アイホートの雛の追放 - その9
2017年07月21日(金)1時15分 =呪い屋=
一瞬、眩い光に包まれ瞼を閉じる。そして、全身を奇妙な感覚が包み込み、五感が鈍るのを感じる。
数秒、数分、あるいは数刻ともいえるほどの長い時間が過ぎ去るような感覚と共に声が聞こえる。
「小熊さん!それに、巡さん!」
その声に呼応して瞼を開く。そこは、和室のような部屋だった。
足元には桃花と伶、それに岩崎夫妻が横に寝かされており、腹部は通常時の1.3倍ほどだろうか。成長が緩やかにだが進んでしまっているみたいだ。
「なるほど。思ったよりも急を要する感じか。ちょっと待ってくれ、確かここら辺に...あったあった。」
津雲は部屋の隅にある箪笥から一冊の本と小さな木箱を取り出した。
「本来、アイホートの追放の魔術...通称『雛を取り除く』ではアイホートの雛を体内から追い出すことしかできない。それも、アイホートの雛を無理矢理体内から追い出すものだから致死性も高い魔術なんだ。つまり、難易度の高い手術のようなものだ。だが、今回はそれは使わない。ちょっと俺が開発したものだから特殊な方法にはなるが、効果は保証する。」
そう言いながらもテキパキと準備を進める。取り出したものを一旦床に置き、桧さんの上の服を脱がせる。
「波留さん、他三人も上だけ脱がせてください。下着はそのままでいいので。」
そう伝えて、小さな箱を開く。そこにはカプセル錠剤がいくつかと小瓶が3つ入っていた。そして、桧さんに魔術を使おうとした瞬間、「えっ...」と波留さんから驚きの声が上がる。どうやら伶の服を脱がせたときにおそらくあれに気づいたのだろう。
伶はさほど力が強いわけでもない。それに、運動神経が良いわけでもないし、手足も短い。それゆえに、機械を扱う上で色々不便なことが多かった。それを解決するために作り出したのが細胞機械の1号だ。グレイを作るために一部を剝いではいただろうが、起きた時に不便の無いようにほとんどはそのままだったようだ。
「伶の方は俺が外しておくので、桃花の方をお願いします。」
そう言って俺が変わる。俺もあまり詳しいわけではないが、大体は分かる。1号はパーツごとに分かれている。腕部、胸部、背部、脚部。それぞれはずし方は変わるが、文野が腹部が圧迫されるのを恐れたのだろう、腹部の部分がはがされているので、その周囲を順番に剥いでいく。
少し時間はかかったが外すことはできた。いつの間にか彩花も部屋に来ており、波留さんも服を脱がし終わったようだ。そして、頃合いを見ていたのだろう、津雲さんはこちらとアイコンタクトをとる。こちらがサムズアップをすると津雲さんは小さく頷き、桧さんに向き直る。
小瓶の封を開く。その中に入っている液体を数滴、腹の上に垂らす。
閉じられた本を開く。その中に挟まれているお札のような栞をその上に置く。
右手に魔力を込める。その指先を栞の上にかざす。
そして、栞に魔力で印を焼き上げる。その印は目だ。瞳だ。眼だ。
栞の先まで焼け付く。そして、掌を栞の上から静かに取り除く。
徐々に桧さんの腹部が収縮し、すぐさま何事もなかったかのように変貌していた。
「ふぅ。それじゃあ次やります...、光ちゃん?」
一息ついた津雲さんは、いつの間にか起きていた光ちゃんを視線に捕らえていた。
光ちゃんは浅い呼吸を絶えず繰り返す。何かに怯えるように、何かを恐れるように。
それを心配してか、波留さんが光ちゃんに近づこうとする。その瞬間、光ちゃんが立ち上がったと思ったころには、既にその場に光ちゃんは走り出していた。そのまま部屋の外へと、逃げていくように。
「光ちゃん!?」と声を上げて波留さんがその後を追う。それに合わせて、俺も後を追う。さらに、彩花が後を追おうとしていたが、津雲さんがそれを制止する。
「君は俺と居残りだ。それに君が行ったところで、光ちゃんは君の相手をしてくれるのかね。ささ、じゃあ次やるから終わった人から服を着させてね。俺一人じゃ無理があるからさ。」と、今すぐにでも行きたそうな彩花の首根っこを掴みながらそう語りかける。
そして、一瞬振り返った俺に対して、すぐに行けというようにサムズアップを示してくれる。
俺もそれに答えるように、サムズアップを返してから全速力で光ちゃんの後を追うのだった。




