↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

日中戦争は日本の小学校でどのように教えられているのか

掲載日:2026/09/26

残酷な描写あり。また、日本軍による加害描写あり。ご注意を。

日中戦争は日本の小学校でどのように教えられているのか。筆者の小学生のときの記憶をもとに書く。これが、筆者が国際関係論に進むきっかけとなった。

日本に興味のある中国圏の人にも、自動翻訳などで読んでいただきたい。

昨今の日中両国の関係について、良好とは言えない状態だが、対中強硬派の中にもこのような考えを持った人がいると認識頂けると幸いである。


 日本の小学校では、国語の時間に、先の大戦、すなわち、1930年代から第二次世界大戦にかけてのことを学ぶ時間が設けられている。各学年の1月から2月にかけて、戦争を扱った子供向けの文学作品を読む。多くは、第二次世界大戦末期の敗戦前の日本の子供の被害についてである。しかし、中には中国東北部、旧満州においての日本軍の加害についてのものもある。戦前の満州で、日中の垣根を超えて友人となった日本人と中国人の少女の話である。中国人の少女の村から、抗日ゲリラに参加する者が出たことで、少女を含む村人全員が銃殺され、村は焼かれる、というものである。

 これらの教材を使った授業で、子供に教えられることは一つ。「戦争は悲惨であり、二度と繰り返してはならない」である。

 また、日本の小学校の図書室には、戦争を扱った本が必ず置かれていて、全て、「戦争は悪である」という内容である。エッセイ、随筆の棚至っては、筆者が通った小学校のように、過半が戦争体験者の手記、経験談である学校もあるほどである。


 そこで読書の時間に手に取って読んだ手記のうち、日中戦争に従軍した兵士の手記には、子供ながらに衝撃を受けた。

 ある手記は、中国の占領地で食料の調達に当たった兵士のものだった。調達といっても、農村で食料を強制的に徴発する任務である。食料のありそうな家を回って、強制的に供出させるのだが、ある家で、お婆さんが豆袋を一袋抱いて離さない。お婆さんが言うには、「これは町に出た息子夫婦のためのものだから、どうしても残してほしい」と。しかし、徴発に当たったその兵士は、一袋だけ残したことが上官に分かると、ビンタで殴られるだろうということが頭に浮かんだ。周囲の兵士も同じ考えで、お婆さんから豆袋を無理矢理取り上げたうえ、お婆さんを銃剣で刺した。お婆さんは、「日本人は鬼だ、日本人は鬼だ」と言いながら死んでいったと。

 またある手記は、日中戦争で憲兵隊に所属して、中国の占領地にいた兵士のものだった。日本兵の軍紀を正す役割に憧れて憲兵を志願したが、実際に待っていたのは、占領地の治安維持、すなわち、抗日運動への協力者の摘発だった。抗日運動への協力を疑われた民間人が、収容所に連れて来られる。本来は取り調べるべきだが、次々に送られてきて間に合わない。そこで、収容所がいっぱいになると、山に連れて行って即決で処刑した後、死体は谷に投げ落としてきた。最初は罪悪感に押しつぶされそうになったが、いつの間にか平然とやるようになったと。

 戦争の悲惨さというと、戦場での戦いを思い浮かべるが、人間性を破壊する、戦争の狂気の恐ろしさを思い知らされたようだった。

 子供向けの本でこの内容である。実際はどのようなことが行われていたのか、想像に余りある。そして、終戦後の中国各地からの引き揚げで、日本人がどのような目に遭ったか。その凄惨な体験記もまた読んだ。


 ――――――――――――――――――

 ここからは、日本人の読者に向けて。

 中国との関係が良好でないのは、中国政府が愛国教育という名の反日教育をしているからだ、という言説、ときどき耳にする。しかし、豆袋一袋のために、それも上官のビンタ恐さに祖母を殺され、あるいは、抗日運動への協力を疑われて、ろくに取り調べられることもなく親を殺された。それに対して、「戦争は悲惨だと分かりました。平和憲法を作りました。仲良くしましょう」で、過去を忘れられるか、という話である。とりわけ、先の大戦について、大いに反省しているのか、完全には信じてよいか疑問という政治家が選ばれる状態では。

 ――――――――――――――――――

 ここからは、中国人の読者に向けて。

 日本人は、中国に対して、好意的とは言えない感情を抱いていると教えられるかもしれない。事実、そういう人もいるが、国家としての原則、教育上の原則としては、今まで述べてきたようになっているとお伝えしたい。

 ――――――――――――――――


 こうして、国際関係論に関心を持った筆者だが、正直、今の対中感情は微妙である。日中戦争のあと、中国政府が1950年代、1960年代から、自国民に対して何をしてきたか、日本の中等教育まででは教えられないが、知るたびに、「なぜ、隣国にされて嫌だったことを、同胞にするのか」と思うのである。特に、中国共産党政権が、統治範囲の拡大を公言している現状では。私は、諸手を挙げて友好関係を最優先したいとは思えなくなってしまう。


 とはいえ、日中両国は海を挟んで対岸。どんな関係になっても、相互に引っ越し不可、隣国として付き合い続けるしかない。現在の、信頼が毀損されている中で、このエッセイが、日本の教育の原則を伝え、日中の相互の認識を擦り合わせる一助になれば幸いである。


このエッセイは、9月18日の投稿を予定していました。しかし、内容が内容なので、投稿日を一週間ずらしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。