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デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第三章 夜闇の景色に
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第二十六話:不撓不屈

 一通り、公園を巡って写真を撮り終えた二人は、ひと段落つけてバイクに戻った。

 バイクのシート下にくくりつけたバックにカメラをしまう玲花に、美空が気恥ずかしそうな笑顔を向けている。フルフェイスのヘルメットを両手で持って、視線を外す。

「なんか、ごめんね。甘えちゃって」

「気にしないで。私でよければ、いつでも胸貸すから」

「も、もういいよ」

「遠慮しないで。さて、じゃあ、次はどこ行こうか」

 ヘルメットを三秒で締めながら玲花はバイクにまたがる。答えようとした美空のポケットが、少し古いCMで使われたナンバーを垂れ流して鳴動した。

「あ、ごめん。待ってて、電話」

 ヘルメットの顎を引く玲花に目礼を返して、美空は携帯を見る。詩緒奈の自宅からだった。首を傾げながら通話をつなぐと、電話の主はすぐに声を吹き込んできた。

「あ、美空ちゃん? あの、ごめん、その、今平気かな」

「おばさん。どうしたんですか?」

 詩緒奈の母親だ。不安そうな口ぶりが、美空の普段通りの声にやや和らぐ。

「ちょっと聞きたいことが……でも、美空ちゃんは関係ない、ってことよね。あ、ごめんね。実は、詩緒奈が一昨日から帰ってないの」

「詩緒奈が? え、一昨日から!?」

 美空は自分が大きい声を出していたことに気づいて、謝った。一昨日というのも、美空の事情から連絡を差し控えていただけで、今判明したわけではない。受話器を耳から離したらしい詩緒奈の母は、苦笑を含みながら一瞬だけ遠い声で答える。

「そうなの。本当は、すぐにでも心当たりを聞きたかったんだけど……私のほうは、理由も場所も、なんにも心当たりがなくて。美空ちゃんは、なにか心当たり、ない?」

 授業の予習復習を欠かさない真面目一辺倒な才女であるところの詩緒奈が、家出なんて、と思った美空だが、だからこそ無理もない、と思い直した。今は、事情が違う。

 星斗が死んだのだ。真面目な詩緒奈だからこそ、割り切れなくとも不思議ではない。

「……理由は、なんとなく。でもどこにいるかまでは」

「そう。美空ちゃんでも知らないとなると、弱ったなあ……」

 詩緒奈の母は、相当参っているようだった。声に疲れがにじみ出ている。

 美空はそれをもどかしく感じた。詩緒奈の母は控えめで優しい人だが、そのために詩緒奈との距離感を計りかねているようなところがあった。踏み込めないのだ。

「あの、そっちに行ってもいいですか? 部屋とか見れば、なにか分かるかもしれないし」

「……ごめん、お願いしてもいいかな」

 わずかに気力が戻ったように、詩緒奈の母は同意した。家族よりも、何度も部屋に招かれている美空のほうが、彼女の部屋を知っている。少なくとも詩緒奈の母はそう思っていた。

「じゃあ、今から向かいます」

 通話を切って、玲花を振り返った。

 玲花はすでにバイクのエンジンを始動させて、美空を待っている。

「聞こえた。乗って」

「ごめん、よろしく」

 ミラーバイザーに答えを返して、美空はフルフェイスヘルメットをかぶり、ベルトを締めながらバイクにまたがる。バイクのドアを下ろし、スタンドを上げて、美空が玲花につかまるタイミングを計ったように発進していく。

 裏道などを活用して、すいすいとバイクは戻って行く。その数十分さえ、美空は焦れた。

 詩緒奈は気弱だ。小学生のころは、ちょっとした虐めにもあっていた。そんな詩緒奈が恋人を失って、平静でいられるはずがないことは分かっていた。励ましに行くべきところを、美空は悲しみに折り合いをつけるだけで精一杯で、それを考えつきもしなかった。

 どうしようもないことを、美空は情けなく思い、歯噛みする。しかし迷わず悩まず、次善のできることに思考を移していく。とはいえ、まず状況を見ないことには始まらない。

 詩緒奈の家は、美空と最寄駅を同じくするが、方面が違っている。住宅街のなかにあるレンガ風の一軒家だ。シャッターの下りているガレージの前にバイクを止めて、美空と玲花は急いで詩緒奈の部屋に案内してもらった。

「お昼過ぎくらいにね。外の空気を吸いに行くって散歩に行って、それから戻らなかったの。塞ぎ込んでたから、家にジッとしてるよりはって思ったんだけど……まさか、そんな」

 案内する廊下で、詩緒奈の母はそういって目元を手で隠した。心配の疲れが顔に出ている。

 詩緒奈の部屋は、扉を開けた第一印象から可愛らしい。まるで台所までお菓子を取りに席を外しているだけであるかのように、柔らかい空気が残っていた。

 オレンジとアプリコットの色が交互に入るカーテンや、マリーゴールドのカバーに覆われたベッド。ライムイエローの壁紙、キャラメル色のカーペット、オークのような色合いでシックなデザインの机といった調子で、高級感をふんわりとまとめている。

 そんな部屋の中は、不自然だった。少し調べるだけで、詩緒奈が普段気に入って使っている鞄も、制服も私服もアウターも、すべてクローゼットに残されたままだ。

 おかしい、と美空は直感した。外泊どころか、ちょっとした外出の気配さえない。本当に外の空気を吸いにいく、ちょっとした散歩程度でも、ここまで軽装だろうか。

「美空、これ」

 玲花が目ざとく見つけ出して、美空に示した。

 それは黄色にコーティングされたダブルループチェーンのブレスレットと、中身がありったけ残ったままの財布だ。

「普通、外出のときくらい、持っていくよね」

「ブレスレットを持っていかないのは、変」

 美空は財布に、玲花はブレスレットにそれぞれ言及していたが、どちらにせよ、奇異さにさほどの違いはない。美空は導き出される推論に青ざめる。

「これ、もしかして、なにか事件に巻き込まれたんじゃ……」

「想像で縁起悪いことを言っちゃダメ」

 たしなめる玲花の目にも、不安の色が交えられている。

 もう少し捜索したが、居所の手がかりになりそうなものは何も見つけられない。いないほうがおかしいと思えるほどに、詩緒奈の部屋はいつも通りだった。

 漁るだけ漁って収穫はなく、力になれなかったことを二人は詩緒奈の母に謝罪をする。しかしすでに参っている彼女は気にした様子もなく、むしろ訪ねた二人を労った。

 お茶とお菓子の勧めを断って、二人は詩緒奈の家を出る。玄関ポーチを開けながら、美空は心配そうに表情を曇らせてつぶやく。

「ホント、詩緒奈どうしたんだろう」

「何もしてないよ。ちょっと準備してただけ」

 声をかけられて、美空は顔を上げた。

「お葬式終わるまでは待ってようと思ったのに、二人とも朝からどこか行っちゃうんだもん。やっと捕まえられたよ」

 歩道に黒いジャケットに黒いデニムを履いている詩緒奈が、困ったように微笑んでいる。


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