第三十一話:屋梁落月
美空は大きく深呼吸した。
まっすぐにアマツマラを、詩緒奈を見る。
気持ちを落ち着かせて、誠実に、答えを返す。
「返せないよ、詩緒奈。ね、玲花」
「うん。私たちは、詩緒奈にブレスレットは返せない。だって、それは」
ごあん、と大銅鑼を叩いたような音が、コックピットに反響した。胸の中心に砲撃を受けている。吹き飛ばされる機体の全身が悲鳴を上げる。オリハルコンでなかったら、とっくにバラバラに崩壊しているだろう。
大きく傾いでいく機体にブレーキを掛け、旋回機動に乗せながら詩緒奈に叫ぶ。
「詩緒奈、待って!」
「譲ってくれないなら、もう――二人は、敵だ」
こみ上げる何かに蓋をしたような、頑なな声。レーダーが次の砲撃を感知する。
「美空! 力場で盾を!」
玲花の指示に従って、機体の左腕を向けながら力場を生み出す。玲花がその制御を補佐し、二機のカンダクトデバイスの出力がこめられた盾は光を凝縮させて、より堅牢に制御される。砲弾を受け止め一撃で砕け散ったものの、衝撃の指向性を逸らして機体の損害をゼロにする。
「すっご!」
「伊達や酔狂でアイギスじゃないよ。それより、次弾接近!」
「あーもう! ちょっとは話を聞いてよ!」
美空は叫びながら、力場で盾を作り出す。
「いつまでも受けさせない! アマツマラをヘファイストスで全面補強したヒヒイロカネは、カンダクトデバイスの比じゃないんだから!」
両手をそろえて掲げていただけのヒヒイロカネは、体の周囲に生やす花弁を押し広げた。パラボラアンテナのような外見に意味があるのか、再び爆発的な光を輝かせて砲撃する。
受け止めて、盾を貫いた鉄片が機体に直撃した。
「うぐおあっ!?」
「く、実弾っ!」
コックピットを襲うつんのめるような衝撃に耐えながら、玲花は即座に分析した。
砲撃は鉄片を加速させる力場として働き、力場による盾を中和する形で撃ち抜いたのだ。宇宙的な加速を持った三十センチ四方程度の鉄片は、接触の衝撃だけで粉のように砕け散り、機体は錐揉みに回転するモーメントを与えられる。
美空は回転を止めるために推進剤を使うのを諦めた。機体をさらに加速させる。
「詩緒奈ねぇ、私今、すっごく詩緒奈に怒ってんの! 話聞かないこともそうだけど、そんなことより、星斗くんをすっごい馬鹿にしてんの分かってる!?」
「そんなことない! 私にとって星斗くんがすべてなの!」
次の砲撃を、美空は盾を投げ飛ばして早い段階で相殺させた。回転する機体の動きを使い、貫く鉄片を大きく薙ぎ払って燃え尽きさせる。
「それが違うんだよ! 詩緒奈、自分に都合のいい星斗くんを作ろうとしてるだけじゃん!」
「違うっ! だって星斗くん、まだ頑張りたいって! もっと生きたがってた! 星斗くんがやれなかったことも、私がして上げられなかったことも、全部、やり直すのっ!」
「そんな代償行為、詩緒奈が傷つくだけだよ!」
美空の叫びに、詩緒奈は一瞬だけ息を呑んだ。
「ねえ、私は怒ってるんじゃない! 邪魔したいんじゃない! 詩緒奈が心配だから、友達だから止めたいの! 止めなきゃいけないの! 同じ苦しみを、二度も味わうことなんてない!」
無拡大のモニター画面に、詩緒奈の変わり果てた怪物の姿が映る。妖花は、生き急ぐように花弁を大きく広げている。
目視で遠くとも、巨大な機体にしてみれば、充分に間合いが近い。肉薄していた。
嫌がるように体をよじる詩緒奈に、玲花もまた思いを掛ける。
「詩緒奈っ、ねえ詩緒奈! 私、詩緒奈と星斗くんのツーショット写真の笑顔、大好きだった! すごく綺麗に笑ってるから! でも、だからっ、偽物の笑顔にしないで! 閉じた世界で笑わないで! 大切な人と同じものを見た、本当の笑顔を、大事にしてっ!」
再び撃ち抜こうとするヒヒイロカネの大砲を、レーザーブレードが袈裟懸けに切り裂いた。ヘファイストスとは違う、桁違いの単純な出力任せだけでオリハルコンさえ傷つけるレーザーブレードは、ヒヒイロカネの人型の両腕を肘から断ち切る。
「うぁ、あああぁあぁあ!」
詩緒奈は悲鳴を上げながら、体をひねった。まるでスカートを翻すような優雅な回転は、花弁の先端が巨大さに伴う豪速で、二機の結合部を打ち上げる。慣性力でめり込み、結合部のひしゃげたオリハルコン補強のソーラーパネルは、破片をばら撒きながら吹き飛んでいく。
「じゃあっ、どうすればいいの! 星斗くんがいなきゃ私、もう、どうしようもないのに!」
