黒薔薇の舞う戦場
あれから私は。
「とりあえず実戦を見てみる? 見た方がわかることもあるだろうし」
そうリリアさんに言われて、私達は今戦場にいる。前はルーカス達と一緒に闇精霊と戦っていた場所。ちょうど人間が来るなんて運が良いのか悪いのか……。
「カルミア、ちゃんと見ててね? 僕の強さを教えてあげる」
「は、はい……!」
そう私に話しかけると、ルシエルさんは踵を返して人間の方に振り向いた。
「僕は闇精霊のルシエルだよ。人間さん、君の名前は?」
ルシエルさんの、冷たい微笑みが恐い。
その余裕のある態度に、人間は苛ついたみたい。
「……殺してやるっ!!」
そう言って、人間はルシエルさんに魔剣を振りかざしてきた。魔剣は闇精霊にも効く唯一の攻撃方法。避けないと殺されちゃうよ……? 私の心配をよそに、ルシエルさんは笑みを崩さず、その場から動いてもいない。
「そんな攻撃じゃ僕を殺せないよ? もっと僕を楽しませてよ」
そう言ってルシエルさんはするりと攻撃を交わして見せた。
「……うるせぇよ、悪魔」
「ん、違うよ。僕は闇精霊。その呼び方嫌いなんだよね。間違えないでくれない?」
相手を挑発しながら、ルシエルさんは軽々と攻撃を交わしていく。恐ろしいのはまだ何も攻撃していないところ。それなのに人間側はどんどん追い詰められていってる。数では圧倒的に不利なのに、ルシエルさんは楽しそう。
「ね、つまんないよ。そろそろ本気出して?」
「……舐めやがって!!!!」
……前もこういう闇精霊いたな……。本気で攻撃してもどんどん煽ってきてっ! だから悪魔って呼ばれるんですよ? その性格を見直しなさいよ。……絶対本人には言わないけど。
「んー、もういっか。お楽しみはこれからだよ」
「――あ?」
ルシエルさんがそう言ったあと、辺り一面に黒い薔薇の花が舞った。漆黒の、繊細で美しい黒薔薇。
意外だった。ルシエルさんはもっと大胆な闘い方をすると思っていたから。
……でもルシエルさんの出す黒薔薇はとても繊細で。美しいのにどこか儚げなところがある。つい見入ってしまう魅力を持っている。
***
今この空間は静寂に包まれている。人間が美しい情景に見とれているから? それは否だろう、人間には黒薔薇は見えていないのだから。
では何故か? それは、この場にいる人間にはもう戦闘能力がないからである。
「あ、ねえ、君。僕のこと殺したいんじゃないの」
「は……、……ぅえ」
人間の方は先程までの威勢がなくなり、地面に突っ伏している。それもそうだろう。彼の身体はもう上と下が繋がっていないのだから。
「逃げないから、攻撃してみれば?」
「……ふざけんなよ、悪魔が」
これから死体になるであろうたくさんの人間を前にして笑っている闇精霊は異常だ。いや、彼らの中ではそれが正常なのかもしれない。
「死ねぇぇぇ!!!!」
彼が最期の力を振り絞って振った魔剣を、闇精霊は避けない。魔剣は、闇精霊の身体に確かに刺さった。
「ははっ! 面白いね、最高。最期に楽しませてくれてありがとね」
次の瞬間、緻密で美しい薔薇の棘が人間に刺さった。もちろん、彼には棘など見えていない。ただ、急に襲ってくる訳の分からない痛みに彼は悶絶したことだろう。
「…………ああああああっ!!!!!」
彼がその後息を吹き返すことはなかった。その他大勢も例外ではないことは言うまでもない。
***
私はルシエルさんの強さを実感した。
前世でルシエルさんと闘ったらルーカスは勝てたのかな? 勝てると断言できないほど、ルシエルさんは強い。強くて、美しい。今までの闘いも、闇精霊やセフィロスにはこんな景色が見えていたなんて。知らなかった。綺麗だった。
……闘いなんだから、どっちかが死ぬことぐらいわかってた。前世でも仲間が死んだことはあるし、戦闘に行ったパーティーが二度と戻らなかったことだって何度もある。
それでも私はやるせない気持ちになった。……結局のところ、私は闘いが嫌いなんだと思う。直接ではないけど戦闘に参加している時点で綺麗事を言える立場ではないのだけど。どす黒い血の香りと、黒薔薇の甘い香りが混ざる空間の中で、私はそんな思考を巡らせていた。




