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Till death do us part(5)

 マックスの誤解が解けた後、ドニたちは衛兵の案内で治癒師のところへ向かった。


 治癒師が傷口を消毒しそこに手を翳すと、白い靄が現れた。治癒師とは、意力を使って人の怪我を治す職業らしい。もちろん、意力使いなら誰でもできるわけではない。意力の使い方には向き、不向きがある。出血量が少なかったこと、運良く弾丸が内臓を避けて貫通していたことから、治療自体はすぐにすんだ。治癒師が言うには、雑菌や多量の出血に対して、意力治療は効果がないそうだ。できるのは傷口を塞ぐ程度だが、普通に縫い合わせるよりもずっと早い。


 処置が終わった箇所を、ドニはまじまじと見つめた。傷は跡形もなく消えていたが、痛みはまだ残っていた。それもしばらくすれば消えるだろう、と治癒師は言った。


 治療費は、衛兵たちから渡された賞金で支払った。赤い鉤爪には少なくない額の賞金がかけられていて、そんな手合いを制圧したドニたちを衛兵は流石に不思議がったが、マックスがうまい具合にごまかして、特に追求はされなかった。


 金で重くなった皮袋をしまいながら、この重さの中に自分が殺した獣人の命も含まれているのかと思うと、複雑な気持ちになる。自分は殺すことを恐れていたはずなのに、殺してしまった事実を平然と受け止めてしまっている。人間とはそんなものなのだろうか。しかし殺さなければ死んでいただろうし、ファニアも同じ運命を辿っていたかもしれない。そうならなかっただけ、救いがあった。


 そういえば。ドニはエルフの少女を思い出す。彼女はどうなるのだろう、衛兵に連れて行かれたようだが、法の下で裁かれるのだろうか。少し気がかりではあったが、彼女の運命をどうこうできる立場にはない。


 ただ、これからどうするべきかを考えたかった。相変わらず腕にはまったままの、忌々しい腕輪を見ながらドニはそう思った。



 翌朝。


 ドニたちは宿屋の一階にある酒場で、テーブルを囲んでいた。彼女にいろいろと説明してもらうために。対面にはファニアが座り、マックスはドニの横だ。


 ファニアも、昨晩はドニたちと同じ宿で眠った。というよりも、眠らざるを得なかった。離れたら爆弾が作動してしまう。流石に部屋は別だったが。その代金はドニが出した。


「まず、お前の名前を聞かせてもらおうか」とマックスがテーブルに肘をついて言う。

「ファニア」と彼女は答える。「ファニア・ミーニ」

「出身地は」

「ロムルス共和国」

「じゃあ、ファニア、影の兵に追われる心当たりは、なにかあるか」


 当然の質問だった。ドニたちは赤い鉤爪に彼女の仲間と判断され、巻き込まれたのだから。


「彼らの目的は、なにか"モノ"にあるようだったけれど」とドニ。「それに、旧世界という言葉に反応していた、気がする」

「旧世界、だと?」とマックスが眉を持ち上げる。「本当か、それ」

「あくまでもそんな気がする、って話だけど……なあ、マックス、旧世界ってなんなんだ。俺の腕輪だってその旧世界のものなんだろう? 教えてくれてもいいじゃないか」

「それは彼女に聞いてみようぜ。ファニア、旧世界についてどこまで知っている。こいつに説明してみせろ」

「なんで私が」とファニアは難色を示した。

「お前の宿代出したのは誰だよ、それとも、路地裏で一夜を過ごしたかったのか?」と少し悪戯っぽくマックスが言い放つ。


 これには言い返す言葉が見つからず、ややむくれながらもファニアはどこから話すべきかと考え始めた。


「じゃあ、まず……神の稲妻について知ってる?」

「あの堕落しきった人間に、神が罰として稲妻を落とした、ってやつか」

「そう、まさにそれ。旧世界っていうのは、その滅ぼされた文明のことよ」


 一瞬、ファニアが何を言っているのか、ドニにはわからなかった。神の稲妻の話は、宗教的教訓を伝えるための作り話、悪く言えばでっちあげだと思っていた。


「ちょっと待ってくれ。じゃあ、あの御伽噺は事実ってことなのか?」

「宗教が好きな人ならそう考えてもおかしくないかもね」

「教会が言っていることが全て事実かどうかはわからんが、少なくとも、過去に現在よりもずっと優れた文明があったのは確かだ」とマックスが言う。「昨日ドンパチしたあたりにでかい建物があっただろう。あれだって、作られたのは旧世界の第三紀ごろのものだろう。崩壊する数百年前ってところだな」

