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デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第一章 はじまりは空から
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第七話:八意思兼

 思考する金属、と言葉でなぞり、その途方もなさに美空は目を伏せた。

 考えている、生きている? 腕を、足を、首を覆うこの金属が?

 意思の介在が理解の範疇を超えて、美空は激しく動揺した。その感情は一般的に、不気味、というものだ。未知への恐怖を、美空は今はじめて抱いた。

 老原は教師のような口調で、抑揚をつけて語りを続ける。

「とはいえ記憶することは出来ないし、我々の考えるような自意識は持っていない。CPUと同じだよ。そして、思考する能力を有する結果、擬似的に我々の脳と接続することができた。後は人が普通に自分の体を動かすことと同じでね、精確かつ安定した制御が可能となったんだ」

「それが、コントロールギアだって言うんですか?」

 その通り、というように老原は首肯する。

 美空は指先で左腕をなぞっていた。

 ブレスレットが稼動したとき。瓦礫に潰されそうになったあのとき。

 強烈な電流を流された痛みで、左腕が引きつったことを思い出す。微細な電流で、脳と接続するという。この軽鎧が異様に体に馴染んでいるのも、その影響なのだろうか。

「心配しなくていい」

 老原が染み入るような渋い声で、ゆっくりと語りかけた。

「それはたとえ三十年つけっぱなしでいたところで、心身ともに影響が起こらない。写真の彼が立証してくれたよ。短期的な装着ならば、臨床的にも問題ないと分かっている」

「はあ、写真の」

 二次元画像の青年に顔を向ける。いい笑顔を浮かべて、技術者らしい白衣とネームプレートをつけている。フラッシュに反射していて、ネームプレートの文字は読めない。

「三十年間ずっと身につけてたんですか?」

「ああ。正確には、死ぬまでずっとね」

 老原の言葉の意味することを知って、絶句する。

 宇宙暮らしはストレスや事故と密接している。病気など予期せぬ理由で何が起こるか分からない。ましてや、この男性は、特異な物質の実験に関わっていたのだ。

 老原は今もなお悔恨と痛痒に苦しんでいるかのように、しかし、その痛みに慣れてしまったかのように、眉をひそめ、口調は穏やかなまま、唇を震わせる。

「彼は殺されたんだ」

「……はぇ?」

 予想外に物騒な言葉が飛び出してきて、美空の思考は音を立てて硬直した。

「それをきっかけにして、クラストが結成され、我々は彼らと対立することになった。コントロールギアはそのときに開発されたんだ。オリハルコンの使用者……シンカーを守るために」

 二の句を継げずにいる美空は、しかし、またも奇妙な納得を覚えさせられた。

 ブレスレットは自動的に防衛機能を働かせる、と詩緒奈は言い、実際に瓦礫から守られた。

 リインフォースデバイスとやらを持つらしいハサミ怪人は光の玉を打ち出し、コントロールギアではそのハサミ怪人に対抗できない、と玲花は言った。

 軽鎧はただの防具であり、同時に防具としては常識的な鎧やボディアーマーを凌駕している。

 そのすべてを可能にするのが、未知の高エネルギー物質、オリハルコンなのだ。

 美空はまた、次のステップに進んだ。

「……クラストは、なんで攻めてきてるんですか?」

「オリハルコンは、頑丈すぎるんだ。対応汎用性は極めて広いが、同時に加工は難度を極める。切る折るはもちろん、削ろうとしても、しなやかな高い摩擦で回転を止められて、歯が折れてしまうからね。ヘファイストスという、オリハルコンを加工するための特殊な装置が必要だ。そしてそれは今、我々のところにある。彼らはそれを狙ってきている」

「な、なるほど」

 つまり今は、新たにオリハルコンの兵器を作ることが出来ない状態なのだろう。美空はほんの少し安心した。あんな物騒なものは、面白おかしい変形マシンで十分すぎる。

「分かりました。いえ、わっかんないこともまだ山ほどありますけど……とりあえず。敵に、こんなオリハルコンをこれ以上渡すわけにはいかない、って、そういうことですよね」

