵が異変に気づいたときには、すでにマックスは拳を握っていた。
息を吸い込む。骨が、筋肉が、皮膚が意力を受けて強化される。上半身を思い切りねじり、踏み込む。床が悲鳴を上げて陥没した。
短く息を、吐く。
「ふっ」
突き出した拳が、柱を打ち抜いた。前腕のが建材の中に埋まる。中は空洞だった。肉と骨を砕く感触はない。柱の内側で身をかがめるなりしたのだろう。
「ひ、ひははっ。外れ、外れだぜっ! ちょっとヒヤッとしたが――」
敵は引きつった笑い声を上げるが、マックスが腕を引き抜くとそれは絶叫に変わった。悲鳴だった。
マックスは拳に手榴弾を握りこみ、それを柱の内側に落としたのだった。
「うあああああぁぉぉぁっ!」
柱が揺れた。
それから数秒と経たないうちに、柱が崩れ始める。意力を維持できないほどの負傷を受けたのは明らかだ。
崩れた柱の中には、かろうじて元の姿をとどめただけの肉塊が転がっていた。
至近距離で爆発を受けた敵の腹はほとんど吹き飛んでいて、臓物の残骸が狭い範囲に散らばっていた。解放された腹腔内のガスと血の喉に絡みつくような臭気に、マックスは少し眉をしかめた。嗅ぎなれた臭いだが、いい気分がするものではない。骨が見えた。血に塗れた胸骨が、肋骨が、そして、背骨が。
敵はまだ生きていた。残った片方の目でマックスを精一杯ねめつけて。顔には明らかな死相が浮かんでいた。
「ち、畜生、意力が……通らなかった。潰せてた、はずなのに」
「先に俺の意力を通しておいた」とマックスは答えた。「すでに意力が込められた物に、他人が意力を込めなおすのは困難だ。意力を広範囲に行渡らせるのは苦手だが、どこかの誰かさんが時間稼ぎをしてくれたからな。意力の基本法則は知っているだろう」
「ああ、知ってたさ。圧倒的な意力差があれば、そんな法則はぶち抜けることも。だが、計算外だった。上級アデプト並みの意力じゃねえか。いったいなにもんだよ、お前」
「知る必要はない」
「じゃあ、さっさと殺せよ」と息も絶え絶えに敵は言った。
「お前みたいなクズは、みっともなく命乞いをするものだと思っていたが」
「俺が、どうして人を殺すのか、殺すのが楽しく感じるか、知っているか」
「知らないな。あまり知りたくもないが」
「街に住んでる連中を、見て、みろよ。あいつら、自分が、死ぬことなんて、遠い世界のこ……ことだと、か、考えてやがる」
死相が濃くなってきている。肺がやられて、空気に溺れかけているのだ。血の塊を吐き出して、それでも敵は続けた。
「生きてれば誰だって死ぬ。病気でも死ぬ。ただ歩いていてもすっころんで死ぬことだってある。馬に蹴られて死ぬ奴だっているさ。あるいは、俺みたいな奴に無慈悲に、意味もなく、無残に殺されることもある。そんな簡単な事実がわからない、わかろうともしないで上っ面だけの奇麗事を並べ立てて生きている連中が、俺は、大嫌いだ。だから、殺す。自分に命の危険が降りかかってきたとき、あいつらは決まって、何でこんなことに、だとか、どうしてこうなった、とか、喚きたてやがる。そのとき、俺は言いようのない歓喜に包まれるんだ。いい気味だ、これが、お前たちが目をそむけていた現実だ。はは、はははははははは」
マックスは拳銃を抜き、敵の頭に向けた。撃鉄を起こす。
「極めて少数だろうが、そういうクズをぶち殺す奴がいるということもまた、現実だ。それはわかるな」
「ひひ、そうだ。だから、殺せよ。悪を殺せ。正義の味方さんよ。悪は正義に殺される。ひひ、ひひひ。正義は必ず勝つ。うひゃひゃ。ふざけんな。お前は、自分を正義の味方だと思ってるんだろう。さぁ、殺せ。殺して、正義の名の下に自分の残虐性を発揮しろ。他の奴はどう見るか知らないが、俺に言わせりゃ殺しは殺しだ。お前は俺と同じ、人殺しだ。ひひっ、ざまあみろ」
「殺す前に言っておく」
冷たい声で、マックスは告げた。
「まず、俺は自分を正義だと思っていない。そして、悪をぶち殺すのが正義だとは限らない。最後に、死に土産に俺を揺さぶろうとしてるんだろうが、そんなもの効くか、アホめ。何度も何度も考えたことだ。お前に言われる前から、ずっと」
「……あぁ、そうかい」
ずっとマックスの目を見ていた敵は、諦めるように言い捨てた。
「死ね、クズ」
引き金を引く。敵の頭が小さく跳ねる。目が裏返り、不気味な死に顔を晒して敵は動かなくなった。
