表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第一章 はじまりは空から
3/32

第三話:急転直下

 瓦礫が美空のうえに落ちていく。

 稼動するミキサーを早回しで眺めるように、瓦礫が破裂する。土埃を巻き上げ、街並みを霞ませた。

 突然、美空の左腕が引きつるように震える。自分の意思にそぐわぬ無理な筋肉の収縮。

 激しい痛みに顔をしかめ、女の子を落としかけて、慌てて痺れた左腕で女の子を支えなおす。そこで美空は気づいた。

 自分の体が、瓦礫から守られている。

 というよりむしろ、磁極が反発するように、瓦礫が美空を避けていた。埃さえも周囲にない。

 ぴったり半径一メートルを置いて、瓦礫がうずたかく積み上げられている。

 それらを見回して、美空は、険しい形相でうめく。


「なんぞこれ……」


 左腕の震えは収まっていた。

 尾を引く痛みを透かして眺めるように、美空は左腕を眺める。

 そこにあったはずのブレスレットが、赤いラインの装飾が入った腕輪になって、あつらえたように嵌まっている。グローブまではめられていた。

 いや、そもそも衣服すべてが、見たこともないものに変化している。手首、肘、胸元、耳元、腰、膝からの足……要所を隠す軽鎧のように、金属質のフレームで覆われている。赤いラインの入った、腕輪と同じデザインだ。


「なんぞ、これ……」


 美空はもう一度つぶやいた。

 女の子はすでに気を失っている。しっかりと支え、恐る恐る瓦礫を登って逃げる。足元の瓦礫が崩れる、ということはなかった。バランスを保ちながら、なんとか乗り越える。

 途端に吹き込んできた埃に喉を擦られ、咳き込んだ。口元を押さえて顔を上げる。

 美空の周囲は、一瞬で様変わりしていた。

 瓦礫で背後のガードレールがなぎ倒されている。道の先で、パニックからはぐれた人や怪我人を介抱していた警官が、呆気に取られた顔で美空を見ていた。何が起こったのか、分かっている人はいない。

 美空の顔が怪訝に歪む。振り返って、信じられないものを目にした。

 無人になった歩道を駆け抜けて、車、いや二輪のバイクが美空のいる瓦礫の山に突っ込んでくる。細い車、と呼ぶほうが分かりやすいようなフレームを有する超大型バイクは、前輪を持ち上げてウィリー走行になり、急減速しながら瓦礫に突っ込んだ。ぐしゃり、と前輪を瓦礫に乗せ、傾いた状態で停車する。

 美空は体を引いて、逃げることもできず、ただそのバイクを見つめていた。操縦席は風防というより、戦闘機のキャノピーのようなガラスで覆われている。

 座っているのは、美空と同じくらいの少女だった。

 苦もなく大型バイクを操っている彼女は、今の美空と同じような軽鎧に身を包んでいる。美空は彼女を見て、耳当てが羽のように後ろに飛び出す形状だと初めて気づいた。ただ、鎧に入っているラインは水色だ。

 少女は、冷然と美空に目を向けた。


「大丈夫?」

「え、あ、はい」


 しどろもどろになった美空にうなずき、ふと腕の中にいる女の子に目を向ける。やはり気を失っているが、幸い怪我をした様子もなく、眠るように目を閉じている。

 バイクの少女は表情を微塵も動かさないまま、スロットルをぐいと捻った。モータが高速で空回りするような音を立てる。


「え?」


 美空は笑顔が引きつった。

 鳥が求愛行動で羽を広げるかのように、左右のフレームがばかりと広がった。その先端が指先を開き、巨大なエンジンを操縦席の下に収めるように背中を伸ばし、タイヤの両足を揃えて立ち上がる。


「えええぇぇ?」


 人型ロボットに乗る少女は、凪いだ湖面よりも落ち着いた表情のまま、機械の両手を伸ばして女の子をそっと受け取る。呆気に取られている美空が気づいたときには、気絶したままの女の子は、ロボットの手に委ねられていた。

