表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/45

Till death do us part(4)

 屋根上での戦闘はまだ続いていた。


 ヴィンツは巨大な銃の横に突き出たクランクを回転させる。銃身が回転し、猛烈な勢いで弾薬を消費し始めた。


 屋根を蹴って、マックスは金属の嵐から逃れようとする。その速度に照準が追いつかず、ヴィンツは舌打ちした。


 続いて、バルバラの鞭が背後から襲い掛かった。それ自体に意思があるかのようにうねって障害物を避け、マックスの頭に鉤爪を食い込ませんと迫る。流れるように上半身を滑らせてかわすが、予想通りというように、鉤爪は瞬時に向きを変えて蛇のように飛びついてくる。今度は仰向けに倒れるようにしてやり過ごすと、その姿勢から倒立に移行し、腕の力と勢いを利用して飛び上がり、離脱する。


 ヴィンツの銃、ガトリングガンの火力は脅威だが、射手の腕はそれほどでもないとマックスは判断した。彼よりも完璧に重火器を使いこなす人物を知っているから、それと比べれば子供以下だ。


 鞭にも同じことが言えた。銃よりも静かに攻撃できるが、見切れないほどの速度ではないし、軌道も読める。


 二人とも意力使いとしては並以上だが、アデプトと呼ぶには程遠い。それでも、意力を持たない兵士にとっては驚異的な存在には違いなかった。ドワーフの方の得意分野は筋力強化、女は物質操作だろう。


 意力、心の力。一部の研究者によれば、万物を包み込む単一の力であるとされ、"一つの力"とも呼ばれている。そして、それを特に上手く使うことができる者を"アデプト"といった。


 こんな非アデプト程度、本当なら、一分もあれば頭に目と鼻と口と耳以外の穴を開けてやれるはずなのだが。


 そう思っていると、プレッシャーが肌を伝わり、意識が警鐘を鳴らした。また来たか。こいつらの方があの二人よりもよっぽど厄介だ。戦闘開始からこっち、攻撃する機会の多くをこいつらに潰されてきている。


 右前方で、銃火が小さく闇を照らした。発射音と連射速度から、短機関銃による攻撃だと分かる。三角になった屋根の影に隠れて、銃弾をやり過ごす。するとほぼ同時に、別方向から飛んでくるナイフを、マックスは素手で打ち落とした。


 即座に応射に移る。マックスは振り向きざまに、ライフルの引き金を引いた。薬莢の尻にある雷管が打撃によって発火し、発射薬を燃焼させた。銃弾は燃焼ガスによって押し出され、銃身内部に刻み込まれた旋条に押し付けられながら加速する。弾頭が銃口から飛び出す頃には、ガスは銃身上部に開けられた穴からガスチューブへと流れ込み、それから機関部のボルトキャリアに吹きつける。ガス圧によってボルトキャリアは、ボルトを上へ引き込みながら後退し、薬室の閉鎖を解除、同時に排莢口から真鍮製の薬莢が飛び出して、足元の瓦に当たり澄んだ音を立てる。弾倉底部のばねの力によって新しい弾が薬室に押し込まれ、前進したボルトががっちりと挟み込んだ。


 さらにもう二発、発射する。目標はナイフを投げた相手だ。距離は二~三十歩ほど。マックスにとっては、どんな体勢であっても確実に急所を撃ち抜ける距離だった。彼はそのように訓練されていた。


 標的は銃弾をまともに受け、ぐらりと揺れる。だが、悲鳴を上げなければ倒れもしない。


 明らかに、異常だ。ナイフ男(かどうかは分からないが)の急所に、もう五、六発は当てているのにけろりとしている。意力障壁に防がれている可能性も疑ったが、意力をたっぷり込めた銃弾をそう何度も防げるものではない。仮に、それができるほど意力防御に自信があるのならば、いちいち距離を保って隠れたりする必要はないはずだ。


 おかしなところは、それだけではなかった。気配が捉えられないのはもちろんのこと、ときどき、こちらを射界に捉えているはずなのに攻撃してこなかったり、逆に、死角に潜りこんだはずがあっさりと捕捉される。これらの特徴を鑑みて、ある可能性にマックスは行き当たった。敵はアデプト級か。


