残虐
鼻をつく鉄の匂いで目が覚めた。ウルメスはぼんやりと天井を見上げた。
ひび割れた梁、煤けた壁、薄暗い光。どこかの家の中らしい。ベッドから体を起こすと、腹に鈍い痛みが走った。
服をめくると、弾丸が撃ち抜いたはずの傷が塞がっていた。ただし、縫われた跡はない。顔や胴の損傷も、完全ではないが治っていた。
……傷が治っている……これもミラの力か……?あれからどうなった……ここは……?
隣にミラが眠っていた。光の紋章は薄くなっていたが、まだミラの体に浮き上がっている。
イーリオス人……俺の知らない歴史……何故……
辺りを見回す。埃っぽく、生活の痕跡はあるが、人の気配はない。テーブルの上には乾ききった食料が乗った食器がいくつか並んでいる。
「ミラさん、起きて、起きてください」
「ん……」
ミラは目を覚ますと、震え始めた。
「ウルメスさん、私……わたし……」
ミラは泣きながらウルメスに抱きついた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ウルメスもミラを抱きしめた。
「大丈夫です、大丈夫」
きっと兵士を殺した事で怯えているのだろう。ミラが泣き止むまで、ウルメスはミラを抱きしめ続けた。
「ミラさん、ここは?」
「地区外です。あの後、ウルメスさんをこの不思議な力で移動させたんです。それでこの家を見つけて……それで……」
またミラは涙ぐみ、呼吸が荒くなる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
嫌な予感がした。テーブルにはまだ食料があった。この精神状態のミラが用意したとは思えない。という事は、ここには誰かが住んでいた。地区外の住民が簡単に家によそ者を入れるはずがない。ミラのこの動揺の仕方……まさか……
ウルメスは悟った。この家の住民はミラによって殺された。ミラの意思によるものかは分からないが。
ウルメスはミラの両肩に手を置いて優しい声音で言う。
「ミラさん、大丈夫です。ミラさんは僕を助けようとしてくれただけです。ミラさんのせいじゃない。仕方なかった事です。俺も一緒に背負います。だから、大丈夫です」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ミラは顔を両手で覆い、膝の上に俯いた。その肩が小刻みに震えている。
家の中には死体がない。という事は外か……
「もう寝ましょう。これからの事は明日の朝考えましょう」
「はい……」
ミラは震えた声で返事をした。
二人は古い寝具を引き寄せ、身を寄せ合うように寝た。
翌朝。
ウルメスが先に目を覚ます。腹の傷が痛む。ミラを見ると、昨日の光の紋様が無くなっていた。食料と水を探すため、立ち上がる。
ウルメスは壁に手をついて立ち上がった。足元の床板が軋み、部屋に微かな音が響く。
寝ているミラを起こさないように慎重に歩き出す。
外へ出ると、風が砂を巻き上げた。
死体がない……。きっとミラが埋めたんだろう……
空はまだ薄暗く、朝と呼ぶには早すぎる時間。遠くの地平線にぼんやりと光が滲んでいる。
あたりには人の気配がない。家は数軒並んでいるが、どれも窓ガラスが割れ、壁は崩れかけていた。砂が積もり、扉の下から吹き込んでいる。
ウルメスは低く息をついた。静寂が、まるで世界そのものが止まってしまったように感じられる。
腹の痛みを堪えながら、家の中を物色する。棚には干からびたパンの欠片。陶器の壺を開けると、中に少量の水が入っていた。
ウルメスは見つけた壺を両手で抱えて戻った。中には指二本ほどの深さしか水が残っていない。
陽の光が割れた窓から差し込み、彼女の頬を淡く照らしている。
「ミラさん、少しですが、水がありました」
「ん……水が……?」
「はい、ここに。どうぞ」
「いえ、ウルメスさんが先に飲んで下さい」