 ロボットは巨大さと異様なバランス感覚で、瓦礫を二歩で下りる。

 赤子を扱うような優しく慎重な手つきで、女の子を抱え、卒倒しかけている警官の前までタイヤの両足でスケートのように走って行った。膝を曲げ、彼にその女の子を託した。

 警官の手にある女の子を確認した少女は、ロボットを折り畳んでバイクに変形させる。

 少女は瓦礫の前まで戻ってきて、バイクのなかから美空を見上げる。相変わらず表情に揺らぎはないが、その瞳は安堵するように緩んでいた。

 彼女はハンドルから手を離し、自分の胸元を人差し指で触れる。


雛菊(ひなぎく)玲花(れいか)

「うぇ?」


 返事ではない声にうなずいて、少女……玲花はハンドルに手をかける。美空を見上げたまま、言葉を続けた。


「手伝って」

「はい?」


 ウウォンとエンジンの気筒が吼える。そのままバイクは急発進した。

 空では未だに雷鳴が響いている。

 バイクは建物の壁に向かって一気に速度を増していく。再び前輪を浮かせ、さらに速度を増した。

 かくん、と顎を上げるように、バイクの先端が分かれる。

 前輪から壁に突っ込んだバイクは、壁を走り、垂直になったとたんに両足を広げて、高々と跳躍する。壁飛び。


「うわあお」


 その高さで、バイクは再び飛来した光の破片を受け止めた。空中で衝突した破片は砕け散り、大気が震える。光の破片は易々とビルを砕いたにもかかわらず、反動で宙返りしたバイクは無傷だった。故障どころか、塗装ひとつ削れていない。

 美空は飛来した破片をたどるように視線を上げ、顔を凍らせた。警官に叫ぶ。


「逃げて!」


 雷鳴が響く。

 遠くの人型が、くるくると回りながら墜落して、降ってくる。

 警官は泡を食って、女の子を庇ったまま避難していく。それを背に確認し、美空は瓦礫から飛び降りた。口を引き結んで顔を上げる。あるはずのないものの姿をそこに見る。

 濁った緑の甲殻らしきものに覆われたそれは、空中で受身を取るように弾み、ビルに四肢をつけて着地した。三メートル近い巨体とは思えないほど機敏で身軽だ。重量もあるらしい。衝撃で天井ごと剥がれて、ひっくり返る。甲殻巨人はふわりと浮かび、放された天井が墜落した。

 きゅるり、とタイヤにグリップを効かせ、変形したバイクロボットが美空の前に立つ。


「気をつけて。あれが敵」

「敵?」


 甲殻に覆われた顔が、訝しげに美空を覗き込む。海老や蟹のようでありながら、平面な人面のようでもあった。腕にはザリガニだか蟹だかのハサミに似たものが、手甲のように巻きついている。その黒真珠のような双眸が、じろりと美空を写しこんでいた。その人間離れした眼差しに見入られて、美空は悪寒に背を震わせた。

 その異形の巨人はひらりと手のひらをもたげる。その手の内に、バレーボール大の輝く光の弾がにじみ出た。


「えっ、あれ」

「逃げて」


 玲花のロボットが両手を構えてファイティングポーズを取る。ロボットの両腕からも光があふれていく。

 先ほどの、はるか遠くで殴り合っていた鎧と同じような、腕の光。

 ハサミ怪人は無造作に光の弾を投げつけ、ロボットが受け止める。その衝撃だけで空気が震え、アスファルトが割れていく。雷鳴のような轟音が世界を打った。

 腕で顔を覆いながら、美空はようやくすべてを悟る。


「つまり」


 声に反応して、光の弾を打ち消したロボットが肩越しに美空をうかがう。風防越しに玲花の表情が薄い横顔があり、その向こうに浮かぶハサミ怪人が見えている。


「いままでの、全部」


 ふう、と息をついて、拳を握る。


「あいつのせいか」


 美空は険しく目を細めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