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爛れた心に口づけを。狂愛の魔帝と、殺せぬ魔女の物語。R15  作者: 島田まかろん三世


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1/9

異物――セレス――

 その魔術師は、王都の法廷に立っていた。


 豪奢な天井画と、磨き抜かれた床石。

 正義と秩序を象るはずの場所で、セレスはただ一人、異質だった。


 ローズクォーツ色の髪を後ろで束ね、感情の読めない瞳で前方を見据える。

 恐怖も、怒りも、弁明の焦りもない。

 あるのは、静かな観察だけだった。


「――セレスティア・アルヴィレーン」


 玉座の脇に立つ第一王子が、彼女を名指す。

 その声には、隠しきれない苛立ちと、失望が混じっていた。


「改めて問う。

 我が求婚を拒絶した理由を述べよ」


 法廷がざわめく。

 誰もが知っている。

 これは裁判ではない。公開処刑の前儀式だ。


 セレスはゆっくりと、王子を見上げた。


「理由、ですか」


 唇がわずかに動く。


「あなたの国で、()()()()()()()()()()は、それだけなのかと思っただけです」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、どよめきが爆発した。


「なっ――!」

「不敬だ!」

「王子殿下のご厚意を……!」


 王子の顔が、怒りに歪む。


「……魔術師ごときが。

 その才を認め、伴侶に迎えようとした恩を、踏みにじるつもりか」


 セレスは首を傾げた。


「恩、ですか」


 まるで未知の概念を測るように。


「私は、研究成果を王国に差し出しました。

 王国は、それを利用しました。

 そこに、私的な感情が介在する余地が、どこに?」


 冷めた声だった。

 だが、挑発ではない。

 純粋な疑問だった。


 それが、王子の逆鱗に触れた。


「……よろしい」


 王子は、あらかじめ用意されていた文書を叩きつける。


「ならば貴様には、魔術師としての資格すら不要だ」


 裁判官により、罪状が読み上げられる。


 ――禁書の不正閲覧。

 ――禁忌理論の隠匿。

 ――反王政的思想の流布。


 どれも半分は事実で、半分は捏造だった。

 だが、セレスは抗議しなかった。

 代わりに、法廷に集う人々の顔を、一人ずつ見渡した。


 怒る者。

 目を逸らす者。

 安堵する者。

 同情するふりをして、安全地帯から見下ろすもの。


(――なるほど)


 結論は、すぐに出た。


(ここでは、真理よりも体裁のほうが重い)


「セレスティア・アルヴィレーン」


 判決が下される。


「貴様を、王国より永久追放とする」


 石槌が鳴る。

 それで終わりだった。


 誰もが、彼女が打ちひしがれると思っていた。

 あるいは泣き叫び、命乞いをすると。


 だが、セレスはただ一言、口を開いた。


「――承知しました」


 その声には、悲劇の色彩など微塵もなかった。


 護衛に連行される途中、彼女は王子の横を通り過ぎる。

 ふと、立ち止まった。


「殿下」


「……何だ」


 返事をした王子は怯えているのか、反射的に身を強張らせた。


「一つ、忠告を」


 頬を引き攣らせる王子に、セレスは淡々と言った。


「真理を恐れる国は、()()()()()()()()()に殺されます」


 それだけ告げて、今度こそ背を向けた。


 怒号が飛ぶ。

 だが、彼女は振り返らない。


 ――失うものなど、最初からなかった。


 王都を出る門の前で、セレスは一度だけ空を見上げた。


 重たい雲の向こう。

 魔族の皇帝が、支配する領域。


(……人族程度の秩序では、私を収容するには小さすぎたのだわ)


 それは希望でも、逃避でもない。

 当然の帰結だった。


 セレスティア・アルヴィレーンは、人間社会から排除されたのではない。

 人間社会が、彼女を受け入れられなかっただけだ。


 その背に、追放者の哀愁はない。

 ただ、これから観測すべき未知への静かな興味だけが残った。


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