 マックスはドニのことが気がかりだった。長く行動を共にしたわけではないが、死なれてもらっては寝覚めが悪い。すぐにでも援護に行ってやりたいが、だからといって、交戦中の敵を放っておくこともできなかった。


 現実的に考えて、このままドニの所へ向かえば彼を庇いながら戦うことになるし、なによりマックスには、彼らを許しておけない理由があった。


 こいつらは、俺が見ている前で親を殺した、子供も殺そうとした。その報いを受けさせねばならない。


 繰り出される鞭を、小さく飛んでかわす。その隙を狙って撃ち込まれるガトリングから、そばの煙突を蹴って逃れた。


 その直後に殺気を感じ、マックスは身構える。銃弾か、ナイフか。しかし飛んできたのは、どちらでもなかった。鶏卵より二回り大きい程度のなにかが、近くの屋根に突き刺さる。


 その正体が手榴弾であることを認識したときには、すでに飛びのいていた。一瞬遅れて、爆発する。破片は意力障壁で防げたが、爆風によって着地点がずれることに気づく。このままでは屋根ではなく、三階下の地面に落ちることになる。


「うおっ」


 縁に向かって手を伸ばすが、遅かった。マックスは敵―――バルバラたちの視界から消えた。


「ここから落ちれば、もはやまともには動けまい」


 ヴィンツはガトリングガンを抱えたまま、マックスが消えた縁へと歩み寄る。


「止めを刺してから、楽しんでやるからのう」


 下を覗き込もうとしたその時、右足に激痛が走り、獣のような叫びを上げる。


 マックスは屋根のすぐ下、家屋の壁面に腕を突き立てて張り付いていた。


 近づいてきたヴィンツの足首を掴むと、意力強化された握力が肉を潰して骨を砕いた。そして、巨体を屋根から引き摺り下ろす。ヴィンツは落下し、地面に叩きつけられた。


 夜空を見上げながら、ヴィンツは吐血した。ぎりぎりで展開した意力障壁が命を救ったのだ。そして目を見開く。飛び降りてきたマックスの足の裏が、すぐそこまで迫っていた。


 頭部を踏み潰されて、死体を辱めるのが趣味だったドワーフ、ヴィンツは死んだ。


 これでやっと一人片付いた。残りは"二人"だ。


「ドーニ!まだ生きてるかー!?」


 大声で仲間の名前を呼ぶ。まだ生きていることを願いながら。






 マックスの声を聞いて、ドニは我に返った。まさに天の声だと思ったが、どうやらすぐに助けに行くという話ではないようだった。


「こっちはもうすぐ片付く。頑張って持ちこたえろ!」


 助けてくれるんじゃあないのか。そう叫び返したかったが、舌が痺れてろくに動かない。


「今のうちに言っておくぜ。"投資"だッ!」


 こんな状況で、なにをどう投資してくれるんだ。


「いいか、ビビり過ぎるなよ! 適度な緊張感は必要だが、過ぎたるはなお及ばざるが如し、だ」


 ドニにはマックスの言葉がよく分からない。恐れるなと言われても、少なくとも今すぐには無理な相談だ。


「なかなかしぶといようだなァ、お前のお仲間はよ」


 獣人は、すぐそばにまで迫っていた。手を蹴られて、斧が地面を滑っていく。

「お前はここで終わりだけどなあああぁぁぁぁぁ――――ッ!」


 思い切り顔を近づけて凄んでみせると、獣人は脇腹の銃創に親指を突っ込んでかき回す。無遠慮に傷口を抉られたドニは、喉を震わせて絶叫した。


 指を引き抜き、血に濡れた指を拭いながら、「次は目玉をかき回してやる」


 駄目だ、恐ろしくてたまらない。獣人の吐息が鼻にかかる。憤怒と殺意が混じった匂い。呼吸している、人間と、自分と同じように。


 自分と、同じ。それなら、酒場で見たドラゴンボーンとも変わらないはずだ。恐怖すべき対象ではない。


 まだ、抗わないと。恐怖は完全には消えなかったが、手を動かすことはできた。ポケットの中の小さなナイフを意識する。だが、こんなちっぽけな武器で、奴の靄を突破することができるのだろうか。銃でも完全には貫けなかったのに。せめて、俺にも意力が使えれば。


