とあるVtuberの配信が死ぬほどイカれてた話
「ある配信を最後まで視聴するだけで3000円」
という話が舞い込んできたのはつい昨日のことだった。「詐欺だよおおおお!」と叫びながら詐欺行為を9時5時で働きにきているような言葉だったが、俺はそれによっこら乗っかってみることにした。
理由は二つ。
一つ目はこの話を持ってきたのが父親だったから。
もう一つ。単純に見るだけで3000円という、その配信が気になったからだ。
一体、どんな動画なのだろうか。
普段からVtuberやストリーマーの動画を見漁っている俺は好奇心を覚えずにはいられなかった。
次の日、俺はPC画面の前で待機していた。時刻は開始予定の20時を回っている。指定のurlを貼り付けて配信ページに飛んでいるが、まだ始まっていない。
しかし配信のタイトルはもう出ていた。
『五月雨雨月デビュー配信!』
名前の中に雨と月が二度出てくるという、山の天気みたいな名前の人だった。
名前からしてVtuberなのだろうか。今の時代、Vtuberは大戦国時代だ。デビュー当初から視聴者を金で買うくらいじゃないとやっていけないのかもしれない。
と、その時、画面から笛の音色が流れ始め、動画内に『準備中』の文字が現れた。どうやらもうすぐ始まるらしい。
同時接続人数を見ると100人を超えている。思ったより多い。
俺は椅子に座り直した。
一体、どんな子なんだろう。可愛かったら推しても良いなあ。
『お待たせしましたー』
想像の3オクターブくらい低い声に、俺は思わず画面を凝視した。その動画画面の下から、にゅいっと登場したVtuberを見て今度は口もパッカリ開いていた。
そこにいたのが、上半身裸のおじさんVtuberだったからだ。
『ごめんなさい。着替えに手間取って』
「いや着替えもクソもお前上裸やないか」、というツッコミ代わりにいきなり10人近くの視聴者が減った。心中お察しする。
というか、そのガワ(Vtuberの3Dモデルのこと)は目を高速でパチパチさせていて、言葉を選ばずに言えばめちゃくちゃ不気味だった。
俺は状況が飲み込めなかった。いや、こういうキワモノみたいなVtuberも最近はいる。あまりに市場が飽和しているから、誰も飛び込まないようなニッチな場所で活躍するために、明らかなウケ狙いのアバターにしている人も少なくないのだ。
それに、このガワも見様によっては面白いと言えなくもない。
わざわざお金をかけてこんなガワを用意するくらいだからトークが面白いのだろう。
そう思って画面を見ていると、再びアバターの口が開いた。
『皆さん今日は来てくれてありがとうございます……配信を見るだけで感謝されるなんて良い身分ですね』
おい何だこいつ!
お礼を言ったかと思ったら秒速で嫌味言い始めたぞ! 流石にそれは思ってても言うなよ。身も心も化け物か。
『あ、そうそう。皆さんは私のことをゴッドと呼んで下さい』
いきなり宗教色がフルスロットル過ぎる!あと口の開き方が小さすぎてモールス信号みたいになってる。
『変わりに私は皆さんのことを窒素と呼びます』
何でだよ! 嬉しくねえよ。
更に10人近くの人が退出していった。
さっきから戦場みたいな人の減り方してる!
え、配信って楽しんで見るものじゃないの? 何でこんなバトルロワイヤルみたいな殺伐とした感じなの?
正直、俺の中には「配信見るだけで3000円ゲットできるのラッキー」と思う気持ちがあった。だが今、この配信を最後まで見るのに3000円の報酬は安すぎるという可能性が出てきた。何せ終わりの時間は公表されていないのだ。
その時、右側のコメント欄に動きがあった。
【こんにちは。今日は何をする予定ですか?】
良い質問だ。初めてのコメントってVtuberには嬉しいんじゃないかな。
しかし上裸のおっさんは微動だにしなかった。そして喜ぶ代わりに言った。
『私の予定を私に聞く前に自分で調べてみたら良いと思いますよ」
おい、こいつやべえ! リスナーに対する配慮が一切無え!
暫くして【すみません、調べたけど分かりませんでした】というコメントがついた。
『でしょうね。まだ予定は決めてませんから』
はっ倒すぞこいつ!!
そしておっさんの言葉と共に視聴者が一人減った。絶対さっき質問した人だ。
【何でそんな変なガワなんですか】
ああ! それは言っちゃだめな質問!
