魔王討伐
アウラ・メルクーリ。私は光精霊を仕える聖女。
「行こう、アウラ」
「ええ」
私は今、騎士のルーカスたちと共に魔王のところに向かっている。
魔王――人間と敵対する魔族の主導者。この世界の秩序を壊す厄災だ。
「……ここが魔王城」
「やっとたどり着いたわ」
ここまで来るのに、どれだけの時間がかかったのだろう。どれだけの犠牲を人類は払ってきたのだろう。
魔族と人類が対立し始めたのは約200年前――そう教えられてきた。それまで魔族は森で暮らしていたが、知能をもった魔族が出てきたことで人間の村に攻撃してくるようになったんだとか。
そこからは、対立の歴史が続いている。魔族は皆、高度な魔術を使うことができる。人類の魔術は、魔族の魔術を複製したものだから、魔族に比べると歴史が浅い。それが、今まで人類が魔族に勝てなかった理由。
あとは、魔力の器の大きさ。魔族の中でも闇精霊は、大気中の魔力を使う。魔力に限度がある人間なんて敵では無い。
***
先程までの闇精霊との戦いとは違って、魔王城の中は喧騒からは程遠い雰囲気だった。
城内のルートは、セフィロスに調べてもらったから頭に入ってる。あとは魔王を倒すのみ。
魔王城は、想像していたよりも清潔に保たれていた。床の隅まで埃がない。魔王は綺麗好きなのかな?彫刻も規則正しく置かれている。蛇や吊るされた人の彫刻で、趣味は悪いんだけどね。
「メル、着いたよ」
「ん、ありがと」
私と契約している光精霊のセフィロスは私のことをメルとよぶ。光精霊は、闇精霊と違って人間に仕える。人間と言っても聖女のみだけど。
私は目の前の扉を見た。装飾が施された重厚な扉。この奥に魔王が……。冷酷で、血が流れることを厭わない魔王。
……足がすくんだ。怖い、怖くないわけがない。私は戦えない。騎士じゃなくて、ただの聖女。治癒魔法が使えて、光精霊を仕えているだけの、ふつうの人。ふつうの魔族や闇精霊と戦うのとは訳が違う。
でも、ここにいる聖女は私だけ。私がみんなを、ルーカスを守らないと。
「ルーカス、入りましょう」
「うん、まだ魔力はある?」
「……大丈夫、私はまだやれる」
私の言葉に彼は少し眉をひそめたけれど、何も言うことはなかった。ルーカスは優しい、いつも私の事まで心配してくれる。きっとさっきの戦闘で私が疲弊していないか心配してくれてるんだよね。……うん、この人になら命を預けられるよ。騎士、私の騎士様だから。
「我が魔力、ここに満ち給へ。扉よ、開かれよ!」
ルーカスが扉に手をあてて読唱すると、いとも簡単に扉は開かれた。
部屋の奥にいたのは……魔王だけ? 辺りを見回しても従者が見当たらない。それだけ魔王が強いのか、私たちが舐められているのか。どちらにしろ嫌な予感しかしない。
魔王は、部屋の奥の王座に座って、こちらを待っていた。
「よく来たな。話をしないか?」
「――っ!」
意外だった、魔王がこちらと会話をしようとすることが。もしかして強いのは部下だけで本人は弱い?それともこちらが思っているより友好的?
