第四話:千変万化
第四話
甲殻に覆われた顔に表情はなく、美空の無力をあざけっているようにさえ見える。いや、美空は確かにそう感じた。ムカっと唇をへの字に歪ませて、ハサミ怪人をにらんだ。
とん、と犬が台から飛び降りて走り出すように、ハサミ怪人は動き出した。浮いていた体を落とし、車を踏み潰してひと蹴りで飛ぶ。反動だけで車は枯葉のように舞い上がり、ほかの車を巻き込みながら横転していく。
「通さない」
応じるように立ちふさがるバイクロボットと、ハサミ怪人がつかみ合った。そう見えた一瞬で体を翻し、バスケやサッカーのフェイントのように、バイクロボットの脇をすり抜ける。
じろりと無遠慮な視線で美空を見るハサミ怪人の目と、美空の目が合った。
甲殻に覆われた表情のない面でありながら、漆黒の瞳だけに明確な敵意の色を浮かべている。
美空が緊張に肩を強張らせたのは一瞬で、その表情は、怒りに染まる。
美空は素早く足を振って、近くの手ごろな瓦礫を蹴り上げた。空中でつかむ。首を振って、ハサミ怪人の姿をとらえた。
「舐ぁめんなあああ!」
握り、体を捻り、足を振り上げて、胸を張って、腕を限界まで背後に引いて、振りかぶる。
パチンコを打ち出すような、高速の投擲。
えぐりこむようなサイドスローで放たれた一握の瓦礫は、浮き上がる軌道で風を切って飛ぶ。びくりと首を曲げたハサミ怪人の肩に、乾いた音を立てて甲殻を打った。
ひるんでも勢いは止められず、隙だらけで迫るハサミ怪人に、美空はむしろ駆け寄っていく。潜り込んで腕を取り、相手の巨体を背中で支え、踵を旋風のように回してハサミ怪人の股座を蹴り上げる。巻き込んで台風のように回転し、その巨体を宙に浮かし、地面に激しく叩きつけた。
身長差から頭頂部をこするように叩きおろされたハサミ怪人は、勢いのあまり火花を散らし、道路を削りながら滑る。甲殻を抜けて体中に響く物理的な衝撃が、強かに全身を打っていた。
「うっしょーあ」
達成感と動揺の入り混じった歓声を上げて、美空はよろめく。目を瞬かせ、自分の手のひらを見つめた。握って開く。
「なんか、力の具合が全然違う……」
体ばかりが先に動き、力をこめる感触が後からついてくるような、言い知れない感覚。初めて電動自転車に乗ったときのような、慣れない体感覚の違和感だった。
驚いている美空の横に、バイクロボットが立つ。高さの割りに細身で軽量なロボットは、大きさこそハサミ怪人に似ているが、改めて比べるとずいぶんひ弱そうに見える。
操縦席にまたがる玲花が美空を見下ろした。
「無茶しないで。コントロールギアで戦っていい相手じゃない」
「な、なにそれ? っていうか、あの特撮みたいなハサミ怪人は何なの?」
「ラディカルは、リインフォースデバイスをギアに蒸着してるから異形に見えるだけ」
「なにそれ?」
「……デバイスはギアの拡張ユニット。リインフォースデバイスはオリハルコンのエネルギー指向性を外部方向に制御するシステムデバイス」
「……なに、それ?」
玲花は少し悲しそうな顔をした。
ずがん、と竜巻に舞い上げられたように瓦礫が吹き飛ぶ。
ハサミ怪人が勢いよく立ち上がっていた。怒りを露に肩と腕を震わせている。すらりと腕のハサミが飛び出して、重々しく開かれた。切るものではなく、万力のように捻り潰すハサミだ。
「なんか、わっかんないけどさ」
ハサミ怪人を見て、美空は口を尖らせる。
「要するに、あいつを野放しにすると危ないんでしょ」
単純明快な論理を盾に、美空は拳を構えた。
ハサミ怪人が笑うように顎を上げて、獲物を狙う野獣のように体勢を低くする。膝が深く屈し、伸び、莫大な力が放たれる。
それを閃光が撃ち抜いた。