拳銃を腰に戻す。
そして、思い出してしまった。レンズの下の悲しげな瞳を。自分の、何よりも強いはずの意志を揺るがすたった一つのものを。なんで、そんな顔をするの。
頭を小さく振って、マックスはすべきことに意識を向けた。ポリクラブの増援が来る前に仕事を終わらせなければならない。機密保持の概念があるかすら怪しい集団だが、さて目当てのものはあるだろうか、と思いながらもといた部屋へと戻った。
◇
マルティンたちに続いて、ドニは階段を下りていく。背中を見る。怪人の、背中。
彼は言った。殺すことが悪ならば、何かを殺さずには生きていけない人間――生き物全てが邪悪だと。
ではお前自身も悪だろう、とはドニには言えなかった。こいつは悪人だと思うのだが、しかしそんな簡単な理屈ではマルティンにはなんら衝撃を与えることはできないとわかっている。
つまりこいつは、自分が悪であることを受け入れているのだ、とドニは思った。だから、いまさら悪だなんだと言われても揺るがない。
では、彼の言葉で心を乱した、自分は。
人を殺しておきながら、罪の意識を感じなかった自分は、一体なんなのだろう。
ドニはとたんに、怖くなる。まるで自分が悪人で、マルティンのほうに正当性があるのではないか、という気すらしてきたからだった。
後ろから、ファニアが小さく囁く。
「他の仲間と合流するつもりみたいね。その前に叩きましょう……ドニ、聞いてるの、ドニ」
「聞こえてる」とドニも小声で返した。
「どうしたの。調子でも悪いの」
ドニは首を振る。
「ならいいんだけど」
ファニアはマルティンの言葉をどのように受け止めたのだろう。なんら影響を受けていないようにも見える。それがいまはありがたい。
襲撃の機会を窺っているうちに、一階へついた。遠くに構成員たちの声が聞こえる。自分たちと入れ違いに上へと向かっているようだ。好都合ではある。
「隣の棟の地下室にいったん非難しましょう」と護衛の一人が言った。「伏兵がいるかもしれませんので、安全が確認できるまでマルティンさんはそこで」
「うむ」
「こっちです」
出口へと向かう。ここで仕掛けるべきか、と考えるが、まだ早急だとドニは思い直す。侵入者に対処すべく、構成員の多くが集まっているこの建物の中ではまずい。もう少し引き離してからのほうがいい。
外へ出て、隣の棟へ移動する。あたりは騒然としていた。銃を持った構成員たちが足早に駆けていく。ロボットの上に乗って移動するものもいた。大柄な男がこちらを見つけると駆け寄ってきて、ドニはこいつも護衛に加わるのかと危惧したが、マルティンが侵入者撃退を指示したらしく、すぐに去っていく。
隣の棟の入り口へたどり着く。襲撃者がいる建物からは陰になって見えない。ここでやるべきか。ドニは腰に下げた手斧を意識する。ファニアにそれとなく目配せすると、彼女は同意するように頷いた。
「開けろ」とマルティンが指示すると、護衛がそうする前にドニはぱっと動いてドアに手をかけるふりをした。マルティンが建物内に逃げ込むのを防ぐために。
「開けます」
ドニのその言葉が引き金になった。素早く斧を手に取り、護衛の訝るような顔に柄を強かに打ちつける。前歯が二本ほどへし折れて、護衛は短い叫びを残して倒れた。まだ意識がある。頭を蹴りつけて、今度こそ黙らせた。意力は使っていないから、死にはしないだろう。
それとほぼ同時に、ファニアが声を発する。意力を乗せて。空気の振動が伝わってくる。もう一人の護衛が木の葉のように吹き飛んで建物の壁に叩きつけられた。そのままずるりと崩れ落ちる。
「なっ」
眉を吊り上げて、マルティンは咄嗟に懐へと手を突っ込んだ。が、意力使いであるドニの方が早かった。腕を引き抜く前に鈍く光る刃を眼前に突きつけてやると、マルティンは石のように動きを止めた。
「動かないで」マルティンの斜め後ろでファニアが銃を構えている。「声を出すのも、駄目。おかしな真似をしたら撃つからね。本気なんだから」
「お前らは――最初からこれが、目的だったのか」とマルティンは絞り出すように言った。
「喋らないでって言ったの」
マルティンの背中に銃口を押し付けながら、ファニアはドニに目配せした。
「ドニ、こいつの武器を奪って」
そう言うファニアの瞳は、今にも震えだしそうだった。
「わかった」