「僕はもう飲みましたから」
「そうですか……すみません、頂きます」
ミラは迷った末、唇を寄せ、慎重に一口飲んだ。ミラはゆっくりと顔を上げた。
「はぁ……生き返ります。残りはウルメスさんが……」
「残さなくていいのに、でも、ありがとうございます」
ウルメスは残りの水をグッと飲み干した。
ミラは俯いたまま、虚な目をしていた。その目は、力なく、生気を失っていて、あの日のウルメスの目によく似ていた。母と妹を失ったあの日の目に。
ウルメスはミラに同情を寄せた。一度ミラの目を見て、逸らす。そして考える。
大切な人を失った悲しみや喪失感は痛い程、よく分かる。俺もそうだった。ずっと、居なくなった人の事が頭から離れない。思い出すと押し潰されそうになる。頭に違和感ができて、心が鉛のように重たくなる。胸が痛くなる。希望なんて抱けない。前を向けない。大切な人が、あまりに大切だったから。でも、それでも、人生は続く。淡々と、無情に、残酷に時間は進む。そんな時、俺にはミラが居た。俺の折れそうだった心に大きな一本の支柱を立ててくれた。あの時俺を抱き寄せてくれた事。俺に笑ってくれた事。君に感謝してる。君を守りたい。だから……
ミラの心が少しでも楽になるような言葉はなんだろう。考えを巡らせた。けれど、かける言葉が見当たらなかった。
「これから……どうしますか……?」
小さな声でミラが呟いた。
ウルメスはしばし黙り、外を見た。風が窓の隙間から吹き込み、砂を運ぶ。遠くでは崩れた建物の影が朝日に照らされ、淡い金色に縁取られていた。
「水があるなら、きっとまだ人もどこかにいるはずです。まずは集落のようなものがないか、水源地帯がないか、この二つを探しましょう」
「……はい」
ミラは頷いた。だが、その瞳の奥には不安が浮かんでいる。そんなミラにウルメスは膝をつき、目線の高さを同じにして、声をかける。
「大丈夫。きっとうまくいきますから」
ニコッと笑ってみせる。
「はい……」
ウルメスはミラの出自について、聞こうとはしなかった。
二人は砂漠を歩き始めた。
砂の大地を、二つの影が歩いている。ウルメスは傷の痛みに顔をしかめながらも、歩みを止めなかった。
崩れた鐘楼が一本、砂の中に半ば埋まっていたり、砂丘に家の屋根が突き出たりしている。鉄でできた半壊の大橋がかかっている場所もあった。かつては地区外も人が住んでいたことの証拠がそこにはあった。
太陽が真上に登った頃、遠くに揺らめく影が見えた。砂丘の向こう、崩れた建物の群れ。
「あれ……」
ミラが指差す。
二人は互いに顔を見合わせた。
「集落かもしれません。行ってみましょう」
希望――その言葉が頭に浮かんだのは、どちらも同じだった。
砂に覆われた丘を越えたとき、ミラが小さく声を上げた。
「ウルメスさん、見てください。あそこ……家が並んでます」
遠くの地平線に、崩れかけた建物の群れが見えた。壁は剥がれ落ち、屋根は歪んでいるが、それでも確かに“人の住処”の形をしている。
「……集落だ」
ウルメスの声に、ほんの僅かに希望の色が差した。
「きっと、誰かがまだ生きてるんですね」
ミラの顔が明るくなる。その微笑みが、久しぶりに見た“生きるための光”のようで、ウルメスも頷いた。
二人は歩みを早く進めた。集落に足を踏み入れた時、ウルメスの足が止まった。
風が変わり、どこかから臭いが運ばれてきた。鼻を刺すような、重く、腐った臭い。
「なんだ……この臭いは……!」
ウルメスは眉をひそめ、手で鼻を押さえた。
ミラも同じように顔をしかめる。
「獣の死骸……?」
言葉の続きが出てこなかった。胃の奥がひっくり返るような、強烈な吐き気。
いや、違う。これは獣の死骸の臭いなんかじゃない。この臭いは……あの日嗅いだ臭いだ……
ウルメスの鼓動が早くなる。
「ミラさん。ここはダメだ。引き返そう。今すぐに」
