第十二話:炊金饌玉
がちゃがちゃと鍋をかき混ぜていると、玄関がバガリと鈍い音を立てて開いた。
「たーだいま」
「お帰りー」
疲れた顔で首を傾けて歩いてくる母親に、笑顔を向けて言葉を返す。美晴は嬉しそうな笑みを浮かべて、上着を脱ぎながら美空の手元を覗き込んだ。
「お、なんだ肉じゃがか? 珍しーじゃん」
「今日はお腹が空いちゃって。どっしり食べられそうなものにした」
「ほー。いいねぇ、たっぷり作ったな。明日も味が染みたのを食べるわけだ。あ、じゃがいも冷蔵庫のやつ使ったか?」
「うん。なんかデカいなーって思ってたけど、なんか煮崩れちゃった」
鍋の中を覗き込んで、美空は顔をしかめる。ニンジンやインゲンに混じって、砕けて潰れたようなジャガイモの破片が鍋中に散らばっている。
スーツを着替えながら、美晴は声を上げて笑った。
「はは。いいんだよ、じゃがいもはちょっと煮崩れたくらいがうまいんだ」
「ちょっとじゃないかも……。もうぐずぐず」
「あー……ま、いいさ。味が変わるわけじゃない」
あまり味に頓着しないタイプの美晴はあっさりと笑顔で返す。そうまで言われてしまうと、美空も別にいいか、という気になって、小失敗が失敗ですらないように思われてくる。
煮物とストーブで、部屋はだいぶ暖かくなっていた。
器に盛って、ダイニングに配膳する。醤油ベースの甘い出汁の匂いが部屋中に広がっていく。ラフなスウェットに着替えた美晴が、嬉々として椅子を引きながら笑みをほころばせた。
「おっほ、うまそー。急に腹減ってきた」
美空もタッパーの漬物と箸を手渡しながら席に着く。茶碗のご飯は山盛りだ。慣れない運動のせいで、ずいぶんお腹が減っていた。
美空の茶碗を見た美晴は、にまりと笑ってうなずく。
「いいねぇ。たんと食べてたんと動きな。そのほうが絶対美人になるから」
「あはは、そうだね。いただきまーす」
ダイエット反対派の母と、体重を気にしないが間食を滅多にしない娘だった。
食欲旺盛な箸さばきを見て、美晴は首を傾げる。
「なー、美空。あんた、なんかイイことあった?」
「……んぇ? な、なんで?」
「んーなんとなく。何かあったんだな」
したり顔の美晴を見て、美空は己の失策を悟った。
まさか変身して変形ロボットに乗って怪人と戦いました、などと言えるはずもない。しどろもどろに箸を振りながら頭をめぐらせる。
「いや別にえーと。今日は詩緒奈と買い物に行っただけだし」
「べっつに、無理に聞きだしゃあしないよ。小学生じゃあるまいし。よかったな」
自分のことのように嬉しそうに微笑んで、美晴は祝言を送った。
言葉を失う。
美空は何も言っていない。いいことがあった、というのも美晴が勝手に言っただけだ。それなのに純粋に喜んで、認めて、ましてそれが正鵠を射ている。
ため息をついた。本当に母親には敵わない。
「……うん。ありがとう」
お礼の言葉にうなずいて、美晴は小さな欠けらになったじゃがいもを口に運ぶ。また、幸せそのもののような満面の笑顔を浮かべた。
美空も箸で白米をつまみながら、語れる範囲の、極めて感覚的な話を口にする。
「なんかね。うまく言えないんだけど、こう……やるべきことが見つかった、って感じ。またなにか、変なことに首突っ込んだだけかもだけど」
自分で言っておいて、変なことを言っているな、と首を傾げた。
そんな美空ごと肯定するように、美晴は笑う。
「へぇ、いいことじゃん。頑張れよ。なんかあったら、ちゃんと言うこと。フォローするから」
「ん、分かってる。……テレビつけよっか」
なんだか気恥ずかしくなって、美空はテレビの電源を入れた。ぶんと音を立てて、古い小さな液晶テレビから音が流れる。
「……スペースデブリの落下事故が発生しました。大気圏で燃え尽きずに地上に到達したデブリは、繁華街のビルに衝突し、屋上部分を半壊、崩落させ、道路に瓦礫が落下しました。事故前後の混乱によって、およそ三十人が軽傷、二人が骨を折るなどの重傷を負ったとのことです」
食べかけていた箸の動きを止めて、美空はテレビ画面を見る。
今日のことが、早速ニュースに流れていた。美空が巻き込まれた瓦礫の崩落場所にフェンスが張られ、撤去作業に取り掛かっている重機が映されている。
「ここって、今日美空が遊びに行ったとこの近くじゃん。大丈夫だったのか?」
「え、あ、う、うん。別方向、だったから」
「そりゃ、間一髪、ってとこだな。怖ぇなあ、デブリなんてここ数年めっきりなかったのに」
「うん……珍しいよね」
美空はテレビに目を向けて、顔を逸らした。引き続き事件現場の状況をレポートする映像に切り替わるニュースの声を聞きながら、ご飯に挑みかかる。肉。豚肉はうまく柔らかい仕上がりになって、ちゃんと味が染みこんでいる。
次が、いつ来るか分からない。
しっかりと体力をつけて、万全の準備を整えておかねばならなかった。
美空の食べっぷりに目を細める美晴を見て、思う。
守るために戦う。なんらおかしいことはない。むしろ、誇るべきことなのだ。




