アイホートの雛の追放 - その2
2017年07月21日(金)0時48分 =萌葱町警察署屋上=
正面玄関からの突破は流石に厳しく、仕方なく屋上からの侵入にシフトチェンジした。だがやはりと言うべきか、一筋縄ではいかないらしい。
「後輩の実力を見てくれと言われたからおとなしく見てはいたが、吃驚仰天。自身を囮にした作戦とはよく考えたもんだとは思わないか?」
スナイパーライフルを片手にカップ酒を呷る伊藤久とやらが俺の前で屋上入り口を張っていた。
「なんでこんなところにいるんだって思ってるだろ。表情に出てるぞ、真面な証だな。」
そう言い、カップ酒を飲み切る。そして、袖口で口元を拭う。
「差し詰め、中にいるあの赤髪の男が目的なんだろう。だが、はいそうですかで通しちまうほどザル警備でもないんでな。だが、警察も人員不足でね。俺と、奈穂、香苗に伸二。ここに居るのはこの4人と赤髪の男だけさ。」
嘘は、吐いていなさそうだな。であれば、蜘蛛野郎とはどこに...?
「蜘蛛の能力を持った奴がいるだろう、そいつはどうした?」
「あ?済まないが俺がやめてから入った新人に関しては知らねぇ。酔いが醒める前にやろうぜ、最初からそのつもりだろ?」
そう言って彼は足元に銃口を向け、トリガーを引く。銃弾が放たれ、地面で跳ね返った。
寸でのところで体をずらし避ける。
「おお、良く避けたね。ま、これが威嚇射撃だけど、どうする?逃げる?」
「仲間を置いて逃げるとかするわけないでしょ。特に、下で戦っている二人に申し訳が立たないからな。」
流石に実践経験自体はあるがこの男、最初から跳弾を狙っていた。そんな曲芸をする奴との戦闘経験はあるわけない。
悠長に銃弾を装填している隙をついて懐の間合いまで詰める。その瞬間、装填を終えた狙撃銃のトリガーを引かれる。その銃口は空中を向いていた。だが二回、金属が跳ね返る音が耳に届く。その瞬間に、俺はそれを展開した。
【細胞機械 試作品 4号】
ガキンッと銃弾をナノマシンで防ぎ、腹部に蹴りを入れる。しかし、間に狙撃銃を差し込まれたおかげで後方へと退かせることはできたが会心の一撃にはなり得なかったみたいだ。
「良い蹴りだな。本部でぬるま湯につかっている奴らに一発喰らわせたい威力だ。」
「それはどうも!」
適度に間をとられるせいでこちらから攻撃をすることが難しい。やはりこの男手慣れているな。
「おや、空気の質が変わったね。戦い方を変えるのかな?」
何だよこいつ、何で分かんだよ。空気の質とか何訳分かんねーこと言ってんだこのおっさん。なんだよ、俺の見えない何かを見てんのか?キモっ、というか怖っ!
「・・・あのさぁ、最初に言ったけど表情に出てるよ。困惑...と言うか、恐怖?」
「余裕がねえんだよ、察しろ。」
マジのガチで余裕がないのは事実だ。このおっさんバケモンだろ。狙撃銃振り回して普通に戦えてるのとかバグだろ。でも、どうにか接近戦に持ち込めているおかげでリロードと発砲は阻害できている。まあ、だとしても相手が長物を振り回せている時点で接近戦も不利であることには違いはないんだがなっ。
狙撃銃のバレル部分を握り、ストックで殴りに来ていたのを上体を逸らして避ける。
「身体、柔らかいね。んー、感覚が戻ってきちゃったか。じゃ、もういいや。」
「・・・は?」
狙撃銃を床に置き、両手で敵意がないことを示すポーズを取られる。
「酔いが醒めてきちゃったからね。それに、弾も2発しか用意してないからね。久々に体も動かせて俺は満足したし、ほら行きなよ。あの魔術師の力が必要なんだろ。そう、例えば、仲間の死の運命を変える為、とかね。」
そう言って薄ら笑みを浮かべる。そこまで見通しているんだ、この男と言う人間は。ただ、もう道を塞ぐ敵意がないのも感じ取れる。
「それじゃあ、行かせてもらう。」
横を通り過ぎて警察の屋上入り口に手をかける。
「ああ、一つだけ助言。警察署内は穂積香苗壱級職員の手によって迷宮となり果てているから頑張ってたどり着くんだな。」
「・・・助言、感謝します。」
最初から最後までつかみどころのない男だった。だが、迷宮...とは言われたがぱっと見て変な状態ではないと思うのだが。
周囲を観察しながら階段を下りて、廊下の中間にたどり着いた。とりあえず右手の法則ともいうし右方向へ進もうと歩くと、壁にぶつかったような感覚に襲われる。だが、すこし違うみたいだ。通過は可能だが、その向こう側に至るまでにバカみたいな距離を進むみたいにゆっくりとしか体を動かせない。こんな状態の警察署内を虱潰しに探すというのは...現実的ではないなぁ。