「逆に聞くんですけどあなたの中身も顔も変なのは何でですか」
煽り耐性も0だったわ!
こんな過疎い配信で、とれたての魚みたいにピチピチとコメント欄が荒れそうになっていた時、異変が起こった。
急にモデルというか、おっさんんの身体が暴走し始めたのだ。
見たことのある人なら想像しやすいかもしれないが、3Dモデルがガクガクガクガク震え始めたのだ。
と、その時、おっさんの首から上が消し飛んだ。光の速さで画面外にバーンアウトしたのだ。
怖っ! 裸なのも相まって、完全に首切られた罪人みたいになってる!
『えー、では今からエピソードトークをしていきます』
そんな場合じゃない! お前の首が画面外に持ってかれとるぞ!
『昨日ショッピングに行きました』
……。
…………。
……………………。
沈黙が、10秒以上続いた。
え、もしかして終わり!?
短っ!
そんな居合い切りみたいなエピソードトークある!?
【何を買ったの?】
お、ナイスコメント!
『広辞苑10冊とイカの剥製』
何でだ!! 組み合わせも用途も謎すぎる!
その時、画面外に飛んでいた頭が巻き取られた掃除機のコードみたいに戻ってきた。
その顔を見て、やっぱりこの顔は画面外にあった方が良いのではという思いが湧く。頭が戻ったのとほぼ同時に同接も5人減った。
『他に何か聞きたい歌はありますか』
今まで何を歌ってたの!?
というツッコミは一気に引っ込んだ。再びおっさんの身体が暴走して、彼の右手がちょうど口のところに収まったからだ。
彼が喋るたび、自分の腕をパクパクのモゴモゴしているという非常に不気味な光景が繰り広げられていた。
『えー、リクエストがあったので、もう少しエピソードトークをします』
いや誰もコメントしてないし、腕食ってるし!
【腕食べてるよ】
コメントが付く。
『え、特殊な趣味の人ですね。それともあなたはタコですか』
お前じゃい!
『腕を食べながらコメントするなんて失礼ですよ』
説得力無え!
『さて、それじゃあちょっとした運動をしましょうか』
相変わらず腕をもぐもぐタイムのおっさんは言った。
『このアバターは身体と連動しているので、私が腕を上げれば上がるし、走ればこのアバターも走ります」
つまりこいつが本当に自分の腕をしゃぶってる可能性が出てきた。
画面が遠めの視点に切り替わった。
アバターの全身が映る。さっきまで見えなかった下半身が見え、ふんどしを付けているのが分かった。こいつBANされないかなあ。
「えー、私が全裸だと思って期待していたエッチな人はリスナーにふさわしくないので、今すぐ退出して下さい」
何様なんだよ。
一気に20人くらい減った。
期待してたやつ多すぎるだろ!
『じゃあ改めて、今日はちょっとした運動をしていこうと思います』
どんな運動をするんだろう。Vtuberならダンスとかやっているんだろうか。それとも体操をするのかもしれない。
『はい、じゃあトイレ掃除します』
運動のチョイスが謎すぎる!
何で数あるカロリー消費からトイレ掃除を選んだんだ!
【何でトイレ掃除なの?】
『我が集団は清掃員を賛美していますので』
やっぱ宗教じゃねえか!
その時、地面からにゅうううううっと洋式トイレが出て来た。
『うわあ、うんちみたいにトイレが出てきました』
「うわあ」ってお前が出したんだろ! あとお前の界隈ではクソは地面から湧き出してくるのか!
「では今からブラシ、ブラシが……」
五月雨は左右を見回すが、どうやらお目当てのものが見当たらないらしい。
「無いので、このアイ●ォンでこすっていきます」
こいつ絶対アンド●イドユーザーだ!
五月雨ことおっさんは、便器の前にかがみ込んだ。右手に持ったアイフ●ンで、便器を貫通させながら掃除している様子は非常にシュールだった。
おっさんの便所掃除を見る配信って何だよ。
その時、画面が急に緑っぽくなった。おっさんの顔から緑な液体がばしゅんばしゅんと噴出している。
まるで勢いよく便器に吐いている酔っ払いだ。
『ご心配なく。私は大丈夫。この黒いのは洗剤ですので』
口から洗剤吐いてる奴は大丈夫じゃねえだろ!
