感情
膨大な魔術式。
莫大な魔力。
圧倒する詠唱。
抑えなくともよい。
自分の中心に在る感情が、髪の毛一本ほどの道筋を照らしている。
命令ではない。
解放したとして、追放もされない。
――選んだ、のでもない。
ただ、残った。
あるがままを。
あらゆる枝葉を削り落とし、世界が許す、最後の一点。
セレスから溢れる魔力が、ごおおおおおおと夜空を歪ませる。
その只中で、師であるものの視線だけが、動かなかった。
――ああ。降る。
降るのだ。
もう、名乗ることすら許されない戦場の赤い命を、何千、何万、何億と、消費するための星が。
◇
外の狂乱とは裏腹に、そこには、じめじめとした静寂があった。
戦場の後方に設営された、テリア国王の仮設テント。
中には親衛隊が数人、国王を囲むように控えていた。
ミレアの顔は、ひどく腫れ上がっていた。
可憐な顔立ちは歪み、口の端には乾いた血がこびりついている。腕は背後で無慈悲に縄で縛られ、その端を握っているのは、ルキウスだった。
ルキウスは平然とした顔で、テリアにいた。
若き国王は、冷ややかな目で、差し出された「供物」を眺める。
「なるほど。……それを差し出す代わりに、こちらに寝返りたいと?」
ルキウスは深く、恭しく頷いた。
その視線は、自分の子を宿し、はち切れんばかりに膨らんだミレアの胸と腹に向けられる。かつて愛でたはずのその肉体を、彼は今、通行証として見下ろしていた。
「はい。この女は魔女セレスティアの唯一の弱点。これを盾にすれば、あの女を止めることも、魔帝の首を獲ることも容易でしょう」
ミレアは、声も出さずに国王を見ている。
若き国王は、薄笑いを浮かべて剣の柄を叩いた。
「もともと、用意していた生贄だ。逃げられて、どうするべきか考えあぐねていたところだ」
その言葉に、ミレアは反応しなかった。
泣きもせず、俯きもせず、ただ静かに、そこに両膝をつけている。
国王は、ミレアを「モノ」としてしか見ていなかった。
それ以上の役割を、それに想定する必要が――ない。




