表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

死闘

 地の底を叩くような振動が、遅れて伝わってきた。

 ウルメスの視界の端、遠くの街区の向こうで、黒い爆煙が立ち上っているのが見えた。夜の闇を押し退けるように、炎を孕んだ煙が、ゆっくりと空へ昇っていく。

 思わず、視線がそちらへ引き寄せられる。

(……今のは……?)

 胸の奥が、理由もなくざわついた。

 嫌な予感、言葉にする前に、感覚だけが先に訴えてくる。

 その瞬間。

「よそ見をするな!」

 鋭い声と同時に、殺気が叩きつけられた。

 反射的に身を捻る。

 次の瞬間、先ほどまで首があった場所を、赤熱した拳が掠めて通り過ぎた。

 エヴルが、すぐ目の前に立っていた。

「ここは戦場だ。考え事をする場所じゃない」

 冷えた瞳。感情を削ぎ落とした声。ウルメスは歯を食いしばり、視線を戻す。

 ウルメスとエヴルは、数歩の距離を挟んで向かい合っている。

 どちらも息が荒い。どちらも、もう無傷ではない。

 鋼鉄化した腕には無数の亀裂。赤熱化した皮膚の下で、心臓が悲鳴を上げている。

 エヴルが先に動いた。直線的で、無駄のない踏み込み。

 拳が飛ぶ。

 ウルメスの拳がエヴルの頬をかすめ、エヴルの肘がウルメスの顎を打つ。

 互いに、決定打がない。

 拳が当たる。だが、倒れない。

 蹴りが入る。だが、崩れない。

 読み合いは、既に限界に達していた。

 わずかに遅れる反応。ほんの一瞬、重心が流れる癖。

 疲労。

 それは、同じだった。

 二人は同時に、心臓をさらに燃やす。鼓動が跳ね上がる。

 拳と拳がぶつかる。ゴン、という鈍い音。互いの腕が砕けそうになるほどの衝撃。

 次の攻撃。

 エヴルの拳がウルメスの脇腹に突き刺さる。同時に、ウルメスの拳がエヴルの胸を打ち抜く。

 二人とも、吹き飛んだ。地面に叩きつけられ、砂塵が舞う。

 先に起き上がったのは――

 ほとんど同時だった。

 だが。

 エヴルの足が、僅かに、もつれた。ウルメスは、それを見逃さなかった。

「……ッ!」

 残った力を、全て拳に込める。

 前に出る。

 拳が、エヴルの顔面を捉えた。

 重い一撃が、当たった。

 エヴルの身体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられる。

 静寂。

 ウルメスは、その場に膝をついた。息が荒い。

「はぁっはぁっはあっはあっ!」

 それでも、目だけはエヴルから離さなかった。

 エヴルは、仰向けのまま、しばらく動かなかった。やがて、小さく息を吐く。

「……君の、勝ちだな」

「……」

「どうせ……殺さないんだろ……?」

「……」

「やはり……君は甘いな」

 それだけを言い残し、エヴルは動かなくなった。

  ウルメスは、しばらくその場から動けなかった。胸の奥で、心臓が乱れた鼓動を打ち続けている。

 地面に滴る血は、どちらのものか分からない。

 ——勝った。

 その言葉だけが、重く、頭の中に落ちてきた。辺りでは争いの喧騒が絶えない。

「早く……カイザー達の加勢に行かないと……」

 ウルメスは、先ほど爆炎が立ち上った方角へ身体を向けた。

 その瞬間だった。

 ——何かが目の前に飛んできた。

