表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/61

長閑な日

 薬草畑には、色とりどりの花。小高い丘の上には、一本の古木。

 乾いた葉擦れの音が、丘の斜面をなぞっていく。

 その根元に、簡素なテーブルと椅子が二つ。


 ――二度と来ることはない。そう思っていた場所。


 セレスは胸の奥に走る小さな疼きを無視し、丘を登った。


 畑仕事の合間の休憩だろう。

 ミレアは腰を下ろし、湯気の立つ茶を啜っている。


 だが、その向かいに座る男の姿を認め、セレスの足が止まった。


 浅黒い肌に黒髪。

 精悍な顔立ち。

 耳は先が尖り、額の両端から短いツノが生えている。

 種族は、悪魔だろうか。


 あれは恐らく、ミレアを見張っている、ネクレイア魔帝国の――暗殺者。監視役。


 その男は隠れる気配すらなく、堂々とミレアの淹れた茶を飲んでいた。

 ミレアが毒を盛っていないと確信しているのか、あるいは毒ごと飲み干す自信があるのか。監視対象と茶を囲むその光景は、奇妙に歪んで見えた。


 ミレアが、その男を味方に引き入れている。

 そうでなければ、成立しない光景だ。


 ――さすが、『お茶会の魔術師』。と、セレスは思った。


「あなたって、本当に突然来るんだから」


 ミレアが、呆れたように微笑む。その声には、親友だけが許された温かな棘があった。


「いいのよ。あなたに会えるだけで、十分なんだもの」


 セレスが答えると、ミレアはふっと肩を竦めた。


「ルキウスから聞いたわ。今の()()は……『魔帝の婚約者』ですって?」


 ルキウスというのは、その監視役の男の名だろう。

 ミレアの言葉は軽いが、その瞳の奥には、深い憂慮が沈んでいた。


「テリアの王子の求婚を蹴って、魔帝を選ぶなんて。……私を人質に取られたことへの罪悪感? 私たちの間に、そんな無意味な気遣いは必要ないはずだけど」


「違うわ」


 セレスは、即座に否定した。


「これは、ただの契約だもの」


 セレスの胸の奥に、侮蔑とも自嘲ともつかない笑みが込み上げる。

 その時、低い声が、二人の間を割って入った。


「俺は、たとえ貴女が皇妃候補だとしても」


 その男――ルキウスは、片足を膝に乗せ、テーブルに肘を立て頬づえをつき、射殺すような視線をセレスに向けた。


「ミレアを人質に使ったことは、許さない」


 セレスは目を丸くした。


「あら」


 そして、あえて微笑んだ。


「随分……ミレアにご執心のようね。これは――魔帝への裏切りではないかしら?」


 煽るような言葉が、唇から滑り落ちた瞬間。  


「これ以上はおやめください」


 後ろに控えていたイリヤが、影のようにセレスの横へ滑り込み、ルキウスの視線を遮った。そして――


()()()()


 一瞬――静寂が丘を支配した。

 セレスは口を、あんぐりと開けた。

 ミレアも知らなかったのか、驚いた様子で口元に手を充てる。


「イーリーヤー! なんだその『お兄様』なんて気取った呼び方は! 昔みたいに『にぃに』って呼んで飛びついてこいよぉ!」


 先ほどまでの冷酷な暗殺者の顔はどこへやら、ルキウスは猫なで声でイリヤに抱きついた。だが、イリヤは『無』の表情のまま、頬をこねくり回す兄の手を冷ややかに受け流す。


「お兄様。私は今、セレス様の『拳』です。身内であっても、主を侮辱する者は殴り捨てます」


 ルキウスの顔から、ふざけた色が消えた。彼は妹の手を離すと、セレスへ向けて吐き捨てるように言った。


「……その女に、何をされた」


「私は、セレス様に魂を救っていただいたのです」


 イリヤの断言に、ルキウスは忌々しげに顔を顰めた。

 だが、それ以上はなにもない。

 風は棚引き、丘は平和だ。


 セレスはふと、眼下に広がる静かな村を見つめた。


「そういえば、旅行に出たっていうご両親は? まだ、帰ってないの?」


 その問いに、ミレアは深く溜息を吐いた。


「たぶん、一生帰って来ないわ」


「え?」


 ミレアの父はこの村の出身で、薬師の資格を得て、ここに店を構えた。

 ミレアの母は元は剣士で、各地を放浪する冒険者だった。

 旅の途中、薬を仕入れるため、この店に寄ったのがきっかけで、二人は恋仲になり、後に、ミレアが生まれたのだそうだ。


 冒険者だった母は、それからずっと、父の店を手伝っていた。

 ミレアが店を継いだので、父はミレアに店を譲り、二人は念願だった冒険へと、仲睦まじく旅立ったらしい。


「私をほったらかして。きっと今もこの空の下のどこかで、幸せな旅の途中なんだわ」


 不貞腐れて頬を膨らませるミレアに、セレスは微笑んだ。


「……素敵なご両親ね」


 その微笑みは、かつて孤児院の窓から、遠くの街明かりを見ていた時と同じ、渇いた色をしていた。


 一生帰ってこない――死すらも共有し、誰にも邪魔されない場所へ。

 セレスには、それが、妙に眩しく思えた。


 そしてひっそりと、左手の薬指に唇を重ねた。

 そこに、ヴェルの噛み痕があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