「ああ。……すいぶん長話をしてしまったね」

 老原は笑って、じっと、美空を見た。

「折り入って、君に頼みがある。そのままブレスレットを君に託したい。どうだろう、我々に協力して、クラストと戦ってくれないだろうか」

「もちろんです。ここまで聞いて、引き下がるなんてできません。って、あ、でも私なんかでいいんですか? もっと適任者がいるなら」

「君ほどの適任者はいないさ。オリハルコンは危険なものだ。私が目で見て、話して、信頼できる……そういう人にしか、預けることは出来ない。そして君は、確かに預けられる。信頼するに足る人間だ。そうだろう、詩緒奈くん?」

 突然話を振られた詩緒奈は、しかし動揺していなかった。振り向いた美空に微笑んで、老原に力ない笑顔を返す。

「そうですね。美空なら悪用しないって、信じられます」

「詩緒奈」

 友人の口から、信じられる、と直截な評価を与えられて、美空は軽く感動した。やばい超嬉しい、とニヤニヤが浮かび始めたところに、冷水が浴びせられる。

「私は反対です」

 玲花が表情を微塵も動かさないまま、決然と言い放った。

 笑顔が沈んでいく。振り返った美空と目が合って、玲花の瞳は少しだけ戸惑うように揺れた。しかし、玲花の口ぶりに迷いはなく、また撤回するつもりも毛頭ないらしい。言葉を継ぐ。

「信じる信じないじゃない。一般人を巻き込むには、危険すぎる」

 美空の肩が落ちかけて、止まった。萎縮しかけた心を震わせて、美空は顔を上げる。

 その顔は、奇妙なほど強く確かな意志で、引き締められている。

「玲花。じゃあ、他の誰なら安全なの?」

「……それは」

「ごめんね。でも私、あんな街を見て、ほっとけないよ。あんなふうに、たくさんの人を傷つけるなんて、許せるわけない。それに、今あなたたちは、負けてるんでしょ? 猫の手でも借りたい状況なんじゃないかな」

「う……」

 生真面目なほど正直に、玲花は無表情のままうろたえた。

 美空は胸に拳を当てて、微笑む。

「邪魔にだけはならない。自分の身は自分で守る。だから、私、頑張るから……お願い」

 頭を下げる。美空のつむじを前にして、玲花は黙り込んでしまった。戸惑うように目が泳ぎ、助けを求めるように詩緒奈に向けられる。詩緒奈は困ったように笑って、首を左右に振る。

「玲花くんの負けだな」

 老原が笑いながら裁定した。玲花は異議を申し立てることが出来ない。

「ごめん、ありがとう。よろしくね」

 顔を上げた美空は、玲花に歩み寄って手を握る。まごまごして顔を逸らした玲花だが、諦めたように細くため息をついて、美空の顔を見つめ返した。

「……絶対、危なくなったら、逃げて」

 うなずいて、美空は頬を綻ばせていく。

 それらを眺めて、老原は微笑して深く椅子に体を埋めた。

 管制官の一人が顔を跳ね上げる。

「大気圏に突入する低温物質を確認! オルハリコンと思われます!」

「クラストか! こんな短時間に」

 老原は若返ったかのように目を見開き、コンソールに挑みかかる。警報が鳴り響き、司令室の空気は一瞬で塗り替えたように殺伐とした。肌がひりつくような緊張を、たった今まで部外者だった美空にまで感じさせる。

「榛木くん!」

 ほとんど叱責のような呼び声に、美空は応えた。

「はい! 私も行きますっ」

 何を作業しているのか、コンソールから手も目も離さず、信じられないほど素早い手の動きで何かを操作している。ほとんど実際の反応を待ってすらいないような、コンソールに熟達していると一目で分かる手つきだ。老原はついでのように口を動かす。

「君にも、リインフォースデバイスを託す」


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