 また、マックスの声が聞こえる。


「あと、もう一つ。"力"はイメージから始まる。目に見えないものを想像するのは難しいもんだが、お前ならできるだろ。見えてるんだろうからな」


 ドニはさり気なくポケットに手を突っ込んだ。意力が使えようと使えまいと、やらなきゃやられる。切れろ、切れろっ。


「目ン玉くりぬいて玩具にしてやるッ!」


 獣人が指を眼窩に突っ込もうとする直前、ドニは素早くナイフを取り出すと黄金色の軌跡が、黒い靄を切り裂いた。小さな刃が頬を掠め、眼球を割る。意力の発現に驚くドニの頬を、獣人の血が濡らした。


 しかし、それは致命傷ではなかった。獣人は吠えながら、山刀を振り下ろす。ドニは目を皿のように開けて、動きを見極めようとする。意力が見える、それをどのように使おうとしているのかも。だから、先を読むことができるような気がした。


 身をひねって、獣人の一撃を避ける。大丈夫だ、よく見ていれば、恐れなければ、俺でもやれるんだ。


 もはや意味のある言葉を捻り出すのも面倒だというように、獣人はわけの分からない雄たけびを発して、靄に覆われた山刀をまた振り上げた。やられる前に、やってやる。ドニはナイフを獣人の首筋めがけて突きこもうとする。


 動き出したのは、獣人のほうが一瞬早かった。受けも避けも、もはや間に合わない。すでに攻撃態勢に入っている。構うものか、俺も死ぬがお前もただでは終わらせない。倒れるにしても前のめりだ。


 瞬間、凶刃がドニを切り裂く前に、数発の拳銃弾が獣人の背中を穿った。その隙に、ドニの一閃が頚動脈を捉えた。夥しいほどの血が噴き出して、獣人は絶命した。


 倒れた獣人の向こうには、わずかに上体を起こして、銃を突き出した格好のファニアがいた。


 力なく地に伏す彼女に、あわてて駆け寄る。少しつらそうだが、意識ははっきりしていた。


「立てるか?」

「ええ……」とファニアは立ち上がろうとするが、苦痛に顔をゆがめてうずくまる。

「無理するな。手を貸すよ」

「……ありがとう」


 自分の金を盗もうとした相手からそんなことを言われるのは、奇妙ではあったが、ドニは気にしなかった。


 ファニアの手をとり、肩を貸して適当な物陰に下ろしてやる。


「ありがとう、助かったよ。あのままだったら、よくて相打ちだった」

「どういたしまして。でもお礼を言われる筋合いはないわ」


 ドニには、彼女が皮肉を言っているのでもなければ、貸し借りを作るのを嫌っているようにも見えなかった。


「どういう意味?」

「この首輪は、あなたの腕輪と対になっている。どっちか片方の装着者が死亡したら、もう片方は自動的に爆発するようになってる」


 ドニはこんなものを作り出した連中の正気を疑った。旧世界とやらも、きっと狂っているに違いなかった。


 さほど離れていないところから、銃声が聞こえた。マックスはまだ戦っている。なら、行かないと。


「ここで待ってろ。俺はマックスのところへ行く」

「マックスって、屋根の上にいた人?」

「彼には借りがあるんだ」


 意力が使えるようになったのだから、少しは役に立てるはずだと思った。


「……律儀よね、あんた」

「褒め言葉として受け取っておく」


 運良く、獣人が放り投げた弾薬を発見し、それを銃にこめなおすと、ドニは戦闘の現場へ走っていった。






 ヴィンツの死が、バルバラを憔悴させていた。カンタンとヴィンツの仇をとるべく猛攻を仕掛けるが、ことごとくかわされてしまう。援護攻撃が反撃を阻止しているが、敵がわずかな隙を狙っているのは明白だ。


