信仰
上空。ヘルミスは戦場の喧騒から切り離されたかのように、虚空に練り上げた光の椅子に鎮座し、静かに二人を見下ろしている。
その瞳は、盤上の駒を眺める愛好家のそれだ。
セレスは、伯爵と対峙していた。
「……意識は、あるのですか?」
「ああ」
その返答に、セレスの喉が、微かに鳴った。
呼吸が一瞬だけ、深くなる。
伯爵の唇は、不格好に吊り上がった。
「……燃えるようだ」
その瞳が、血の色に変わる。
地を蹴る衝撃で、草原の土が爆ぜた。
視界から消えた伯爵が、衝撃と共にセレスの眼前に現れる。
セレスは瞬時に防壁を展開する。透明な硬質の膜に、伯爵が獣のような指先を突き立て、不快な摩擦音を立てた。
割れない。
セレスの鉄壁の防御を前にして、伯爵は狂ったように笑い、その障壁へ自らの額を叩きつけた。
ドッ、と鈍い音が響く。何度も。
目を剥き、額からドロリとした鮮血が溢れても、彼は瞬き一つしない。ただ、壊すことだけを望む飢えた獣の眼差しで、同じ動きを繰り返す。
パキ、と防壁にひびが走った。
笑う伯爵の足元。
セレスはそこに、氷の魔術を作り出す。
氷が彼の両脚を、深々と大地に固定する。
同時にセレスは障壁を解き、転移魔術で彼の背後へと飛んだ。
だが伯爵は、氷に固定された脚など存在しないかのように、上半身を無理やり反転させる。メキメキと骨が砕け、肉が裂ける音。
伯爵の、腰から下が置き去りにされ、ボトリ――と地面に落ちた。
セレスは、ほんの一瞬だけ、息を止めた。
伯爵の断面から血管が這い出し、絡まり、肉を編み上げる。
そうして、あるべき場所に、再び脚が生まれた。
「……きみは……僕が信じる、唯一の神だ」
伯爵の視線が、粘つく蛇のように、セレスに絡みつく。
「全部……全部、壊してあげる……」
セレスは、オリハルコンの杖を構え直した。
その頬に、血が漲り火照るのを、セレスは自覚し、恍惚とした。
「――ああ、伯爵。それは正解だわ」
笑む。
「バラバラになってもすぐに治るのなら、遠慮はいらないものね。……いくらでも、殺してあげられる」
セレスは、歓喜に満ちていた。