ウルメスは低い声で言い、ミラの腕を掴んだ。その手の力が、いつもよりずっと強い。
「え……どうしてですか?人がいるかもしれないのに……」
「これは焼ける臭いです。人が焼ける臭いなんです……!」
ミラの顔が固まる。
「行きましょう、早く……!」
後ろを振り返った時、目の前に誰かが、居た。
骨ばった体。日に焼けたというより、砂と血に染まって黒ずんでいる肌。髪は伸びきって砂埃と脂で固まり、どの色が本来なのか分からない。頬はこけ、唇は乾いてひび割れ、裂けた隙間から赤黒い血が滲んでいる。
そして、その口元には乾いた肉片が張りついていた。人のものだと、ウルメスは直感で理解した。
瞳孔は開ききり、焦点はどこにも合っていない。それでも、飢えた獣のようにウルメスとミラの姿を追っていた。白目は黄ばんで濁り、血管が網のように浮かび上がっている。その視線には意志がない。ただ“喰らう”という原始的な衝動だけが、燃え残りのように宿っていた。服はほとんど布切れ同然だった。
「……ああ……食わせろ……」
唇を歪め、舌で血を舐め取りながら、男はゆらりと一歩前に出た。
男は心臓を燃焼させた。
「下がって!」
ウルメスはミラを後ろに押し倒した。反射的に心臓を燃焼させる。轟音が響く。
「食わせろぉ!」
男が咆哮し、襲いかかってきた。ウルメスは即座に間合いを詰め、男の胸元に拳を叩き込む。ドンッという衝撃。だが、その男は怯まなかった。
赤熱した腕でウルメスの肩を掴み、肉を焼く音がした。「ッ……ぐぅああああ!」
ウルメスは痛みに歯を食いしばりながら、全身を捻る。硬化した肘を男の顎に突き上げると、骨が砕けるような音が響いた。男の頭がのけ反る。だが、倒れない。口から黒い煙を漏らしながら、また突進してくる。
拳と拳がぶつかり、火花が散る。衝撃で砂が舞い、ミラの頬をかすめた。
ウルメスは連撃を繰り出す。右、左、右――だが、男も同じく燃焼で力を上げている。硬質化した腕と腕がぶつかるたび、金属音が鳴った。
腹の傷が痛み、一瞬、動きが遅れた。
男はウルメスの腹に膝を叩き込み、すかさず両腕でウルメスを抱き込んだ。炎が密着した皮膚を焼く。
「離せッ!」
ウルメスは叫び、体を硬化させたまま、胸の奥の火を一瞬だけ爆ぜさせた。
爆音とともに、二人の体が離れた。男は吹き飛び、砂を転がる。
ウルメスの体も膝をついた。呼吸が荒い。
男は立ち上がり、震えている。胸の炎がさらに強く燃え上がった。
ウルメスはその光で悟った。男の心臓の炎は制御を失っている。皮膚が裂け、赤い光が肉の間から漏れ出す。
「ァァアアアアア――ッ!」
男は自分の腕を振りかざした瞬間、体の奥で何かが爆発した。
赤い閃光が迸り、熱風がその場を包んだ。
ウルメスはとっさにミラを抱き寄せ、背中で熱を受け止める。
光が収まる頃には、男の姿はもうなかった。焼け焦げた砂の上に、黒い塊がひとつ転がっているだけだった。
深く息を吐く。
「ウルメスさん……」
ミラの声が震えている。間髪入れずに応える。
「ミラさん、今のような相手が複数人いたら、怪我をしている俺では勝てません。今すぐにここから全力で離れる必要があります。熱いとは思いますが……」
ウルメスがミラに話していると、周りに足音が集まってくるのが聞こえてきた。
ゆっくりと、確実に、囲むように近づいてくる。乾いた砂を踏み締める音は重く、人数の多さを物語っていた。
ミラが息を呑む。その表情に怯えの色が浮かぶのを見て、ウルメスはミラの肩に手を置いた。
「しっかり俺につかまって……!」
次の瞬間、ウルメスはミラを抱き上げ、走り出す。どちらに向かえばいいのかは分からない。とにかく、奴らに捕まらないために走り出した。
後ろからは叫び声が聞こえてくる。だが、振り返らない。ただ走った。だが、どこまでも赤黒い群れは追ってきた。