「詳しいじゃない」とファニアが感心したように言った。「そう、あれは一神教会の前身にあたる宗教組織が聖堂として建築したものよ。いまでも役割は変わっていないけど」

「具体的に、どれぐらい前に作られたんだ」とドニは興奮しながらも聞いてみる。

「千年近く前になると思う」ファニアが答えた。


 あれだけの巨大建造物を、千年も前の人々が作り上げたとはドニには信じられなかった。

滅びる直前には、どれほどの文明が栄えていたのだろうか。そして、それがなぜ消えてしまったのか。


 一神教会は神の怒りが過去の文明を滅ぼしたと言うが、それが真実とは思えなかった。もし、旧世界の人々が本当に神を蔑ろにしていたというのなら、あの聖堂をそのままにしておくだろうか。邪魔だからという理由で壊してしまいそうなものなのだが。


 そして、もう一つ気がかりな点があった。裁きによって、人間が他の種族に変異したというくだりだ。神の稲妻の説話が事実に基づいているのなら、人間以外の種族は、元は人間だということになるのだが、いったいどうすれば人間を別の種族に作り変えることができるのか、ドニは不思議に思う。そんなことが果たして可能なのだろうか。オークであろうと獣人であろうと、彼らは伝説上の存在ではないのだ。


「私が知ってるのは、それくらい。旧世界の技術がどれほどのものだったかは」ファニアは自分の首輪を軽く指で叩いた。「これを見れば大体想像がつくわよね」

「お前の知識は普通の奴より少し詳しいくらいか」とマックス。

「俺はぜんぜん知らなかったぞ」

「そりゃあ田舎だししょうがない。ファニア、なんでお前は旧世界の遺物を持っている」

「当然よ、私は旧世界専門のトレジャーハンターだもの」

「ああ、盗掘者ね」

「トレジャーハンター」とファニアはマックスの言葉に眉をひそめながら言った。

「遺跡に忍び込んであれこれかっぱらうんだから、似たようなもんだろ」

「ぜんぜん違う。トレジャーハンターは泥棒じゃない」


 意地になって言うファニアにマックスは肩をすくめた。


「そういうことにしておこうか」


 トレジャーハンターというのも、初めて聞く職業だった。旧世界の宝を見つけ出し、金に換える仕事。少し面白そうだな、と思う。土を耕すのは嫌いではないが、過去を掘り起こす方がずっと刺激的に思えた。


 なにより、旧世界がいまだ謎に包まれているのがドニの興味を引いた。旧世界人はどんな生活を送り、なにを考え、なにを作っていたのか知りたくなる。まだ秘密の中にある旧世界の実態を、この手で暴いてみたくなったのだ。腕輪を作った連中のことなど考えたくもないと思っていたが、まさか過去の人間たちがこんな狂った品物を作るような連中ばかりだったとは思えないし、そう思いたくもなかった。まともな人間も大勢いたはずだ。彼らは今生きている人間たちの祖先でもあるのだから。


「とにかく」調子を取り直して、ファニアが言った。「私は遺跡から遺物を拾って持ち帰るところだった。そこにあの赤い鉤爪がやってきた。事実はそれだけ」


 結局、誰が影の兵を差し向けたか、彼女にもわからないようだった。マックスは何かを考え込むように鋭い視線を一点に固定していた。影の兵に狙われるような女をどう扱うべきか考えているのだろう。どう考えても厄介事の種にしかならないが、ドニには彼女と行動を共にする以外なかった。まだ死にたくはない。自分が彼女についていくかその逆かの違いはあったが、些細な問題だ。


