依れど逸れど、進み続けるは台風の目
現在時刻15時10分を過ぎようとしたところ、俺たち3人は萌葱町の住宅街へとやってきた。
住宅街の街並みを見ていて、そう言えば、あの爆発に巻き込まれた時に瓦礫の山と化していたがなぜ俺らだけが生き残っていたのだろうという謎を思いつき、もしかしたら答えが返ってくるかもしれないと思って、坂下さんに聞いてみることにした。
「そういえば、俺達って爆発の内部に居たんですけれどほとんど無傷だったじゃないですか。それってどうしてか、坂下さんって分かったりします?」
「うーん、詳しくは分からないかな。でもね、これは君たちを今回巻き込んだ理由にもあるんだけれどね、君たちってそういう異常環境に対する耐性が高いのさ。ゲームとかでも【聖なる加護】的な状態があるでしょ。だいたいはそんな感じだよ。」
何故だか分からないが、とても簡単にあしらわれた気がする。そこを追求しようかと考えていたら、いつの間にか奏介が、
「だとしてもですよ、瓦礫とかもあるうえでほぼほぼ無傷って言うのはおかしくないですか?」と突き刺していた。
「まあそうだよね。あー、まあいいか、どうせ今更だしな。」そう言うと、坂下さんは振り返り俺らに面を向けた。
「簡単に言うとだな、君たちには魔術の適性がある。」
耳を疑ったが、彼の表情を見るに嘘を吐いている様子がなんともなさそうなのが妙に怪しく感じてしまう。
「火事場の馬鹿力とかいう慣用句があるだろ。世間一般的には制限が振り切れて急激な力が使えるってことなんだが、その制限を取っ払うのは魔力の昂ぶりなのさ。その中でも一握りが、零れ出た魔力で自身を守ることができる。それが君たち自身だと俺は思ったから声をかけたのさ。ちなみに、魔力の流れは精神的なものが大きいから今の君たちでも使おうとすれば使えるんじゃないかな。」と、いろいろな言葉を並べ立てられたが要約すると、『お前らは使おうと思えば魔術を使うことができるかもしれない』と言うことらしい。いや、だとしても分かんねぇよ。
声にこそ出してはいなかったが、表情から感じとったのだろう。坂下さんは追記するように、
「もちろん適性があるとしても、使えるとは直結しないんだけれどな。身を守るための魔術とかもあるぞ、教えること自体は構わないけどやってみるか?」と言い出した。何を言っているんだこの人は。
いや、待てよ...。もしかしたら、使えるかもしれない。
「それって、どういう感じの魔術なんですか?」と聞くと、奏介が「お前魔術なんてファンタジーチックなもの、本当にあると思ってんのか?」と口を挟んだ。
「それじゃあ聞くが、タイムリープとかいうものが起きている現状自体がファンタジーチックじゃなかったらどうだって言うんだ?」と逆に尋ねてみると、ああ確かにと言った表情で納得したようだった。
「えーっと、どういう感じの魔術かって言うとだな、自身を中心とした結界みたいなものを作り出すんだ。作るには、特に強固にしたい方向に手を向けて、▤▨❖☒▥▤☒と唱えるだけだ。簡単だろ?」と坂下さんは言うのだったが、唱える内容、それが何を言っていたのか、全く分からなかった。
まるで、どこか遠い国の言語のようだったが違うのだろう。ただ、似たような感じで詠唱をすればよいのだろう。そう思いながら奏介に向かって魔術を唱えてみる。
体の芯から手のひら、そして指の先へと体の中の何かが流れ出し、体温を奪っていくかのように体外へとそれは流れ出していく。そして、眼前に薄い空色の膜のようなものがそこに出現した。
「まじか、すぐに使いこなせるのかぁ。俺、これが使いこなせるようになったの最近なんだけどなぁ。」と坂下さんは少し物悲しそうにそうつぶやいた。ちょっとだけだけど、優越感を感じた。
「うーん、まあ使えることに越したことはないか。それに、次は自身を守れるとは限らないからな。しっかりそれで守るんだぞ。」と言われたので生暖かい目で返事をしてやると、ぐぬぬと言いたげな顔をしており内心ほくそ笑んでいた。
それから少し経ち、俺たちは災害の中心部であろう場所へとやってきていた。しかし、そこにはトラックによって周囲が閉ざされており、まるで近づいてほしく無さげな様子だ。しかしながら、このトラック、どこかで見た覚えがあるのだが、何処で見たのだろうかと思い返そうとしていると、
「いやぁ、なんともまあ我々が1枚噛んでますと言いたげなトラックだね。どうだい、探ってみるかい?」と坂下さんが言い出した。そしてその瞬間、周囲の家々から爆発音のようなデカい音が流れ出てきた。9割方文野が仕掛けた爆弾が爆発したのだろう。それによって家から1人、また1人と家から人が出てき始めた。
時間を確認すると既に15時26分、そろそろあの大災害が起こる時間だ。
先程の魔術を使おうとしてみると、坂下さんが前に立ち、手のひらを向けた。
「さっき使ったばっかりだろ、少しぐらいは花を持たせてくれよ。」そう言って、坂下さんは魔術を使用する。すると、俺らの目に青色のゴーグルをかけたような視界が広がった。それを見て確信する。これは、俺の奴よりも明らかに格上だ。そこに残念がっていると、地面が大きく揺れた。
空気が鳴動し、障害物の合間を縫って光が通過する。俺らは地に絶大な信頼を寄せるように、衝撃を緩和できる体勢で時が来るのを待つ。その瞬間、揺れがピークに達して地面が大きく割れた。
そう、再び聖夜前災が巻き起こったのだ。
しかし、俺らの身にその災いの牙が剥くことはなかった。なぜならば、坂下さんの魔術によって全ての被害が飛んでくることはなかったからだ。
そして、揺れが収まった頃。俺らの眼前には一糸すらも纏わぬ幼気な少女が立っていた。間違いない、最初に巻き込まれた時にもいた、その存在。彼女は必ずこの事件に関わっている。
恐る恐る、彼女の元へ近づいた途端。急激な衝撃波が放たれる。咄嗟に避けたが俺らの脇を通り背後にあった住宅街が真っ二つになった。おいおいおい、嘘だろ。ここに来て戦闘が起こるのかよ。
しかし、やらなければやられる。それを肌で感じた俺たちは、一層気を引き締めたのだった。