でも、ルーカスの反応は違った。隣の彼を見ると、警戒しているのがわかる。
「アウラ、精霊の御加護を」
「でも、……!」
ルーカスは戦う気だ。魔王と対話せずに。……でも、戦わないで済むんなら話を聞いた方が……。
「アウラ、相手は魔王だよ。不意打ちとか姑息な手段で来たら、無駄な被害が増える。被害を最小限に抑えるためだよ」
「……。うん、わかった」
ルーカスが言うなら、信じるよ。私たちならきっと魔王を倒せるよね。あなたなら倒してくれる。
「我が愛しきセフィロスよ。皆に光の御加護を与え給へ!」
光精霊の加護があると、戦闘力は格段に上がる。魔法の精度や魔力の節約はもちろんのこと、防御力や瞬発力も上がる。本人の実力以上の力を発揮することができる、それが光精霊の加護。
ルーカスが剣を魔王に向かって振りかざした。
「……余は話をしようと言ったのだが?」
魔王は蠅を払うようにルーカスの攻撃を避けた。そう、魔族は魔法を使うのに読唱がいらない。人間は、上級者であっても少なからず必要なのだが、魔族は何も言わずに発動することができる。だから、彼の防御は全て魔法によるものだ。防御どころか攻撃まで手が回っている。
「ルーカス! 今からでも話した方が……!」
「必要ない! 真っ向から臨んだ方が勝率は高いっ!!」
私の心配はつもるばかりだった。私は何も出来ない。誰かが怪我した時に治癒するだけ。光精霊は攻撃ができなくもないけれど、攻撃を行うには加護を切る必要がある。それは、得策とはいえないだろう。
「……あ」
魔王の攻撃が私の方向に――。魔法の、闇のような棘がこちらに向かってくる。
「アウラ!? 危ない――!」
「防御――っ!」
私は即座に防御魔法を展開した。
……でも、間に合わなかった。
私の展開した魔法陣は棘を避けきれなかった。
痛みが、熱が私を襲ってくる。私の心臓に突き刺さった棘が私を闇に侵食していくように。
魔王は最初に私を狙った。私が居なくなれば、騎士たちは回復できないから。そんな、合理的な決断で。
……もう無理かな。
「アウラ!?」
「ルーカス……。私は大丈夫。」
気にしないで戦って。聖女は自分の傷を治せないから。
「大丈夫なわけないだろっ!」
「私の事なんて気にしないで。……ルーカスなら大丈夫。」
「でも……っ!」
私はもうあなたを助けれない。だから……。
そう思っている間にも、痛みは消えてくれない。でも、身体が苦しむような痛さじゃない。魔力が私の心を、思考を蝕んでいくような痛さ。
……それでも私はやるべき事がある。悲しいけど、彼女を道連れにはしたくないから。
「……セフィロス、ごめんね」
「メル……? メルは悪くないよ、ボクが守れなかったからだよ」
違う、違うよ。
私は今でもセフィロスのことが大好きだよ。だから、許して――。
「……我が愛しきセフィロスよ。感謝を此処に捧ぐ。我らを結ぶ縛めよ、解け。汝は自然へと帰り給え」
身体がすっと軽くなった。さっきまで心の中にあったセフィロスの温もりが感じられない。小さい頃からあったものが無くなると不思議な気持ち。
「メル……? なんで……? ボクは、メルと一緒にいたい」
精霊は、滅多なことでは死なない。身体はあっても、それは魂をこの世に写す器でしかないのだ。だから、精霊が死ぬ時は主が死んだときと精神が壊れたとき、主に命令されたとき。魔剣を使ったら攻撃できるけど、光精霊は攻撃されないだろう。セフィロスも1000年ぐらい生きてるんだっけ?だから、私が死んでセフィロスも道連れなんてそんなことできない。
私も一緒にいたいよ。大好きだよ。
「セフィロス、ごめん……。元気でいてね」
これが、私のできる精一杯。
「アウラ……! 死ぬな……っ!」
精霊との従属魔法を解除したから気づかれちゃったかな。
「……私は大丈夫」
嘘は、つけないよね。ごめんね、でも大丈夫。
「アウラっ……!!」
「メル……!」
***
「――闇精霊、召喚」
……闇精霊?
「其方の名はカルミアだ。余の愛しき精霊よ。」
私はアウラよ。目の前にいるのは……魔王?
……魔王に攻撃されて死んだはずでは? でも、そう確かに言った。闇精霊、召喚と。
魔王の言葉を信じるなら、私は闇精霊?聖女が闇精霊になるなんて、笑えない。死ぬ前の夢だと思いたい。
でも、身体が痛くない。
そもそも、身体の“感覚”がない。
聖女の私が闇精霊になってしまったことを――
その時、ようやく理解した。