「その遺物はどこにある」とマックスは言った。


「これがそうよ。調べたければ勝手にどうぞ、ただ、誓って人の物を盗んだりはしてないわ」


 テーブルの上に大きな袋が置かれた。歪に膨らんだその中には、大小さまざまな物が詰め込まれているのが見て取れる。ファニアの視線はまっすぐと前を向いていた。心にやましいところがあるようには見えない。


「調べるべきなんだろうが、やめとく。俺は学者じゃあないし、見てもそれがどういうものなのかわからん。万が一、俺の腕にもおしゃれな腕輪がくっついたら大変だからな」


 先ほどの雰囲気は何処へやら、皮肉めいた口ぶりでマックスは言った。


「次は俺から聞こう」とドニ。「なんで俺から金を取ろうとした?」


 純粋に気になっただけで、できるだけ非難がましくならないよう気を使って言ったのだが、ファニアはそんなドニの意図を知ってか知らずか、居心地悪そうな顔で答えた。


「正直に言うとね、路銀が、その、足りなくって」

「旧世界の遺物を金にすればよさそうだけど」

「こういうのは普通の店じゃ買い取ってくれない。わかる人にはわかるけど、そうでない人にはぱっと見ガラクタだもの」

「ならどうやって金にするつもりだったんだ」とドニはさらに聞いてみる。


 ファニアは長く赤い髪を直しながら言う。


「アルマーニュのドワーフ自治領に旧世界に詳しい人がいてね、その人がいろいろ買い取ってくれるの。そこであなたたちに提案、っていうかお願いなんだけど」


 そこまで聞いたところで、マックスの顔があからさまに歪んだ。自分が旅についていくと言った時も、あんな顔をしていた。マックスの崩れた顔を見るのはあれ以来だと思い、ドニは吹き出しそうになる。戦いでは恐ろしく強いのに、こんな表情をするなんて、と。


「ドワーフ自治領まで、連れていってくれない? 見た感じ旅人みたいだし、いいでしょ?」

「言うと思った」マックスは椅子にもたれかかって天井を仰いだ。

「気持ちは分かるけど、そんな反応しなくったっていいじゃない」不満げにファニアが言った。「でも、正直私には他の選択肢がないの。この爆弾のおかげで、ドニとは離れられないんだし」

「お前を連れて行って、なにかメリットがあるか?」姿勢を正して、マックスが聞く。

「当然、ドワーフ自治領についたらそれなりの額の御礼はさせてもらうわ。あと、ドニ、あなたにとっても重要なことなんだけど、旧世界に詳しいドワーフなら爆弾を外せるかもしれない」

「本当か」


 意外なところから光明が差してきたものだと思い、ドニは身を乗り出してファニアの話を聞こうとする。


 彼女の話には信憑性があった。というのも、ドニが知る限りではドワーフという種族は金属と技術に敬意を払うものだからだ。彼らが旧世界の技術に通じていれば、この厄介な装飾品をどうにかしてくれそうではある。その上、ドワーフ自治領をこの目で見たいという気持ちもあった。昨日の襲撃者たちにドワーフも混じっていたが、見てみたいのは彼らが鉄を鍛え上げたり、節くれ立った無骨な指から魔法のように美しい宝石細工を作りだす様だ。戦士としても、ドラゴンボーンについで勇敢だといわれているが、やはり職人としての印象が強い。


「ええ、一応あてがあるから、多分大丈夫だと思う」とファニアは頷いた。


 このとき、ドニにはファニアが女神のように見えた。心の中からは彼女に対する負の表象はすっかりと抜け落ちていた。


「影の兵の後ろに誰がいるのかわからないのに、能天気だよな、お前ら。刺客がくるとは考えてないのか」


 マックスは相変わらず難しい顔をしていた。送られてくる敵を倒しても雇い主が諦めない限り、またぞろ影の兵がやってくる可能性は高い。ドニとは荷物持ち程度の関係で、厄介事を抱え込んでまで一緒にいる理由はなかった。ファニアについても同じことが言える。影の兵は多くが戦闘のプロで、それはそのまま意力使いであることを意味する。素人二人を始末することなど朝飯前に違いなく、彼女と一緒に行くのならマックスという戦力が絶対に必要になる。