 これまで無敵を誇った赤い鉤爪のメンバーを二人も殺す、この男は何者なのか。動きからして意力覚醒者であるのは確かだが、異常に戦い慣れしている。自分たちを殺すために雇われた影の兵だろうか。


 こうなったら、奥の手だ。バルバラはもう一本の鞭を手に取り、意力を流し込む。二本の鞭の先端が、肉眼では捉え難いほどの速さで夜の空気を切り裂いた。


 上から叩きつけるように一本、もう一本は右から掬い上げるようにしてマックスを狙う。


 頭上からの強襲は、勢い余って地面に突き刺さる。かわされはしたが、この破壊力なら奴の意力防御を突き破れるはずだと、バルバラは信じている。


 もう一本の鞭が、マックスに追撃をかける。彼は難なくこれに対応してみせた。だがそれで終わりではない。短機関銃とナイフが襲い掛かるが、それすらも予測のうちだったらしく、避けられてしまう。


 決定打を与えることはできていないが、かわし続ければ、必然、疲労が蓄積される。疲労は肉体の動きを鈍化させ、判断を誤らせる。それこそがバルバラの狙いだった。相手が致命的なミスを犯したところを、徹底的に叩くつもりだ。


 攻めに次ぐ攻めに、マックスはたまらず路地へ逃げ込んだ。そこはバルバラからは死角になっていたが、狭所は彼女にとって好都合だ。間髪いれずに、二本の鞭が建物の隙間に入り込む。


「死ねえッ!」


 鞭の端に取り付けられた鉤爪が野放図に暴れまわり、地面と両側の壁を削りとっていく。この狭い空間では、逃れる場所はない。


 しかし、バルバラの手に肉を裂く感触は伝わってこなかった。


 銃声が響いた。意力を伴った弾丸が、不可視の障壁を貫徹し、狙い過たず心臓を貫いた。バルバラは倒れながら、噴き出す血飛沫の向こう、三階建ての民家の上に人影を見る。銃を構えたマックスの姿を。


 薄れゆく意識の中、いつの間にそこへ上ったのか、バルバラは考える。壁を蹴って上る暇はなかったはずだ。そんなことをしていたら、鉤爪が足を捉えていただろう。まさか、一度の垂直飛びであの高さまで到達したというのか。


 そんな芸当ができるのは、強化能力に優れたアデプトをおいて他にない。


 最後に、バルバラは消えかかる思考を総動員して、自分が何故影の兵になったのかを思い出そうとした。最初は、ただのキャラバンだった。恋人と一緒に興した仕事だ。始めたときはよかったが、だんだんと上手くいかなくなり、意力が使えるからといって汚い仕事に手を出した。金は手に入ったが、いつしか恋人は消えていた。仕事の途中で死んだのか、袂を分かったのか、今はもう思い出せない。けれど、彼がそばにいたときは、幸せだった。それだけは確かだった。


 私はなにをしたかったのだろう。その言葉を最後に、バルバラの意識は拡散し、二度と戻らなくなった。


 阻止攻撃はこなかった。当然だ、ここはきっと、相手からは見えていないだろうから。見えていないのなら、見える位置に行こうとするはずだ。マックスは神経を研ぎ澄まして、その動きを、気配を感じ取ろうとする。


 少し離れた民家のベランダに向かって飛び上がる小さな人影を見つけた。目にも止まらぬ速さで銃を構え―――一瞬遅れて、引き金を引いた。弾はベランダの手すりに当たって、人影は素早く離脱する。


 いまの攻撃で、奴はこちらの位置を掴んだに違いない。すぐにでも反撃してくるだろう。それも全力で。マックスはそう考える。攻撃の直前に発せられるわずかな殺気を読み取って対処しなくてはならない。短機関銃とナイフ、そして爆弾。特に爆弾はやばい。至近距離では意力防御を抜かれる可能性が高かった。


「マックス、囲まれてるぞ!」


 ドニの声だ。まだ生きてたか。終わるまで隠れていればいいものを。


「右から来てる!」


 殺気が肌を刺した。マックスは屋根の上に伏せて銃弾をやり過ごす。


「上から来るぞ、気をつけろ!」


 その言葉どおり、上から十本近いナイフが投げかけられた。屋根を転がって、マックスはそれを避ける。刃がつぎつぎと瓦を砕いていった。


 このパターンからすると、次は爆弾が飛んでくるはずだ。案の定、手榴弾が二発、屋根の上に投げ込まれた。マックスは屋根の上から転がり落ちる。その直後に、爆発が起こった。轟音が耳を劈く。


