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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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真相

 セレスは街路を、ゆっくりと歩いていた。

 吹雪の名残を抱えた空気は冷たく澄み、足元の雪は踏みしめるたびに乾いた音を立てる。


「セレス様――先程の件ですが」


 イリヤの影が、前を行くセレスの足首に絡みついた。

 だが、振り返るより先に、別の小さな影が割り込んだ。


 オコジョ族の獣魔人の子供だった。

 真っ白な毛に覆われた頬をこすりながら、怯えと好奇心の入り混じった目で、セレスを見上げている。


「……お姉さん」


 声は小さい。


「孤児院のこと、調べてるの?」


 セレスは足を止めた。膝を折ることもなく、子供を見た。


「そうよ。あなたは孤児院の子なの?」 


 子供は一瞬、身を竦めた。だが、逃げない。


「ううん。でも……お友だちがいるの」


 子供は唇を噛みしめ、意を決したように続けた。


「その子、里親が決まったって、すごく喜んでた。でも……迎えが来る前に、いなくなっちゃった」


 セレスの視線が、わずかに鋭くなる。


「いつ?」


「一昨日」


 セレスは息を呑んだ。


「その子の名前は?」


「リリ。夢魔の女の子」


 リリ――。

 だが、寮母も伯爵も、その名を口にしなかった。


 胸中で小さく舌打ちする。やはり、二人は何かを隠している。

 もしノエルがリリを連れて逃げたのだとしたら、必ずどこかで目撃されているはずだ。それに――子供が失踪したのに、警備隊へ報告がないのは明らかに不自然だった。


「……もういいわ」


 そう言って、背を向ける。


「え?」


「充分よ。帰りなさい」


 子供は戸惑いながらも、雪道を駆けていった。


 ――これ以上、独断で動くよりも、まずは確かな網を広げるべきだ。

 セレスはそう、判断した。


 ◇


 街路を戻り、警備隊の詰所に入る。

 中庭では焚き火が赤々燃えるなか、兵士たちが武具を整えていた。


「おお、セレス殿」


 グリード隊長が顔を上げる。


「――孤児院に関して、追加情報がある」


 挨拶は省いた。


「夢魔の子供が一人、行方不明。名はリリ。一昨日から姿を消している」


 グリードの眉が寄る。


「……子供?」


「ええ。寮母も、モルヴァン伯爵も、その名を一切口にしなかった」


「だが、子供の証言だけでは――」


 言い切る前に、セレスの視線がグリードを突き刺した。


「隠している理由がある。十分でしょう?」


 短い沈黙。

 グリードは力強く頷いた。


「わかった。俺の部下を動かそう。雪は厄介だが、必ず見つけ出す」


 「徹底的に」


 それだけ言い残し、セレスは踵を返した。

 その日もザナハには、夕刻になると雪が舞い始めた。


 ◇


 翌々日の昼過ぎ、詰所を訪れたセレスは、グリードから報告を受けた。


「隣町の宿だ。人間族の青年と、夢魔の少女」


 グリードの声は重い。


「保護はしたが……戻ることを拒んでいる」


「理由は?」


「話そうとしない。ただ……ザナハに戻れば殺される、と」


 セレスは、目を伏せた。


「……そう」


 顔を上げる。


「行くわ。エドマールも連れて」


 セレスは、雪の舞う街道へと歩み出た。


 ◇


 深い雪に閉ざされた街道を越え、馬車は隣町へと滑り込んだ。申し訳程度の低い城壁に囲まれた、こぢんまりとした町だ。昼下がりだというのに往来はまばらで、立ち並ぶ露店の半分以上は、凍てつく寒さに耐えかねたように店を閉じている。


 目的の宿は、表通りから外れた薄暗い路地の奥にひっそりと佇んでいた。

 雪に押し潰されそうなほど、みすぼらしい建物だ。


「……ずいぶんと、慎ましい場所を選んだのね」


 セレスの囁きが、冷たい空気の中で白く弾ける。中は閑散としていて、寂れた逃亡者の吹き溜まりに見えた。


「――逃げているんだとしたら、きっとこれが精一杯だったんだ」


 エドマールは身を縮めるようにして、苦渋に満ちた顔で、一階の酒場から続く階段の先――薄暗い二階廊下へと視線を投げた。


 煤けたカウンターに座る宿の主は、濁った瞳で一行を一瞥しただけで、何も尋ねようとはしなかった。


 階段を上れば、乾燥して痩せた床板がやけに大きく軋んだ。


 廊下の突き当たり。目的の部屋の前には、二人の魔狼族が立っていた。グリードが放った警備隊の精鋭だ。

 彼らはセレスの姿を認めると、左右に割って扉を顕わにした。


 ◇


 セレスは扉の前に立ち、静かに戸を叩く。

 ――コン、コン

 控えめな音が、薄暗い廊下に響く。


 扉の向こうで、気配が跳ねた。


 開いた隙間から覗いたのは、極限の緊張からか、ひどくやつれた人間族の青年。そして、彼の服の裾を必死に掴んで震える、小柄な夢魔の少女の姿だった。


「……ノエル……!」


 セレスの背後にいたエドマールが強引に扉を押し開け、堰を切ったように青年に駆け寄った。


 青年――ノエルの体を、力いっぱい抱きしめる。

 ノエルは最初、恐怖に目を見開いて硬直していたが、それが誰であるかを悟った瞬間、崩れ落ちるようにして恋人の背に腕を回した。


 再会の抱擁が、冷え切った室内を僅かに温めた頃、セレスは部屋の隅にあった椅子へ腰を下ろした。

 場末の安宿の一室が、裁定の場へと変わる。


「……さて。事情を、話してもらえる?」


 ノエルは震えながら語る。

 孤児院。

 リリ。

 伯爵の影。


 すべてを聞き終え、セレスは胸の奥に溜まった空気を、ゆっくりと吐き出した。

 ――もし、これが真実ならば。


 「……粛清が、必要だわ」


 外套を羽織り直すと、エドマールとノエル、そしてリリを残し、再び伯爵邸の黒い尖塔を目指した。


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