 普通なら面倒事を嫌ったマックスが離脱するのを危惧するところだが、ドニはその点に関してまったく心配していなかった。彼は"いい奴"だ。


「ドワーフ自治領は通り道だが……まったく、ついてきたいなら勝手にしやがれ」


 どこか諦めた様子でため息をつき、マックスはそう言った。



 それから、ドニたちは宿を出て、物資の調達に出かけた。


 まずドニは、服飾品店へと向かった。安全のため、ファニアもついてきていたがマックスとは別行動だ。彼は彼でやることがあるらしかった。別れ際にマックスは意味ありげな笑みを見せたが、彼が何を考えていたのかはわからなかった。


 その店は村の雑貨屋よりもずっと大きく、品揃えは多岐にわたっていた。色とりどりの衣服がずらりと並んでいて、その多様性に目を見張る。ここでドニは穴が開いて血を吸った服を取り替えた。新しい服に袖を通すと、気持ちがすっきりする。新しい靴も買った。まだ履きなれない靴のかかとで床を軽く叩いて靴底を確かめる。


「その服、買い換えた方がいいんじゃないの」


 気分もそぞろに商品を眺めていたファニアに、ドニはそう提案した。昨日の礼のつもりだった。その言葉を受けて、彼女はきょとんとしてから下衣についた血の染みをじっと見つめて、そして口を開いた。


「じゃあ、お言葉に甘えるわ」


 どこか気恥ずかしそうにしていたが、嫌がる素振りはなかった。女性の心理に疎いドニでも、身なりは清潔にしていたいというのは理解できる。


 商品を選び、ファニアは着替えるために店の奥に引っ込む。店員にすら見られないようにして着替えを済ませて戻ってくると、少しサイズが大きいような気もしたが、よく似合っていた。顔立ちがよいとなんでも似合うものだと思ったが、それは口には出さなかった。


 それからドニたちは店を回ってあれやこれやと必需品を買い集めた。どの店も人と物で溢れていて、見ているだけでも楽しい。街の通りは夜の静謐さが嘘のような賑わい振りを見せている。若男女様々な種族の人々が行きかい、その足下を、追いかけっこでもしているのだろうか、子供たちが走り回る。故郷の村にはない活気が満ち満ちていた。


 それで村のことを思い出してしまい、郷愁にちろりと心の表面を舐められたが、まだ世界をよく見ていない、帰るのはずっと先だと自分に言い聞かせる。外の世界に出るのが夢だったはずなのにこんなことを考えるなんて、人間の心は奇妙極まりないものだとドニは内心でひとりごちた。


 雑貨店では一番欲しかった簡易式のベッドロールと個人用テントを手に入れることができた。野宿には欠かせない品物だと店員に勧められて購入したのだった。どちらも折り畳むことができて、さほどかさばらず快適な寝心地を提供してくれる。


 振り返って、なにか欲しいものはないかと尋ねると、ファニアは調理器具を欲しがった。


「男の二人旅なんて、どうせろくな食事にならないでしょ。料理には自信があるからもう少しましなものを食べさせてあげるわよ」と少しぶっきらぼうにファニアは言った。


 彼女なりに恩を返そうと思っているのだと理解して、ドニは嬉しくなる。トレジャーハンターの特技が料理とは意外だったがそれは顔に出さずに、なんとも殊勝な心がけではないかと痛み入る。金を取られそうになったり、爆弾をつけられたり(これは自分の責任だが)、影の兵に殺されそうになったりと一時はどうなることかと旅の行く末を危ぶんだが、もしかしたら良い旅ができるのではないかと思うと、ドニの胸の中に暖かな空気が吹き込んでくる。同じ旅なら辛いよりも気楽な方がずっといい。


