表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/61

楔(くさび)

 帰国したことを魔帝に知らせるため、セレスは魔帝の執務室に向かった。


 ◇


 少し前。


 分厚い扉の内側で、低く抑えた会話があった。


「自分は、あの女が皇妃に相応しいとは思いません」


 ロカの声だった。

 低く、濁りのない声だ。感情はない。ただ、無機質に乾いている。


「お子は、どうなさるおつもりですか。陛下の魔力と釣り合うお子を、あの女が宿すとは思えません」


 沈黙。


「――セレス以外の女を、めとる気はない」


「……それは――」


「なら、お前が継げばいい」


 言葉を遮るように、魔帝は続ける。


「そうだ。結婚はしないのか。あの、黒い毛艶の魔狼族の女」


「ここに来る前に切りました。娼館の女です」


 ロカは、一瞬も間を置かず答えた。

 切った。

 捨てた、ではない。

 選別し、不要と判断し、処理した――そういった類の言葉だった。


「いいではないか。身分など関係ない」


「そういう話ではありません」


 ロカの声は揺れない。

 愛を語らぬことこそが、忠誠の証だと信じている者の声だ。


 短い沈黙。

 セレスは、今まさに、その扉の前で足を止めた。


「だが、そうだな――人族との交渉は、セレスが前に出た方が早い」


 扉の向こうから漏れたその声は、整いすぎていた。

 温度も、躊躇も、揺らぎもない。


 重厚な扉に添えた指先が、止まる。

 叩こうとしていたことを、指が忘れたように。


 声は、よく知っているはずだった。

 何度も名を呼ばれ、夜空を裂いて飛んだ声だ。


 ――なのに、重ならない。


 息の荒さも、熱も、風を引き裂いたあの速度も、そこにはなかった。

 あるのは、決定事項を読み上げるような、音だけ。


 セレスは、ノックする手を下ろした。


 扉を開ければ、彼女は仮面を被らねばならない。

 魔帝の婚約者。

 人族と魔族を繋ぐだけの、ただのくさび

 都合よく打ち込まれ、都合よく抜かれる、道具としての金属片。


 今のセレスには、その役を演じ切るだけの魂が、残っていなかった。


 踵を返す。


 その背後で、扉が開く音がした。


 振り返らずとも分かる。

 そこにいるのは、ロカだ。


 廊下の空気が、僅かに軋んだ。

 セレスの足元を照らしていた魔灯が、音もなくひび割れる。


 セレスの怒りは、震えにはならない。

 ただ、制御されたまま、外へ滲み出ただけだ。


「……立ち聞きとは、感心しませんな。()()()()()()()


 独り言。

 

 背後から投げかけられた声は、丁寧で、冷ややかで。傷ついた獲物の呼吸数を測る者のそれだった。


 セレスはそれと知りながら、歩いた。


 ただ、割れた魔灯の破片だけが、廊下に散らばっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