 落ちながら、空中でうまくバランスを取ってマックスは着地した。ドニは道の真ん中に突っ立っている。


「ドニ、やっぱりお前、敵が―――意力が見えるんだな?」

「なんで黙ってたんだ、意力のことも、俺のこの能力のことも」


 ドニは夜闇の向こうに敵の姿、正確には、敵の発する意力を見ることができた。マックスが殺気を感じ取る前に警告を発することができたのはその為だ。


「話は後だ。敵がどこにいるか、分かるか」

「ええと、見えるのは」ドニはあたりに視線を巡らせた。「少なくとも、三つはいる」

「もう一つ見えないか」

「……駄目だ。見えない」


 どこかに隠れているのかもしれないが、そこまでは分からなかった。意力が見えるとはいっても、壁を透視できるわけではない。


「じゃあ、そいつらにどこかおかしな所はないか」

「え?」

「どんな小さなことでもいい。どこかおかしなところがあるはずだ」


 マックスは何かを確信しているようだったが、ドニにはそれがなんなのか、判断がつきかねた。が、彼が無意味なことを言うとも思えない。目を凝らして、こちらに近づいてくる紫色の意力を改めて観察する。意力の塊、正確には意力を纏った存在だが、ドニの視覚にはそのように映った。三つの塊から意力が細い糸のように伸びている。


「靄が……意力が糸みたいになっている」

「やっぱりか」


 何かを確信したようなマックスの口ぶりだった。


 強く意識を向けるとぼんやりとした塊が、くっきりと形をとり始める。奇妙な人型をしていた。四肢はあるが、頭だけがない。人間ではないことは明らかだった。その一つが銃を構えるような動きを見せた。ファニアの銃に似た、軽い発砲音。ドニは慌てて身を隠す。


「その糸は、どこに繋がっている」そばにあった植え込みに隠れながら、マックスが聞いた。

「待ってくれ」ドニは遮蔽から顔を出して、糸が伸びる先を探した。「……マックス、上だ!」


 言い終わる前に、マックスは反応していた。左肩からナイフを抜き、頭上から落ちてきた小さな人影の刃を受け止める。人影は奇襲が失敗したと悟ると、身を翻して離れた。


 ドニには、マックスが何かをためらっているように見えた。彼の技術なら離れる前に返り討ちにしているはずだ。人影に目を凝らして、その理由を知る。


 人影の正体は子供だった。自分よりも四つは年下だろう。赤い鉤爪の中に一人だけ場違いな少女がいたことを、いまさらながらに思い出す。


「人形に意識を向けさせて自分が突っ込んできたか。小さいくせに度胸があるな」


 少女の渾身の一撃を、マックスはそのように評した。対する少女は、その言葉に露ほどの反応も見せない。ただどこか虚ろな瞳で見つめるだけだ。


「仲間が殺されてるのに、なんとも思わないんだな」

「弱いものが死ぬのは」と少女は小さな声で言った。「当然のことだと言ったのは、あの人たちだもの。弱かったから死んだ、ただそれだけ」

「あ、そ」自分から聞いたくせに、興味なさそうにマックスは返した。「一応降伏勧告はしておく。死にたくなかったら武器を捨てろ。人形の意力操作も解除しろ。そうすれば命まではとらない。衛兵には突き出させてもらうが」

「素直に従うと思っているの?」


 少女の薄紫色の意力が、濃度を増した。


「もう四、五年早く生まれて、もうちょいまっとうな人生を歩んでたら別の文句で口説きたかったんだがね」


 マックスの体を、青白い意力が覆っていく。


 相手は子供だぞと言おうとするドニだったが、場を支配する圧力がそれを許さなかった。まだ幼いといえる少女を、殺す気なのか。見ず知らずの他人の死に深い怒りを表した彼がそのようなことをするとは思えなかったが、それは自分の勝手な考えだとも気づいていた。彼に子供を殺して欲しくない。そう思っている。