 金物屋で棚を覗き込み、品定めしているファニアの横顔を、ドニは気づかぬうちに見つめていた。少し釣り目がちではあったが、さなきだに凛とした雰囲気を作り出しているし、瞳は吸い込まれそうなほど透き通った青だった。初めて見たときは冷たい、というか無愛想な印象を受けたが、それは仮初の姿に他ならないと思う。女だてら、一人でトレジャーハンターをしている彼女は、いままで気を張って生きてきたのではないだろうか。


 視線に気づいたのか、ファニアは宝石のように赤い髪を小さく揺らして、少しだけ背中を気にしてからドニを見やるが、すぐに視線を戻して商品を選んでいった。


 調理器具を手に入れると、次は材料やらを買い込んだ。二人の荷物はちょっとした子供と同じ程度の重さになる。背負って歩けないほどではない。


「ところで、ドニ」


 買い物をあらかた済ませ、マックスと合流する段になってファニアが話しかけてきた。


「マックスってどういう人なの」


 口ぶりから、行動を共にする仲間のことを知っておきたいという以上の意図は見出せなかった。ドニは少し考えてから口を開く。


「本人は旅の傭兵だって言ってるけど、詳しくは知らない。でも、いい奴なのは確かだよ。保証する」

「詳しくは知らないって……あなたたちどういう関係なの。友達か何かだと思ってた」


 そう言われると、返答に窮してしまう。友達というのは正しくない。自分は荷物持ちに過ぎないのだから。


 ファニアに自分が旅に出た経緯を含めて答えると、彼女はどうにも腑に落ちないというような顔をする。


「気になることでもあるのか?」

「友達でもなんでもないのなら、どうしてついてくるんだろうって。だって不自然じゃない、自分で言うのもなんだけど私と一緒に行く理由がない。いい奴だっていっても、流石に限度があるんじゃないの」


 彼女の言うことも最もだとドニは思う。ここでおさらばして、あとは好きにしろと言うことだってマックスにはできるのだ。彼は自分のように爆弾に縛られてはいない。


 と、ファニアがドニの目を覗き込む。群青色の虹彩が間近に迫ってきて、ドニは思わず後ずさる。


「何するんだ、突然」どぎまぎしながらもドニは言った。

「ちょっとね」と悪びれもせずにファニアが答える。「あなた、昨日意力が見えるって言ったじゃない。それが気になって」

「意力が見えるってそんなに珍しいのか」

「少なくとも、私は聞いたことがない。見た感じ目は普通みたいだけど、どうなってるんだろう」


 ドニは目元に手をやる。これまで特に違和感を受けたことはなかったし、そうした能力が備わる切欠のような経験もなかった。自分は正真正銘、ただの人間だという自覚だけは確かなものだった。だから、意力が見えるのは生まれついてのものだろう、とドニは考える。


「意力使いとしては、すごく気になるっていうのが正直なところ」とファニアが言った。「マックスもそう思ってるはず。だから一緒にいるのかもしれない」


 ドニがそのことを話したのは旅に出てからのことだが。そういえばあの時、マックスは既に気づいていたのではないだろうか。知った上で、あえて言わなかったのか、それとも昨晩言ったように本当に確信がもてなかっただけなのか。


