第十話:赤手空刃
美空は足踏桿を蹴り込み、操縦桿をねじり回す。
広げた足の偏向ノズルから推力を噴き上げ、つかんだ腕ごとひねった。機体を側転させ、同時に体を翻す。呆気に取られる竜人を振り回し、背後に放り投げながら、吼えた。
「うっしゃぁああ――ッ!」
ひねり回転を加えられた竜人は、ぐるぐると風に煽られる葉のように落ちていく。体勢を整えようとするも、空間感覚が失調しているらしく、頓珍漢な方向にすっ飛んでいく。
その中心を閃光の狙撃が撃ち抜いた。
「美空、バカッ! 無茶しないで!」
「ゴメン。なんか、タイミングがちょうどよくって」
詩緒奈の叱責に、美空は素直にこうべを垂れる。
改めて変形した自分の機体を、キャノピーから見回した。
直立するには足元は少し狭い。シートに体を預けて、微妙に膝を曲げて腰の引けたような体勢を保たなければならない。ベルトが体を吊り上げているぶん楽なのは確かだが、世にも情けない戦闘態勢であることも間違いなかった。
キャノピーの下部は上面と同じく透過性で、機首からせり出しているのではなく、独立した搭乗席を機体で包んでいたような状態だったらしい。キャノピーがせり出して傾いでいるため、人型と呼ぶならば首を前に出して肩をすくめたような外見と言える。これまた不恰好だ。
体勢を整えたらしい竜人と、同じくまた飛んできたらしい鎧武者が、剣尖を向け合って牽制しあいながら間合いを計っている。
しかし、星斗の安心したような声が美空のコックピットに届けられた。
「すごい、初めて乗ったのに、そんなに乗りこなせるなんて」
「いや正直、星斗くんみたいな格闘なんて、出来る気がしないんだけど」
援護できる位置につこうとして、うまい姿勢を取るのに苦労する。
両足から推力を出しているため、今の戦闘機アテナは玉乗りをしているに近い。うかつに無理な姿勢を取ってしまうと、たちまちあらぬほうへ吹っ飛んでしまう。バランスが悪いので、回転するだけならば楽だが、それ以外の姿勢となると急に難しくなった。
「ほんと、大したものだよ。度胸も、技量も」
竜人もまた油断なく剣を構えながら、感嘆をにじませた声を放る。
「ねえ、”赤のアテナ”……君は、自分が何のために力を与えられたのか、きちんと分かっているのかい? その力を言い訳に、どういう状況に自分が放り込まれているのか、分かって、そのうえで君はそこにいるのかい?」
その言葉は、奇妙に重く乾いた響きを持って、コックピットに反響した。詩緒奈と星斗が同時に口を挟もうとして、言葉に迷っている気配が、息遣いで伝わる。
美空は怪訝な顔をして、竜人の姿を見下ろした。
警戒する竜人は、しかし同時に、今は攻撃の手を完全に休めている。それが、どれほど深い意味を持った問いかけなのか、美空には分からなかった。
事情が分からないのは、間違いなく事実だろう。
しかし、竜人にとって大切な問いかけであろうことは、伝わった。
「……よくわっかんない、なっがい説明受けて、それでも理解できてるわけじゃないけどさ」
ぬくもりの伝わらない操縦桿の、しとりとした金属の手触りを確かめる。
はるか眼下、今はなんとなくしか見えない港の景色を眺めた。まだ瓦礫がありありと残っているはずだが、この距離からでは昨日までの街との違いなど、何も見えない。
自然に生み出されたような鎧をまとう、黒い竜人を見下ろした。
「私はただ街を、みんなを守るって。そう決めたから、戦う」
竜人はその返事を受けて、首を上げて、美空を見た。
「はぁ?」
間の抜けた声を張り上げる。まるで、たった今教えたことを質問されたような、苛立ちさえにじませた不審と驚愕の声だ。そんな反応を返されることが意外で、美空は目を丸くした。
竜人は怒りも露に肩を震わせ、声を荒げる。
「守るために戦うだって?」
「……そうだけど。何か文句でもあんの」