 地面を削るように転がり、ウルメスの足元で止まる。黒く焦げ、形を失った肉塊。

 一瞬、それが何なのか分からなかった。人間だと認識するまで、ほんのわずかな時間が必要だった。

 ……カイザーだ。

「……カイザー」

 ウルメスはぽつりとカイザーの名を呼んだ。

 遅れて、理解が追いつく。胸が、嫌な音を立てて軋んだ。

 近づくと、かすかに胸が上下している。

 ——生きている。まだ、息があった。だが、その呼吸はあまりにも小さく、すぐに止まる事は、考えなくても分かる事だった。

 ウルメスは、ゆっくりと顔を上げた。飛んできた、その先。

 砂煙の向こうから、一人の男が歩いてくる。

 ウルフだった。

 足取りは緩慢で、急ぐ様子はない。まるで、散歩でもするかのように。

 カイザーを投げてよこしたのは、こいつだ。

 ウルフが肩を回しながら言う。

「こいつのせいで……」

 ウルフは肩をすくめ、緩める。そして吐き捨てるように言った。

「とんだ目にあったぜ」

 ウルフを見た瞬間、底知れぬ怒りが込み上げてきた。ウルメスは叫んでいた。

「お前!人をこんな風に投げ捨てて、心は痛まないのか!」

「心が痛むだと?痛む訳がねぇだろうが。マラーのドブネズミが」

 ウルフ、こいつは、人間の尊厳を冒涜する悪だ。更に怒りが込み上げる。

 ウルメスは立ち上がり言った。

「俺はお前を許さない……」

「許さない?マラーのドブネズミがどの面さげて正義をかたるんだよ。冗談も大概にしろよ、お前……」

 ウルメスは構えた。

 (カイザー、俺がこいつを成敗してやる。だから……安らかに眠ってくれ……)

「おいおい、そんな状態で俺とやり合おうってのか?エヴルごときにそこまで手こずるお前が、まさか俺に勝とうって気じゃねぇだろうな」

「……」

 カイザーは舌打ちをして言った。

「気にくわねぇ目しやがって……」

 二人は心臓を燃焼させた。

 あれ程までに消耗していたはずの体が、不思議な程動く。これも怒りの力なのだろうか。

 ウルメスの拳が、ウルフを捉えた。

 重い。

 確かな手応え。

「……っ!」

 一歩、ウルフの体が後退する。

「……こいつ……!」

 ウルフの目が、見開かれた。

「この体で……まだ、ここまで動けるのかっ!」

 怒りに突き動かされた一撃。技も理屈もない、ただの執念。

 だが、それが——押していた。

 ウルメスは倒れなかった。

 引かなかった。ただ、前に出続けた。

 拳が砕けようが、骨が軋もうが関係ない。

 ウルフが舌打ちをした。それは、初めて見せる“苛立ち”だった。

「いいだろう……」

 ウルフの背筋が、ゆっくりと伸びる。

「本気を出してやる」

 心臓の鼓動が、異様な音を立て始めた。さっきまでとは、明らかに違う。

 鋼鉄化した腕が、鈍く唸る。赤熱した熱が、空気を歪ませる。

「遊びは終わりだ」

 ウルフが、地を蹴った。踏み込み一つで、距離が消える。

 拳と拳が真正面から激突した。衝撃波が、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

 互角——

 だが。

「……っぐ……!」

 ウルフの拳が、徐々に前へ出る。殺してきた数が、違う。

 それでも、ウルメスは歯を食いしばった。

(負けるな……。ここで……止まるな……!)