 なんだかマックスを疑っているような気がして、ドニは自分を嫌な奴だと思う。彼はいい奴だ、と自ら言っておいて疑うなんて。


「君のことについて教えてくれないか」


 なんとか話題を変えたくて、ドニはそう切り出してみる。


「どうしてこの街に?」

「どうしてって、アルマーニュへ行くなら誰だってこの街を通る。列車だってあるし」

「列車?」

「壁の外に駅があるじゃない。旧世界の駅を再利用したものらしいけど、ここに来るとき見なかったの」

「街についたのは夜で見えなかった。列車ってなんなんだ」


 その言葉に、ファニアは驚いたような顔を見せる。列車を知らない人間を初めて見たのだろう。驚きはしても蔑みはせずに、彼女は列車について説明を始めた。


「地面に敷いた線路の上を石炭を燃やした力で走る乗り物よ。馬車よりもずっと早くて沢山の人が乗れる。乗車賃はその分かかるけど」

「スタスオーグへは列車に乗ってきたのか」

「ええ。ただ、私が乗る前に列車強盗が起こったらしくて、警備上の理由で一時運休になって、足止めを食らった。おかげで滞在費がかさんで」

「路銀が足りなくなった、と」

 ファニアは頷いた。「ご名答。……あんまり蒸し返されても、困る」


 冷めた様子で言うファニアに、ドニはそういうつもりではなかったと言い繕おうとしたが、彼女は遮るように「自分の行動を正当化するつもりはないけれど」と言った。その言葉には怒気の欠片も含まれていなかったので、ドニは安心する。機嫌を損ねずにすんでよかった。


「列車強盗自体は乗り合わせた人に撃退されたらしいけど、エレクサゴンも物騒ね」


 そんなことを話しているうちに、合流地点である街の東門に辿り着いた。そこにはマックスが待っていた。


「お買い物は楽しかったかい」

「いろんな物が見れて、楽しかったよ」

「そりゃあよかった。気を使った甲斐があるってもんだ」


 別れた時と同じような含み笑いを浮かべるマックスに、ドニは少し、ほっとした。心のどこかで、やはり自分たちを置いてどこかへ行ってしまうのではないかという懸念を抱いていたと、それで気づかされた。


「ファニア様におかれましてもご機嫌麗しゅう」


 真新しい服を着込んだファニアを見て、マックスは芝居がかった口調でそう言った。が、当のファニア自身は笑いも呆れもしていない。その目には胡乱なものを見るような気配が感じられた。素性についてはともかくとして、悪人ではないというのは彼女にもわかるだろうに。


 そんなドニの思いをよそに、マックスは地図を取り出して広げた。


「さてさて、次はドワーフ自治領か。まずはここから道沿いに東へ進んで、シュダーガートから北を目指すべきかな」


 マックスと一緒になって、ドニは地図を覗き込んだ。スタスオーグのほぼ真東にシュダーガートの文字を見つける。マックスはそこを指差して、ずいと北へと道をなぞってドワーフ自治領で止める。地図上ではなんてことない距離に見えるが、実際に歩くとなるとかなり長い時間がかかりそうだった。


「シュダーガートから列車は出てるけど、あまり期待はしないことね」とファニア。「あの国はいろいろ、面倒事を抱えてるから」

「面倒事ならこっちも抱えてるっての」と皮肉を滲ませてマックスが返す。「お前らはいいよな。お揃いの輪っかを身につけて、一緒にいなくっちゃあいけない。死が二人を別つまで、ってな」

「なっ」


 言い得て妙ではあるが、それは結婚式で読み上げられる文句だ。これまでのマックスの態度が何を表していたかを知って、ドニの顔に赤みが差した。対照的に、ファニアはあからさまに不機嫌になる。


「馬鹿じゃないの」と冷めた言葉がファニアの口をついて出た。

「照れるな照れるな。いろいろプレゼントも貰ったんだろ」マックスはあくまでも冷やかそうとしている。


 ドニは買い物の途中ではまったく意識していなかったが、外からこうやって言われるとつい考えてしまう。彼女の赤い髪はきれいだとか、服も良く似合っているとか、二人で歩いているところは周りの人からはどう見えたのだろう、とか。


「ま、俺のことはいないと思ってくれよ。二人っきりになりたいときは、言ってくれれば席も外すぜ」


 笑いながらマックスは歩き出した。ファニアはちらりとドニを横目で見てから目をそらし、渋々とマックスについていく。あれやこれやととりとめのないことに意識を奪われていたドニは、はたと我に返り、離れつつある二人の後姿をあわてて追いかけた。


 門を出たところで、ふと後ろを振り返る。聖堂の尖塔が高くそびえているのが見えた。まるで旧世界そのものに、高みから見下ろされているような気がした。

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