衝撃の遠心力だけでコックピットで潰れかけた美空は、歯を食いしばって耐えながら、気密空間のキャノピー内部を跳ね回る詩緒奈の声に怒鳴り返した。
「どうにかしようとしなくていい!」
その下部で、ベルトに締め付けられかけて目がかすんでいる玲花が、搾り出すように美空の叫びの後を継いだ。
「こんな辛いときに、どうにかできるわけない!」
「ならなんで邪魔なんてするの!」
ヒヒイロカネは周囲の花弁を動かして、四肢の駆動を押さえつける。肘だけの腕で大砲を組み上げ、接続部にもう一度、ゼロ距離からの砲撃を狙っていた。
「星斗くんを生き返らせることができる、って! それだけが、私の希望なのに!」
玲花がキッとその砲口を睨みつけて言い返す。
「そんなの希望って言わない! 未練って言うんだ!」
「未練でも、なんでもいい! もうその言葉しかないの!」
「振り返って泣くな!」
美空が吼えた。
その瞬間、二機の結合が解かれ、それぞれを押さえつけていた花弁の力によって離れていく。解き放たれた砲弾は、虚空を貫いて見当違いの闇に消えていった。
虚を突かれたヒヒイロカネの顔面に向けて、スタンドアロンに変形したガイダロスが、ヒヒイロカネの大砲に比べると拳銃のような砲を作り出して、顎を撃ち抜く。ゼロ距離の衝撃が人型を仰け反らせた。
「流した涙は昨日に捨てろ! 今日は笑って前を向け! 女の子は、笑顔が一番可愛くて! 可愛くなるために、産まれてくるんだから!」
アイギスはレーザーブレードのアームと電磁石で、ヒヒイロカネの動きを縛り付ける。分離して格段に出力の落ちたレーザーブレードを、ヒヒイロカネの腹に、宇宙ステーションとの結合部に突き立てた。
「だから、どうにもできないときのために、どうしても笑えないときのために、私たちが、友達が、待ってるんでしょうがぁあああっ!」
急ごしらえの蒸着は、その傷と、衝撃の蓄積によるねじれのモーメントが負荷になり、めきめきと剥がされていく。
「うあああぁっ!」
詩緒奈の悲鳴にも、美空は容赦をしなかった。アイギス後部のデッキから、アテナが解き放たれる。推進剤を焼き尽くしながら飛び出したアテナは変形を完了させ、その両手の剣を人型の胸に突き刺した。ガイダロスから飛び出したヘスティアも、ヒヒイロカネの背に取り付く。
アテナとヘスティアが同時に光を噴き上げて、人型を、追加外装をまとったアルテミスを引き剥がし、破壊を加速させていく。
「詩緒奈っ!」
「詩緒奈ぁ!」
「ああ、あああああぁっ!」
錯乱したような悲鳴をあげて、詩緒奈が力場を闇雲に作り出す。たったそれだけの力で、ヒヒイロカネは二つに裂けて、アマツマラはゆっくりと詩緒奈から離れて行った。
双剣が大きく切り裂いたヒヒイロカネの胸が割れて、詩緒奈が浮き上がるように出てくる。搭乗者を失ってなおもがくヒヒイロカネを押さえつけさせながら、美空は迷わずキャノピーを開けた。きゅぼ、と空気が爪を立てるような音に引きずられて美空は外に高速で放り出される。キャノピーの端をつかんで、勢いと方向を抑えて詩緒奈に飛びついた。
「ああぁああっ! やだ、いやだあっ!」
容赦なく肘打ちと力場を荒れ狂わせる詩緒奈に、美空は引き剥がされかかる。その背中を支え、さらに上から包むように玲花が詩緒奈を押さえ込んだ。二人掛かりで、コントロールギアをまとう詩緒奈の抵抗を封殺する。
「あ、あぁああっ……やだぁ、星斗くんがいないなんて、さびしいよっ……悲しいよぉ……!」
詩緒奈の叫びは、嗚咽に変わっていた。美空と玲花は、そんな詩緒奈を優しく抱きしめる。三人で抱き合ったまま、ゆっくりと宇宙を巡るように、漂っていた。
美空は詩緒奈の頭を守って、寄り添うように、言葉を送る。
「……悲しいよ。そりゃ悲しいもん、悲しんでいいの。たっくさん悲しんで、星斗くんをちゃんと悼んであげて。それで笑顔を送ってあげよう? いっちばん可愛い、詩緒奈の笑顔をさ」
浮いていく三人の下でアテナとヘスティアも、傷だらけのアルテミスを抱きすくめている。まるで戦友を守るように。あるいは、誇るように。
宇宙が黒く焼けていく。
顔を上げた美空の前に、宇宙に浮かぶ地球の稜線が見えた。真っ白で真っ青な地球の大気に包まれて、太陽が昇っている。
その美しい光の稜線は、涙のように澄み切って、夜の闇を切り落としていく。
宇宙の夜明けだ。




