表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第一章 はじまりは空から
9/32

第九話:旭日昇天

 全天の青の真ん中に、黒くにじむ、流星の炎が見えている。

 あれこそ、大気圏に突入しているクラストだ。

 それを見つめて、美空は怪訝に眉をひそめる。

「しかし普通、そんなホイホイと気軽に宇宙を行き来できちゃうものかな」

「オリハルコンがある限りはエネルギー、つまり、行き来の燃料を気にしなくていいからね。コントロールギアさえあれば宇宙空間でも活動できるし。実際、今すぐにでも君も行けるよ」

「へえー。ホントに、なんでもできる夢の金属! って感じだなあ……え、誰!?」

 のん気に返事をして、ようやく会話になっていたことに気づいた美空は、慌てて視線をめぐらせる。目の前の計器群に一つスピーカーがあり、そこから声が発せられている。

「ゴメン、気づいてなかったかな。改めて、僕は市井星斗。よろしく、美空さん」

 機体下方からふわりと浮き上がるように、鎧に乗った星斗の姿が現れた。地形を眺められるほどの高度にあって伸びやかに、鎧武者は軽く手を振る。

 その顔はやはり優しげで線が細いが、どこか引き締められて頼りがいがある。

「詩緒奈からよく聞いてるよ。こちらこそよろしく」

 返事をして、変な会話だな、と美空は首を傾げた。空の真っ只中でする会話ではない。

 水平線が白んで見える高高度で、星斗はなおも美空に声をかける。

「来てもらって悪いんだけど、慣れない状態で戦うのは危険すぎるよ。後方から、支援に徹してくれないかな。僕は前で戦うのが得意な機体だからさ」

 刀まで携える鎧武者なのだから、それは白兵戦闘向きだろう。そういえば美空は、自分の機体がどのような武器を持っているかさえ、よく分かっていない。素直に受け入れた。

「分かった。なるべく前に出ないように、援護するよ」

「うん、よろしく」

 軽くうなずいて見せて、鎧武者は戦闘機の上に浮いた。くるりと遊ぶように軽やかに横転し、抜刀打ち払い。光の球がガラスの砕け散るようにばら撒かれて落ちていく。

「えっ、うわ」

 首を持ち上げた美空は、息を呑んだ。

 赤く染まる大気を引き連れて、黒い鉄の塊が槍のように真っ直ぐに降り向かってくる。流星や隕石と呼ぶには、あまりに殺意を表しすぎている。それはもはや天雷だった。

「下がって!」

 星斗が叫び、太刀を構えて迎え撃つ。慌てて美空は操縦桿を引き、曲げた。回頭どころか転落して、降下しながら距離を取る。

 雷鳴のような音が渡っていく。

 美空はベルトに体を押し付けるようにして、全身をねじるように振り返った。

 白銀の鎧武者と、黒く背の高い何かが、剣を打ち合わせている。黒い何かは腕や足があり、人型に見えるが、バランスがどこかおかしい。その面もまた野獣のように顎が伸び、凶暴に棘がそそり立っている。ハサミ怪人よりもスマートで、しかし同時に攻撃的な姿だった。

 鎧武者をいなすようにして鍔迫り合いを止め、黒の巨人は間合いを広く取った。初めて全身をしっかりと見つめ、美空は咄嗟に竜だ、と感じた。鼻先の潰れた狼のような輪郭を、乱雑に作ったような鱗で覆う。人のそれよりひょろ長い手足は、爪を持ち指を持っている。竜であるならば竜人であるが、竜と呼ぶには鱗がやや大きすぎる。やはり、甲殻でしかない。

 その竜人は右手に剣を提げ、左手で考え込むように顎をなぞっている。理知的で、それ以上に人間臭い所作だった。赤い宝石のような無感情な瞳が、美空の機体を捉える。

「ふむ。ヨシマサくんが荒れているから、何かと思えば……”赤”が復活していたとはね」

 虚を突かれた。

 今このときに、あの竜人が美空を撃墜せんと迫っていたら、間違いなく抵抗できずに叩き落されていただろう。それほど大きな動揺が美空を襲っていた。

「しゃ、しゃべるの? クラストって」

 星斗が美空を庇うように、竜人との間に滑り込む。

 まるで星斗が動いたことに気づいてすらいないように、竜人はのんびりと考え込んでいる。美空の声を聞いた気配はない。

「まあ別に、増えようが増えまいが、どうでもいいんだけどさ。別段、手こずる相手というわけでなし、こちらのすることが変わるわけでもなし」

「ずいぶん余裕ぶってくれるな、ヤマト」

 刀を両手でどっしりと構えた星斗が、低い声でうなるように言う。その言葉に美空は驚いた。爽やかな少年だった星斗が、露骨に殺気立つ。

 竜人は今初めて星斗に気がついたかのように顔を上げて、おどけた素振りで両手を広げた。

「うん、余裕だよ。どうせそのシンカーも、何も知らないんでしょう?」

「えっ?」

 美空は驚いて間抜けな声を上げる。どうせ、で括られて、何も知らない、と断じられた。

 さすがに気を悪くした美空は、口を尖らせる。何も知らないのは、確かに変えようのない事実ではある。しかし見ず知らずのバケモノに、そんなふうに言われる筋合いもないはずだ。

