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This dog kills racist(2)

 衛兵は相棒に話しかけた。


「なあ、こいつがあの赤い鉤爪のメンバーだったってのは本当か?」


 視線の先には牢の中で横たわり死んだように動かない、エルフの少女がいた。意力使いだということで、左手首には意力拘束具がはまっている。それとは別に、金属製の手錠もかけられていた。


「ああ、本当らしいぜ。夜の街でドンパチやらかしたって話だ」と壁に背を預けたまま、相棒は答える。

「まだ子供じゃないか」

「子供だろうとなんだろうと、罪は罪さ。その場で略式の処刑を課されなかっただけ幸運なんじゃあないかな」

「だがなあ……」


 衛兵は渋い顔をする。


「どうした」

「うちの娘と同じ年の頃なんだよ、こいつ。見ていると痛ましいというか、つらいというか、なんだかなあ。こんな小さな子が、って思ってしまうんだよ」

「なんだ、あんた子供がいたのか」


 相棒は衛兵よりも幾分か若い。


「で、そのことは奥さんには言ってあるのか」

「アホか。俺は女房一筋だっての。人が真面目な話をしてるというのに」

「んー、まあ、世も末だな、って気持ちは分かる」

「お前も家族と、子供を持てば分かるさ。こんな小さな子が犯罪に手を染め、いや、そうせざるを得なかったこの世の中の悲惨さが」

「そういう話をするのは老化の証拠だ。俺はそれより、早く帰って一杯やりたい」

「お前というやつは」


 言いかけて、衛兵は動きを止めた。視界の端、鉄格子の向こうの少女が動いた。しかし、様子がおかしい。床にうずくまり、苦悶に喘いでいる。病気か何かだろうか。衛兵は駆け寄る。


「おい、どうした。大丈夫か」


 鉄格子を開け、少女に手を伸ばす。少女を自分の娘と重ねてしまう。とても放ってはおけない。


「苦しいのか。医者を――」


 その先を衛兵は言うことができなかった。血が食道を逆流し、口からあふれ出す。視線を下ろすと胸にサーベルが刺さっているのが見えた。制服が赤黒く染まっている。


 少女ことエジェリーは、衛兵が腰に下げていたサーベルを引き抜き、突き刺したのだ。


 くず折れる衛兵を脇にどかし、エジェリーは立ち上がった。衛兵の相棒は唖然として、それから我を取り戻し、拳銃を抜こうとする。引き金が引かれる前に、エジェリーはサーベルを突き出した。刃は首に突き刺さり、血が頬を濡らした。意力が使えなくてもこれくらいはできる。


 他に監視の兵はいなかった。他の牢には幾人かの罪人が捕らわれていたが、エジェリーを呆けたように見ているだけだ。彼らの視線を意に介さず、目的のものに手を伸ばす。手錠と拘束具の鍵。苦労しながらそれらを外したところで罪人たちが喚きだした。


「出せっ。俺も出してくれっ」


 鬱陶しい。


 鉄格子を掴みながら口々に叫ぶ罪人たちを虫を見る目で見ながら、エジェリーはその鼻先に血で濡れたサーベルを突きつけた。


「静かにしないと、殺す」


 凄味を込めてそう言うと、罪人たちは一斉に押し黙った。


 それからエジェリーは、衛兵の死体から銃と弾を奪った。自分自身で銃を扱うことには不慣れだったが、武器は必要だ。武器、武器だ。人形が欲しい。また作り直さなくては。


 エジェリーの翠色の瞳には暗い情念が満ちていた。それは、ここにはいない、自分を倒した一人の男に向けられたものだった。


 牢の中でエジェリーはずっと考えていた。あの男はなぜ自分を殺さなかったのかと。自分が子供だからか。情けをかけられた。屈辱だった。強い者が弱い者から奪う。それが世の中のルールだと、あの女、バルバラにそう教えられて生きてきた。


 かつて、エジェリーは人形使いの娘だった。旅芸人だ。それが赤い鉤爪に襲撃され、皆殺しにされた。エルフには意力の才能を持つものが多く、またエジェリーは幼い故に扱いやすいだろうと思われ、仲間に引きずり込まれた。選択の余地はなかった。逆らえば殺される。そのことは覚えている。それからというもの、バルバラが母代わりになったということも。本当の母のことはどうしても思い出せない。父のことも。