銃を下ろし、ドニはマルティンの懐から拳銃を取り上げる。マルティンが持っていた武器はそれだけだった。その間、マルティンは両手を上げ、しかしどこか泰然とした面持ちでドニを見ていた。嫌な目だ、とドニは思う。視線が突き刺さるようだ。
「わたしをどうするつもりかな」
問いを無視して、、ドニは荷物からロープを取り出した。
「誰の差し金だね。ドワーフ派議員か。いや、それだったらもっとちゃんとした、プロを雇うだろうな。ドワーフからの直接の依頼かな」
「喋らないで」
ファニアが制するが、マルティンは構わず続ける。
「嘆かわしいことだよ、ドニくん。仲間が増えると本気で喜んだのに、まさかドワーフの味方だったとは。きみには人間としての誇りはないのかね。目を覚ますんだ。ドワーフどもに手を貸しても、辛い思いをする人間が増えるだけだ。なぜ、それが、わからない」
ロープを持つ手が震えた。そうなのかも、しれない。彼が語った過去が真実だとすれば、ドワーフのせいで不幸になった人間がいるのは事実だ。きっとポリクラブの構成員の多くが、そういった過去を経験していて、だからこそここにいるのだろう。
それでもドワーフを迫害する彼を、ポリクラブを許しておけないと思う自分がいて、しかし同じ人間である以上、彼らの心情も理解できてしまう。ドニの思考が袋小路に入り込む。
なにが正しくて、なにが間違っているんだろう。人間である自分がドワーフに貢献することは、正しいことなのだろうか。わからない。
「早くそいつを縛り上げて」
ドニはふと我に帰る。そうだ、いまはこいつを拘束しなければ。考えるのは後からでもできるだろう。マックスならきっとそう言うはずだと思った。
そしてドニは気づいた。マルティンの口角が吊り上がり、笑みを作っているのを。背後からロボットが動く音が聞こえた。
「こいつらを攻撃しろ」
マルティンが叫んだ。危険を感じ取ってドニは素早く跳ぶ。地面が焦げる嫌な臭いが鼻を突いた。
「ドニっ」
一瞬の動揺を突いて、マルティンはファニアを振り払った。その拍子に銃が暴れて、数発ほど空に向かって撃ってしまう。銃声が響く。
大地を鋭く蹴って逃げるマルティンを、ドニは止めることができなかった。それよりも敵に対応しなくてはならなかった。固い地べたを転がりながら敵を探す。十歩ほどの距離に、部屋で見たのと同じ形のロボットがいた。表面が開いて、そこからガラス玉のようなものが覗いている。あれが武器なのだろうか。
伏せたまま発砲。横並びの二本の銃身からほぼ同時に散弾が押し出される。命中。ロボットがかすかに揺れたが、それだけだ。何事もなかったのように車輪を動かしてドニを狙おうとしている。
そこに、ファニアの声が襲い掛かった。赤い意力の波がドニのすぐ横を走り抜ける。ロボットは石ころのように激しく転がる。倒れたロボットはむなしく車輪を回転させるだけだった。自力で立ち上がることはできないらしい。
「どこに、行った?」
立ち上がり、頭を動かしてマルティンを探す。
「あそこっ」
ファニアが指差す方に、マルティンの後姿があった。脇目も振らずに走っている。ショットガンの射程外だ。
ファニアがマルティンを撃つ。しかし、遠い。狙いを外した銃弾は地面に突き刺さるのみだった。銃声に怯んだのか、マルティンは転びそうになりながらも建物の影に飛び込んでいく。
「追わなくちゃ。見失うわけにはいかないわ」
「ああ、さっきの銃声で敵が集まってくるかもしれない。早く捕まえないとまずい」
銃に弾を込めながら、ドニは走り出す。ファニアが並走する。意力を発動させて。意力使いである二人の身体能力は言うまでもなくマルティンのそれを凌駕していた。すぐに追いつける、はずだった。
建物の影に回りこんだドニとファニアの息が、止まった。そこには、十台近くのロボットが轡を並べていたからだった。机のお化けのような構造体。
「うおおっ」
意力障壁を全開にする。二発を弾いたが、そこで障壁が霧散する。攻撃を受けるたびに意力障壁は力を失っていき、許容量を超えると消えてしまう。障壁の再展開には時間がかかる。
撃たれる、と思った時には、ファニアがドニの襟をつかんで建物の陰に引っ張り込んでいた。ドニが立っていた地面に、音もなく次々と黒い焦げ跡が描かれていく。あともう少し遅ければ肉が焼かれていただろうと思うと、ぞっとする。
