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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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喰らう者の理

 デザートが運ばれてきた。


 焼き林檎に添えられた白いクリームが、魔灯の光を受けて鈍く艶めく。湯気とともに立ち上る甘い香りは、先ほどまで卓上を支配していた血と鉄の気配を、ほんの一瞬だけ押し流した。


 だが、銀の食器が整然と並ぶ長卓には、沈黙という名の緊張が張りつめていた。

 その沈黙を破ったのは、ハイエルフ――ファウロス・ヘルミスだった。


「ひとつ聞きたかったのだが……」


 始まりは穏やかな問い。


「貴殿のような力ある魔人が、なぜ『国家』などという枠を必要とする? 同胞を束ね、規範で縛り、管理する。――それは、人族のやり方だ。獣のように荒野をはしるほうが、きみたちの性分に合っているはずでは?」


 理性ある声音。

 だがその底には、魔族を「文明以前の存在」と断ずる視線が潜んでいる。


「ハイエルフ――口の利き方に気をつけろ。()()だ」


 ロカが低く唸るように遮った。

 だが魔帝は、紅茶のカップをゆっくりと口に運び、この緊張すら愉しむかのように、わずかに唇を緩めた。


「構わん」


 カップを置く。

 その仕草ひとつで、場の空気がさらに静まった。


「――なるほど。貴公の目には、我々がただ、群れているだけに見えるのだろうな」


 魔帝の声音には、怒りも嘲りもなかった。

 ただ、事実を測るような冷静さがある。


「ならば答えよう。――目的はひとつ。獣の時代を、終わらせるためだ」


 その一言が、卓上に重く落ちた。


 ヘルミスが眉を動かす。

 魔力が高いだけの獣の成れの果てが、人族と同じ座に列するつもりか――と、言いたげに。


「……それは、言い換えにすぎない」


「違う」


 魔帝は即座に否定した。


「地位とは、他者が与えるものだ。だが俺が終わらせたいのは、『選択肢を与えられぬ生』そのものだ」


 魔帝は視線を巡らせる。

 その場にいる誰よりも、遠い過去を見るように。


「森の奥で生まれたばかりの魔族の子がいる。言葉も、名も、理性も持たぬ。――人族に見つかれば、どうなる?」


 答えを待たず、淡々と続ける。


「炎で焼かれ、杭で打たれ、()()()()()()()と報告されて終わりだ。

 あるいは、運よく生き延びても、玩具か、奴隷か、見世物だ」


 その言葉に、誇張はない。

 見てきた光景を、そのまま並べただけだった。


 ロカが、苦く目を伏せる。

 セレスの喉が、小さく鳴った。


「――俺は、それを止めたい」


 魔帝は言う。


「理解されたいわけではない。共感など求めていない。

 ただ、()()()()()()()()()()を、俺が壊す。それだけだ」


 沈黙。


 そこに、ヘルミスが切り込んだ。


「だが、きみたち魔族は人族を喰らう。

 それが事実だ。共存など、所詮は幻想だろう」


 理性の刃と侮蔑の感情。そしてそれは、過去に裏打ちされた正論だった。


 魔帝は、静かに問い返す。


「それは、ハイエルフも同じだろう」


「……なに?」


「お前たちは森の精霊を従え、その精気を喰らって生きている」


「――それは」


「だが同時に、育てもしている」


 赤色の瞳が、緑色の瞳を、淡々と見ている。


「我々も同じだ。理性なき獣として生まれ、血を求め、本能に従う。

 だが生き延び、言葉を覚え、選択を知れば喰わぬ道も選べる。ゆえに――」


 声を低く、魔帝は続けた。


「理性を()()()者は、俺の国には不要だ」


 耳を傾けるヘルミスの顔が、途中、僅かに引き攣る。


「そして、共食いすら厭わぬ我らにとって、人族は唯一の糧ではない。

 だが、成熟する前に殺されれば、その選択肢すら与えられぬ」


 魔帝は、断じるように言った。


「それが獣の時代だ」


 セレスが、静かに口を開いた。


「……あなたは、正義を語っているのではないのね」


 魔帝の視線が、セレスに向く。


「世界の仕様を変えようとしているのだわ。

 魔族が、獣であるか否かを――自分で選べるように」


 一瞬、魔帝の口角が僅かに上がった。


「理解が早いな」


 セレスはスプーンを取り、焼き林檎に刃を入れた。


「獣のままでいたい者は、きっと反発する。

 でも……理性を持ちたい者には、あなたの国は避難所になる」


 ヘルミスは言葉を失っていた。

 これは善悪の議論ではない。

 時代の更新の話だ。


「――魔族にしては、随分()()()なことを言うのだな」


 絞り出したヘルミスの言葉は、皮肉というより、戸惑いに近いものだった。

 魔帝はそれを一蹴するように、微かに笑う。


「ハイエルフとて、原初はそうだっただろう。力あるがゆえに忌まれ、理解されぬまま恐れられた。

 お前たちは、森に討伐されなかっただけで、我々と同じ地平にいたはずだ」


「――ではお前は人間を見て、『美味そうだ』とは、思わないのか?」


 それは挑発ではなく、純粋な、真意を測る問いだった。

 魔帝は、血のように赤い瞳で、真っ直ぐセレスを捉える。


「俺はセレスを見て、ただ『美しい』と思うのみだ」


 一瞬、卓上の空気が止まった。


「――だが」


 低く、静かな声。


「だからといって、救うとは限らない」


 セレスの指が、微かに震える。


「この国を選択しないのであれば、誰であろうと例外ではない。この国は、俺の国だ」


 そう告げる魔帝の瞳は、愛しいセレスを見ているようでいて、その実、彼女の背後に広がる『爛れた世界』を見据えているようだった。


 紅茶の湯気が、細く立ち上る。

 今宵の晩餐は、確かに終わりを迎えていた。


 ――獣の時代は、終わる。


 その宣告だけを残して。

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