足が動かなくなってきた。心臓の奥の炎が、明らかに弱まっていた。燃焼の熱が途切れ、体が急速に冷えていく。腕が痺れ、視界が揺れる。体の損傷は完治していないにも関わらず、心臓を燃焼させ過ぎてしまった。心臓がズキズキと痛み、力はしだいに抜けていく。砂の上に足を取られ、ついにウルメスは膝をついた。
「ウルメス!」
ミラが叫ぶが、ウルメスの口からは乾いた息しか出てこない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ウルメスは立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。心臓を燃やそうとしても、もう火が点かない。
背後から低い唸り声が聞こえた。赤熱した影が、現れる。十人はいた。そのどれもが目を血走らせている。
ウルメスは地面に腕を突き立て、汗を落としている。その時、ミラはウルメスを守るように手を広げ、追ってくる野蛮人の前に立ちふさがった。
ゆっくりとミラに顔を向けるウルメス。震えるミラの背中を見て、思う。
この人は俺の命を救ってくれた人だ。俺に前を向かせてくれた人だ。俺に笑いかけてくれた人だ。嫌だ、もう失いたくない。俺はこの人と一緒にいたいんだ。今度こそ守る、ミラだけは。母さん、フィリア、もう一度だけでいい、俺に力を貸してくれ。
もう一度心臓を燃焼させようとする。けれど、燃焼しない。
限界を超えろ、命に変えても守り抜け
ウルメスは最後の力を絞るように肺を膨らませた。その瞬間、胸の中心が酷く熱くなった。眠っていた感覚が一気に呼び起こされ、彼の心臓はまるで炉のように燃え上がる。血液が火を帯びて流れ、皮膚の下を赤い脈動が駆け抜ける。痛みが筋肉を引き裂くように走ったが、ウルメスはそれを噛み締め、前へ足を出した。
もう一度ミラを抱え、走り出す。
「ウルメス!もうやめて!死んじゃう!」
それでも走る。背後で叫ぶ野蛮人の声が少しずつ遠ざかっていく。揺れる陽炎の中を、ウルメスは走り続けた。
「ウルメス……もう……」
ミラはウルメスの胸の中で涙を流した。
逃げ切った。その時、ウルメスは胸の中の何かがプツンと音を立てて壊れる感覚を覚えた。ウルメスは最後の力を振り絞って、近くの岩陰にたどり着いた。途端に、全身から力が抜ける。重力に引かれるように体が崩れ落ちていく。
「ウルメス……!」
ミラが重い体を抱きとめる。心拍は弱く、今にも消えてしまいそうだった。
ウルメスは笑って言った。
「逃げ……きれた」
「ごめんなさい……、私が重荷になったから……だから……」
「そんな事……ない……君は俺の……生きる意味……だった」
どうしてだろう、ミラに思っていた事がすんなりと言葉になって出てきた。
「……」
ミラは涙が止まらなかった。
「ごめん……最後まで守って……あげられ……なくて」
「ごめんなさい、ウルメス。ありがとう……ありがとう……」
ウルメスの視界が黒一色で覆われていく。体からは完全に力が抜け、糸の切れた人形のようにだらりとしている。
次第に心拍も弱くなり、最後には感じられなくなった。
ミラはその後もウルメスの体を抱きしめていた。また鼓動が蘇り、聞こえてくることを願った。
ミラはもう動かなくなったウルメスの体に縋る事しか出来なかった。何をしようと、もうどうにもならない。自分を待ち受けるのは死のみであり、今あるのは耐え難い悲しみだった。
ミラの泣き声だけが砂漠の砂に吸い込まれていく。
突然、ミラの耳に声が聞こえてきた。
「どうした」
咄嗟に顔を上げる。そこにいたのは、一人の女性だった。金色の瞳と髪。純白の布が体に沿って流れている。
「え……?」
「どうしたと聞いている」
その女は淡白に問う。まだミラは頬を涙で濡らしていた。
「この人は私を助けようとして……」
間髪入れずに女は口を挟む。
「お前はその男を生き返らせたいか?」
「そんな事…………。出来ません」