肩口に受けた衝撃で肘をつくハサミ怪人に、流星が襲い掛かる。流星は異常に大きく、そのシルエットは人型だ。褪せたような白銀の、兜がない巨大な鎧武者。その手にある、ヒレのような飾りのついた鍔の太刀、いや刃の部分は刀型に削りだしたような光だ。刀を模した武器を握り、ハサミ怪人に斬り掛かっている。
ハサミ怪人は機敏に両腕を使い、その剣戟を受け止める。鍔迫り合いに持ち込まず、即座に相手を吹き飛ばした。
弾き飛ばされた武者は、距離を取って刀を正眼に構える。兜がなくずいぶんと小さく見える頭は、少年のものだ。バイクロボットと同じく、あの少年が鎧に乗って操っているらしい。
少年の後方、はるか上空に、もう一人。何かが空を飛んでいた。ハサミ怪人はそれらを眺め回し、少年に目を向ける。少年は緊張した面持ちで剣尖を上げた。
ハサミ怪人はにらみ合いを嫌うように視線を外し、美空をねめつける。
おう、と拳を構えて応じる美空を無視して、空を仰ぎ、ハサミ怪人は身を縮めた。
屈した体を爆発させるように、高々と跳躍する。そのひと跳びで、空の彼方に消えてしまう。青に霞むように、気がつけば、ハサミ怪人は空のどこにも見えなくなっていた。
「……なん、だったの?」
呆然とつぶやく。美空は目を眇めて顔を上げ続ける。
雷鳴もスペースデブリも、人々のパニックも、異変は唐突にその姿を消した。後に残された無人の街路と荒れた道と、無数の残骸が、風の音だけを響かせる空に埋もれている。
先の武者鎧に乗った少年が、美空に歩み寄った。
「君、大丈夫?」
「え? あ、はい。えっと、あなたは」
少年が安心させるように微笑んだ。口を開くより早く、何かが空から降ってくる。
「美空ぁっ! 大丈夫!? 怪我はない!?」
「ほわあぁっ!?」
来襲してきた黄色い巨人が美空を抱えあげる。巨人の顔に当たる部分に張られた、湾曲した長方形のようなガラスに体が押し付けられる。その向こうに見慣れた顔を発見して、美空は目と口を大きく開けた。疑問の言葉が勝手に飛び出していた。
「詩緒奈……あんたなにやってんの!?」
「それはこっちのセリフだよ! 美空こそなんで避難してないの!?」
詩緒奈は戸惑っているような顔で、ガラス越しに美空を見ている。困惑するのはこっちのほうだ、と美空は渋い顔をした。
見れば詩緒奈もまた、玲花や美空と同じような軽鎧をまとっている。ラインは黄色だった。色違いが何セットもあるらしい。
「えーっと。とりあえず」
取り成すように少年が口を挟む。その優男じみた顔を困ったような半笑いにして、彼はもの言いたげに目をめぐらせながら、言った。
「お互いいろいろあるようだから、まずは、場所を変えようか」
「そうしたほうがいいと思う」
玲花が同意する。
詩緒奈は美空をおろして、ロボットを後退りさせた。
「二人がそう言うなら……」
がちゃりと、何か操作して、エンジンが音高く唸る。途端に、やけに大きな肩のアーマーといい、変に不恰好だったロボットが、うつぶせに折りたたまれていく。肩を下げて狭めて、腕が折りたたまれる。膝を折ってひっくり返し、しゃがみ込む。踵がタイヤだったことに気づいたときには、それは後輪になっていて、パタパタと組み変わったロボットは四ドアセダンにトランスフォームしていた。不恰好な長方形の正面は、フロントガラスだったらしい。
なるほど、玲花がバイクなら詩緒奈は車というわけだ。
「……犯罪じゃないの」
「え?」
体を乗り出して助手席のドアを開けた詩緒奈は、不思議そうに首をかしげた。ああ、と得心したようにうなずいて、にっこりと笑う。
「超法規的措置だよ」
どこがだ、と美空は思った。




