表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/58

違和感の種

 施設から外へ出ると、凍てついた大気が、剃刀のように肌を撫でた。そこには、警備隊の面々を従え、静かにこちらを待つ隊長、グリード・グランファングの姿があった。


「ああ、無事だったか」


 それだけ言って、彼は深く息を吐いた。

 安堵。少なくとも、そう見える仕草だった。。


「部下を助けてくれて、本当に感謝している。よかったら、飯でも奢らせてくれないか」


「遠慮するわ。仕事のついでに助けただけよ」


 セレスは首を振り、灰色の空を一瞥する。


「それに、できれば早く戻りたいの。この街は――私には寒すぎる」


「人間族には堪えるだろうな」


 グリードは肩を竦める。吐いた息が白く広がった。


「確かに――今日は雪が降りそうな寒さだ」


 低く垂れこめた雲は重たく、街並みを鉛色に沈めている。


「宿は?」


「取ってないわ」


「なら兵舎に来い。凍死されても寝覚めが悪い」


「街の宿屋と兵舎。安眠できるのはどちらかしら」


 皮肉を含んだセレスの問いに、グリードは歯を見せて笑った。


「どっちもどっちかもしれんな」


 二度も戦火に曝された街だ。復興支援こそあれ、まだ傷跡は深い。宿屋ひとつ取っても、経営しているのが魔族か人族かでも対応はまるで違うだろう。

 セレスは人族。だが、同行しているイリヤと御者は魔族だ。


「兵舎の食事には、私が食べられそうなものはある?」


「肉は食えるか?」


「もちろん」


「なら問題ない。あいにく魚は海沿いからの運びで高くつくが、肉ならいくらでも出せる」


 グリードがにんまりと微笑んだ。


 ◇


 セレスはグリードを自分の馬車へと招き入れ、並んで腰を下ろした。車窓からは、路肩を流れる雪解け水や、積まれた雪の山が見える。


 やがて街はずれに、古びた石造りの建物が見えた。

 孤児院だろう。

 雪の残る庭で、子供たちが遊んでいる。笑い声。転ぶ子。駆け寄る子。耳や角、尻尾――その姿から、皆、魔族の子供だと分かる。


 その中にひとり、年配の女性がいた。人間族だ。寮母だろうか。

 それから、彼女の前に立つ、長身の吸血鬼ノスフェラトゥ。仕立ての良い外套。無駄のない立ち姿。

 二人は、会話をしている様子だ。


「――ラファエル・モルヴァン伯爵だ」


 グリードが、セレスの視線の先を示した。


「この地の新しい領主だ。――正直、俺たち現場は、まだ距離を測っているところだ。だが――」


 なぜかグリードは、反対側の窓の外へ視線を移した。

 領主として認めていない伯爵から、視線を逸らしただけ――なのだろう。


「伯爵には、明日にでも挨拶へ行ったほうがいい。きみは閣下の名代としてここへ来ている。魔族の礼儀に疎い人間族として、陛下や閣下の顔に泥を塗るような真似は、避けるべきだろう」


「それは、あなたの判断?」


「……上からの話でもある」


「上?」


「ロカ様だ」


 名を出した瞬間、空気が僅かに引き締まる。


「余計な軋轢は避けたい、とな。

 あの伯爵は……扱いが難しい」


 グリードは低く息を吐いた。


「無理にとは言わん。ただ――」


 次の言葉の端々には、苦々しさも感じられた。


「伯爵は若いが、吸血鬼の中でも一際()()()な御方だ。……きみのような美しい魔術師を見れば、さぞ喜ばれるだろう」


 グリードの言葉に、セレスは胃の底が冷えるような嫌悪を覚えた。

 まるで、市場に並ぶ家畜の品質を保証されているかのような不快感だ。


 吐き気を紛らわせようと、再び窓の外を見る。


 ちょうどそのとき、孤児院の年配の女性がこちらを見た。

 セレスと目が合った瞬間、なぜだかハッとしたように目を見開き、直ぐに視線が逸れた。


 それは、脅えているような目だった。


 ◇


 魔狼族のグリード隊長は、恩人であるセレスに、ここぞとばかりのもてなしを用意した。卓上に並ぶのは肉料理ばかり。香ばしい匂いが室内に満ち、肉汁が鉄皿の上でじゅうじゅうと音を立てている。


 一言で例えるなら、豪快だ。

 馬車の中で、品定めの言葉を吐いた胸糞の悪さはない。


 彼らは当然のようにビールを勧めてきたが、セレスはワインを所望した。


「遠慮するな」


「遠慮はしてないわ」


 セレスは、必要な分だけ口に運ぶ。

 イリヤと御者も同席していたが、会話は少ない。


 やがて頃合いを見計らい、セレスはイリヤと共に、用意された客室へと向かった。


 窓の外では、吹き荒れる風に、雪が激しく舞い踊り始めていた。その荒れ狂う景色とは裏腹に、室内には暖炉の火が赤々と爆ぜ、柔らかな熱気が部屋を満たしている。


 イリヤは、セレスの着替えを手際よく手伝い終えると、会釈し、気配を消すようにして隣の使用人部屋へと下がっていった。


 布団に潜ったセレスの足元には、湯たんぽが置かれていた。イリヤの気遣いだろう。その仄かな、けれど確かな温もりに包まれながら、セレスは静かに目を閉じた――。


 昼に見た、孤児院の庭。

 子供たちの笑顔。

 そして、あの寮母。


 子供たちに向けられた穏やかな視線と、ふくよかな体格から、とても優しそうな人に見えた。


 けれど、セレスは違和感を覚えた。理由は分からないが、胸の奥がざわざわする。その感覚を、外へ追いやることができないでいた。


 ◇


 翌朝。


 支度をしていると、廊下が騒がしい。


「……恋人が戻らない」


 切羽詰まった男の声。

 けれど、一顧だにする価値もない、市井の事件だろう。


「孤児院で働いていた、人間族だ」


 セレスの手が、止まった。

 胸の奥に、昨日覚えたあの違和感が甦る。


 扉を開ける。


「その話、私にも聞かせて」


 兵士と男が、驚いてセレスに振り向いた。


 セレスは、人助けをするつもりなどなかった。

 ただ、自分を『美しい貢ぎ物』かなにかと勘違いして、伯爵邸に送り出そうとしている奴らの思惑を、この事件でめちゃくちゃにしてやるのも、悪くない。


 セレスの唇に、残忍なまでの美しさを湛えた笑みが浮かぶ。それは、救い主の顔ではなく、予定調和の盤面を、外側から蹂躙しようとする破壊者の笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