 実際、エジェリーは意力に関して非凡な才能を見せた。仲間の一人、ひょろ長い男はエジェリーに醜い欲望を抱いていたようだったが、その力を恐れたためか、ただの一度も、指一本さえも触れたことがない。


 仲間は死んだ。どうでもいい。いいや、あれは仲間ですらなかった。ただ一緒にいただけだと、エジェリーは思う。それよりもあの男だ。マックスといったか。これからやることは、すでに決まっている。奴を倒して、奴に負けた弱い自分を倒す。奪われる側にはなりたくない。そして――


 あの男を私のものにする。強い者が弱い者から奪う、それがルールだ。


 エジェリーは脱獄した。



 傭兵というものは存外交渉術にも長けているらしい。駅員に、駅長に会わせろ、と持ちかけるマックスを見てドニはそう思う。会話はアルマーニュ語だったが、しばらくやり取りを続けると、やがて駅員は三人を駅長室まで案内した。


 駅長は、背は低いけれど樽のように立派な腹をした、いかにもドワーフらしいドワーフだった。そして、同じく立派な髭。ドワーフは自らの身分を髭で表す。例外なく、立派なほど偉い。


 交渉はやはりアルマーニュ語で行われたが、ファニアが通訳を務めてくれたおかげでドニはその内容を知ることができた。マックスは列車運行の妨げになっているポリクラブの排除を提案したのだが、その際に、なぜ衛兵は彼らを放置しているのか、と疑問を投げかけた。駅長は渋面を見せるといったん席を立ち、駅長室のドアを開けて外に誰もいないことを確認してからまた腰掛け、複雑なことなのですが、と話し始めた。


 彼は一枚の人相書きをテーブルの上に置いてみせた。それはヒューマニス・ポリクラブのシュダーガート支部長とでも呼ぶべき立場の男のものらしく、マックスが「こいつを始末すればいいのか」と聞くと、駅長は「逆です。最悪でも彼だけは絶対に殺してはいけません」と答えた。


 何故だ、と口を挟もうとしたドニだったが、言葉が通じないことに気づき、もどかしく思いながらも話を聞いた。


 人相書きの男、マルティンの凶行を、どういうわけかシュダーガートの衛兵隊長は黙認している節が見受けられる、と駅長は感情を押し殺した様子で語った。つい先日起こった、ポリクラブによるドワーフ殺害事件すら曖昧に処理されつつあるという。


 彼の膚の下にあるのは迫害する者たちへの怒りか、あるいは殺された同族に対する悲しみか、その両方か、ドニは慮る。思えば、自分はいままで普通に、当たり前のように人間として生きてきた。人の死を、安らかなものも、陰惨なものも含めて見てきたし、そのときは怒りもしたし悲しみもした。だが、同族が死んだ、という意識はまったくなかった。だから目の前のドワーフの気持ちを自分のものとして感じることが、共感することができない。異なる種族であろうと同じ生き物だとドニは理解していたが、それでもやはり種族間の差はあるのだと、それで思い知った。ドニには同族、という漠然としたものではなく、それが家族や友人だったら悲しいし、怒りもするだろうと自分にもわかる概念に置き換えて彼に同情することしかできなかった。


 駅長は話を続けた。ただ殺害するよりも、もっと大きな仕返しをしてやりたい。そのためにはマルティンを殺してはならない。もちろん、彼の、ポリクラブのしていることは許されることではないが、それは法が裁くことだ。いま現在、マルティンを逮捕して衛兵に引き渡しても、彼が正しく裁かれる見込みは薄い。だからマルティンの身柄を拘束し、ドワーフ自治領経由で首都ベアリーンの公聴会に引きずり出すというのが駅長の、ドワーフたちの計画だった。


 シュダーガートの衛兵たちの様子から、ポリクラブが政府になんらかのつながりを持っていることは明らかだ。おそらくは議会の反ドワーフ派だろう。活動資金の出所もそこに違いない。マルティンの証言があれば、彼らを議会から一掃できるはずだ、支援を断たれたポリクラブは勢いを弱めるだろう、どうかそのために、ドワーフのために力を貸して欲しい、と駅長は言った。言葉の最後の方は哀願に近かった。