『いやあ、やっぱりトイレ掃除って楽しくないなあ』
楽しくないのかよ! やってる方にも見てる方にも苦行じゃねえか!
『はい、綺麗になりました』
五月雨は液体を噴出したまま言うので画面が真緑だ。
『次は猫ちゃんと遊びます』
便器の下からにゅるるるるるうううっと、猫のアバターが出てきた。最低な場所から出て来た!
「猫ちゃん可愛いですよね。私も猫が好きなんです」
じゃあトイレから出すのをやめなさい。
「なので今からこの猫と一つの生命体になります」
それは何でだよ!
「さあ、この猫に身も心も捧げます」
おっさんの言葉と共に画面がホワイトアウトした。そして次の瞬間、画面に映し出されたのは、猫耳の生えたおっさんだった。
お前が猫を取り込んどるやないか!
そんなことを心のなかでツッコんでいると、気づけば視聴者が一人。つまり俺しかいなくなっていた。こんな無茶苦茶な配信をやっていれば当然である。
「何よこれ! 同接一人しかいないじゃない! パパに頼んで集めてもらったのに!」
堂々と買収宣言をする五月雨。その年でパパって……、と思うのと同時に雇い主が判明した。
恐らくこのおっさんの父親はとんだ親バカで、高齢息子のVtuberデビューを華々しく飾るために金で人を集めたのだ。そして俺はその集められた一人というわけだ。
もうそろそろ配信は終了するだろうが、一応、アーカイブは消しといた方が良いとコメントしておこう。
俺がキーボードに手をかけたその時だった。
「あー、もう。明日数学のミニテストなのに全然勉強してないし!」
手を止めた。いや、まさかな。と思いつつも、さっき打ち込んだコメントを消して、もう一度打ち直す。
【もしかして、数学の先生はN谷先生ですか?】
『え! そうそう西谷先生。何で知ってるの?』
俺がイニシャルで言った意味! いやそれよりも、もしかして……。俺は自分の心臓が高鳴っていることに気付いた。
【もしかして●北高校ですか】
『そうよ! 下北高校! 2年1組! 西谷先生が受け持ちってことはあなたも2年よね?』
おい言うな言うな! 同接1だから良いけど、今人入ってきたら個人情報終わるぞ!
『ちょっとあなた!』
急に話しかけられてびっくりする。
おっさんがずいっと画面近くに寄ってきていた。恐らくカメラの真ん前まで来たのだろう。
『明日、朝来たら玄関の横で手を上げてなさい。私が『窒素』というからあなたは『ゴッド』と返すの。それが合図よ』
どんな合言葉だよ。
理由もわからぬまま配信が終わった。どうやら彼にも必要最低限すれすれのネットリテラシーがあるらしく、アーカイブは残らなかった。
翌日、俺は好奇の目にさらされていた。全ての生徒が出入りする玄関で、「我が人生に一変の悔い無し」ポーズをしていたからだ。ぽんぽこぽんぽこ目立ちに目立った。みんな足早に去っていく。
時々友達も通ったが、見て見ぬふりをされた。あいつら……!
流石にもう心も折れそうだと思った時。
「窒素!」
と元気な声がした。
俺は耳を疑った。
女子の声だ。
その声のした方を見て、今度は目を疑った。
そこだけ、空間を異にしているかのようだった。同じ人間とは思えないような美しい顔立ちの少女が、こちらに走ってくる。俺はその少女に見覚えがあった。
学年一、いや、学校一の美少女として名高い、高梨詩織さんだ。クラスでは委員長も務めている。
俺の前まで来た高梨さんは怪訝そうな顔で首を傾げ、もう一度「窒素?」と聞いた。めっちゃ可愛かった。
「ゴッド……」
俺は小さな声で何とか返した。
パッと高梨さんの顔が明るくなる。
めちゃくちゃ驚いた。まず、アバターと声から、男だと思っていたのに女だったこと。そして、その人物が学校一の美女と言われる高梨さんだったこと。何よりその高梨さんがあの放送事故オンパレードの配信をやっていた張本人だということ。
俺が何も言えずにいると、高梨さんは俺の肩を掴んだ。
「私と一緒に、VTuber界のトップを目指すわよ!」
「へ……?」
こうして、俺と高梨さんはトップVtuberへの道を駆け上がり始めたのだった! ……多分。
おわり