葬送
セレスとアーデルハイトは、天空の公園へとやって来た。肩にはフロストシマエナガのシロ。
咲き乱れる花々は、霞んで幻想のようだ。
「ここはいつも穏やかで、美しいな」
「ええ」
セレスも、感嘆のため息を吐いた。
「――すまなかった」
不意に頭を下げたアーデルハイトに、セレスは一瞬、言葉を失った。
「さっきのこと?」
「あれもそうだが――私がいれば、きみを追放など、させなかった」
「やめて」
即座に遮る。
「国王が決めたことよ。あなたが背負う必要はないわ」
かつての友、あるいはそれ以上の情を向けてくれていた男。その男が「赦してくれ」と縋る姿に、セレスの心は僅かにも動かない。
「わかったわ、アーデル。気持ちだけ、受け取っておく」
その言葉で、ようやくアーデルハイトは顔を上げた。
「国王陛下だが――亡くなられた」
セレスは驚かなかった。
晩年、風土病を患っていた陛下の寿命が、長いわけがないと知っていたからだ。
「私が口添えするから、今からでも、戻って来ないか?」
「口添え?」
セレスは小さく笑った。
「王子に、あんな態度を取られているあなたが?」
しかも、戴冠式が済めば、あの王子は国王になる。
権限は、王子の比ではないだろう。
「それに、私はもう戻らないわ」
「もし戦争になったら……きみは私と、剣を交えられるのか?」
「ええ」
迷いのないセレスの言葉に、アーデルハイトは視線を落とした。
「陛下の血が、私の体に流れているからか?」
「なにそれ。あなたはあなたでしょ。血なんて関係ないわ」
「ではなぜ、戦える? 憎いからではないのか?」
セレスは首を傾げた。
――憎いほど感情を揺らせる相手など、この世界にいない。
あんな仕打ちをした寮母たちでさえ、セレスにとっては、憎しみを向けるような対象ではなかった。死のうが生き延びようが、どうでもよいのだ。どうでもよいから、戦争に巻き込めるのだ。
「ネクレイアの敵なら、私はそれを、排除するだけよ」
その言葉に、アーデルハイトはふっと息を吐いた。
「やはり、私が来るべきではなかったな」
そう言って、彼の視線は遠くを見据える。
「本当は、ヘルミス先生が、同行する予定だったんだ」
「どうして、そこでヘルミス先生の名前が出てくるの?」
「きみが――その。きみは、ヘルミス先生に、憧れていただろう? だから、あの人ならきみを、説得できたんじゃないかって」
検閲を受けていると知っているはずのヘルミス先生からの手紙には、愛の言葉が連なりすぎて、もはや何かしらの暗号なのかと疑われるレベルだ。
「無理よ」
「そう、なのか?」
少し、明るい顔。だが、次の言葉で、アーデルハイトは凍りついた。
「私はもう、魔帝の妻になると決めたのだから」
それは、決別を意味していた。
「魔帝の妻――魔族の!? 本気なのか!?」
「ええ」
「どうして……そんな――!?」
言いかけて、アーデルハイトは口を噤む。
「――ヘルミス先生は、きみを大切にしていたはずだ」
セレスの唇がわずかに弧を描いた。悲しみではなく、滑稽さへの失笑だ。
「先生が愛しているのは、私じゃない。……あの人はずっと、死んだ恋人の幽霊を私に重ねて、その幻影を抱きしめているだけ」
アーデルハイトが、息を呑んだ。
「だからといって、魔族だ。皇妃だなんて――きみは、その魔人を、愛せるのか?」
「愛?」
その時、肩のシロが「ぴぴぴ」と喉を鳴らし、彼女の頬に嘴を寄せた。
雪の中に落ちてきた、ただの小鳥。助けた恩を返すように、死線を越えた小さな命。
セレスは、その柔らかな羽毛にそっと指先を沈めた。
その眼差しは、アーデルハイトも、かつての師も、そしてかつて自分を称えた民衆も、一度たりとも向けられたことのないほど、深い。
「……この子が、何を考えて飛んだのか。私にはわからない。でも……」
セレスはアーデルハイトを見なかった。
代わりに、自分の首筋に残る「あの男」の視線の熱を、無意識に指でなぞる。
「打算でも、何でもいい。……私は、私を私として使い果たす場所を、見つけただけ」
迎えに来たイリヤの足音が、聞こえた。
「さようなら。アーデル」
そう言うとセレスは、一度も振り返らず、花霞の向こうへと歩き出した。イリヤが、影のように寄り添う。
アーデルハイトは何も言えず、セレスを見送ることしかできなかった。