「出来たとしたらどうする」
「分かりません。この世界はあまりに無情だから……ウルメスは特別に優しい、だからきっと辛い思いを沢山してきたのだと思います。この人を生き返らせて、またこの世界という地獄に引き込む事は、したくありません」
「その男はなんと言うだろうな。お前を、命さえも投げ打って助けようとした男は」
「え……?」
「お前は非常に鈍感らしい。その男が可哀想だ。なぜ発想できないんだ?お前がその男の希望とやらになれば良いだろう」
「私がウルメスの……希望?」
「どんな苦痛だろうと、困難だろうと、大切な人のためならば耐えられる。むしろ喜んでその残酷さを受け入れるだろう。お前がいる事でその男は生きる意味を見つけたらしい。お前と生きたいんだよ。そうでなければ、死んでまでお前を助けようとはしない」
「私と……」
「そうだ、お前とだ。この世界は辛いから、だから生きる価値がないのか?本当にそう思うのか?お前はどうなんだ、嫌な事しかなかったか?幸せだと思う事が、なかったのか?」
「いいえ」
「そうだろう?その男にもう一度夢を見させてやれ」
「私が少しでもウルメスを幸せに出来るのならば、そうしたいです」
「分かった……そこをどけ」
「え……?」
「その男を救いたいのならば、男と私から離れろ」
「それはどういう……」
「お前、イーリオス人だろう」
「どうして、それを……」
「私に近づくとお前はもう人として生きられなくなる」
「あなたは一体……」
女はミラを憐れむような目をして言う。
「すまない……いや、こんな謝罪じゃ許されないな。黙ることにするよ」
女はウルメスに近づく。ミラとの距離も詰まる。その時、ミラの体に再び紋様が浮かび上がろうとしていた。ミラは咄嗟に女と距離を置いた。
「どういうこと……?どうして紋様が……まさか、あなた……」
女は横目でミラの事を見つつ、ウルメスに近づいた。女は膝をつき、ウルメスの胸に手を当てた。手のひらから、柔らかい光が溢れ出す。穏やかな温かみを帯び、まるで朝陽が眠る砂を優しく撫でるようだった。
女の瞳が淡く輝き、髪が宙に浮かぶ。金の粒が空中を漂い、二人の周囲を包み込む。
光が収まった時、ウルメスは息を吹き返し、鼓動を取り戻していた。
女は転がっていた木の棒を地面に刺した。そして影の先端に石を置いた。
「今から十五分ほど経ったら、また影の先端に石を置け。新しく置いた石の方角が東、最初に置いた石の方角が西だ。その男が目を覚ましたら、西に行け。マラーという組織の拠点がある。上手くやって受け入れてもらえ」
「目を覚ましたらって……」
「じゃあな」
女は砂漠を歩き始める。
ミラはウルメスの胸に耳を当てる。力強い鼓動が聞こえてくる。
「生き返ってる……」
ありえない。一度死んだ人間が生き返るなんて。
ミラは女を呼び止める。
「待ってください!」
「なんだ?」
あなたは一体何者なんだ。その力は正体は?イーリオス人の血統と何か関係があるのか。イーリオス人の歴史について知っている事はないか。聞きたい事は山ほどあった。しかし聞いてはいけない気がした。何故か、直感的に、彼女が悲しむだろうと思ったから。
「あなたは……これからどうするんですか」
「さあな」
彼女の目にはどこか寂しさがある。ミラは女と出会ってから、ずっとそう思っていた。
「行くあてがないなら、私たちと一緒に来ませんか」
女はミラの言葉で、それまで変えることのなかった無表情を崩した。目を見開いて驚いた後、子供が欲しいものをねだるような目でミラを見つめた。
「い……」
口から言葉が溢れかけた。だが、すぐに口をつぐんで、またさっきと同じ無表情に戻った。
「断る」
「そうですか……」
「でも……ありがとう」
女は小さくそう言って微笑み、砂漠に消えていった。
ミラはウルメスの体に手を置いたまま、女が見えなくなるまで眺めていた。