 ウルフの目にも、迷いはなかった。

「潰す……!」

 ウルフの低い声が響く。

 その時、瓦礫の陰から、小さな泣き声が聞こえた。

 ウルメスの視界の端に、倒れた建物とその下敷きになっている女の子の姿が映る。

 ウルメスは渾身の一撃をウルフに浴びせ、すぐに女の子の元へと向かった。ウルフは瓦礫に飲まれた。

 女の子の上にのしかかっている物をどかす。女の子は這い出たが、足が潰れて歩けない。

 女の子は大量出血していて、間もなく死ぬだろう。

 ウルメスは女の子の痛々しい様子に一瞬、胸を痛めた。

 その一瞬だった。

 背後からウルフの攻撃。ウルフの鋼鉄化された手が、ウルメスの腹を貫いた。ウルフはその手を引き抜くと同時に、痛みで硬直するウルメスの胴に、回し蹴りを入れた。

 建物を貫いて吹き飛んでいくウルメス。壁に激突し、だらんと地面に横たわる。

 出血と脳震盪で意識が揺れる。目の前が真っ暗になった。そう思ったら、次は真っ白になり、光が見え始めた。すると、遠くから名前を呼ばれた。

「ウ……」

「ウルメ……」

 声は次第に明瞭になっていった。

「ウルメス」

 はっと目を覚ます。目を覚ますと、そこは花畑だった。どこまでも続く花畑。風に揺れる花弁が、ゆっくりと揺れている。

「ウルメス」

 声のする方、後ろを振り向くと、妹のフィリアと母、ミリエがいた。

「お兄ちゃん」

「ウルメス」

 二人を見た瞬間、ウルメスの目から、涙が溢れた。

「フィリア、母さん。二人とも、会いたかった……!会いたかったよ……!」

 二人を抱きしめるウルメス。

 フィリアが言う。

「私もお兄ちゃんに会いたかったよ」

 ミリエが言う。

「よく頑張った。あなたは偉い子よ。私の自慢の子」

 ふと我に返る。

「あれ、でもどうして二人はここに?俺は何をしていたんだっけ」

 ミリエが言う。

「ウルメス、あなたに伝えなきゃならない事があって来たの」

 ウルメスは分からない。

「伝えなきゃ……ならないこと?」

「そう。あなたにとって、大切な人のことよ」

「大切な人……」

 フィリアが言う。

「その人の名前を教えたら、私達はここからいなくなる。もう会えなくなる。だけど、私達はそれでいい。お兄ちゃんが、また前を向けるのなら」

 ウルメスは動揺した。

「嫌だよ、二人とお別れなんてしたくないよ」

 ミリエが言う。

「大丈夫。会えなくても、ずっと見守ってるから。ずっと、ずっと愛してるから」

「私も」

「……俺も、二人のこと、愛してる。ずっと。ずっと……」

 フィリアが言う。

「嬉しい」

 ミリエが言う。

「ありがとう、ウルメス。ウルメスのような、優しい子の母になれて、私は嬉しいよ」

「二人の事、忘れないから……」

 ミリエが優しく頷く。

「元気で、ウルメス」

「うん……」

 そして、フィリアがゆっくりと唇をウルメスの耳元へと寄せた。そして囁いた――

「ミラ」

 ウルメスの目が見開かれる。その名を聞いた瞬間、ミラの笑顔が脳裏に浮かび上がった。

 (そうだ……俺には守らなければいけない人がいる)

 光に包まれる。辺りが真っ白になる。

「頑張れ、お兄ちゃん。私達が力を貸すから、どうか、勝ってね……」

 ウルフはウルメスが助けた女の子を見ていた。もう、女の子は動かなくなっていた。ただ、ウルフはその光景を、見ていた。そして、誰にも聞こえない声でこう呟く。

「ファナ……」

 すると、吹き飛んでいったウルメスの方角から、熱風が吹いてきた。

 すかさず目をやると、そこにはウルメスがいた。先ほどのウルメスとは比にならないほどの燃焼力。

 あまりに心臓の燃焼力が強いので、周囲に熱風が吹き、ガラスは溶けていった。

 ウルフは驚きを隠せなかった。確かに殺したと思っていた。

「何?!」

 ウルメスが言った。

「決着をつけよう、ウルフ」

 (あの致命傷を負ってもまだ立つか……!この男……!)

「お前、名前は」

 ウルフが戦いの相手に名前を聞くのは、これが初めての事だった。

「ウルメス」

「ウルメス……覚えておこう。ここまで俺を追い詰めたのはお前が初めてだ。だが、俺が勝つ」

 二人は踏み込んだ。

 拳同士が打ち合う。火花が散る。乾いた金属音が、夜の街に叩きつけられた。

 ウルメスの拳が弾かれる。ウルフの拳も、わずかに軌道を逸らす。

 速い。

 さっきまでの動きとは、明らかに違う。

 ウルメスは息を吐く。肺が焼ける。視界の端が揺れる。それでも、足は止まらない。

 踏み込む。鋼鉄化した腕が、ウルフの胴を掠める。

「クソが……!」

 ウルフが距離を取ろうとした。

 ウルメスは無理やり体をねじ込み、拳を叩き込む。衝撃が、骨を通して腕に返ってくる。

 痛みが走る。

 だが、それ以上に確かな手応えがあった。

「うぐっ……!」

 ウルフの声に、痛みが混じる。

 胸の奥で燃えているのは、帰る場所。

(ミラ……)

 名前を呼ぶ代わりに、拳を握りしめる。

 もう一歩。

 もう一撃。

 倒れれば終わる。

 ここで負ければ、すべてが奪われる。心臓が、限界を超えて燃え上がる。

 赤熱化した拳が、再びウルフへと叩き込まれた。

 (あの笑顔、もう歪ませたくない)

 ウルフが反撃する。

 (俺たちが負けたら、ミラの命だって奪われる。俺は、ミラを守る。そう誓ったんだ)

 凄まじい攻防。血が飛び散る。

 (悲しい思いなんかさせない。必ず生きて帰る)

 帰る場所がある。名前を呼んでくれる声がある。

 (俺が真っ直ぐ立っていられる理由。もう一度前を向けた理由。ミラは俺の生きる意味だ。)

 あの夜、誓った。

 (俺を赦してくれた人だ。こんな俺を待ってくれている人だ)

 力が拳にこもる。

 (だから俺は……負けられない。負けられないんだ……!)