 星斗が太刀を構えた。ビームサーベルのような刃が空気に震える。

「美空さんは下がって。僕が行く」

「わ、分かった」

 進み出た星斗を見て、竜人は面白そうに顎を上げる。

「ふうん? 一人でやる気かい。ずいぶん余裕ぶってくれるね、セイト?」

「馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」

 風船が破裂するような音とともに、星斗が爆発的な勢いで加速して竜人に切りかかった。

 応ずる竜人はドレスの裾を翻すような動きで、提げていた剣を振り上げてその太刀を受ける。剣戟を受け流し、膝を鎧武者に叩き込んで、蹴り上げた。

 勢い余った鎧武者は、もんどりうって宙に投げ出される。いや、投げ飛ばされた。

「柔術……剣で!?」

「まあね。戦闘術って、そういうものだよ」

 投げ飛ばした竜人は体を翻し、どこからか圧縮した空気を打ち出して加速した。一瞬で低速巡航していた美空の背後にまで迫る。驚く暇も与えず、ゆったりと持つ長剣を、のんびりとしてさえ見える動きで、しかし必殺の間合いで切り下ろす。

「くっ!」

 完全に死角に入った竜人の把握を諦めた。美空は操縦桿をひねるように引き上げて、足踏桿を蹴りこむ。ロールとピッチアップ。空を滑るようにバレルロールし、その頂点で推力を偏向させながら急激な機首上げ、スロットルを一気に開ける。ブレイク。美空の見えない位置で、二太刀目がジェット噴流を舐めていた。

「ぐげげ、うごお」

 女の子として敗北気味なうめき声を上げて、無茶苦茶なGに耐える。頭の上で青と白がスライドのように巡っていた。首が捻じ曲がって、ろくに周囲が見えていない。

 瓦礫から美空を守った力場が、今は足や肩を絞め殺さんばかりに圧迫している。血流の偏りを防ぐためだろうが、苦しいことに変わりはない。ほとんど目を回しながら勘で動かしていた。

 空戦機動で剣戟を回避したアテナを、竜人は楽しそうに目で追う。

「やるね! うぐっ」

 空間を一閃する閃光が、竜人の胴に撃ち込まれた。下方、ずっと低空からだ。

 やっと体を起こした美空が、竜人の姿を視界に捉える。

「美空! なにやってるの、変形して!」

「詩緒奈。もしかして今のって、詩緒奈の攻撃?」

「うん、そう。”浅黄のアルテミス”は狙撃特化の後方支援機だから」

 美空は高度を取ってロールし、背面飛行をする。こめかみが痛むような頭に血が上る感覚。

 頭上に広がる鮮やかな藍色の海と霧のような雲のなかに、浅黄は見えない。よほど遠いところから、安全を確保して狙撃をしているのだろう。

「あ、私のは何の機体なの?」

「遊撃、かな。高速接近と一撃離脱。でもどちらかというと白兵戦寄りの装備だよ」

「ふうん。白兵戦かあ」

「そんなことはいいから、早く変形して!」

 玲花が通信に割り込んで、会話を交わす緊張感のない美空に叱責した。

「う、ご、ごめん。でも変形って、どうやるの?」

 質問で返し、回答を得る前に落雷の轟音が戦闘機を追い抜いていく。

「ほーんと、どう転んでも面倒くさいよね、君たちは」

 竜人はのん気な声とは裏腹に、衝撃の隙を狙った星斗の剣戟と何合も打ち合いを交わした。そのたびに引き伸ばしたような雷鳴が響き、大気が衝撃に震えている。

 不意に竜人が剣を引いて、その肩口に太刀が叩きつけられた。

「ぐっ」

 しかし、苦渋の声を上げたのは星斗のほうだ。竜人は肩と腕で斬撃を受け止めている。

 瞬間、剣が三度振るわれたことを見えたものは、いないだろう。オリハルコン装甲ゆえに損傷こそしていないが、鎧武者は複雑に回転しながら落下していく。手足を痺れたように震わせるばかりで、持ち直すことが出来ていない。

「星斗くん!?」

 詩緒奈の悲鳴が、美空の通信機を貫く。声に緊張をみなぎらせた玲花がまくし立てる。

「操縦桿にトリガーがあるから、引きながら、ひねって!」

 竜人は水を得た魚のように、まさに躍りかかるという勢いで、美空の戦闘機に牙を向ける。そのつま先をかすめるように宙を撃ち抜いた一閃の光は、詩緒奈の狙撃だろう。かわされた。

 剣を振りかぶる竜人を他所に、美空はコックピット内に視線を下ろしている。

「ひねるって、あれ? あ、こうか」

 操縦桿のトリガーを引き込みながら、ひねる。エンジン音が高まり、ジェット気流の乱れる甲高い爆音がコックピットに響き渡った。

 竜人は、手足を伸ばして急減速する”赤のアテナ”をせせら笑い、勝利を叫ぶ。

「貰った!」

「ダメ、あげない」

 コブラが鎌首をもたげるように、ぬるりと機首を上げた戦闘機の、キャノピーが滑り落ちた。祈るように組まれていた腕が開き、肘と指を伸ばす。

 さらに回転し、空中で逆立ちするような具合で、腕が伸ばされる。

「はあっ?」

 驚愕に顎を落とす竜人の、剣を振るう腕を、変形途中の腕が捕まえた。

 変形は続く。翼が鯖折りにするようにそり上げられ、エンジンの足が開く。キャノピーを残した機首が機体後部にぐるりと回り、離陸推力であった噴射口を背負う。

「へへ、やっぱり。変形後には腕があると思ったんだ」

 傾いた操縦席がキャノピーごとさらに傾いたため、美空は操縦席の中でほとんど直立する状態になる。もっとも今は上下逆さで、体に巻きつくベルトだけを支えにしている。美空は逆流する血で顔を真っ赤に染めながら、強く笑ってみせた。

「さあ! 変形マシン、推参ってね!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