 二人の間の緊張が高まり、爆ぜた。少女の指先がぴくりと動き、マックスがいた場所にありったけの鉄と鉛が打ち込まれた。


 そこで、ドニは彼女の意力の使い方を理解した。旅芸人がやっていた操り人形のようなものだ、意力を使って複数の人形を操作し、攻撃に使っているのだ。一つの意思によって統制された多方面からの攻撃をかわすのは困難を極めるだろう。複数の個体を一人で同時に動かす難しさも相当なものがあるに違いなかった。


 人形からの攻撃は地面を耕すのみだった。気づけば少女は既に倒れている。あっけなさ過ぎる戦闘の幕切れだった。ドニは血に濡れた彼のナイフを想像し、腹の奥がずっしりと重くなるのを感じた。


「なんだよ、その目」マックスはナイフをしまう。「なんか勘違いしてない?」


 マックスの足元に倒れた少女をよく見ると、血の一滴も流れていなかった。


「紳士が子供を殺すわけないだろう。腹に一撃くれて、眠ってもらっただけだ」


 ドニは胸を撫で下ろした。


「よかったよ、やっぱり」


 お前はいい奴なんだな、と続けようとしたところで、マックスは遮るように言った。


「個人的にはここで始末した方がいいと思うけどな」

「どういうことだ」

「考えてみろよ、身寄りもない、いままで人殺しやらなんやらで生きてきたガキがこれからどうなると思う。衛兵に引き渡しても法が殺すか、俺が殺すかだけの違いしかない。万が一生きながらえたとしても、ろくなことにならん」


 マックスが何を言いたいのか、ドニには分かった。この先、彼女にはつらい運命しか残されていない、であれば、ここで命を絶つのも一種の優しさではないか、と。


「そうかもしれないけれど、生きていればやり直す可能性は残されるだろう。死んだらそれまでだ」

「甘いね。蜂蜜漬けの菓子のように」とマックスは肩をすくめる。「ま、お前に免じて、とりあえずこいつは殺さないでおくよ」


 あれこれ言ったが、結局、マックス自身も彼女を殺したくなかったのではないか。己の甘さを自覚しつつも、しかし誰かに肯定して欲しかったのかもしれない。なんとも複雑なことだが、ドニはその気持ちに共感できた。そして、思う、彼の気高さは未熟なところはあれど本物に違いないと。


 いくつもの足音が聞こえてきた。ようやく衛兵が事態の収拾のためにやってきたらしかった。手には銃や剣といった武器を携え、金属の鎧を身にまとって。彼らはマックスを見つけると、一斉に取り囲んだ。


「武器を捨てろ!この変態野郎ッ!」と衛兵の一人が怒鳴った。

「は?」とマックスは素っ頓狂な声を出した。

「怪我をしているようですね、大丈夫ですか」衛兵がドニをマックスから離れるように促す。「あの女の子を助けようとしたのですね、ですが、もう大丈夫です。後は我々にお任せください」

「そうじゃあなくって」とドニは説得しようとするが、衛兵たちはにべもない。

「おい、これはどういう……」流石のマックスも狼狽を隠せなかった。

「動くなって言ってんだこのドチンポ野郎がっ!」衛兵がマックスに銃を突きつけ、声を荒げた。「お前は若い女性を己の欲望を満たすためにかどわかそうとしたとの情報が寄せられている!そして、その企みが失敗するや街中で銃撃戦を始め、あろうことかまだ幼い少女をその毒牙にかけようとした!最低の変態野朗だ!恥を知れッ!大方、自分の異常性癖のせいで女性には相手にされてこなかったのだろうが、詳しい動機などは牢屋の中で説明してもらう」


 流石に衛兵相手に暴れるわけにもいかず、言いたい放題言われながらも、マックスはぐっとこらえた。


 足を引きずりながらやってきたファニアの証言と、死体の特徴が赤い鉤爪の構成員と一致したことから、結局、マックスは無罪放免となるのだが、そうなるまで彼は多少手荒に扱われることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