「あああああ!!!」

 (限界を超えろ、燃やせ、もっと熱く)

 ほんの一瞬が生死を分ける闘いの中で、ウルメスはウルフの重心がほんの少しずれるのを見逃さなかった。

 全身全霊の一撃をウルフの心臓に叩き込む。

「うおおおおお!!!」

 当たった。

 ウルフの燃焼が解かれる。完全に脱力したウルフにもう一撃を、顔面に喰らわせる。

 ウルフは地面に何度もぶつかりながら、建物に突っ込んで行った。倒壊した建物の瓦礫がウルフを覆い尽くす。

 ウルメスはしばらくその瓦礫の山を見つめていた。数秒後、予想通りウルフは瓦礫から出てきた。

 だが、ウルフはもう燃焼できなかった。足取りがおぼつかない。ゆっくりとウルメスに近づく。

「まだ……だ。まだ……終わり……じゃない」

 ウルメスは心臓を燃焼させて見せた。

「終わったんだよ、ウルフ」

 ウルフの力ない目が見開かれる。

「そんな……バカな……」

 突然、怒号が聞こえてきた。

「ウルフ!撤退だ!」

「司令塔が落ちた!一旦引く!」

 イェナ軍の伝令兵が撤退を命じた。

 (司令塔を……?リーガンが成し遂げたんだ……)

 イェナ兵がウルフの肩を持つ。ウルフは拒絶する。

「離せ、俺はまだやれる」

「無理だ。お前はもう一人では立っていられないし、燃焼出来ない。撤退するぞ」

 その時、ダリアとロトロトがその場に駆けつけた。ダリアが言う。

「ウルメス!」

 ロトロトが叫ぶ。

「ダリア!ウルフだ!今ならやれる!」

「ロトロトさん!ウルメスを運ぶのが先です!僕たちも万全の状態じゃないし、それにウルフには援護がいます!気持ちはわかります!ですが、今は優先すべき事をしてください!」