「ありがとう」と息をつきながら、ドニ。「また助けられたな」
「どういたしまして……あなたに死なれたら私の首輪も吹き飛ぶってことも忘れないでよね」
「わかってるさ」
障壁の再展開を待つ。およそ十秒。その間、逃げられる心配はしなくてよかった。マルティンはU字型の建物の奥まった部分にいる。
彼に逃げ場はないのだが、ロボットたちが壁になっているせいでドニたちも近づくことができない。
意力障壁が回復してから、ドニは顔を少しだけ出してロボットたちの様子をうかがう。
金属の集合体は、相変わらずそこにいた。その後ろでマルティンが不敵な表情を見せていた。
「どうだね、このロボットたちは。素晴らしいだろう」
自慢げに唇を動かして、マルティンはロボットの上に手を置いた。
「わたしの命令に忠実な、鉄の兵隊だ。きみたちは意力使いのようだが、これだけのロボットを相手にするのはさすがに骨ではないかな」
あれだけのロボットから攻撃されては、意力障壁は数秒ともたないだろう。かといって、このまままごついていては敵の増援が来る。それより早くマックスが戻ってくれば打開することはできるかもしれない、とドニは考えを巡らせたが、彼が増援より先にここへ来る保証はない。
「ファニア、あのロボットを全部吹き飛ばせないか」
「無理。遠すぎる。あと二十歩ぐらい近づかないと、十分な威力の声を叩き込めない」
「じゃあ銃で地道に一体ずつ倒していくしかないか」
「それも無理ね。見た感じ結構頑丈そうよ、あのロボット。わたしの短機関銃じゃ壊せない。あなたのショットガンもこの距離じゃ届かないでしょうね」
むぅ、とドニは唸る。
「じゃあなにかいいプランは?」
「プラン? ないわよそんなの」
このままここでマックスが来ることを祈るしかないのか、と言おうとしたところで犬の吠え声が聞こえた。
視線を巡らせる。
犬が駆けていた。素晴らしい速度で。ドニたちをここへと導いてくれた、あの犬だ。ロボットたちの群れへ向かって一直線に疾走している。マルティンも犬に気づいて、あいつを撃てと命令するが、ロボットたちは一様に同じ音声を発するのみで動かない。
その場の誰にも理解できない、旧世界の言語でロボットたちはこう言っていた。「連邦共和国動物愛護法に基づき、犬への暴力行為は禁止されています。違反した場合五年以下の懲役あるいは……」
「動け、なぜ動かんこのポンコツども――ひっ」
ロボットの隙間をすりぬけて、犬が飛び掛る。たまらず体勢を崩して尻餅をつくも、マルティンは四つんばいになって逃げようとする。その尻に犬が噛み付いた。
「あっ――――!」
マルティンが顔をくしゃくしゃにして悲鳴を上げた。ロボットたちは無反応だ。主人の仇というように、犬は牙を突きたてたまま首を振る。傷が広がる。マルティンはもがいて犬を振り払おうとする。
そのとき、マルティンのズボンが破れた。パンツも一緒に。
染み一つない、意外にもきれいな尻が白日の元に晒される。ドニが微妙な表情でポリクラブ指導者の醜態を眺めるその横で、ファニアはあわてて目をそらした。
「あぐううううぅぅ、この、クソ犬め。ああ、カードが」
見れば、犬が破りさったズボンの切れ端から金属の輝きがこぼれている。手のひらほどの大きさだ。マルティンは必死の形相でそれに手を伸ばすが、犬が一足先にそれをくわえてしまう。
「おい、やめろクソ犬、返せこらっ!」
尻を丸出しで凄んで見せても威厳はまったくなかった。犬はマルティンからさっと離れる。
「このおおおぉぉぉっ」
マルティンが犬を追う。尻が揺れる。
犬は走って逃げる。右へ、左へ。
「返せええええぇぇぇぇぇっ! 返せっ返せっ返せキャハーッ」
ロボットが一斉に犬へと向き直った。一様に同じ音声を発しながら。
「管理者権限の移行を確認しました。ご命令をどうぞ」
ロボットたちに応えるかのように、犬はワフ、と力強く吠えた。
犬の鳴き声を、ロボットたちは無機質な声で繰り返す。ワフ、ワフ、ワフ、ワフ。
ややあってから鉄の兵隊たちは車輪を激しく回転させ、てんでばらばらの方向へ激走を始めた。
「マ、マルティンさん、これは一体うごっ」
やってきたポリクラブ構成員がロボットに跳ね飛ばされた。地面に転がったところで頭を轢き潰され、神経をまとわりつかせた眼球が転がった。




