完
あれから――100年はとうに過ぎた。
噴水のある中庭で。
ローズクォーツに似た髪。側頭部からは、捻じれた黒いツノ。
赤色の瞳は、幼い。
「僕、夢で、おじいさまを見たよ。凄く大きくて、怖かった」
「なにか、側近の私に、隠しごとでもあるのですか?」
「……じいやにも、言いたくない」
拗ねる幼子。
二本足の年老いた狼は、ふふっと微笑んだ。
「さあ、皇后陛下に、朝のご挨拶に参りましょう」
手を引く狼の背中は、少し丸まっており、銀色の毛艶は、濁り始めている。
けれど瞳は、金色に深く澄んでいた。
心地好い広さの部屋に、天蓋付きのベッド。
そこに、しわしわの人族が、仰向けで横たわっている。
周りを囲むのは、凛とした悪魔族のメイド長とメイドたち。
そして、側頭部から雄々しいツノを生やした威厳ある青年が、傍らに静かに控えていた。皇太子だ。
その隣には、気品を備えたオリーブグリーンの瞳――皇太子妃。
狼は、ベッドに歩み寄り、骨張ったしわだらけの手をそっと取った。
敬愛する我が半身。
「陛下」
その声に導かれるように。陛下――と呼ばれた人族の女は、満足げに一度だけ小さく息を吐くと、静かに、静かに、その永い旅路を終えた。
◇
迎えに来たのは、彼だった。
彼は、萎びたその手を、取る。
「おかえり」
どちらがおかえりか、わからない。
ただ永遠に、もう二度と、その手が離れることは――ないのです。
~完~
※コメントです。
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