それぞれの愛
若き国王は、見世物を品定めするような下卑た目で、ミレアに歩み寄った。
「それにしても。魔女というのはみな、それなりに美しいと思っていたが。これは余程醜い。……豚か?」
王は嘲笑を続ける。
「なにを喰えば、そんな体になれるのだ」
妊婦――という存在を、この男は知らないのか。
無知ゆえの冒涜。
「腫れあがっているとはいえ――元の顔はどうだ? ん? やはり豚に似ているのか? まさか――オークとの混血ではないだろうな」
ミレアの顔を覗き込み、さらに蔑もうとした瞬間、王の目が見開かれた。
自分の視界の端で、銀色の閃光が走ったことに気づく。
首に深く刺さっているのは、何だ。
ミレアは、隠し持っていたナイフを国王の喉笛に深く突き立てた。グイ、と体重を乗せて力を込め、中を抉り抜く。そして――一気に引き抜いた。
血が。
美しい弧を描いて、天幕を真っ赤に染め上げた。
「がぁ……はぁ……」
王は自らの喉を両手で押さえ、言葉にならない絶叫を漏らしながら崩れ落ちる。
ミレアは、腹を立てていたのだ。
親友を傷つけた、この男に。ずっと。
遅れて動いた親衛隊。だが、彼らが剣を抜くより早く、ルキウスの刃が閃いた。
数条の銀光。並んでいた親衛隊の首が、音もなく同時に宙を舞った。
「ミレア」
ルキウスは倒れ込むミレアを抱きかかえ、黒い羽を力強く羽ばたかせた。血の海と化したテントを突き破り、二人は夜空へと舞い上がる。
「大丈夫? ミレア――!?」
消え入りそうな声だ。あれほど冷徹に人を斬る男が、ミレアの命の灯火だけを恐れて揺れている。
「……平気よ。薬草の毒は皮膚以外には効果はないし、そのうち消えるわ。……ほら――!!」
ミレアは、腫れた瞼で笑った。
「蹴った――!!」
「ミレア」
耐えられそうにない――嗚咽を含んだルキウスの声が、風の中に溶けていく。
◇
敵国を率いる王は死んだ。
伯爵も死んだ。
だが、セレスは魔力を使い果たそうとしていた。
星は、地上に降り注いでいた。
(世界など。燃えて、灰になってしまえばいい。人族も、魔族も。すべて)
(世界には――私と、ヴェルと、坊やだけ)
なんて身勝手な女だろう。
そしてセレスは杖を抱き締め、ただ、後方へと倒れた。
ドサリ――と。
夜空に手を伸ばす。
「ヴェル」
視界がぼやける。
「ヴェル」
涙が、頬を伝って落ちた。
(ヴェル。私の故郷。私の人生――)
そこに、ヘルミスが降り立つ。
「セレス」
ヘルミスは、セレスを抱き上げなかった。
伸ばす手を取ることもなく、空を見詰めるその胸に、手を充てる。
「愛していたよ」
魔力を帯びたその手は、セレスの心臓を止めた。
その光景を、一羽の小鳥が見ていた。
名を返され、今はただの、フロストシマエナガへと戻った小鳥だ。
そして小鳥は飛んだ。シロとして。伝令として。セレスの伝令としての責任を、果たすために。