 ロトロトは一寸考え、

「……クソッ!分かったよ、ダリア」

 二人は倒れかけていたウルメスの肩を持った。

「酷い怪我だ……ウルメス、よくあのウルフと闘ったね……!すぐに医療班の元へ連れて行ってやるからな!」

「待って……カイザーが……」

 ロトロトが言う。

「カイザー!?まだカイザーが生きてるのか?!」

「あっち……」

 ウルメスはカイザーの亡骸がある位置を指差した。少し歩いたところに、カイザーは居た。

 ロトロトがカイザーの亡骸に縋る。

「カイザー……お前、無茶しやがって、本当に……」

 ロトロトとダリアは泣いていた。

 ダリアがカイザーの亡骸にそっと手を重ねた。

「おやすみ、カイザー。ゆっくり休むんだよ」

 ウルメスは眉をひそめて、俯いていた。

 ダリアが言う。

「悲しんでる時間はない、行こう」

 ロトロトはカイザーの亡骸を背負った。再びダリアはウルメスの肩を持ち、後方の医療班のキャンプへとウルメスを運んだ。

 リーガンはすぐに兵を街に再配置した。そして、負傷者優先の段階的撤退を開始する。

 最終的な撤退と同時に、水脈司令塔は完全にその機能を失う。それまでの時間は三時間であった。

 キャンプには、医療班とリーガンが居た。リーガン以外の一班はまだ水脈司令塔に残っているようだった。

 リーガンはカイザーの亡骸を見ると、ゆっくりと歩み寄った。そしてカイザーの額に手を当てて、眉間に皺を寄せ目を瞑った。それだけだった。

 ウルメスは腹が立った。リーガンがウルフの相手を任せなければ、カイザーは死ななかったのではないか、そう思った。

 足を引きずって一歩前に出て、弱々しい声で、ウルメスが言う。

「あなたがカイザーにウルフを任せた。あなたも分かっていたんじゃないですか?カイザーはウルフに勝てない事を」

 一拍置いて、リーガンが答えた。

「分かっていた」

 その返答を聞いて、我慢ならなかった。

「あんたは俺たちの事を家族と言うくせに、戦争の道具として使う。平民を殺しても飽き足らず、俺たちまでも殺す。あんたは、やってる事が矛盾してる……!」

「……」

 リーガンは黙っていた。

「何とか言ったらどうですか!」

「……カイザーは。あいつは最後まで逃げなかった。俺はカイザーの事を誇りに想う」

「自分で殺しておいて……!」

 ロトロトが言う。

「ウルメス、落ち着け。大将は俺たちよりもずっと前からカイザーと過ごしてきた人だ。今のお前には分からない事があの二人の間にはあったんだよ。分かってくれ。それにお前も重傷なんだ。安静にしておけ」

 リーガンが言う。

「ウルメス、お前はウルフと闘い、勝った。それだけで救われる命が幾つもあった。感謝する」

「……」

 (リーガン、この人間は悪魔だ)

 ウルメスはリーガンを睨みつけていた。だが、限界が来た。その場に倒れ込むウルメス。

 次に目覚めた時には、荷馬車の上だった。身体中包帯でぐるぐる巻きになっている。

 ダリアが目を覚ましたウルメスに気づく。

「ウルメス、寝ていなよ。傷が開くよ」

「俺たち、勝ったん……だよな……?」

「そう、勝ったよ、今回の戦いには、ね」

「今回の戦いには……か……。」

 (きっともうすぐ水脈司令塔が爆破されるだろう。そうなると、あの区域に住んでいる人もほとんど死ぬことになるだろうな……)

「ウルメス、勝利したのに、全然嬉しそうじゃないね」

 その言葉に、ウルメスは酷く不快感を覚えた。

「ダリアだってそうだろ」

「嬉しいさ。でも、今回は失ったものが大きいから……」

 黙っていられなかった。

「そういう問題じゃないだろ?ダリア。俺たちの行いによって関係の無い沢山の人々が死ぬんだよ。その代償を経て手に入れた勝利に、俺は喜びなんて感じない」

「じゃあウルメスはあのイェナに、黙って搾取され続けろっていうのか?誰かがやらなくちゃならないんだよ。でも、君はそうは思わないんだろうね」

「ああ、思わない。前回の反乱で俺は家族を失った。革命を起こしたいなんて、思えるわけがない。……カイザーの事は……残念だと思うよ」

「そうだったのか……ウルメス」

 ウルメスは目を瞑った。

 (家族を失った。だけど、今の俺には帰る場所がある。帰りを待ってくれる人がいる。ミラ、もう少しだけ待っててくれ。今、帰るから)

 寝返りをうつ。

 (ああ、ミラが恋しい。今すぐにでも会いたい。あの柔らかい腕で抱かれたい。ミラの作る手料理を食べたい。もう一度俺に笑顔を見せてくれ。それだけで俺はどこまでも頑張れるから……)

 重傷者を載せた荷馬車の群れが、マラーに到着した。しかし、マラーの活気は失われていた。代わりに薄暗い静けさが充満していた。

 ウルメスは起き上がる。が、身体中を激痛が走る。意識も朦朧として、視線が安定しない。それでも、一刻も早くミラのもとへ行きたかった。荷馬車を自力で降りようとするウルメス。それをダリアが支えた。

「さっきはごめん。ウルメス」

「いいんだ、俺も悪かったよ」

 そこに、アルルが飛んで走ってきた。そしてウルメスに告げる。

「ウルメス、ミラが!ミラが!」

 アルルの顔は蒼白だった。

 ウルメスはすぐに、ミラに何かあったのだと察した。

「どこだ……ミラは……」

「こっち……!」

 ダリアがウルメスの肩を持つ。二人は必死にアルルについて行った。向かった先は、大広間だった。

 その光景を見た瞬間、ウルメスは、憎しみが煮えたぎるのを感じた。

 ミラが十字架に縄で縛られ、両手を大きな釘が貫通し、十字架に固定されていた。

 そしてマラーの人間達がよってたかってミラに石を投げつけていた。鞭打ちをされた痕跡もある。鞭打ちされた箇所の服が破け、肉が剥き出しになる程酷い傷になっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