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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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選別される才能

 セレスは戦争孤児った。

 それは、この国において「名前のない家畜」と同義だ。


 奨学金を勝ち取って入学したのは、国立魔術学院――十八歳以上の平民に門戸が開かれている、テリア国で唯一の、高等魔術機関だった。


 だがそこは、夢を抱く者たちを迎える場ではなかった。



 ――実戦構成演算。


 円形の演習室。床に刻まれた魔法陣は、学生たちの汗と絶望を吸って、嫌な色に黒ずんでいる。


「四十五秒。――中断。失格」


 隣にいた青年が、崩れ落ちる。課題を見せ合ったり、たまに学食で、一緒に食事をしたりする仲だ。だがセレスは、彼に指一本触れなかった。助けようとすれば、連鎖的に自分の演算回路も焼き切られてしまう。


 彼が部屋を引きずり出される時、爪が石畳を掻く乾いた音だけが、セレスの鼓膜にこびりついた。

 ――助けなかったのではない。助けられない自分を、切り捨てただけだ。


 理論を理解しているかなど、問われない。

 ここで測られるのは、制限時間内に魔術を「組めるか」だけだ。


「もう一度言う。四十五秒以内に、防御式を構築。属性変換を含め、構成破綻があれば失格となる」


 教師の声は、感情の起伏を一切含まなかった。


 卒業まで残れるのは、涙を魔力に変換し、心を氷点下まで冷やした者だけだ。

 研鑽の名のもとに、学生同士を競わせ、潰し合わせる――それがこの学院の伝統でもあった。


 卒業式の日。式場には涙が溢れ、誰もが声を詰まらせながら証書を受け取っていた。けれどセレスは、歯を食いしばり、流れそうになる涙を無理やり飲み込んだ。


 涙を見せてしまえば、この地獄を『尊い試練』として正当化する教師たちに、魂を差し出すような気がしたからだ。散っていった者たちのむくろの上で、感動的な式辞を並べ立てるその茶番に、セレスは最後まで、奥歯が砕けるほどの拒絶を貫きたかった。


 だが、そんな場所にあって、たった二人だけ、セレスが心を許すことのできた存在がいた。


 ひとりは、厳格だが知に誠実だったファウロス・ヘルミス先生。そして、薬草師の娘で、唯一セレスの手を取ってくれた親友、ミレア・フェルノア。


 その二人がいたからこそ、セレスはあの学院を()()()ことができたのだ。


 ◇


 国立魔術学院を首席で卒業してから、六年。

 二十二歳で魔術の極致を夢見て王宮に入り、今日、三十を前にして追い出された。


 ――王宮魔術師筆頭。


 その椅子は、屍の山の上に、セレスが自ら築いたものだ。 「媚を売って手に入れた地位だ」という陰口? ああ、その通りだ。


 それを卑怯と呼ぶ者は、腹を空かせて凍える夜を知らない幸福な人間だけだ。泥水を啜り、尊厳を切り売りしてでも、あの薄暗い孤児院の天井を、セレスは二度と、見るつもりはなかった。


 だが――王子の妻? 冗談じゃない。


 王子には既に婚約者がいる。隣国の姫だ。

 孤児院出身のセレスが、正妻になれるわけがない。待っているのは「第二王妃」という名の、日陰の椅子だ。高貴な血を引く正妃と死ぬまで比較され、存在を削られる未来が容易に想像できた。


 実際、その見本なら見たことがある。扉越しに見たその姿に、最初に湧いたのは嫌悪ではなかった。――恐怖だ。


 王宮の最果て、窓のない塔に閉じ込められた第二王妃だ。かつて、大陸一の踊り子と称された女の指先は、今や痩せ細り、壁の結界を無意味になぞるだけだった。その瞳に映っていたのは、もはや絶望ですらない、ただの「無」だ。


(私は、あんなふうには死なない)

 

 泥の中を這いずり、ようやく光を掴んだ自分が、なぜ自ら進んでそんな監獄へ入らねばならないのか。


 ――王子の求婚。


 それはセレスにとって、愛の告白ではなく、「最も高価なペットケージ」への招待状に過ぎなかった。


「私には、王妃の器はありません」


 動揺を押し殺し、咄嗟に返したセレスの答えは、きっと間違ってはいなかった。けれど、正しくもなかったのだろう。


 それがすべての、「崩壊」の始まりだったとしても。

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