 それに対して、マックスは冷静に質問した。見ず知らずの自分たちにそんなことを頼んでいいのか、と。駅長はシュダーガートにいる傭兵たちは衛兵に監視されている可能性が高い、よそ者の方が安全だ、と説明した。


 マックスはしばらく考え込んだ果てに、仮に捕縛できたとして、そいつを安全に街までつれてくる手段はない、と言った。話を聞く限り、衛兵に見つかったら攻撃される心配もあるのだ。街中を堂々と歩くことはできない。駅長は街の外に馬車と一緒に仲間を待たせておくから、彼らに引き渡せばいい、と返した。


 準備がいいようだが、以前からそうした作戦を計画していたのか、と問うと、駅長は頷いた。シュダーガートはエレクサゴンに程近く自治領からの輸出品が集まるため、交通路を脅かされたままにはしておけない。かといって、自治領の兵士を動かすことも避けたい、ドワーフは微妙な立場に立たされているため、そんなことをしたらポリクラブにさらなる迫害を行う、いい口実を与えるだけなのだと駅長は言った。


 なるほど、人間に対する反乱の嫌疑をかけられるかもしれないという訳か、とドニは納得する。


 ポリクラブの勢力はどれくらいか、マックスが聞く。数十人規模だろうと答えが返ってくる。シュダーガートからそれほど離れていないところに拠点を持っているらしく、マルティンもそこにいるはずだ、と言ったところで、ドアがノックされ、グラスランナーの男が入ってきた。トレーに飲み物を載せている。背丈は人間の子供ほどだが、顔は中年のそれだ。愛嬌のある顔つきだった。どうやら駅長の私的な部下らしい。


 彼が持ってきた茶を飲みながら、話を続けた。アジトの具体的な場所を教えて欲しかったが、それはできない、と駅長は言った。わからないのだ、と。何度かアジトを突き止めようとしたのだが、その度に調査に出したドワーフの死体が転がることになったということだった。つまり、仲間の命をこれ以上無駄にしたくないと駅長は言っているのだった。


 話自体に筋は通っているのだが、彼からそのような相談が出てくること自体が異常で、これはもはや駅長という職務がもつ権限を越えた依頼ではないのか、とドニは思った。だが、そうせざるをえないほどの危機感をドワーフたちは抱いていると考えることも出来る。


 自分たちはドワーフとポリクラブの争いに関して、まったくの部外者だ。駅長は部外者だからこそ力を借りたいのだろうが、しかしその結果として、アルマーニュとドワーフの関係が決定的な破綻に向かう可能性もあった。そんなことに首を突っ込んでいいのか、という漠然とした不安と、ポリクラブの主義主張、その根拠に触れたいともドニは思った。マルティンは組織で重要な役割を果たしているそうだから、そういう問いに答えることは出来るはずだ。無論、それ以外の話はあまりしたくないが。異なる種族を迫害するような人間になど、あまり触れたくない。


 そういう仕事は得意だ、とマックスは駅長に言った。傭兵である以上、そうした異種族間の問題に立ち入ったことがあるのだろうか、彼は毅然とした態度を崩さなかった。彼はやる気だ。が、人――ドワーフを殺すような連中のリーダーを捕獲するなど、危険なような気がするとドニは思う。


「大丈夫なのか、マックス」とドニはエレクサゴン語で聞いた。「相手は山賊みたいなものなんだろう」

「連中に言ってやれよ、顔真っ赤にして喜ぶぜ」とマックスは言った。「あいつらのたった一つだけの取柄は、同じ人間ならいきなりぶっ放したりはしないってことだ。同類だと思われるのは反吐が出るが。とりあえず、俺のプランとしてはドワーフ嫌いの人間の振りしてポリクラブに接触する。仲間になりたいからボスに会わせてくれ、って具合にな。で、そのマルティンだかを去勢した馬みたいに大人しくさせておさらばする。いい考えだろ」


 これまでずっと、マックスと駅長の話を通訳していたファニアは、喉が渇いたのだろう、飲み物に手をつけてから口を開いた。


「敵の本拠地に乗り込むのよ、わかってるの」

「ボスをそのまま人質にしちまえばいい」非難めいた言葉を口にするファニアに、マックスはあっさりと答えた。「それなら少人数でもできる。あんまり派手にドンパチするのは嫌だからな。文明人らしく解決しようぜ」