「くだらない。ああ、まったくビックリするほどくだらない! 何から何を守ってるつもりだ? そのゲームに自分が何をベットしてるのか、君は分かってるのか?」
「な、なんであんたが怒るのよ。ゲームってあんた」
「もういい。これ以上、君たちがどれほど腐り果てているのかなんて、知りたくもない」
「はあっ?」
ほとんど一方的に話を切り上げて、竜人は剣を構えた。星斗が応じるように刀を構える。
竜人が体を傾け、花火が咲いた。狙撃を剣で打ち払っている。
その隙を狙って星斗が刀を突き出す。しかし、その刺突に剣を合わせて、寝返りを打つような格好で、竜人は鎧武者の肩を蹴り飛ばした。反動で高く飛び上がる。体を翻して、真っ直ぐに美空に向かってくる。
「くっ!」
美空は操縦桿を引いて、足踏桿を前に蹴りだす。アテナは足を前に突き出し、滑り落ちるように距離を取った。浮き上がるような感覚に、こめかみがドクドクと血流にきしむ。
キャノピーの眼前に迫った竜人の刃が、紫電に閃いている。
美空に標的を定めたらしい。追撃の構えを見せていた。
アテナを操作し、両足を伸ばして退避するついでに、両手を下ろして背負った機首を戻す。速度を優先して、戦闘機形態に再変形した。右斜めに傾かせ、大きな旋回軌道を描きながらアテナは竜人から逃げる。平衡感覚が失調し、水平線が勝手に傾いているとさえ見えた。
「武器、なんか武器ないの!?」
再び狭くなった視野を見回しても、ミサイルだの機銃だの、武器らしい武器のスイッチなどは見当たらない。もしかしてこの機体も徒手空拳なのか、とぞっとする。美空はあの光らしきものを操ることができない。
「逃げて!」
星斗の声が響き、とっさに斜め下に落ちるようにバレルロール、続けてブレイクする。白く霞む空と黒くにごる海が、真っ白な水平線を境に行き来する。空気が冷たい。
青ざめる美空の耳に、玲花の声が滑り込んできた。
「双剣がある!」
「双剣? どれっ?」
「下の小さいトリガー! 影になってる!」
「影、影って」
美空はつぶやきながら、体をねじって先に背後を確認し、竜人の影が見えて顔をしかめる。その姿勢で、操縦桿のトリガーを誤って引いてしまう。指が痺れるように震え、戦闘機は何の反応を見せない。美空は笑った。
「こいつか!」
不安定な前進翼機が高速でロールし、腹を見せるように横転を止める。戦闘機アテナは、伸びをするかのように一気に変形した。広がった視界のちょうど中心に、剣を振りかぶる竜人の姿が見える。美空はセカンダリトリガーを引いて、操縦桿を倒す。
ばさりとマントを翻すような動きで、前進翼が両腕にそれぞれ盾のように被さる。すらりと伸びる前進翼が、ナイフのように手の位置で突き立っている。
急減速で顎と髪が後ろに吹っ飛ぶような感覚を、歯を食いしばって耐えて、美空は笑う。
「しゃっきぃーん!」
「なにっ!?」
背部推進器が青白い炎を噴き上げる。
足と背で三点加速したアテナは、竜人の剣を正面から受け止めた。いや、滑っているかもしれない。前も後ろもない高空戦域において、体勢は問題ではなかった。
必要なのは、重心と速度。そしてGに振り回されない冷静さと気合だ。
「うおっしゃああ!」
美空は片足の推力を絞った。押し合いと三点推力で保たれた平衡が簡単に崩れ、竜人の剣を受け流す。即座に推力を復帰させ背後を取った。
「よし!」
「舐めるな、素人がッ!」
振り上げた翼を突き立てるより先に、竜人が振り返りざまに打ち上げた肘鉄を、キャノピーの鼻先に叩き込まれる。背後を取るために振り返ったモーメントが残るアテナに、まったく逆方向の衝撃と加速が、カウンター気味に直撃する。
美空はコックピット内で吹き飛ばされ、コントロールギアの力場に全身を押さえつけられた。
空を仰ぎ見たまま、もんどりうってアテナは手足を弛緩させたまま落ちていく。
「美空っ!」
「美空ぁ!」
「美空さん!」
玲花と詩緒奈と星斗の悲鳴が、渦巻く視界の中を跳ね回った。




