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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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選択

 ネクレイア城――地下ならば、逃げ道はある。

 そう判断したヘルミスは、石段を下った。湿った冷気が、ハイエルフの端正な貌を撫でた。

 そこで彼は、――自分が、逃げた過去の残骸を目にした。


 ◇


 ミレアの家の戸を叩く音は、いつもと何ら変わりない。


 靴先も入らない程、薄く戸を開けたのは、ルキウスだ。セレスの顔を見て、頬骨が引き締まる。

 彼の背後。薄暗い部屋の中には、ミレアが立っていた。

 せり出した腹に添えられた指が、白く強張っている。彼女は、親友の瞳を見た。


 そして理解したのだ。

 なぜ、セレスが来たのかを。


「――入って」


 押さえられた声。ミレアのものだ。

 セレスは無言で足を踏み入れた。

 ミレアは、召集令状を手にしていた。


 あの王子――いや、既に国王か――は、セレスの判断を鈍らせるために、ミレアを戦場に立たせるつもりなのだ。


 ミレアは召集を断ることはできないし、逃げれば、この村の人間は、一人ずつ首をねられる。

 或いは、セレスが死ねば、ネクレイアの人質でもなくなるミレアは、『知りすぎたもの』として、いまや夫となったルキウスに、始末されることになるだろう。


 だから、今、ミレアとルキウスを、セレスは独断で、自分の隠れ家に転移させようとしていた。


 村人全員を、説得する時間などない。

 そんな演説など、持ち合わせていない。


 ミレアの視線が揺れる。窓の外、魔族であるルキウスを孫のように受け入れてくれた、無垢な村人たちの暮らし。彼らを見捨てて、生き残るのか。

 そうして、この腹の子を育てるのか――母として。


 村人か、セレスか。

 いや――生むか、生まぬかだ。

 

 ミレアの視界から、選択肢が一つずつ消えていく。

 やがて、ミレアはセレスの指を掴んだ。その手は、冷え切っていた。


「……魔女だもの。……私たち」


 ミレアが、自嘲気味に笑った。その笑みには、清廉な乙女の面影はもうない。


「ええ。魔女だもの」


 セレスは、躊躇なく空間を抉じ開けた。現れた転移の門は、どす黒い亀裂のように室内を割り裂く。


 ミレアとルキウスは、互いの手を強く握りしめた。

 感謝の言葉も、惜別の笑顔もない。

 自分たちが捨て去った村の「静寂」を背負い、二人は闇の向こうへと消えた。

 

 ただ、ミレアは一度だけ、腹に触れた。

 それが祈りだったのか――誰にもわからないまま。

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