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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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見過ごされた兆し

 昨夜の吹雪が嘘のように、空は澄み切っていた。

 陽光を跳ね返す雪が、街路を白く眩ませている。


 だが、綺麗すぎる景色は、ときに息苦しい。


 道のあちこちでは、溶けかけた雪が黒く濁っていた。

 火の魔法の跡だ。


 兵士の詰め所には、魔狐族の青年がいた。彼は、自らをエドマールと名乗った。淡く金を帯びた毛並みが、窓から差し込む朝の光を反射して、柔らかく輝いている。だが、尻尾の動きが落ち着かない。視線も、何度も宙を彷徨っている。


「一昨日の夜……家で会う約束をしていたんです」


 声は途切れがちだった。


「でも、来なかった」


 それだけ言って、彼は口を噤んだ。

 理由を付け足さないのは、説明できないからだ。


 恋人の名はノエル。

 人間族で、孤児院で住み込みで働く職員。


 ふたりの関係は、周囲には秘密にしていたらしい。

 だから彼は、正面から探すことができなかった。


「昨日……モルヴァン伯爵が孤児院に来てた。寮母と、なにか話し込んでいるのを見た」


 その声には、明らかな不信の色が混じっていた。

 その光景を、セレスも確かに目にしていた。


 エドマールの話を一通り聞き終えて、セレスは口を開いた。


「イリヤ、行くわよ」


 詰め所を出ると、セレスとイリヤは馬車に乗り込んだ。車輪が、硬く凍りついた道を軋ませる。向かう先は、孤児院だ。


 ◇


 孤児院の庭では、魔族の子どもたちが雪を転がしていた。

 笑い声が弾み、白い息が空に溶ける。


 奥の建物からは、木の香りと湯気の混じった、柔らかな温もりが流れ出ていた。

 焚き火の匂いに、煮込み料理の香りがほのかに混ざっている。


 嘘のように穏やかだ。


 呼び鈴を鳴らすと、ほどなくして戸口が開いた。

 現れたのは、昨日、庭先で見かけた年配の人間族の女性だった。

 厚手のエプロン姿で、手には布巾を握っている。


 彼女はセレスを一目見るなり、ほんの一瞬だけ目を見開き、それからやんわりと笑みを浮かべた。


「どちら様でしょうか?」


「警備隊から派遣されて参りました。セレスと申します」


 名乗ったセレスの瞳に、温度はなかった。寮母が探るように目を細めるのを見て、セレスの口角が冷ややかに吊り上がる。


「ノエルさんについて、少し」


 寮母の表情が、僅かに引き締まる。


「ああ――ええ。ノエルさんが、どうかされましたか?」


「今日は、いらっしゃいますか?」


「いえ、それが――」


「どうかされましたか?」


「……もし、よろしければこちらに」


 セレスは頷き、イリヤと共に促されるまま、孤児院の中へ入った。

 建物の中は外気を忘れるほど暖かく、奥の台所からは昼食の準備を知らせる湯気と香りが漂ってくる。廊下には、ほかの職員の姿はなかった。


 案内されたのは、奥まった場所にある小さな部屋――ノエルの自室だった。

 簡素な造りで、ベッドと机と椅子、小さなクローゼットがあるだけだ。


「一昨日の夜から、帰っていないんです」


「行先に、心当たりは?」


「いいえ、何も……。ノエルさんは身寄りもなく、知り合いもいないはずですので」


「知り合いも?」


「ええ」


 魔狐族のエドマールの存在は、本当に秘密にされていたようだ。


「やっぱり、ノエルさんに何かあったんですか?」


「――というと?」


「いえ……警備隊の方が、わざわざ訪ねて来られたので」


「――そういえば昨日、モルヴァン伯爵がお見えでしたね」


「ああ……ええ。ノエルさんが戻らないので、相談を」


「伯爵ほどの方が、民間の施設に? この施設はいったい――?」


「伯爵は終戦後に、この施設を建ててくださった方です。家族を失った私を、ここに雇ってくださった恩人でもあります」


「こう言っては、なんですが……伯爵は吸血鬼ノスフェラトゥですよね。この街の人間族は限られています。その――あなたは、血の供給者では……?」


 セレスの問いに、寮母は目を丸くする。


「まさか――! もうこんなおばさんですよ」


 セレスはそれ以上踏み込まなかった。


「では、ノエルさんは」


 寮母の表情が強張る。


「わかりません」


 これ以上追及しても、寮母から得られる情報は限られていると、セレスは判断した。

 セレスはイリヤとともに孤児院を後にした。

 外に出ると、冷えた空気が頬を刺す。



 ノエルの行方を追うには、ラファエル・モルヴァン伯爵に直接会うしかない。   

 だが、これはグリードが仄めかしたような、仕組まれた訪問ではない。


 馬車に身を沈めたセレスの唇が、夜の冷気を含んだような笑みに歪む。


「さあ、伯爵に()()()に行くわよ、イリヤ。ただの職員の失踪程度で、あんな見え透いた嘘を並べるなんて。人族を舐めているのか、それとも、ご自分の巣の汚れを隠すのが、よほど下手くそなくそ野郎なのかしら」


 イリヤは無言で、セレスの膝に掛けられた毛布を整える。その指先が、主人の高揚を感じ取って、微かに硬くなる。


「その顔を、拝みに行きましょう」


 馬車は雪を踏みしめ、静かな街路を進んでいく。


 白銀の屋根と石造りの建物が並ぶ中、遠くにはモルヴァン伯爵の居館の黒い尖塔が見える。それは、冬空に突き刺さるように聳えていた。

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