 マックスは駅長と話をまとめに入った。彼らの要求は、ポリクラブの重要人物、マルティンの生け捕りだ。報酬は列車への搭乗だが、マルティンを捕まえればシュダーガートのポリクラブの活動は短期的にせよ鎮静化することが見込まれているし、現在も貨物列車だけは本数を最低限に絞って運行されているそうで、それに乗せてくれるらしい。が、話をよくよく聞いてみると、マルティンをドワーフ自治領まで護送することも仕事のうちのような話しぶりだ。初めての列車の旅が人種差別主義者との相乗りになろうとは、ドニは鼻白む思いだったが、我慢した。それから、十分な額の報酬を支払ってくれるよう、ドワーフ自治領評議会に対して一筆認めることも約束した。駅長はドワーフたちのなかではそこそこの有力者らしい。


 これに対して、マックスは一つだけ条件をつけた。それは自分たちのことを他に漏らさないようにすることだった。おそらく、自分たちを追っている影の兵に聞きつけられることを心配しているのだろう、とドニは思った。


 契約がまとまると、ドニたちは駅を出た。


「さて、まずはアジトを探すとするかな」とマックスは言った。「情報が欲しいとこだが、駅長は知らないようだし、かといって聞き込みをするのもやばそうだ」

「聞き込みが危ない? どうして」とドニが聞く。

「よそ者がこれ見よがしにポリクラブについてあれこれ聞きまわってるのがばれたら、きっと面白いことになるぜ。街中で銃撃戦はごめんだ。衛兵も信用できないって話だし、あれこれ罪を着せられるに決まってる」

「じゃあドワーフ……人間以外に聞いてみるっていうのはどう? 非人間種族ならポリクラブに肩入れする人もいないでしょうし」と言ったのはファニアだ。

「俺も最初はそう思ってたんだがな」


 マックスは道行く獣人をちらりと見やった。目が合うと、彼はあわてて目を伏せ、足早に去っていく。


「上手くいかなさそうだよなあ、あれじゃ」

「他にプランはないの?」とファニア。

「あとは、そうだな、それっぽさそうな奴を捕まえて、片っ端から拷問にかけるとか」

「それこそ衛兵呼ばれるじゃない」

「じゃあやっぱり、お前が色仕掛け――」

「それはもういい! なにが"じゃあ"よ。馬鹿じゃないの?」

「ああ、自分の身体に魅力がないって、わかってるんだな。そうだよな、体張って情報収集しようとして、誰にも相手されなかったら惨めだもんな。客観的に自分を分析できるっていうのは大事だぞ。美醜問わずにな。お前は立派だ、偉い。感動した」とマックスは皮肉たっぷりに言う。

「あなたは自分の言葉が他人にどういう影響を与えるか、客観的に分析してから口を開いた方がいいんじゃない」

「ご生憎様、全部わかってて言ってる」


 マックスは場違いなまでに朗らかな笑みを見せた。


 ファニアはうんざりした様子でドニに向き直った。「なにかいい意見はある?」


 そんなにファニアの色仕掛けが見たいのだろうか、ドニは場違いな思考を止めた。


「街の外を手当たり次第に探す、ってのは駄目かな。手がかりが得られない以上、それしかないと思うんだけど」

「時間がかかりすぎる」とマックスは反対した。「お前とファニアはあまり離れられないから、手分けするにしても二手だ。それだけでアジトを探し出すのは少し骨だな。些細なものでいいから情報が欲しい」

「オークのときはすぐに見つけたじゃないか」

「あれは大まかな方位がわかってたからだ。森や林の中は移動しやすい経路が限られているし、痕跡も残りやすい。平地はそうじゃない。畑に落ちた麦粒を探すようなもんだ、現実的とは言いがたい。そんなことに血道をあげるくらいなら、歩いて自治領を目指した方がまともだぜ」


 ドニは、では自治領まで徒歩で行こうかと提案しかけたところで、すでに契約を受けてしまっているのだ、と思い直した。契約、というかただの口約束なのだが、受けてすぐそれを反故にするのもためらわれた。なにより、かっこ悪い。


