異物――セレス――
その魔術師は、王都の法廷に立っていた。
豪奢な天井画と、磨き抜かれた床石。
正義と秩序を象るはずの場所で、セレスはただ一人、異質だった。
ローズクォーツ色の髪を後ろで束ね、感情の読めない瞳で前方を見据える。
恐怖も、怒りも、弁明の焦りもない。
あるのは、静かな観察だけだった。
「――セレスティア・アルヴィレーン」
玉座の脇に立つ第一王子が、彼女を名指す。
その声には、隠しきれない苛立ちと、失望が混じっていた。
「改めて問う。
我が求婚を拒絶した理由を述べよ」
法廷がざわめく。
誰もが知っている。
これは裁判ではない。公開処刑の前儀式だ。
セレスはゆっくりと、王子を見上げた。
「理由、ですか」
唇がわずかに動く。
「あなたの国で、私が必要とされる理由は、それだけなのかと思っただけです」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、どよめきが爆発した。
「なっ――!」
「不敬だ!」
「王子殿下のご厚意を……!」
王子の顔が、怒りに歪む。
「……魔術師ごときが。
その才を認め、伴侶に迎えようとした恩を、踏みにじるつもりか」
セレスは首を傾げた。
「恩、ですか」
まるで未知の概念を測るように。
「私は、研究成果を王国に差し出しました。
王国は、それを利用しました。
そこに、私的な感情が介在する余地が、どこに?」
冷めた声だった。
だが、挑発ではない。
純粋な疑問だった。
それが、王子の逆鱗に触れた。
「……よろしい」
王子は、あらかじめ用意されていた文書を叩きつける。
「ならば貴様には、魔術師としての資格すら不要だ」
裁判官により、罪状が読み上げられる。
――禁書の不正閲覧。
――禁忌理論の隠匿。
――反王政的思想の流布。
どれも半分は事実で、半分は捏造だった。
だが、セレスは抗議しなかった。
代わりに、法廷に集う人々の顔を、一人ずつ見渡した。
怒る者。
目を逸らす者。
安堵する者。
同情するふりをして、安全地帯から見下ろすもの。
(――なるほど)
結論は、すぐに出た。
(ここでは、真理よりも体裁のほうが重い)
「セレスティア・アルヴィレーン」
判決が下される。
「貴様を、王国より永久追放とする」
石槌が鳴る。
それで終わりだった。
誰もが、彼女が打ちひしがれると思っていた。
あるいは泣き叫び、命乞いをすると。
だが、セレスはただ一言、口を開いた。
「――承知しました」
その声には、悲劇の色彩など微塵もなかった。
護衛に連行される途中、彼女は王子の横を通り過ぎる。
ふと、立ち止まった。
「殿下」
「……何だ」
返事をした王子は怯えているのか、反射的に身を強張らせた。
「一つ、忠告を」
頬を引き攣らせる王子に、セレスは淡々と言った。
「真理を恐れる国は、いずれ都合のいい嘘に殺されます」
それだけ告げて、今度こそ背を向けた。
怒号が飛ぶ。
だが、彼女は振り返らない。
――失うものなど、最初からなかった。
王都を出る門の前で、セレスは一度だけ空を見上げた。
重たい雲の向こう。
魔族の皇帝が、支配する領域。
(……人族程度の秩序では、私を収容するには小さすぎたのだわ)
それは希望でも、逃避でもない。
当然の帰結だった。
セレスティア・アルヴィレーンは、人間社会から排除されたのではない。
人間社会が、彼女を受け入れられなかっただけだ。
その背に、追放者の哀愁はない。
ただ、これから観測すべき未知への静かな興味だけが残った。




