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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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決闘

 あれから、数日が過ぎた――。


 魔族は、夜に生きる種族だ。

 帳が下りるにつれ大気中の瘴気は濃度を増し、呼応するように彼らの魔力は鋭く研ぎ澄まされていく。それはこの大陸における絶対的な自然の摂理であった。


 空が不吉な紫に染まり、地平線が太陽の名残を飲み込もうとする宵の刻。セレスの元に、一通の書状が届けられた。


 差出人は、魔狼族の若き長であり魔帝の側近――ロカ・グランファング。内容は直球な「手合わせ」の申し出だ。名目は実力確認だろう。だが、あの生真面目に見える軍人が、主君を籠絡せんとする「毒婦セレス」へ抱いた私怨が混じっているのは明白だった。


 ◇


 セレスは、メイドのイリヤに案内され、城の裏庭にある円形の遊戯場へと赴いた。見上げれば、重厚な障壁魔法が展開されている。本気の殺し合いさえ許容する場。それを《《遊戯》》と呼ぶのが、魔族の流儀らしい。


 そして、観客席。黒の衣を翻した魔帝が、肘掛け椅子にもたれてセレスを見ていた。特等席まで設けて観覧にいらっしゃるとは。どうやら、陛下は、()()()()らしい。


「剣で申し訳ないが」


 ロカが言い、腰の長剣を引き抜いた。


「魔術師相手でも、これが自分の礼儀でな」


 獣を祖とする肉体。引き締まった筋肉、地に根を張るような重心。ただ立っているだけで、周囲にいるものの呼吸を乱すような圧がある。


 対するセレスは、返却されたばかりの愛用の杖を軽く振るった。


「遠慮なくどうぞ。――どうせ、私が勝ちますから」


「良い心構えだ、魔術師!」


 風が、断ち切られた。

 ロカが地を蹴った瞬間、石畳が爆ぜるように砕けた。初撃はまっすぐにセレスの胸を狙った横薙ぎ。野性の直感と練達が同居した、回避不能の速度だ。


 だが、セレスは瞬き一つせず、杖を僅かに傾けた。


結晶花フロース・ヴィエナ


 セレスの足元に、淡い銀青の術式陣が広がる。

 瞬時に展開された防御陣が、花弁のように重なり合い、剣を受け止める。


 キィンッ……と、 澄んだ衝突音が響く。


「ッ……!」


 ロカの腕にはその衝撃が伝わったはずだ。

 その微細な反応を、セレスは見逃さない。


 第二撃。

 セレスの脇腹を狙う、獣の本能と剣技が融合した斬り返し。


返照結界ラクリマ・インヴァース


 力を殺し、流し、奪う。剣先のベクトルを書き換える。

 だが次の手を出す前に、ロカはセレスから距離を取るように後ろに跳ねた。

 その判断の速さに、セレスは内心で舌を打った。


氷鎖封呪グラシエル・レヴェナント


 鎖が空間に交差する。


「無駄だッ!」


 ロカが強行突破を選ぶことは、最初から計算に入っていた。


空間偏位エラステア・リフレクト、発動」


 杖が地を叩く。その刹那、ロカが踏みしめた地面の重心が、数ミリだけズレた。たった数ミリ。だが、音速を超える世界において、その狂いは致命的となる。


 ――今なら、とどめを刺せるはずだ。


 だが、セレスは動かない。

 ここでロカを殺してしまったら、『価値ある標本』から、『制御不能な危険物』に格下げされる。

 それだけは避けたい。


「……くそっ!」


 ロカは不格好に体勢を崩した。武人としての誇りが、侮辱に顔を歪める。


「貴様……!」


 ロカの怒りが、空気を震わせる。


「俺に、手加減しているのか!」


「手加減? 心外ですわ、ロカ様」


 セレスは視界の端で、にやにやと頬杖をつく魔帝を捉え、艶やかに綻んだ。


「私はただ、陛下の庭を汚さないよう、あなたの()()()()()を、お掃除しているだけですわ」


「女ァッ!!」


 ロカが本性を解放した。金色の瞳が闇に爛々と輝き、膨れ上がった魔力が旋風となって吹き荒れる。もはや視認不可能な、魔狼の神速。


 だがそれこそが、セレスの待ち望んだ「解」の形だった。


 目を伏せたセレスの周囲に、星のような光粒が浮かぶ。ロカが必殺の突進を仕掛けた瞬間、セレスの足元から、凶悪なまでに美しい大輪の術式が開いた。


「薔薇の結晶《ルキナ=クォリス》」


 激突の衝撃が響く――はずだった。

 しかし、訪れたのは空気ごと断ち切られたような、不自然なまでの無音。


 ロカが放った凄絶な剣気は、セレスが展開した術式に触れた瞬間――まるで霧が晴れるように、無害な振動へと完全に解体された。


 ふたりの力は拮抗し合い、相殺されたのだ。


 だが、決着はあまりに一方的だった。


「そこまでだ」


 重く響く声。魔帝がゆっくりと立ち上がった。

 それだけで、遊戯場を満たしていた殺気が、潮が引くように消え失せる。


 ロカは荒い息をつきながら、剣を収める。その表情は険しい。


 対するセレスは、乱れた髪を指で整え、観客席の魔帝へ向かって完璧なカーテシーをしてみせた。


「陛下。……少し、お庭を散らかしてしまいましたわ」


 毒々しいほどに、美しい微笑を浮かべる。

 魔帝は初めてその瞳に、「支配欲」以外の、熱を浮かべた。


 ――今日も、生き延びることができた。



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