「徒歩はいやよ」とファニアはぼやくように言った。「疲れるし、野宿はあんまりしたくない」

「ピクニックだと思えば楽しいぞ。なんなら夜には花火でも上げようか」

「首に爆弾つけてピクニックする馬鹿が、どこにいるのよ」

「お前が流行の火付け役になればいいんじゃないかな」

「流行る前に爆弾に火がつくわよ。あなたに首輪と猿轡をつけてやりたい」

「そういうプレイは吝かじゃあないんだがな」

「……くたばれ」


 呪いのようにつぶやくファニアの足下に、いつの間にか、一匹の犬が歩み寄っているのにドニは気づいた。大型犬だ。体毛は背中側が黒く、手足は茶色だった。首輪がついているから、誰かに飼われているのだろう。大きな耳はぴんと立ち、垂れた尻尾を小さく揺らしながらファニアの顔を見上げている。


 それに気づいて、ファニアは視線を落とした。


「なに、犬?」

「お前の妹か、それとも弟か?」


 マックスの言葉を無視して、ファニアは犬の前に屈みこんだ。一瞬だけ背中を気にするような素振りをする。犬の目は何かを訴えかけているようだった。


「やあ、クルトのところの犬じゃないか」


 どこかで見ていたのだろうか、駅長との交渉の場にいたグラスランナーの駅員が近づいてきた。


「知っているんですか。クルトって?」と駅員に顔を向けて、ドニは聞いた。

 周囲をうかがいながら駅員は声のトーンを落として、「さっき駅長との話で少し出ただろう、ポリクラブに殺されたドワーフさ。俺とも友達だったんだ。いい奴だった。腹をすかしてた野良犬に餌をやってたらなつかれたんだ、って言ってたよ。クルトが殺されてから見なくなったなと思ってたが」

「名前は知ってる?」今度はファニアが聞いた。

「いや、特に名前は付けてないようだった」

「そう」


 ファニアは犬の顔の下から手を伸ばし、優しく頭を撫でてやる。犬は嫌がる様子は見せず、されるがままにしていた。


「飼い主がいなくなって、さみしいのかしら」

「犬にそういうことがわかるのか」

「ドニ、犬っていうのは賢いのよ。もともと群れで生活する生き物だから。飼い主や仲間の死には敏感よ」

「詳しいんだな」

「ん、まぁ、ね」


 肯定するように、犬は短く、ワフ、と吠えた。その拍子に口からなにかが零れ落ちる。ファニアはそれを拾い上げて、まじまじと見つめる。


「これは……」

「なんだ、それ」


 ドニはファニアの手の中のものに目を向けた。金属でできたなにかのシンボルのようだった。大きさは親指大ほどで、十字とその交差部分を囲む輪からなるそれは金色のメッキが施されていたが、わずかに剥げて地肌をのぞかせている。


「ポリクラブのシンボルマークだ。構成員の証だな」とマックスが指摘した。「この犬、なんだってそんなもんをくわえてんだ」


 またワフ、と小さく吠えて犬はドニたちから離れた。そして振り返る。ついてきてよ、と言うように。


「あの子、ポリクラブのアジトを知ってるのかも。飼い主の仇を討ってくれって言ってるのよ」

「そんなことってあるのか。いくら賢いっていっても、ちょっと、信じられない」

「ありえない話ではないな」意外なことに、マックスはファニアの意見に賛成のようだった。「犬は鼻が利く。相手の微妙な心理の変化を汗のにおいで感じ取るほどにな。軍だと斥候や追跡任務に犬を使う場合もある」


 まるで見てきたかのように言うマックスに、ドニは妙な説得力を感じた。例外はあれど犬はおおむね賢く、主人には忠実なものだと知ってはいたものの、まさか仇討ちを頼むほどとは思っていなかった。


 だが、あの犬はポリクラブのシンボルマークをくわえていた。それは動かしようのない事実だ。なんらかの形でポリクラブに関係していると見て間違いない。なんといっても、いまのドニたちにはあの犬以外に手がかりがないのだ。


「行きましょう。あの子の願いを叶えてあげなくちゃ」


 そう言って、ファニアは犬の後を追う。そこでドニは、彼女が犬のことを"あの子"と呼んでいるのに気づいた。犬が好きなんだな、と思う。意外だ、とも。彼女には失礼かもしれないが。


 三人がついてくるのを確認すると、犬はまた歩き出した。

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