召喚士、謝罪を極める
ユリウスは、噴水の縁に腰掛けて、深々と頭を抱えていた。
石畳の上に落ちる自分の影さえ、今日は情けなく見える。
左腕にはめた銀のブレスレットをそっと持ち上げる。
そこに埋め込まれた赤い宝石は、すっかり光を失い、ただの曇ったガラス玉のように沈んでいた。
(……一体、どうすれば許してもらえるんだ)
思わずため息が漏れる。
そのとき、背後から脳天気な声が降ってきた。
「よう、ユリウスじゃねぇか」
顔を上げると、短躯のドワーフがこちらを覗き込んでいた。
ハンターギルドで知り合ったロルフだ。
「ロルフ……」
「なんだ、辛気臭い面しやがって。誰かにふられたか?」
「……違う。もっとまずいことが起きたんだ」
「ほう、聞かせろよ。面白そうだ」
ユリウスは苦笑しつつ、ブレスレットをロルフの目の前に突き出した。
「イフリートの機嫌を、盛大に損ねてしまった」
「炎の精霊か? また派手にやったな。何があった?」
「……サーカス団の団長に頼まれて、イフリートにショーをしてもらえないかって打診したんだ。孤児たちを無料で招待するっていうから、いいことだと思ったんだけど……。そしたら、俺は見世物じゃないって怒鳴られて……」
思い出すだけで胃が痛む。
宝石の奥からあの燃えるような瞳に睨まれたとき、膝が震えた。
ロルフは顎をさすり、深く頷いた。
「そりゃ怒るわな。精霊はプライドの塊だからな」
「分かってる……でも、どう謝ればいいか分からない。これじゃ仕事に支障が出る……。イフリートは、四大精霊の中で一番苦労して契約したんだ」
ロルフは腕を組むと、何やら考え込んだ。
やがて、思いついたように親指と人差し指で円を作る。
「もう、これしかないな」
「いや、金は要らないだろ……」
「じゃあ、こっちだ」
今度は小指を立てる。
「……彼、精霊界に奥さん十人いるって聞いたぞ。人間の女紹介しても意味ないだろ」
「……だな」
二人して黙り込む。
広場の向こうで、子どもたちがはしゃぐ声が遠くに聞こえた。
「なら、最終手段しかないな」
ロルフが、ゆっくりと膝をついた。
砂埃を払いながら、ぺたりと座り込む。
「おい……何をする気だ」
「これだ」
ロルフは無駄に神妙な顔で言い放った。
「土下座だ」
「ど、土下座?」
「知らんのか? この世界で最強の謝罪だ。これで許されない相手はいないと言われてる」
「……本当か?」
「本当だ。俺が教えてやる。まずは真似しろ」
仕方なく、ユリウスも膝をつく。
体中の関節が拒否感を訴えているが、背に腹はかえられない。
「いいか、両手を肩幅に開いて、こうだ」
「……こうか?」
「よし。次は心を込めて謝罪する」
ロルフが深呼吸し、突然、声を張り上げた。
「申し訳ございませんっ!!」
そのまま地面に額をぴたりとつける。
「お前もやれ!」
「う、うん……申し訳ございません……」
「声が小さい! もっと腹から出せ!」
「も、申し訳ございません!」
「まだ駄目だ! 額はちゃんと地面につけろ!」
「申し訳ございません!」
「言いながら頭を下げるな。言い切ってから下げろ!」
「申し訳ございませんっ!!」
通りがかりの子どもたちが、きゃっきゃと笑い声を上げて走り去っていく。
泣きたくなるほど恥ずかしかった。
そんな二人の姿を、どこからか見つめる赤い炎の瞳があった。
(……本当に、しょうがない奴だな)
イフリートは、宝石に宿る意識の奥で肩を落とすと、そっと気配を消した。
次にユリウスが宝石を見たとき、ほんのわずかに赤い光が戻っていたという。
――こうして、召喚士の大ピンチは、ひとまず終わりを迎えたのだった。